第13章 スキーの季節 その3
祐希が目を覚ますと、まだ早朝だった。あのあと、円山と佐野と3人が残って、最後はお開きになったところまで記憶があった。多分、あのあとそのまま眠ってしまったのだろう。なぜかその時、腰の辺りに違和感を感じた。ゆっくりと目を開けようとしたら、なぜか佐野が祐希の上に乗っかっていた。佐野は、上半身は裸で、しかも下もパンティーしかつけていなかった。祐希はそれが夢なのか、現実なのかよくわからなかった。佐野の真っ白な腕に祐希の頭が包まれた。そのまましばらく、佐野は祐希の頭を柔らかく腕で抱きしめたあと、ゆっくりと祐希の上半身に上から下へとキスをしているようだった。その後、佐野は祐希の腹部に顔をうずめて、ゆっくりと息を吸って、そしてゆっくりと息を吐いているようだった。まるで、以前、千波が海にドライブに行ったときに、祐希の匂いを嗅いでいた時のような動きだった。円山や本田が起きてこないか、祐希はどきどきしてきた。かといって、彼にはどうすればよいのか、全くわからなかった。佐野は、祐希の喉を唇で愛撫しているような感じがした。祐希は、されるがまま目をつむっていた。うっすらと開けた目から見えた佐野の唇は天然の淡いピンク色で、しかもつややかで若々しかった。彼女の乳房も大きすぎず小さすぎず、形も整っておりとても美しく見えた。
それがどのくらい続いたのかはわからないが、そのうち祐希は再び深い眠りに落ちてしまった。そして、再び目を覚ました。まだ、午前5時ごろだった。もう部屋には佐野の姿はなく、円山と本田が気持ちよさそうに眠っていた。さっきの佐野の姿は現実だったのか夢だったのか祐希にははっきりとはわからなかった。ただ、そこには明らかに佐野の残り香が漂っていた。そう、それは男にとっては心地よいと同時に興奮する、女性の裸体から発せられるあの匂いである。同時にそれはメスが健全な子孫を残すために、健全なオスをおびき寄せる目的で発するあの匂いでもある。それは、やはり人間もまた子孫を残すために、オスとメスがお互いを引き付けあうひとつの生物である証でもあった。祐希はその残り香に包まれて、再び深い眠りに落ちた。
朝食は、昨夜夕食をとった大広間の同じちゃぶ台でとることになった。佐野は昨日と全く変わらない様子で祐希に接してきた。やはり、あれは祐希が見た夢だったのかもしれない。それにしては、あの佐野の発していた匂いには、ものすごい現実感があった。あの、女性の体の匂いを夢で体験できるとは思えなかった。それに、今でも、佐野が祐希の体を唇でまさぐっていた感覚がはっきりと残っていた。それも、やけに生々しく。
今日は、午前中少し滑ってから、昼前には帰宅することになった。今日も快晴で、天気には恵まれた。午前中のスキーを終え、荷物も車に積み込み、それぞれの車に乗り込んで、帰宅することになった。来た時と同じように、本田の車が一番先頭を走っていった。
遠藤「いやー、楽しかったね。祐希はどうだった。」
祐希「イナゴが食えるようになりました。」
遠藤「だねー。私もあれは初体験だったわ。意外と美味しかったね。」
遠藤は心地よい疲れのためか、来るときよりもテンションが上がっていた。あの、徹夜明けに祐希が感じるのと、同じような感覚なのだろうか。
遠藤「ねー、私さ、同期会に行ってもいいの。」
祐希「いいでしょ、全然。誰も気にしないですよ。」
遠藤「まあ、ほとんど年もかわらないしね。私ね、実は4月1日生まれなのよ。」
祐希「おお、じゃあぎりぎりで上の学年だったんですね。」
遠藤「しかもさ、緑ちゃんって、4月2日生まれなのよ。」
祐希「ええ、1日違いで、1学年違ったってことですか。」
遠藤「そうなの。私なんか、4月1日の深夜0時少し前に生まれたんだけど、その30分くらい後に、緑ちゃんが生まれたんだって。」
祐希「へえ、そんなことあるんですね。」
遠藤「まあ、でも早生まれって損だけどね。小さい頃って、同級生でも1年近く生まれた日が違うと、生育もかなり違うからね。」
祐希「そうかもしれないですね。そういえば、僕の幼なじみに、2月29日生まれっていうのがいて、あいつはいつも4年に1回しか年をとらないって言ってましたよ。」
遠藤「閏年ってやつね。あれって、2月28日までしかない年は、いつお誕生日会するんだろうね。」
祐希「その子は中学の同級生の女の子なんですけど、3月1日に誕生日会をするって言ってましたよ。なんか、2月28日でも3月1日でも、どちらでもいいみたいですけどね。」
遠藤「そっかー、そんなこと考えたこともなかったなー。祐希は何月生まれなの。」
祐希「9月です。てんびん座ですよ。」
遠藤「え、9月っておとめ座じゃないの。」
祐希「えっと、9月末だとてんびん座ですね。4月生まれって、何座ですか。」
遠藤「おひつじ座。」
祐希「でも、夜の空を見ても、どの星がてんびん座か、全くわからないですよ。」
遠藤「長野のさー、山のほうとかに、深夜にドライブとか行くじゃん。まあ、夏とかにね。そしたらさ、あの空の星がものすごい綺麗でさ。まさに、星降る夜って、ああいう星空のことを言うんだろうね。」
祐希「たしかに、港区じゃ見れないですもんね。」
遠藤「見れないわよー。私、東京離れるまで、あんなに空に星がたくさんあるなんて、全然知らなかった。」
祐希「遠藤さんって、結構ロマンチックなんですね。」
遠藤「そうそう、こう見えて、案外ロマンチックなのよ。」
祐希「じゃあ、彼氏になる人は大変でしょうね。」
遠藤「そんなことないわよ。私だって、そんな白馬に乗って、白タイツ履いて、黄金の冠かぶった王子様が迎えにきてくれるなんて思ってないわよ。」
祐希「じゃあ、俺が今度、もっこり白タイツ履いて、飲み会に現れますよ。円山に白の全身タイツ着させて、あいつを馬にすれば、白馬も完成ですよ。」
遠藤「もっこり白タイツですか。」
祐希「ええ、ちょっともっこりが左寄りですけど、はい。」
遠藤「祐希ってさ、しれっとそういう小ネタ挟んでくるよね。いや、なかなか面白くて良いよ、君は。」
祐希「ところで、遠藤さんって、音楽好きですか。」
遠藤「好きよ。ヘビメタ。」
祐希「えっ、ヘビメタですか。例えば、」
遠藤「アイアン・メイデン、オジー・オズボーン、メタリカ、ジューダス・プリーストとか。知ってる。」
祐希「意外だな。これは、めちゃくちゃ意外ですよ。遠藤さんと、ヘビメタが結びつかない。」
遠藤「もうね、金属のとがったピンのついた革ジャンとか着て、フェイス・ペインティングして、ライブに行くの。がんがん、ヘッド・バンギングするのよ。すっごい、すかっとするわよ。ストレスも一気に吹っ飛んじゃうの。」
祐希「それって、誰と行くんですか。」
遠藤「高校のときの友達で何人か、奇跡的に趣味の合う子がいてね。」
祐希「その、ライブ行った時の写真見せてくださいよ。」
遠藤「今度、見せてあげるけど、全く別人に見えるわよ。もうね、ヘビメタの話題ならなんでもオッケーよ。」
そのうち、車は長野市内に入っていった。昼も少し過ぎた時間だったので、通りにあったファミレスに本田の車が入っていった。円山と祐希の車も後に続いた。また、あの無機質な音楽が店内に流れていた。6人用テーブルが空いていたので、そこのテーブルに全員が揃った。
円山「運転していなからって、ビールとか言うなよ、佐野ちゃん。」
佐野「あ、そっか、その手があったか。私、運転していないから、飲んでもいいのか。」
円山「やべっ、俺、余計なこと言っちゃったよ。」
佐野「飲まないわよ。そんな非常識なことするわけないじゃない。」
祐希「いや、そういう非常識な人たちが、稀に存在するんですよ。」
円山「そうそう、あの、某・山下とかな。」
祐希「ああ、あの名前は言えないけど、某・山下な。大ジョッキ7杯も俺たちの目の前で飲みさらしやがった。」
円山「あれは、許せねえ。」
遠藤「え、なにそれ。大ジョッキ7杯ってどういうこと。」
祐希「そうあれは、忘れもしねえ、約1カ月前の出来事。」
佐野「え、何が始まるの。どうしたのこの空気。」
円山「まあ、車でメシを食いに行ったら、山下と沢田さんが運転しなくてもいいからって言って、俺たちの前でビールを飲みだしたわけよ。そしたらさ、あいつら調子に乗りやがって、生ビール大ジョッキ7杯ずつ飲んだわけよ。」
本田「すごいね。沢田って祐希の彼女のあの小柄な子だよな。そんなに飲むのか。」
祐希「飲みますね。まあ、普段はそれほど飲まないですけど、まあ飲もうと思えば、かなり飲めるみたいです。」
円山「山下も強いよな。」
祐希「あいつも飲みますね。俺はあいつと同じ部屋に住んでますけど、よく湯呑で日本酒飲んでますよ。」
遠藤「でも、さすがに、緑ちゃんには勝てないでしょう。」
円山「いや、佐野ちゃんがあれほど飲めるなんて知らなかったからなぁ。」
祐希「竹内に勝てる女性がいるとは思いもしなったよ。」
佐野「それって、褒められてるのかな。」
そのファミレスで昼食をとったあと、本田夫妻とはそこで別れた。円山と祐希はとりあえず、会社の女子寮に行き、そこで女子2人を降ろした。一旦、4人とも寮に戻り、夜に再度集まって、居酒屋で飲むことになった。
午後6時ごろになって、円山が祐希を呼びに来た。山下も寮に戻ってきていたので、山下も連れていくことにした。
祐希「山下は、どこ行ってたの。」
山下「俺はね、斑尾に行ってた。さっき、戻ってきたよ。もう、腹減って死にそうだわ。」
円山「いいね、斑尾。どうせ、お前のことだから、男だけで行ったんだろう。」
山下「そうそう、男5人で。まあ、男同士のほうが気を使わなくて楽だぜ。」
祐希「まあ、ある意味そうだよな。」
山下「で、今日はどこの店。」
円山「ああ、『居酒屋 けんちゃん』だよ。」
山下「ああ、あの座敷あるとこね。いいじゃん、日曜日の夜だから、土曜日ほどは混んでないだろう。」
祐希「一応、電話しておいた。5人分場所空けといてって。」
円山「ぬかりないね、祐希は。」
祐希「山下、お前また大ジョッキ7杯とかやめてくれよ。」
山下「いいじゃんか。飲んだ分は払うって。心配すんな。」
円山「お前、自分で歩いて帰れよ。」
山下「大丈夫だって。明日仕事だし、そんな無茶飲みしねえよ。」
祐希「そうだ、今度同期会をやろうかって話が出ててさ。」
山下「同期会。でも、同期ってかなり人数多いぜ。どこまで誘うかだな。」
円山「まあ、店でその話もしようか。佐野ちゃんも来るし。」
山下「佐野って、円山と同じ課の、あのすっごい地味なあの同期の子だよな。」
祐希「あの子ね、打ち解けると結構喋るよ。それと、なんか竹内と飲み比べして負けたことないらしい。」
山下「はぁ。どういうことよ、それ。」
円山「だから、そのまんまだよ。竹内なんか目じゃないほどの酒豪だってこと。」
山下「世の中に、竹内を上回る酒豪がいるのか。」
祐希「2升はいけるらしい。」
山下「いやいやいや、お前ら話を盛り過ぎだよ。いくらなんでも、2升はないだろ。」
円山「いや、それが、それを見た人がいて、その人も今日、佐野ちゃんと一緒に来るから。」
山下「あの地味な女の子がねぇ。人は見かけによらないって、こういうことか。」
しばらく歩いたあと、3人は店に到着した。奥の座敷が予約されていたので、座敷に上がった。佐野と遠藤はまだ来ていなかった。
山下「先に練習しとくか。」
円山「そうだな。じゃあ、俺、トイレ行くついでに、ビール頼んでくるわ。大と中どっち。」
祐希「大3つでいいだろ。」
円山「わかったよ。」
間もなく、ビールが運ばれてきた。そして、円山もトイレから戻ってきた。山下が空腹だと言うので、何品か料理を頼んだ。
円山「じゃあ、とりあえず男だけで乾杯するか。」
祐希「だな、じゃあ。」
全員「かんぱーい。」
なんか、最近、ビールばかり飲んでいるなと思いつつ、祐希はその黄金色の液体を喉から流し込んだ。一体、こんな飲み物を誰がどこで最初に作ったんだろうか。しかも、最初飲んだ時はびっくりするくらい苦いと思ったのに、今ではその苦みが妙に美味しく感じる。全く不思議な飲み物である。
そのうち、佐野と遠藤がやってきた。二人とも、ばっちりメイクで髪の毛もつやつやにしてやってきた。
円山「いやー、スキー場のときとは、また雰囲気違ってていいねぇー。」
佐野「ごめん、お待たせしました。」
山下「あ、佐野さん、俺、同期の山下です。」
佐野「ああ、山下さん、どうも初めてですよね、こうやってお話するの。」
遠藤「遠藤です。円ちゃんと緑ちゃんと同じ職場なんです。」
山下「山下です。遠藤さんは、同期でしたっけ。」
遠藤「いや、1年先に入社しています。」
山下「ああ、じゃあ、先輩ですね。失礼しました。」
円山「まあ、山ちゃんって呼んであげてください。」
円山が、ビールを2つ追加で頼んだ。そして、女性2人はメニューを見ながら、何品かの料理を頼んだ。そのうち、ビールが運ばれてきた。
円山「それじゃあ、無事に骨折もなく、スキー場から帰還しました。無事を祝して、かんぱーい。」
全員「かんぱーい。」
祐希「なんだよ、その無事を祝してってさ。」
円山「お前なあ、人生一寸先は闇なんだぜ。スキー場で骨折る奴だっているんだからよ。無事に帰ってこれて幸せじゃんか、なあ山下。」
山下「お前、大袈裟なんだよ。」
円山「お前、北見さんのワイフだって、運悪く焼死したわけだし。」
山下「やめろって、それ、もうお腹いっぱいだわ。」
祐希「あ、そうだ、でさー、同期会のことなんだけど。」
遠藤「はい、私も参加します。同期じゃないけど。」
佐野「そうそう、問題はどこまで呼ぶかだよね。さすがに、80人は入れる店もないしね。」
円山「でもさ、呼ぶ人と、呼ばない人を分けると、後々面倒くさくねえか。」
山下「言えてるな。俺、呼ばれてなーい、みたいなさ。」
祐希「でも、全員誘って、全員来るわけじゃないし。」
山下「そうだけど、たとえ半分だとしても40人だぜ。40人でも結構な人数だな。」
佐野「いっかいさ、同期みんなにアンケートとるとか。」
円山「あー、いいかもだけど、多分、回答保留とかいう人が多いと思うよ。だってさ、日程決まらないと、わかんないとか言いだしそうじゃん。」
祐希「じゃあさ、もうここにいる5人が4~5人ずつ誘うってどう。そうすれば、25人くらいじゃん。」
遠藤「ということは、もう同期会ってことじゃないてってことだよね。」
祐希「まあ、そういうことになりますね。俺は、県外出身の同期を誘うから、あとはみなさんの知り合いで、なるべく同期の人とか。」
山下「そうか、あえて同期会ということじゃないようにすればいいのか。」
佐野「なるほどねー。橘君、頭いいね。」
円山「じゃあ、遠藤さんは遠藤さんの同期の人でもいいってことだよな。」
祐希「そうそう。遠藤さんが遠藤さんの同期を誘えば、同期会っていう形も薄れるしね。」
遠藤「なるほどね。じゃあ、私は同期か後輩の仲の良い人を誘うわ。」
山下「なるべくさー、あまり普段から接点のない人達を誘おうよ。そうすれば、みんな顔も広がるだろうしさ。」
祐希「でもなー、俺とか山下ってこっちが地元じゃないから、会社つながりしかいないんだよな。」
円山「おまえ、宗教の勧誘じゃねえんだから、別にノルマなんかねえし。それに、基本的には、会社の同期があくまでもメインだよ。」
祐希「そっか。」
山下「沢田さんは誘うのか。」
祐希「いや、だって同期会だぜ。来ないって。」
佐野「じゃあさ、次の1週間くらいで参加者を確定しない。」
遠藤「でも、参加者を確定するには、日程を決め打ちしたほうがいいんじゃない。」
円山「なるほど、そうかもね。みんな、予定とかあるだろうし。」
祐希「竹内誘おうかな。」
佐野「あ、いいね、それ。」
山下「お前ら正気か。竹内だぜ。」
円山「佐野ちゃんがいるから大丈夫だよ。」
祐希「まあ、何が大丈夫かわからんけどな。」
結局、なーんちゃって同期会の開催は、2週間後の土曜日の夜に決まった。あとは、1週間で参加者を確定して、人数が確定した時点で店を予約することになった。




