第15章 同期、清田 その2
清田が卒業した高校は長野市内にあるため、千波には場所がすぐに分かった。千波の道案内に従って、祐希は車を走らせた。気持ちは焦るのだが、路面もかなり滑りやすくなっているため、慎重に運転した。高校までは約20分かかった。車でゆっくりと高校の周りを徐行運転しながら、外の様子を見てみた。付近には他に車もなく、歩行者も全く見当たらなかった。
祐希「高校の周りには誰もいなさそうだね。」
千波「もう一周してみようよ。」
祐希「そうだな。念のため、もう一回りしてみようか。」
再度、学校の周囲の道をゆっくりと周り、外の様子を見て回った。
祐希「やっぱり、誰もいそうにないな。」
千波「途中に神社があったじゃない。あそこも歩いて見に行ってみようか。
祐希「そうだな。ちょっと外は寒いけど行ってみようか。」
確かに、高校の周りを回っている時に小さな神社があったのである。ただ、神社の入り口は外灯でまだ明るいのだが、中の境内のほうは確か真っ暗だったのを思い出した。数分後に神社の前に着いたので、路肩に車を停めて、外に出ようとした。
祐希「寒いからさ、俺ひとりで見てくるから。千波はここで待っていて。」
千波「私も行くわよ。祐希ひとりで背負いこむことないじゃん。」
祐希「俺は千波に風邪ひいてほしくないんだよ。」
千波「私は祐希と分かち合いたいの。わかる。しんどいことも一緒に乗り越えたいの。」
祐希「そうだな。分かった。ありがとう。じゃあさ、せめて俺のジャケット着ろよ、ほら。」
祐希は、来ていたジャンバーを千波にかぶせた。千波は、そのジャンバーの匂いを嗅いでいた。
千波「これよ、これ。この匂いで頑張れるわ。」
祐希「千波って、かなり匂いフェチだよな。」
千波「匂いってさ、すっごい強烈に記憶に残るんだよね。」
祐希「ああ、そうかもしれない。俺も、いまでも死んだばあちゃんの匂いとか覚えているもんな。」
千波「私独特の匂いってあるの。ほら、そういうのって自分ではわからないからね。」
祐希「いつも、デートの時につけてくる香水あるじゃんか。あの匂いは千波の匂いだね。」
千波「今日もつけてるよ。」
祐希「そうそう、この匂い。この匂い、好きだよ。」
千波「さて、思い切って、外に出るか。」
祐希「その前に、おにぎり食べない。」
千波「ああ、そうだよねー。小澤さんが作ってくれたやつね。」
祐希「そうそう。だって、お腹空いてるでしょ。」
千波「言えてる。」
二人は小澤が持たせてくれたおにぎりを食べた。千波がもらってきた袋には、おにぎりが四つ、カップに入ったお味噌汁2つと、温かいお茶を小さな魔法瓶に入れてくれていた。
千波「このおにぎり、すっごい海鮮入っていて、高級おにぎりだね。」
祐希「この魔法瓶は、今度洗って返さないとな。ところで、お金は払ったの。」
千波「いや、小澤さんが受け取ってくれなくて。」
祐希「そっか。なんか、小澤さんに気を遣わせたみたいだね。」
千波「また、今度、お礼を言いにいこうよ。」
祐希「そうだな。」
祐希は小澤の優しさに感謝した。こんなことする義務なんか、小澤には全くないのである。しかも、他のお客さんへの注文を後回しにして、最優先で作ってくれたに違いなかった。
千波「小澤さんてさ、顔は怖いけど、優しいよね。」
祐希「ああ、良い人だよ。なんか、ありがたいよな、こういうのってさ。」
千波「そうよ。長野人はねみんな優しいのよ。」
祐希「そうだよな。俺さ、こっちに来て、あんまり変な人に会ったことないもんな。」
千波「でしょー。長野人のこと好きになったでしょ。」
祐希「俺は最初から好きだぜ。だって、千波が長野人だからね。」
しばらく車内でおにぎり食べたあと、二人で車外に出た。トランクに積んであった、懐中電灯を取り出し、2人で神社の境内に入って行った。参道には、雪が10㎝くらい積もっていた。
千波「寒いね。なんか夜の神社ってちょっと怖いね。」
祐希「でもさ、清田がいるんじゃないかって思うと、なんとか前に進める。千波もいるし。」
千波「ねえ、私のこと、愛してる。」
祐希「お前こんな所で、こんな時に、何を言いだすんだよ。」
千波「こういう時だから、聞いてるんじゃん。」
祐希「愛してるに決まってるじゃんか。」
千波「よかった。私も祐希のこと、すっごい愛してるわよ。」
祐希「千波、どこにも行くなよ。ずっと、一緒にいてくれよ。」
千波「行くわけないじゃん。」
二人は境内の中をくまなく見て回った。そもそも、どこにも雪を踏みしめた足跡がないため、直近で誰かがこのあたりを歩いていないことは明らかだった。それでも、念のため付近を2人で見て回った。
祐希「雪に歩いた跡もないしさ、ここにはいないよ。」
千波「そうだね。清田君、寒い思いしてるんだろうね。早く見つけてあげなきゃ。」
祐希「とりあえず、車に戻ろうか。」
時計を見ると、すでに午後の9時半を回っていた。いったん、車に戻り、エンジンをかけた。しばらく待つと、だんだんと車内が暖まってきた。
祐希「この辺さ、他にも人目につかないようなところあるかな。」
千波「ちょっと離れたところに、雑木林があるけど。」
祐希「雑木林か。ちょっと、見に行ってみようか。」
千波「じゃあ、あの信号を右に曲がって。」
祐希は再び車を走らせ、千波の案内で近くの雑木林に行ってみた。車のライトで雑木林を照らしてみたが、地面は雪に覆われ、とても人が入り込めるような状態ではなかった。車でゆっくりと雑木林の周りを回りながら、雑木林の中を見てみたが、特に変わった様子もなかった。
祐希「ここにもいなさそうだな。」
千波「一回、会社に電話してみたら。何か、新しい情報があるかもよ。」
祐希「そうだな。さっき、電話ボックスがあったから、ちょっと引き返すか。」
祐希は今来たばかりの道を引き返して、道路わきの歩道にある電話ボックス前の路肩に車を停めた。
祐希「ちょっと待ってて。電話してくるから、」
千波「うん、わかった。」
祐希は一人で車を降りて、会社に電話をした。先ほどと同じ守衛の男性が電話に出た後、総務部に電話を転送してくれた。
祐希「橘です。」
池田「祐希君、どうだった。」
祐希「いや、高校のまわりをかなり探しましたが、清田はいなかったです。」
池田「そうなのね。まだね、清田君見つかっていないの。寮のみんなも手分けして探してるし、会社近くの社員で連絡ついた人にも探してもらっているけど、全然手がかりさえもなくて。」
祐希「そうですか。ちょっと、次は清田の通っていた中学校の周りに行ってみますよ。」
池田「あのね、無理しなくていいから。とりあえず、深夜の0時を過ぎたら、社員有志の捜索はいったん打ち切るから。祐希君も無理しないで、早めに切り上げて。もし、何かわかったら電話ちょうだいね。」
祐希「わかりました。もう少しだけ、頑張ってみます。」
そう言うと、祐希は電話を切り、車に戻った。外はそうとう冷え込んでおり、明らかに氷点下の気温だった。雪はまだパラパラと舞い降りていた。祐希はそのひらひらと舞い降りる雪の様子を一生忘れないだろうと思った。
千波の案内で、今度は清田の通っていた中学校付近を捜索したが、またもや彼の姿を見つけることは出来なかった。祐希は、再び会社に電話をし、池田に報告をした。
池田「今日はもう帰宅して。遅いからね。もし出来たら、明日も捜索に加わってくれないかな。ごめんね、明日は日曜日なのに。」
祐希「全然、構いません。朝、会社に行けばいいですか。」
池田「明日は、朝の8時ごろには総務の人間は出てきているから。それ以降ならいつでもいいわよ。」
祐希「わかりました。朝の8時には行きます。」
池田「祐希君、無理だけはしないでね。」
祐希「池田さん、清田が寒い思いをしているんじゃないかって思うと、もう居ても立っても居られないんですよ。」
池田「祐希君、優しいのね。明日、会社で待っているから。」
そう言うと、池田は電話を切った。すでに時計の針は午後11時を回っていた。
千波「どうだった。何か新しい情報あった。」
祐希「いや、今日はもう帰ろう。千波は寮に戻るんだよね。」
千波「うん。ねえ、明日も探すよね。」
祐希「うん。俺は探しに行くつもり。」
千波「私も行くね。迎えに来てよ。何時ごろ。」
祐希「直接、会社の総務部に来れないかな。女子寮って会社の隣だからさ。」
千波「わかった。祐希、あんまり思いつめないでね。」
祐希「俺さ、お前に言っていなかったけど、昨日の夜、清田と喋っているんだよ。」
千波「えっ、そうなの。で、昨日の清田君の様子ってどんな感じだったの。」
祐希「なんか、すごい疲れた顔をしていてさ。俺はこの仕事に向いていないって言ってた。」
千波「それだけ。」
祐希「一人で残業していたからさ、早く帰ってゆっくり休めよって言ったんだよ。」
千波「で、そのあとは。」
祐希「俺もさ残業していて、夜食買いにコンビニ行くときに、あいつの部署を通りかかってさ、少し話しただけなんだよね。その後、コンビニから戻ってきたら、もうあいつの姿はなくて。もう、帰ったんだなって思った。」
千波「その時のことを、明日でも総務の人に話したほうがいいよ。」
祐希「そうだよな。なんか、気が動転していて、そこまで頭が回らなかった。ちょっと今になって、少し冷静になってきている。」
その後、祐希は千波を女子寮まで送っていった。そして、男子寮に戻った。すでに、山下は寮に戻ってきており、まさに風呂に入りに行こうとしていた。
祐希「清田の件、聞いたか。お前も円山と探しに行ってたんだろ。」
山下「ああ、行っていた。会社のまわりをずっと探していたけど、全然何も見つからなかった。あ、それと、祐希、今日は風呂の時間が延長だってさ。まだ、帰ってきていない寮生もいるみたいだし。」
祐希「そうか、じゃあ俺も風呂入るわ。」
寮の風呂は通常午後11時には閉まるのだが、今日は捜索に協力している寮生がいるとのことで、深夜2時までは入れることになったようだった。おそらく、総務部からの要請があったのだろうと思った。風呂にゆっくりと入り、2人で部屋に戻った。
山下「そういえば、お前清田と会ったって言ってなかったっけ。」
祐希「ああ、そうそう。金曜日の夜、少しあいつと話したんだよな。」
山下「なんかさ、あいつ金曜日の夜から行方不明になっているらしいぜ。」
祐希「でも、家に遺書みたいなのがあったって聞いたけど。」
山下「あいつ実家から通っているじゃんか。金曜日に一回、家には戻ったらしいけど、そのあといつの間にか部屋からも居なくなっていたらしい。」
祐希「家族は気が付かなかったのか。」
山下「帰ってきたのは気がついたらしいけど、そのあと出て行ったのには気が付かなかったらしい。」
祐希「なんか、あいつさ、すっごい疲れた顔しててさ。なんか、俺はとんでもないものを見落としていたのかもしれない。」
山下「そんなもん、あいつの心の中までお前がわかるわけねえだろ。」
祐希「なんか、あいつ多分すっごい悩んでいたんだよ。なんで俺はそれに気が付かなかったんだろう。」
山下「祐希。お前には何も責任なんかないから。」
祐希「あいつが今頃すっごい寒い思いしているんじゃないかって思うと。」
祐希は声を詰まらせた。目からは、なぜか涙がぽろぽろと流れ出てきていた。
山下「祐希。お前のせいじゃないって。まだ、あいつが死んだって決まったわけじゃねえだろ。明日、また同期総出で探すんだよ。」
祐希「そうだよな。お前の言うとおりだよ。あいつが死んだなんて、決まったわけじゃないもんな。」
山下「今日はぐっすり眠って、明日みんなで探そう。俺たちまであきらめたら、あいつが可哀そうじゃないか。」
祐希「そうだな。あいつが生きてるって、せめて俺たちだけでも信じてやらなきゃな。」
祐希は気が高ぶっていたせいか、なかなか寝付けなかった。だが、そのうち深い眠りに落ちていった。祐希はその晩夢を見た。久しぶりに見た、ものすごく輪郭のはっきりとした夢だった。祐希は、深く雪が積もった、深い深い森の中をひとりさまよっていた。周りには、人間の足跡も動物の足跡も何も無かった。その森の中には、生を感じさせるものが一切なかった。ただただ、冷たい空気と深い雪、そしてうっそうと生い茂る針葉樹に支配された世界だった。そこには、温もりもなく、生の喜びもなく、そしてそこには音というものが一切なかった。圧倒的な静けさに支配された冷たい世界を、祐希はひとりでさまよっていた。頭上を見上げると、薄くかかった雲から、ほんの薄い光が粒子状に降り注いでいた。祐希には、そこがどこなのかまったくわからなかった。自分の周囲のどの方向を見ても、全く同じ景色が広がっていた。そこは、広がりがあると同時に、極めて限定された切り取られた世界が同居していた。歩いても、歩いても、全く同じ世界が周囲を囲んでいる。自分が移動しても、移動していなくても、周囲の景色は全く同じだった。祐希はたまらず、力いっぱい叫んでみたが、彼の声は一瞬にして何物かに吸収されてしまう。そして、そのうち誰かが彼の肩をゆすっていた。
山下「おい、祐希。」
祐希「ああ、山下。」
山下「大丈夫か。随分、うなされていたぜ。」
祐希「今、何時だ。」
山下「今、朝の6時半だよ。今日も捜索に加わるんだろ。」
祐希「ああ。なんかさ、すっごい嫌な夢を見ていた。」
山下「そっか。おまえはもう、今日は部屋で休んだほうがいいんじゃないか。無理して捜索に行くことないぜ。」
祐希「いや、行くよ。おまえだって行くんだろ。」
山下「行くよ。円山も行くしな。」
祐希「山下、お前は清田とほとんど話したことないって言ってたじゃんか。でも探しにいくんだろ。」
山下「行くよ。」
祐希「だって、ほとんどあいつのことなんて知らないのに、なんでおまえはあいつを探しに行くんだよ。」
山下「だって、そんなことに理由なんてねえだろ。それがやるべきことだからだよ。」
祐希「そうか、そうだよな。おまえの言うとおりだよ。それが俺たちがやるべきことだよな。」
山下「そう、俺たちがやるべきことなんだよ。」
祐希「おまえが俺のダチでよかったよ。」
山下「気持ち悪いこと言うなよ。」
そう言うと、山下は少し笑いながら、着替え始めた。そうだよな、同期の安否を思いやる気持ちに理由なんてないに決まっている。人が人を思いやる気持ちに理由なんて必要ないではないか。あいつを助けてやると、自分に利益があるからとか、そんなことを考えるほうがどうかしている。苦しんでいる仲間がいるなら、助ける。当たり前じゃないか。祐希も急いで着替えをすませ、山下と会社に向かった。




