第16章 同期、清田 その3
会社に到着すると、すでに20名ほどの社員が総務部に集結していた。そこには、千波の姿もあった。最初に総務部の宮下から、現時点でわかっていることと、まだわかっていないこと、そして昨夜の捜索結果についての説明があった。祐希が見る限り、昨夜の捜索で、めぼしい場所の捜索は概ね終わっているような印象を受けた。宮下の説明が続いている間にも、数名の社員が総務部に入ってきた。
一通りの説明が終わったあと、捜索エリアの割り振りを決めることにした。車で来ている者は遠方の捜索場所が割り当てられ、寮から徒歩で来ている者には、会社周辺の捜索を再度実施するように指示が出た。祐希には昨晩と同様に千波と2人1組で長野市の郊外の人気の少ない場所を見に行くように指示が出た。具体的には、千曲川周辺の河原を見てくるように言われた。その後、集結した社員達は、それぞれ事務所を後にしていった。
祐希も千波を連れて、外に出ようとしたところ、宮下に呼び止められた。宮下は、会議室に入るよう、祐希に指示してきた。会議室には、宮下と祐希の2人きりになった。
宮下「さっき、沢田から聞いたんだけど、金曜日の夜に清田と話したらしいな。」
祐希「ええ、ほんの少しだけですけど話しました。」
宮下「何かあいつ言っていたか。」
祐希「ええ、今の仕事が自分には合ってないんじゃないかって言ってました。」
宮下「他には。何か例えば、そうだな、家出とか自殺をほのめかすようなこととか。」
祐希「あとは、自分は要領が悪いから、いつも怒られているって言ってました。そのせいで、いつも残業せざるを得ないって。」
宮下「表情はどうだった。」
祐希「あいつって、あまり感情が表情に出ないんですよ。でも、なんだか疲れた顔をしてました。」
宮下「お前が、清田と話していたってことは、誰か知っているのか。」
祐希「滝田さんが知っています。金曜日の夜に滝田さんと残業時間にコンビニに行こうとして、清田の部署の前を通ったんです。その時に、俺だけ少し立ち止まって会話したので。」
宮下「じゃあ、滝田は清田がいたことは知っているけど、話はしていないってことだな。」
祐希「そうですね。」
宮下「そうか、わかった。ありがとう。」
祐希「じゃあ、俺も捜索行ってきます。」
宮下「橘、おまえ、まさか責任感じてるんじゃないだろうな。」
祐希「ええ、すごい感じてます。今思うと、なんか後悔するようなことばかりで。」
宮下「橘、これはおまえの責任じゃないぞ。誰も、おまえのことを責めるやつなんかいないから。あまり思い詰めるな。」
祐希「部長、ありがとうございます。でも、俺は何か重要なことを見落としていたんじゃないかって。」
宮下「それは、清田のまわりの人たちも誰一人見抜けなかったんだから。彼の家族でさえな。だから、おまえは自分を責める必要なんかないぞ。」
祐希「部長、あいつ生きてますよね。」
宮下「俺はあいつのことを信じるしかないって思っている。勿論、生きているよ。そう信じよう。」
祐希「わかりました。行ってきます。」
宮下「気をつけてな。何かあったら、すぐに会社に連絡してくれ。」
祐希は、千波を連れて、車に乗り込んだ。
祐希「千波、せっかくの日曜日なのに、ごめんな。」
千波「ねえ、腹が減っては戦はできぬって言うじゃない。先になんか、食べよ。」
祐希「そうだな。千波らしいな。じゃあ、軽く食べてから、河原に行くか。」
祐希は千曲川の河原を上流のほうから見て回ることし、一路南方向へ車を走らせた。途中のドライブインで朝食をとることにした。ドライブインには、長距離トラックの運転手や、家族連れなどで朝から賑わっていた。ドライブインのフードコートに行き、食券を買い求めた。祐希は、普通の和食の朝食セットにし、千波はとなりの店でパンと牛乳を買ってきた。
千波「朝から、すっごい大盛ご飯だね。」
祐希「千波が言ってたじゃん。腹が減っては戦ができぬってさ。」
千波「でも、あんまりたくさん食べ過ぎても軽快に動けないわよ。」
祐希「大丈夫。この程度くらい、楽勝だわ。」
千波「祐希。この件が片付いたら、私がいっぱい癒してあげるからね。」
祐希「なんか意味深だな、その言葉。」
千波「うわ、なんかエロいこと考えてたでしょ。いやね、スケベおやじは。」
祐希「おやじって、俺まだ20歳だぜ。」
千波「おやじかどうかは、年齢じゃないのよ、物の考え方なのよ。わかる。」
祐希「そんな、俺っておっさん臭いかな。」
千波「そんなこといいから、ほら、さっさと食べて。今日は忙しいんだから。」
祐希と千波はそこで朝食を済ませた。昨夜降っていた雪はすっかり止んでおり、空は雲一つない青空だった。だが、放射冷却現象により、外は肌に鋭い空気の剣が刺さるような寒さだった。千波の姿は、本当に厚着でモコモコしていた。
祐希「千波の厚着すごいなー。なんか、モコモコのかたまりが歩いているみたいな感じじゃん。」
千波「もうね、寒いの苦手なのよ。」
祐希「そのさ、マフラーとニット帽の間に、顔だけ出てるのって、子供みたいで笑えるんだけど。」
千波「いいじゃん。私なりに万全の備えをしてきたのよ。」
ドライブインを出て、千曲川の南側のほうへ移動した。適当なところに車を停め、見晴らしの良さそうなところに行って、そこからひろい河原を見下ろしてみた。
祐希「何もないよな。一面、雪だけだな。」
千波「そうね。でも、人が入ったような形跡はないよね。」
祐希「別のエリアを探してみようか。」
車で少し下流のほうに移動した。方角的には南から北の方に移動した。そして、また同じように河原に異変がないか二人で見てみた。
千波「雪がまぶしいね。サングラス持ってくればよかった。」
祐希「言えてる。太陽の照り返しがすごいな。」
千波「さすがに河原だけあって、風が強いね。」
祐希「ああ、千波は車の中で待ってな。俺は、少しその辺歩いてくる。」
千波「私も行くわよ。」
祐希「そっか、じゃあ行くか。」
二人で手をつないで、川の堤防に上り、そこから千曲川を見渡した。河原は一面真っ白な雪におおわれ、その真ん中を千曲川が流れていた。空は青く、まぶしく輝いた太陽の光が冬特有の透き通った空気を突き抜けて、川面を照らしていた。そして太陽の光は、真っ白な雪面を反射して、目もくらむような明るさをあちこちに巻き散らしているようだった。川面もキラキラと陽の光を反射し、この自然界の美しさを誇らしげに讃えているような感じだった。そこには、圧倒的な生命の力、自然の力が感じられた。
祐希「千波、俺さ、こんなに真剣に冬の千曲川を見たことなんて今までなかったよ。キラキラ光っていて、すごいきれいだよな。」
千波「そうね。千曲川ってさ、すっごい大きいよね。雪も綺麗だよね。」
祐希「そうだな。こんなことがなかったら、こんな綺麗な景色には気が付かなったかもな。」
しばらく2人は、じっと川の流れる様子をぼんやりと見ていた。徐々に、気温が上がっていくのがわかったが、それでもいまだ氷点下には違いない寒さだった。
祐希「清田は、ここにはいないような気がする。」
千波「そうね。私もそんな気がする。」
また、しばらく沈黙が続いた。握りしめた千波の手が温かかった。
千波「ねえ。清田君って兄弟とかいたのかな。」
祐希「確か、弟と妹がいるって以前聞いたような気がする。」
千波「そう。心配しているんだろうね。」
祐希「そうだな。まだ、下の妹は結構小さいって言ってた。たしか、まだ幼稚園児だって。」
千波「祐希、会社に電話してみたら。」
その時、祐希はふと清田が近くにいるような妙な感覚に襲われた。清田が祐希に最後に会いに来たような、そんな感覚だった。
祐希「なんかさ、今、清田が俺に会いに来たような感じがした。」
千波「何か感じたの。」
祐希「うん。感じた。あいつの気配をはっきりと感じたんだ。俺の横に並んで立っていたような気配がしたんだよ。」
祐希は腕時計の時間を見てみた。午前11時25分だった。
千波「多分、何かわかったのかもしれないね。電話してみようよ。」
祐希「そうだな。」
二人はゆっくりと車に戻った。祐希はゆっくりとエンジンをかけ、川沿いの道から離れた。そして、大きな通り沿いにあった電話ボックスの近くの路肩に車を寄せた。祐希には電話をかける前から、なんとなくわかっていた。清田は祐希にお別れに来たのだと思った。あんな妙な感覚は、初めての経験だった。祐希は公衆電話に硬貨を入れて、会社の電話番号を回した。
----------------------------------------
その日の夜は清田の通夜だった。そして、翌日は清田家の葬儀になった。祐希も彼の同期のほとんど大半の者も喪服というものを持ち合わせていなかった。祐希は千波のいとこの喪服を借りることができたので、なんとか乗り切った。
宮下「橘、俺は無念だよ。清田の親御さんの顔を見ることができなかった。今までの会社人生で一番辛い出来事だよ。」
祐希「そうですね。まさか、こんな年で同期を失うなんて。残念です。」
池田「祐希君もあまり気落ちしないでね。」
祐希「あいつ、どこで見つかったんですか。」
宮下「2日前の午前11時半ごろに、中野市の山際の林の中で見つかった。」
祐希「俺が河原に行っていた時ですね。」
池田「そうね、そのくらいの時間になるわね。」
同期の女子たちのほとんどは泣いていた。祐希も涙を必死にこらえていたが、冷たくなった清田の顔をさわった瞬間に、一気に涙があふれてきた。
祐希「冷てえよ。清田・・・、ばか野郎。」
それ以上の言葉が出てこなかった。清田の冷たい肌に触れた瞬間に、本当に彼はいなくなってしまったんだと思えた。そう思うと、一気に寂しさが胸いっぱいにこみあげてきた。横にいた千波がそっと祐希の涙をハンカチでぬぐってくれた。
葬儀は終わり、会社からの参加者がひとり、またひとりと葬儀場を後にした。祐希は、千波と山下と葬儀場を離れた。
山下「清田さ、なんか生きているみたいな感じだったな。なんか、すぐにでも起き上がってきそうなさ。」
千波「なんかさ、こうやって人が亡くなって、悲しい気持ちなのに、お腹って空くんだよね。」
祐希「そうだな。腹が減るってことは、生きろってことなんだよ。」
山下「あいつは最後に何を見たんだろうな。」
祐希「わからない。俺には全く理解できないよ。あいつは何から逃げたかったのかな。仕事からなんて、すぐにでも逃げられたわけだし。」
千波「そうね。でも、彼にしかわからない何かがあったんだと思うよ。祐希、うちらには永遠にわかりようがないよ。」
----------------------------------------
葬儀を終えたその週末に、祐希は千波を連れて、再び千曲川の堤防に行ってみた。今日の千波は、コンタクトレンズをして、サングラスをかけてきた。前回はメガネをかけてきていたので、反射光がまぶしかったのだった。
千波「祐希、清田君のことずっと覚えていようね。」
祐希「そうだな。忘れられるのが、多分、一番辛いだろうし。」
千波「千曲川、きれいだね。」
祐希「ああ、なんかさ、川の流れを見ているとさ、なんだろう、うまく言えないけど・・・・。」
千波「うん、わかるよ。」
祐希「千波、ありがとう。ずっと一緒にいてくれてさ。ほんと、助かったよ。」
千波「そうだよ、千波様の力はすげーだろ。」
その時、祐希は再び清田の気配を感じた。多分、彼は旅立つ前に祐希に会いに来たのだろうと思えた。腕時計を見てみた。午前11時25分だった。祐希は空を見上げた。清田はあの空の彼方に行ってしまったのだろうか。
祐希「なあ、メシ行こうか。お腹空いただろ。」
千波「おー、行こう、行こう。ねえ、たまにはジャンクフード食べない。」
祐希「ケンタか、マック、どっち。」
千波「んー、今日の気分はケンタかな。」
祐希「ケンタ、高いじゃんか。まあ、いっか、たまには。」




