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第19章 食べ放題

 水曜日だった。久しぶりに水曜日の定時退社日に、祐希は山下と円山と3人で飲みに行くことにした。


 祐希「『居酒屋 けんちゃん』を3人で予約しといた。」


 山下「おお、悪いね、いつも。」


 円山「なんかさ、久々だよな。男3人で飲みに行くの。」


 祐希「そうだよな。しかし、同期会は盛り上がったね。俺なんか、最後のほうあんまり記憶なくてさ。」


 山下「佐野ちゃんの飲みっぷりにはおったまげたよ。」


 円山「あれは、生きる伝説だな。」


 祐希「竹内敗れるって感じだったもんな。」


 店に着き、奥の座敷席に案内された。アルバイトの女の子が、メニューを持ってきたので、とりあえずドリンクのオーダーをした。


 山下「生でいいだろ。」


 円山「いいよ。」


 祐希「とりあえず、生3つ持ってきてよ。」


 アルバイト「はい、生3つですね。とりあえず、ビールを先に持ってきますね。」


 祐希がなんとなくメニューを開いてみたら、一枚の別メニューのような紙が入っていた。おそらく季節限定メニューかと思い、祐希は内容を見てみた。すると、そこには期間限定ランチメニューで、鶏唐揚げ食べ放題のことが書かれていた。


 祐希「ちょっと、これ見ろよ。」


 祐希は、その紙を円山と山下に見せた。


 円山「から揚げ食べ放題ランチ1000円、ご飯、味噌汁、生卵、お漬物、サラダも食べ放題って、安くないか。」


 山下「俺にも見せて。ほう、土曜日の昼でもいいみたいだな。」


 祐希「今度の土曜日に食べに来ようか。」


 円山「おい、ちょっとここ見ろよ。60分以内に、から揚げ50個以上食べたら、『料金無料&金一封』だってさ。」


 そのうち、アルバイトの女の子が、生ビールを3つ運んできた。円山が、その女の子に食べ放題について話しかけた。


 円山「ねえ、この金一封って金額書いていないけど、いくらなの。」


 女の子「50個以上で3万円です。その後、10個増えるごとに、1万円追加って店長が言ってました。」


 山下「3万円ですか。じゃあさ、60個食べるとタダになるうえに、4万円もらえるってこと。」


 女の子「そうですね。」


 祐希「これって、チャレンジした人いるの。」


 女の子「いますよ。でも、まだ食べきった人はいないですね。」


 山下「1000円で食べ放題って値段はどうなんだろう。」


 円山「でもさ、食べ放題だから、お得だと思うぜ。」


 祐希「なあ、土曜日挑戦してみようぜ。」


 円山「じゃあさ、3人で一番食えなかったやつのおごりでどうだ。」


 山下「いいね、それ。50個食ってもタダ、おまえらに勝ってもタダか。俺はのったぞ。」


 円山「俺も。」


 祐希「ほんじゃあ、土曜日に来ようか。」


 アルバイトの女の子に食事を注文するときに、土曜日の昼の予約を入れておいた。千波も来ることを想定して、一応4人で予約しておいた。ということで、土曜日に祐希は山下と円山と、『居酒屋 けんちゃん』で鶏唐揚げ食べ放題チャレンジに参加することにした。


 その運命の土曜日がやってきた。3人とも、なるべく空腹を維持するため、朝食は抜きにした。山下はさらに空腹感を増すために、外へ歩きにいってしまった。祐希は、千波と会うために、昼前に歩いて女子寮に迎えに行った。


 千波「でさ、私も参加しなきゃいけないの。」


 祐希「千波は好きなランチ食べればいいよ。これは、男の闘いなんだからさ。」


 千波「でもさー、揚げ物ってそんなに食べられないでしょ。」


 ふたりは『居酒屋 けんちゃん』までの道を歩きながら話していた。山下と円山とは店で落ち合う段取りになっていた。


 祐希「いや、俺、揚げ物好きだしね。」


 千波「でもさ、50個でしょ。なんか、想像しただけでお腹いっぱいになってくるよね。」


 祐希「千波はお子様ランチでも食っててよ。」


 千波「なによ、それ。私はお魚でも食べるわよ。」


 ようやく店に着いた。店の中に入ったら、店内は熱気でむんむんしていた。一気に千波のメガネのレンズが真っ白に曇っていった。


 千波「ちょっと、なんか店内、暑くない。」


 メガネのレンズを拭きながら、千波が言った。店内は、鶏唐揚げ定食食べ放題チャレンジのために来店している客でごったがえしていた。厨房もホールもかなり忙しいのか、ほとんど店内はカオスになっていた。祐希が予約した席はちゃんと空けてくれていたが、ほかのテーブルや座敷はかなり人でごった返していた。よくよく見ると、会社の人たちも結構来ていることに気が付いた。


 祐希「なんか、見たことある人いっぱいいるんだけど。」


 円山「うわ、うちの課長も来てるよ。」


 山下「あの奥の席、小林と中村と田丸じゃねえか。」


 祐希「佐藤も一緒にいるなあ。」


 いつもなら佐藤は祐希を見ると声をかけてくるのだが、千波が一緒だったせいか、遠慮して声をかけてこなかった。そして、さらに他のテーブルには、佐野と竹内と遠藤の女子3人がいた。


 竹内「祐希、こっちこっち。」


 竹内が大きな声で祐希を呼んだ。


 円山「おい、竹内までいるじゃんか。」


 山下「佐野ちゃんも一緒だね。」


 祐希「なに、来てたの。もしかして、鶏唐揚げ食べ放題チャレンジか。」


 竹内「そうそう。今ねチャレンジ中なの。あれ、祐希の彼女さんだよね。」


 千波「はじめまして。竹内さんですよね。」


 竹内「どうも、橘君と同じ職場の竹内です。千波さんですよね。」


 佐野「佐野です。はじめまして。」


 遠藤「遠藤です。はじめまして。」


 千波は彼女たちの顔と名前はわかるのだが、今までほとんど接点がなかったため、とりあえずの挨拶になってしまった。


 佐野「ごめんね、私たちもう食べ放題チャレンジ始まっているので。」


 円山「ああ、頑張れよ。」


 そう言うと、女子3人はまたから揚げにかぶりついていた。祐希達4人は、予約してあったテーブルについた。しばらくすると、先日と同じアルバイトの女の子が注文をとりにきた。


 祐希「じゃあ、鶏唐揚げ食べ放題チャレンジを3つと・・・。」


 千波「私は、お刺身定食で、ご飯少なめでお願いします。」


 女の子「はい、わかりました。こちらの方には、くれぐれもから揚げを分けてあげないようにしてください。」


 千波にから揚げを食べさせると失格ということだった。食べ放題チャレンジというコンセプト上、まあ当たり前と言えば当たり前のルールである。


 女の子「それと、ご飯、味噌汁、生卵、サラダ、お漬物は食べ放題ですが、あそこの台に配置してありますので、セルフサービスでお願いします。お茶も飲み放題です。から揚げは、最初は5個持ってきますので、追加の際は、追加の個数をおっしゃってください。残した場合は、追加料金をいただきますね。」


 アルバイトの女の子は、口早にルール説明をしたあと、厨房へと消えていった。早速、男3人は、ご飯と味噌汁を取りに行った。その後、間もなくアルバイトの女の子が、から揚げが5個ずつ乗った皿を3皿運んできた。そして、テーブルの端のタイマーを置いて、スタートと書かれたボタンを押した。ここから、60分の闘いが始まった。


 円山「うわ、結構このから揚げ大きいな。食べ応えあるぜ。」


 祐希「確かに、しかも揚げたてだから、かなり熱いわ。」


 山下「なんか、店中がから揚げの匂いしかしねえな。こいつら全員、あの世にいったら、ニワトリに虐待されるんじゃねえか。」


 祐希「いや、でもしっかり味もついていて、すげえジューシーだぜ。」


 円山「だな。めっちゃうめえよ。」


 最初の5個はすぐになくなってしまったので、3人とも5個ずつ追加のから揚げを頼んだ。


 円山「なんか、だんだん苦しくなってきた。」


 山下「おまえ、まだ10個も食ってねえじゃん。」


 円山「ご飯も一気に食ったからかも、ちょっとから揚げに専念するわ。」


 祐希「いや、これ1個がでかいわ、まじで。3口以上はあるよな。」


 かなりの歯ごたえのある鶏肉だったため、顎もだんだんと疲れてきた。10個食べきったところで、すでに15分経過していた。


 祐希「どうする。まだ5個くらいいけるか。」


 円山「多分、あと5個ならいけるけど、その後は自信ねえなー。」


 そのころ、千波の食事が運ばれてきた。


 山下「多分、鶏を揚げるので忙しすぎて、沢田さんのメシくるのが、時間かかったみたいだな。」


 千波「もうさー、君たちの食べてる様子を見ているだけで、私はお腹いっぱいって感じ。」


 円山「なんか、あっちのテーブル騒がしくねえか。」


 祐希が振り向くと、竹内達が食べているテーブルのまわりに人が何人かたかっていた。彼らの声が聞こえてきたのだが、どうやら、あの3人のうち誰かが50個を食い終えたらしかった。


 祐希「おい、聞こえたか。」


 山下「あの3人の誰かが、50個食ったみたいじゃんか。」


 円山「いや、2人いるみたいだぜ。」


 千波「うそー。あの子たち50個食べたの。ちょっと私見てきていい。」


 千波はそう言うと、竹内達のテーブルを見に行ってしまった。祐希達は、追加でさらに5個づつ注文をしたが、おそらくこれが最後の注文になるだろうと思った。そして、しばらくして、千波が戻ってきた。


 千波「いや、信じられないわ。竹内さんと、佐野さんはすでに55個食べたって。で、遠藤さんも、もう2つ食べたら50個だって。おまけにまだ、15分残っているらしいよ。」


 祐希「なに、竹内と佐野ちゃんは酒だけじゃねえのか。」


 円山「あいつら二人とも、食う方でも底なしなんかい。」


 山下「50個を45分って、1個を1分以内で食っているってことか。」


 そう、良く考えると、そういう計算になる。しかも、彼女たちのテーブルには、ちゃんとご飯と味噌汁も置かれていた。すさまじい胃袋である。そのうち、竹内達の制限時間が終わったようであった。少し店内に、どよめきのような声があがった。一方、祐希達は残り15分を残して、すっかり満腹になり、結局3人とも15個でギブアップだった。


 祐希「あかん、もう食えねえよ。」


 円山「俺、もう今年はから揚げ食いたくねえよ。」


 山下「だよなー。俺、なんか吐きそうだわ。」


 千波「ちょっとさ、もう一回、あっちのテーブル見てくるね。」


 そう言うと、千波は再度竹内達のテーブルを見に行った。


 千波「あの人たちすごいよ。あのね、佐野さんって子が62個、竹内さんが63個、遠藤さんも58個食べたって。」


 祐希と山下、円山は顔を見合わせた。


 祐希「竹内は、食う方では佐野ちゃんに勝ったってことか。」


 円山「それでも、ふたりとも60個超えって、あいつらどんな胃袋してんだよ。」


 山下「あかん、俺、まじで吐きそう。」


 その後、竹内、佐野、遠藤の3人は、そろってデザートのチョコレートパフェを普通に食べていた。そういう平和な土曜の午後だった。



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