第11章 スキーの季節 その1
祐希はそれほど上手くはなかったが、一応人並みにはスキーで滑ることができた。長野の冬の楽しみの一番は、やはりスキーに行くことだった。千波は、全くスキーをしなかったが、祐希のまわりの先輩達のほとんどが、スキーをする人たちだった。とにかく、毎週のように、誰かから週末のスキーに誘われることが多かった。中には、泊まりで週末のスキーに誘われることもあり、1シーズンに2回くらいは1泊でのスキーに行くことがあった。
そんなある日の昼休み、祐希は円山と会社の道路向かいの雑貨屋にいた。すでに、大食堂での食事を終えていた。毎週火曜日には、円山とそこの雑貨屋で少年ジャンプを買いに行き、順番に回し読みをしているのだった。今週は、祐希がジャンプを買い、読んだあとは円山に回すことになっていた。
円山「そういえばさ、本田さんが、再来週末の土日に野沢温泉に1泊スキーに行こうって。おまえも誘えって言われたよ。」
祐希「え、どっちの本田さんだよ。」
円山「旦那さんの方。」
祐希「去年も行ったよな。いいよ。本田さん楽しいし、奥さんもめちゃいい人だし。」
円山「じゃあ、これで4人か。6人くらいで行こうとしてるんだけど、あと二人だれかいない。」
祐希「山下はもう予定あるって言ってたな。千波はスキーしねえし。田丸は小林が来ないと無理だろうしな。」
円山「須山さんとかは。」
祐希「須山さんは、スキーしないって聞いたことある。」
円山「あと、誰がいる。まさか、竹内。」
祐希「却下。夜が修羅場になるって。」
円山「たしかに、そもそもあいつスキーできたっけ。」
祐希「もう、スキーうんぬんの話じゃないな、やつの場合は。」
円山「そうだ、沢田さんの先輩連中は、どう。佐々木さんとか大谷さんとか。」
祐希「いやー、あんまり詳しくないけど、彼氏いたはずだぜ。それに、さすがに千波の先輩を俺が誘うのもなぁ。わかるっしょ。」
円山「まあな、んー、誰かいねえかな。」
祐希「お前の課には誰かいないのか。」
円山「佐野(緑)さん、誘ってみるか。」
祐希「佐野って、あのすっごい大人しい同期のあの女の子か。」
円山「同じ課なんだよね。あの子、同じ中学校だったから、昔から知っているんだよ。」
祐希「俺、ほとんど喋ったことないけど。」
円山「あの子ね、結構、人見知りするんだけど、一旦打ち解けると、かなり喋るよ。」
祐希「そうなん。じゃあ、誘ってみれば。」
円山「そうすると、漏れなく、遠藤さんもついてくる。」
祐希「遠藤さんって誰。」
円山「お前知らなかったっけ。うちらの1年先輩の女性で、俺と同じ職場だよ。」
祐希「いや、知らないけど、1歳上なら千波と同期か。」
円山「ああ、そうなるね。多分、ほとんど接点がないんじゃない。あの二人が話してるところ見たことないしな。」
祐希「まあ、千波の場合、スポーツ推薦で入社しているから、他の社員とは採用枠が別らしいしね。あんまり、詳しいこと知らないけど。」
円山「じゃあ、佐野、遠藤の路線でいってみるか。」
祐希「まあ、ダメ元で誘ってみれば。俺はだれでもいいよ。」
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円山は、昼休みを終え、職場に戻った。タイミングを見計らって、まずは佐野に話をしてみた。
円山「佐野ちゃんさ、佐野ちゃんってスキーするよね。」
佐野「円ちゃん、いきなりどうしたの。スキーはするよ。あんまり上手じゃないけど。」
円山「再来週の週末に本田さんたちと、泊まりで行くんだけど、行かない。」
佐野「どこに行くの。」
円山「野沢温泉。」
佐野「本田さんと、円ちゃんと、あと誰が来るの。」
円山「あと、同期の橘、知ってるよね。」
佐野「えっ、祐希君が来るの。じゃあ、行く。遠藤さんも誘っていい。」
円山「いいけど。え、なんで祐希で盛り上がっているの。」
佐野「祐希君、めちゃかっこいいじゃない。」
円山「ええ、ちょっと待って、ええ、どういうこと。」
佐野「あとで、詳しいこと教えて。遠藤さんには、私から話しておくから。」
なぜか、佐野は祐希が来るということを聞いた途端に、参加する気になったようだった。遠藤のことも誘ってくれるらしかった。ただ、円山には、あの佐野の祐希に対する態度が気になっていた。佐野は、祐希のことが好きなんだろうか。
その週の水曜日の夜に、スキーに行くメンバーで飲みに行くことになった。その日は、洋風居酒屋を本田が予約してくれていた。本田は、若いころから結構やんちゃだったらしく、今でもかなり威勢のいい男だった。
本田「祐希、久しぶりだな。」
祐希「本田さん、ご無沙汰してます。裕美さんも久しぶりです。」
裕美さんというのが、本田の奥さんで、本田裕美という。2年くらい前に、職場結婚をしたとのことである。
円山「えっと、佐野さんと遠藤さんです。」
佐野「裕美さん、はじめまして。本田さんと同じ職場の佐野です。」
遠藤「裕美さん、私も同じ職場なんです。はじめまして。」
本田、円山、佐野、遠藤は同じ職場である。裕美さんは、製造部の所属で、祐希は別の職場だった。祐希は、かすかに佐野の顔を覚えていた。たしか、東京の本社で入社式と配属発表を終え、こちらの長野工場に転勤してきたときに、こちらの同期との飲み会があったのである。いわゆる、本社採用が祐希や山下であり、現地工場採用が円山や佐野だった。
祐希「佐野さんって、あの新人の時の飲み会で会ったよね。」
佐野「橘君、私のこと覚えてた。」
祐希「まあ、もちろん覚えてるけど、あれからあんまり交流がなかったからね。」
祐希達のような県外出身者が、地元出身者を遊びに誘うのは、正直言ってハードルが高かった。というのは、地元出身の社員はどうしても、地元の他の友達と遊ぶことが多く、あまり同じ会社の同期とは遊ぶことがなかったからだ。円山は地元出身だったが、そのへんのバランスを取るのが上手かった。
とりあえず、本田が気を利かせて、事前にコース料理と飲み放題プランを頼んでいてくれた。間もなく、お酒が運ばれてきたので、全員で乾杯をした。
遠藤「ねえ、橘君も、県外出身なの。私もよ。橘君ってどこ出身なの。」
祐希「福井県です。まあ、あまり有名なところじゃないですけど。遠藤さんはどちらですか。」
遠藤「私は、東京なの。」
祐希「俺、あんまり東京のこと知らなくて。今まで、2回しか行ったことないし。」
遠藤「まあ、東京はね、私に言わせれば、今から言う2つのタイプの人にとっては、すっごい良い街よ。一つ目が、やりたいことがはっきり決まっている人。それに、二つ目が、すっごいお金を持っている人。それ以外の人たちにとっては、あまり良い街とは言えないと思う。」
祐希「そうなんですか。」
遠藤「そう。やりたいことがある人にとっては、東京は良いところよ。だって、日本で一番なんでもチャンスがある街だしね。」
祐希「そっかー。そうかもしれないですね。で、お金持ちはどうして東京が良いんですか。」
遠藤「だって、お金さえ払えば、なんでもあるんだよ。どんな遊びもあるし、どんな食べ物もあるし、どんな物でも手に入るしね。」
祐希「いや、俺には縁がないなー。」
円山「遠藤さんって、都内の出身なんですか。」
遠藤「うん、生まれも育ちも、港区なの。」
佐野「そう、遠藤さんって、こう見えてすっごい都会っ子なんだよ。」
裕美「でもさ、本当の東京人って、案外地味だったりするって本当なの。」
遠藤「そうですよ。東京で遊びまくっているのは、ほとんど地方出身者が多いですよ。私なんか、港区出身だけど、六本木で遊んだことないですから。」
佐野「ええ、そうなの。港区なんかに住んだら、毎晩パーティーみたいな雰囲気あるけど。」
遠藤「いや、意外にそこに住んでいる人たちは、普通に地味だよ。私を見て派手そうに見える。」
円山「確かに、遠藤さんって、あの六本木で踊り狂っている女性達とはまったく反対側の人って感じですもんね。」
裕美「遠藤さんは、長野に住んでて、なんか物足りなさとか感じないの。」
遠藤「もう、ぜんぜんハッピーですよ。この広い空、きれいな空気。私は長野のほうが、なんか生きてるって思えるから、もうこっちに永住したいですよ。」
本田「そら、長野県民としては、うれしいね。」
佐野「そう、遠藤さんって、長野大好きなんだよね。あんまり、東京に帰らないし。」
祐希「でも、うちの課にいる滝田さんも東京出身ですけど、ほぼ毎週帰省してますよ。」
遠藤「そういう人もいるのよ。東京じゃなきゃ嫌って人がいるの。」
祐希「いや、俺にはぜんぜん理解できないですね。俺なんかからしたら、長野市でさえ、結構都会に見えますから。」
裕美「まあ、長野ってさ、ちょうどいい大きさだよね。そんな買い物に不便でもないし、かといってそれほど混み混みしていないし。」
祐希「ああ、そうですよね。実際、うちの田舎は本当に田舎過ぎて、やっぱり不便なところありますから。」
本田「じゃあ、遠藤さんはこっちの長野人と結婚するの。」
遠藤「彼氏いないんですよー。誰かいい人いませんか。」
祐希「あ、そういえば、こないだ、ワイフと死に別れした人が・・・。」
円山「おい、祐希、もう北見さんのネタはええって。」
本田「その話、もうみんな知っているよ。その北見さんて、すっかり有名になっちまったなあ。」
佐野「私でさえ、知ってますからね。もう社外の友達に話したら、全員大爆笑でしたよ。」
裕美「もう、そろそろそっとしておきましょうよ。」
円山「あ、もう大丈夫ですよ。本人、全く気にして無いみたいですから。ある意味、あのメンタルの強さはすごいですよね。」
佐野「ねえ、ところで橘君って彼女いるの。」
祐希「え、ええ、彼女いるよ。」
佐野「なんだ、そうなんだ。」
円山「え、まさか、佐野ちゃん、祐希のこと・・・。」
遠藤「円、ちょっと。」
どうやら、円山の指摘は図星だったようである。それまで、円山はそんなことに全く気が付いていなかった。祐希にとっても、いきなりの話で少し戸惑ってしまった。
本田「まあ、ちょっとスキーの段取りの話したいんだけど。」
そこで、集合時間、集合場所、車の割り振り、温泉旅館の場所、それぞれの費用の件などを、本田が説明してくれた。どうも裕美さんが、いろいろと手配をしてくれていたようだった。裕美さんは、頼りになる姉御という感じだった。車は3台に分乗していくことにした。祐希の車には、遠藤さんが同乗することになった。円山は佐野、そして本田夫妻ということで、3組に分かれて移動することになった。
本田「まあ、これで段取りはいいよな。」
祐希「いやー楽しみだな。今シーズン初滑りだよ。」
円山「こう見えてさ、佐野ちゃんって、結構お酒好きだよね。」
佐野は確かに円山の言うとおり、一旦打ち解けると、かなりお話好きな女性だということがわかった。それに、お酒も結構いける口だった。驚いたのは、本田さんがほとんど飲めないという事実だった。昨年、スキーに行ったときは、夕食のあとの飲み会のときは、すでに本田さんは疲れて眠ってしまっていたのを思い出した。よって、こうやって一緒に酒を飲むのは、確かに初めてだった。本田さんは、ビールだったら、コップに2杯くらいで顔が真っ赤になり、それ以上は飲めないようだった。
本田「いや、俺、実はほとんど飲めないんだわ。」
祐希「見た目だと、めちゃ飲みそうに見えますけど。」
裕美「そうなのよ。うちでも、晩酌するけど、ビール1缶を二人で半分ずつよ。」
円山「裕美さんは、飲めないんですか。」
裕美「あんまり強くはないけどね。そうだなー、缶ビール3本が限界かなー。」
佐野「私はお酒、大好きですよ。ビールとワインかな。」
遠藤「私も好きですね。(佐野)緑ちゃんと一緒によく飲んでますよ。」
円山「なんだよ、俺のことなんか全然誘ってくれないじゃんか。」
遠藤「だって、円ちゃんって、男友達ばっかりで飲みに行っているじゃん。」
祐希「じゃあ、今度みんなで飲みに行きましょうよ。」
佐野「ええ、やだ、橘君も来てくれるの。」
本田「いいねえ、酒が飲める若い連中は。」
祐希「本田さんも若いじゃないですか。まあ、俺が言うのも生意気ですけど。」
本田「いや、この年で5歳差ってでかいよ。」
円山「なんか、佐野ちゃん、めっちゃ嬉しそうじゃんか。」
佐野「前から、橘君と飲みに行きたいと思ってたの。」
祐希「俺、そんなに飲める口じゃないけど。」
円山「つうか、祐希の場合、周りに恐ろしいほどの酒豪が多いからね。竹内、沢田さん、山下、佐山さん、田嶋さん、その他多数って感じだよな。」
佐野「竹内は同期だから知ってるよ。私さ、竹内と飲み比べても、負けたことないけど。」
その瞬間、祐希と円山が凍り付いた。あ、あの竹内と飲み比べて、負けたことがない。
祐希「ちょ、ちょっと、佐野ちゃん、それ本当なの。」
佐野「うんうん。まあ、竹内は高校のころから知っているけど、ぜんぜん負ける気しないし。」
祐希と円山は、顔を見合わせてしまった。竹内よりも上がここにいたとは。かなり衝撃的な事実だった。
祐希「で、佐野ちゃんは、1升ビンの日本酒を飲み干すことができるの。」
佐野「うん。ぜんぜん飲める。」
円山「ひえー、こんなところに化け物がおるし。」
佐野「ちょっと、化け物ってどういうことよ。」
遠藤「でもね、緑ちゃんっていくら飲んでも、あんまり顔色変わんないよね。なんか、淡々と飲み続けて、気がついたら2升みたいな。」
祐希「に、に、2升ですか。肝臓大丈夫なの。」
佐野「んー、健康診断でひっかかったことないなー。」
祐希「じゃあ、佐野ちゃんは、飲んでも人に絡んだりとかしないの。」
佐野「そんなことしないよー。」
円山「祐希なんか、毎回、竹内に絡まれているぜ。」
祐希「そうそう、もうねー、竹内の酒癖の悪さには、辟易しているから。」
遠藤「えー、そんな人いるの。普通に女の子なんでしょ。」
円山「見た目は、ぜんぜん普通で、むしろどう言ったらいいか、いわゆる清楚系で、毎日メイクばっちり、でもほぼ毎日酒臭いんだよ。で、身長もたしか172cmとか聞いたことがある。すらっとしていて、プロポーションもいいけど、酒癖最悪みたいな。」
遠藤「強烈だね、その子。」
祐希「そうなんですよー。それで、彼氏ができねえとか、毎回絡まれるんですよね。しかも、翌日全部覚えているんですよ。それなのに、全く自己嫌悪感ないし。」
円山「あいつさー、実は性転換した元男なんじゃないか。声は野太いし、背も高いしさ。」
祐希「ああ、なんか都市伝説かなんか知らないけど、髭剃っているところを見たやつがいるとかなんとか。」
円山「なんか、スカートの下には、トランクス履いてるって聞いたことがあるぞ。」
遠藤「もう、酷いこと言うわね。あることないこと。悪乗りしすぎじゃない。」
佐野「竹内ってね、昔から酒癖わるいのよ。酒に飲まれるタイプだね、ありゃ。私は、お酒を楽しく正しく飲みますからね。」
祐希「すげぇ、余裕だな、佐野ちゃんは。なんか、王者の風格がただよっているわ。」
円山「なんの、王者だよ、それ。」
ということで、スキー1泊計画がまとまった。あとは、再来週の週末に計画通りに行くだけである。ただ、祐希にとっての驚きの発見は、竹内を上回る酒豪がいたという事実だった。しかも、同期の女性だった。竹内はかなり身長も高く、かるく170cmは超えているのだが、この佐野さんはどう見ても155cmくらいの女性だった。こんな大して体も大きくない女性が、2升もの日本酒を飲めるなんて、彼には信じられなかった。




