第1章 祐希と千波
まだ試作段階です。
祐希がまだ、20歳になったばかりのころ、初雪が降ったその日の朝に車で志賀高原に行くことにした。すでに太陽の光が照っており、路面は普通タイヤで走れる状態になっていた。彼は助手席に彼女を乗せて、一路志賀高原に向かった。彼が住んでいた長野市から志賀高原まではそれほど遠くもなく、しかもまだスキーシーズン前だったため、車も少なかった。標高が上がるにつれて、霧が濃く発生してきており、それがとても幻想的で美しかった。白樺の木の小枝には、うっすらと雪が積もっており、それらの木々が幻想的な霧を背景に道路の両側にずっと続いていた。まるで、子供のころに母親に読み聞かせてもらった、絵本の背景に描かれていた欧州のどこかの景色のようだった。ただ、祐希は欧州には行ったこともないし、そもそも外国に行ったことがなかった。行く予定もなかったので、あくまでも印象の話である。
彼の彼女(千波)は、ちょうど1歳年上の21歳の女性だった。同じ会社の1年先輩の女性だった。彼女は、長野市で生まれ育った、生粋の長野人だった。祐希は県外(福井県小浜市)の出身で、高校を卒業後、千波が勤める会社に就職することになり、長野市に一人で引っ越してきた。長野市での生活は会社の社員寮での生活で、自宅が遠方にある同じような年頃の社員たちとの共同生活だった。千波は車を持っていなかったため、会社の近くにある別の女子寮に住んでいた。彼女の実家も同じ市内にあるのだが、彼女の実家と会社のある場所は、かなり離れており、彼女も女子寮に入っていた。
寮生活は、慣れれば楽しいものの、最初は赤の他人との共同生活ということもあり、なかなか慣れるまではしんどい毎日だった。そもそも、ほんの数か月前まで高校生だった若者が、いきなり社会に出て、働くことも初めて、親元を離れて生活するのも初めて、しかも県外に住むのも初めてなので、慣れるのに時間がかかるのは当然だった。寮には、かなり日本全国のいろいろな所の出身者が住んでおり、まだ方言の抜けない者も多かった。
18歳で長野県に来て、そろそろ生活にも馴染んできていた。友人もたくさんできたし、会社の先輩達にも良くしてもらっていた。そして、こちらの地元出身の彼女もできたので、祐希としては何の不満も無かった。そんなある土曜日に、千波がいきなり志賀高原へのドライブに誘ったのである。
祐希は最初のボーナスを頭金につっこみ、ローンでホンダのCR-Xを買っていた。特別、大の車好きというわけではなかったが、そもそも車がないとかなり生活が不便なのに加え、たまたま通りで見かけたCR-Xに一目ぼれしてしまったのだ。彼にとっては、こんな格好いい車は初めて見たというくらいの衝撃だった。
そんな、晩秋のある土曜日に、祐希は千波とデートをする約束をしていたので、彼女の寮の前まで彼女を迎えに行った。長野市の街中でぶらぶらしようと思っていたが、千波は突然山に行きたいと言ってきた。
千波「ねえ、朝のニュース見た。」
祐希「いや、見てない。つうか、俺の部屋にはテレビないし。」
千波「あ、そっか。そうだったね。今朝、山の方は初雪が降ったみたいよ。志賀高原行ってみない。」
祐希「志賀高原。いや、でもまだスパイク・タイヤ履いてないし。」
千波「大丈夫よ。道路の上の雪はもう溶けているから。ノーマルタイヤで平気だから。」
祐希「まあ、いいけど。でも、やばそうだったらすぐに戻るってことでいいよな。」
千波「いいよ。行こう、行こう。」
千波は祐希よりも1歳年上なのだが、背も小さいし、顔も子供みたいな顔つきで、とても年上には見えないような女性だった。中身は、普通に年齢並みなのだが、顔の見た目はほとんど未成年という感じである。ただ、体つきだけは大人の女性という感じで、出るところはしっかり出ているという女性で、なんか見た目はかなり年齢不詳的なところがあった。顔は子供、体つきは大人、会話はまあ年齢なりにという女性だった。しかも、彼女にはすごい特技があった。それは、一度通った道は全部記憶しているという特技だった。それに比べ、祐希はすさまじい方向音痴で、すでに何回も通っている道でさえ、全く覚えていないことも多かった。よって、運転は祐希なのだが、千波が助手席でナビゲーションを勤めるというのがいつもの役割分担だった。それにしても、ほとんど北信エリアの道という道は全て知っているような感じで、特に彼女が生まれ育った長野市内の道については、裏道なんかもほぼ全て知っていた。まるで、脳みそが人工衛星のように宙に浮かんでいて、頭上はるか上から、祐希の運転する車の進行方向をナビゲートしているような正確さだった。
千波に言われるがままに、祐希は運転していった。夏の間も何回かドライブに来ていたので、千波のナビがなくても行けたのだが、千波は祐希の方向音痴を心配して道案内をしていた。外は、秋の気配が満杯で、空気は澄み、遥か向こうに連なる山々は紅葉まっさかりで言葉にできない美しさだった。徐々に、山の中に入っていく登り勾配の道に入っていった。里のほうは全く雪が無かったのだが、やはり千波がニュースで見た通り、山を上がっていくごとに、まわりは薄い雪景色に変わっていった。途中の駐車場に車を停めて、車外に出てみたが、かなりの寒さだった。冷たい空気が刺さるような肌寒さだった。駐車場から眼下にあるはずの街を見下ろしても、霧に隠れて何も見えなかった。今朝、降ったばかりの雪は、かろうじて木々の枝に張り付いており、それはまるでランダムにまとわりついた、不揃いのダイアモンドの粒たちに見えた。そして、そこから透明な雫が少しずつ落ちていた。外の気温は、おそらく0℃を少し上回る程度なのだろうと思った。千波はまだ秋のつもりで、長いスカートを履いてきたのだが、外に出たとたんにあまりの寒さに、震えているようだった。それでも、それを補って余りあるほどの景色の美しさだった。
千波「いや、寒いね。すごい、綺麗だけど、寒い。もっと、厚着してくれば良かった。」
祐希「しかし、この雪景色はすごいなぁ。もう、すっかり冬だよな。あと、2、3週間したら、スキーもできるようになるんだろうな。」
千波「スキーは遠慮しておくわ。寒いのは嫌いだし。それに、私、昔ほら、膝を悪くしているからできないんだよね。」
祐希「ああ、そうだったな。俺はスキーは好きだけど。お前抜きで行っていい。」
千波「いいよ。そんなん、止める理由もないし。」
祐希「いや、スキー場での女の子ってさ、3割増しくらいでかわいく見えるんだよな。あれ、なんでかな。」
千波「バカじゃない。どうせ、一緒に行ってくれる女の子なんていないくせに。」
祐希「たしかに、いないね。女性と行くっていっても、会社の先輩ばっかりだしな。」
千波「寒い。車に戻ろ。」
祐希「だな。」
二人は車に戻った。車の中はほどよく暖房がきいており、なんだかほっとする温かさだった。
千波「志賀高原抜けて、須坂方面のほうへ行って、その後どこかでご飯食べて帰ってこようか。」
祐希「そうしようか。」
彼らは、長野市から中野市を抜けて、山ノ内町を通って、志賀高原にいたるルートをドライブしていた。その後、長野市へ戻ってから食事をすることにした。車の中では、千波の好きな音楽がずっとかかっていた。
千波「やっぱ、ユーミンて何回聴いてもいいよね。」
祐希「俺は、あんま聴かないけどね。」
千波「確かに、男子ってユーミン聴かないよね。祐希は意味の分からない音楽ばっかり聴いているからな。私はついていけんわ。」
祐希「まあ、よく言われるよ。俺さ、音楽の趣味が合うやつって、ほとんどいないもん。」
ふたりはいつものように雑談をしながら、外の美しい景色を楽しんでいた。まるで、氷の世界に紛れ込んだような世界だった。週末だったのだが、雪が降ったせいか、車は少なく、ドライブは快適だった。
千波「ねえ、今日はエッチしたい。」
祐希「今日も、エッチしたい。」
千波「え、まじでしたい。」
祐希「ええ、毎日でもしたいですけど。今日のお体はどんな具合ですか。」
千波「どうしようかなー、ちょっと迷うな。」
祐希「なんだよ、そっちから話振っておいて、それはねえだろ。」
千波「ちょっとねー。女子の体っていろいろあるのよ。男子みたいに、はい、出して、すっきりってわけにはいかないのよ。」
祐希「おまえ、男子になったことないのに、そんなのわからねえだろ。」
千波「いや、祐希見てると、いつもそんな感じじゃん。それと、エッチするのを、『一本抜く』とか、『一発やる』とか、そういうお下品な言葉は使わないでよ。いつも、そうじゃん。」
祐希「いや、普通そんな感じだろ。あかん、お前がそんなこと言うから、もう収まりがつかなくなってきた。」
千波「いやねー。さかりのついた野獣は。」
祐希「ということで、今夜はお願いします。」
千波「いや、まあその気になったらね。」
祐希「うわ、生殺しってってやつだな。いや、話振っておいて、生殺しか。」
車内では、いつの間にか、プリンセス・プリンセスのCDが流れていた。そう、あの当時は車の中で、CDを聴いていたのだ。そもそも、CD自体が発売されて間もないころで、祐希のCR-Xには最新鋭のCDプレーヤーが搭載されていたのだった。千波は音楽と漫画とソフトボールを愛する女子だった。千波の長野市の実家の部屋には、壁じゅうに本棚があり、そこには少女漫画の漫画本がびっしりと並べられていた。
千波「こないださー。」
祐希「ん、こないだ、どした。」
千波「実家の近くのコンビニにいったらさ。そう、新しいコンビニができたのよ、近所に。そしたら、私、中学生に間違えられてさ。高校生ならまだしも、中学生だよ。信じられないでしょ。21歳ですって言ってやったら、びっくりしてたわ、店員さん。」
祐希「いや、だって、お前まじで、見た目ガキだもん。まあ、いつも化粧しているから、大人かなって思えるけど、すっぴんだと、そら中学生にも見えるって。」
千波「高校生じゃなくて、中学生だよ。ひどいしない。」
千波は同じセリフを繰り返した。確かに、すっぴんなら、ちょっと生育の良い中学生に見えないこともなかった。
祐希「いいじゃん。おばちゃんに見られるよりいいだろ。」
千波「まあね。タバコだって、堂々と買えるんだから。タバコ吸わないけど。」
千波はタバコはいっさい吸わなかったが、21歳にしては信じられないほどの大酒飲みだった。平日でも時々仕事終わりに、二人で歩いて居酒屋に飲みに行っていた。同期の友人や、同じ課の先輩などと飲みに行くときに、千波も参加することがあった。祐希と千波の仲は、みんな知っていたので、特にコソコソする必要もなかった。祐希はお酒は好きだったが、それほど大量には飲めなかった。もう、限界だと思うと、そこからはお茶を頼んで飲んでいることが多かった。一方の千波は、際限なく飲み続ける、いわゆるザルと言われる酒豪だった。それにしてもあれだけ大量のビールを飲み続けるのに、彼女は全く太っていなかった。どちらかというと、少し細めと言ったほうがよいような体形だった。
千波「ということは。もし、今検問かなんかで、お巡りさんに車を停められたら、祐希は女子中学生を誘拐した変態おじさんとして逮捕されるかもしれないね。」
祐希「その変態おじさんって、どういうことよ。俺のほうが年下だし。まあ、変態は否定しないけど。」
千波「ぎゃはは、うける。やっぱ自分でも変態って思ってるんだ。」
祐希「おまえ、まじで女子中学生のふりをするとかやめてくれよ。」
千波「検問なんかないわよ、こんな雪降ったばかりの志賀高原の道でさ、あるわけないじゃん。」
山の道は、なだらかなカーブをえがき、その道をゆっくりと進んでいった。とにかく、外の景色が美しすぎるので、時折道路わきの駐車場に停まって、車の外に出た。
祐希「景色は最高だけど、寒いなぁ。」
千波は鼻の頭とほっぺたが少しピンク色に紅潮していた。とにかく、肌の色が白いので、血色で顔の一部がほのかなピンク色になるのである。
千波「いやー、きれいだわ。さいこー。」
千波はやけにテンションが高かった。二人とも、平日は別の職場のため、全く会えないのである。したがって、週末のデートが二人の密かな楽しみだった。まだ、二人とも社会に出たばかりで、ようやく親から自立して、自由な生活を満喫することが出来る年齢になったばかりである。祐希は車であちこち移動できるのが、うれしくてしょうがなかった。1年数か月前までは、どこへ行くにも自転車しか交通手段がなかったのだが、今は自分で車を運転すれば、何百キロ彼方にでも行けてしまう。そして、その分いろいろと見たこともないような風景に出会える。特に、長野県全体が車でドライブするのに最高なドライブルートがいくつもあった。確かに、海岸線のドライブはできなかったが、その分を補っても余りあるほどに、山々の景色は圧倒的だった。
祐希「そろそろ下に降りるぜ。メシくって、エッチして、帰るか。」
千波「結局、やるんかい。しょうがねえなぁ、スケベ親父め。」
祐希「年下だし。」
その時代、郊外の大通り沿いに、大型のファミリーレストランなるものがどんどん増えてきた時代だった。千波は長野市内のファミリーレストランをひとつずつ食べて回るのを楽しみにしていた。祐希としては、普通の定食屋が良いのだが、そこはカップル間での力関係で、ほぼ毎回千波のチョイスに従っていた。その日も、長野市の国道沿いにある、全国チェーンのファミリーレストランで夕食をとることにした。
千波「いまさー、どの店のパスタがおいしいか、食べ比べてるんだよね。ファミレスだけじゃなくて、いろんな洋食屋さんとか。」
祐希「パスタなんか、どこで食っても同じ味と量じゃんか。」
千波「いや、そんなことないよ。ゆで加減から、パスタのもちもち感から、ソースの味まで、何もかも違うのよ。やっぱ君にはその繊細な違いがわからないのね。」
祐希「俺は、ナポリタンしか知らないし。それに、パスタとスパゲッティって何が違うの。」
千波「ナポリタンってイタリアにはないらしいよ。あれは、日本独自のスパゲッティらしいよ。」
祐希「そうなんだ。じゃあ、イタリア人はナポリタンって食べたことないのかな。」
祐希はパスタとスパゲッティの違いに関する答えを待ったのだが、千波は全くそのことについては無視していた。多分、聞き逃したのかもしれない。
千波「そんなの知らない。私、イタリア人の知り合いとかいないし。」
祐希「だよな。俺なんか、多分今までの人生で、イタリア人という人たちに会ったこともないよ。だいたい、日本の地方になんか、外人いないし。」
千波「言えてる。英会話学校くらいだよね、外人見るの。」
祐希「俺なんか、中学生の時の修学旅行で生まれて初めて東京に行って、その時に生まれて初めて白人みた。おばちゃんだったけど、でかかったよ。」
そのうち、目的地のファミリーレストランに到着した。駐車場に車を停めて、外に出た。少し霧状の小雨が降っていた。
千波「いや、冷えるね。さっさと入ろ。」
二人は、ファミリーレストランに入った。係りの人が、道路側の窓のある席に案内してくれた。店の中は、家族連れ、カップル、友人同士といった客がまばらに入っていた。6割程度の込み具合だった。誰も聴いていないような、毒にも薬にもならない無難な音楽が小さい音で流れていた。一体、こんな退屈な音楽、誰が作曲して、どのようなルートでここのレストランに流れ着いたのだろうか。これは、有線放送なのだろうか、それともCDを流しているのだろうか。ふと、そんなことを考えながら、祐希は席についた。
早速メニューが運ばれてきたので、千波と祐希はメニューを見てみた。祐希はパスタを食べたいわけでもなく、とにかく米が食べたかった。千波はやはりパスタが食べたいようだった。
千波「ねえ、このキノコ・クリーム・パスタと、こっちのアラビアータってどっちが美味しそうに見える。」
祐希「どっちも美味そうじゃん。俺はキノコが好きだから、俺だったらキノコのほうを頼むね。」
千波「やっぱ、そう思う。オッケー、決めた。祐希はどうするの。」
祐希「俺は、ハンバーグステーキのライスセット、ライス大盛でいきます。」
千波「ハンバーグ好きだね。つうか、肉好きだよね。なんか、いっつも肉食ってるじゃん。」
祐希「肉は好きだよ。焼肉が一番好きだね。来週はさ、焼肉行こうぜ。」
千波「いいけど、別に。そうだ、よくさー、焼肉に行くカップルはもうエッチしているって言うじゃない。あれって本当かな。」
祐希「いや、わかんないけど、そうかもね。なんか、肉食って、精つけて、いくぞー、みたいな。」
千波「私も大谷先輩に聞いてみたんだけど、だいたい当たってるみたいよ。」
祐希「たしかに、俺らも時々焼肉行くもんな。」
千波「つうかさ、なんで徹夜明けの男って、あんなにギラギラしてるの。怖いくらいなんだけど。」
祐希「いや、なんか徹夜明けってさ、疲れているんだけど、妙に性欲が高まるっていうか。俺にもわからんけど、もう脳みそが興奮している状態なんだよ。」
千波「あれってさ、男の人みんななの。」
祐希「何人かの先輩に聞いてみたけど、みんなそうだってさ。いや、俺だけじゃないんだって少し安心したけど。最初は、俺は病気かなって思ったよ。」
千波「そうなんだ。で、次の徹夜っていつなの。」
祐希「次の週末だよ。金曜日の夜から土曜日の朝まで。」
千波「おお、じゃあ来週の祐希は野獣化しているってことね。やだー。」
祐希「もう、ばりばりいきまっせー。」
千波「アホか。」
そのうち、中年の女性が注文を取りに来た。そこのファミリーレストランの女性用制服が恐ろしいほど似合っていない女性だった。
ウェイトレス「ご注文、お決まりですか。」
千波「あの、私、アラビアータのセットでお願いします。」
ウェイトレス「スープとサラダどちらかお選びいただけますが。」
千波「サラダで、ドレッシングはイタリアンでお願いします。」
ウェイトレス「かしこまりました。ご注文は、お決まりですか。」
その女性ウェイトレスは、こんどは祐希に注文を聞いてきた。
祐希「あ、あの、チーズハンバーグ・ステーキをセットで。」
ウェイトレス「ご飯とパンが選べますが。」
祐希「ご飯大盛でお願いします。」
ウェイトレス「ドリンクバーはいかがなさいますか。」
千波「あ、じゃあ、ドリンクバー2つで。」
その後、そのウェイトレスは注文を復唱してから、店の奥の方に歩いて行った。
祐希「キノコ・クリーム・パスタじゃなかったのか。」
千波「んー、直前で気持ちが変わった。なんか、ちょっと辛いのが食べたいなと思って。」
祐希「その、アラビアータっていうのは辛いのか。」
千波「そう、辛めの味付けになる。すっごい赤いのよ、トマトとチリで。」
まだ、時間は午後6時を少し回ったところだった。食事をしたら、ふたりで近くのラブホテルで数時間過ごしてから、会社の寮に帰ることにした。だいたい、いつもの週末のデートプランである。とはいえ、祐希は会社のサッカー部に所属していたし、千波もソフトボール部に所属していたため、試合や練習のある日は、夜しか会えなかった。それでも、二人で過ごす時間は楽しかった。
千波「ねえ、今日も行くの。ホテル。」
祐希「行きますよ。俺から生きがいをとるなよ。もう、この1週間ため込んでいるからな。」
千波「その言い方、なんとかならないの、アホ。」
相変わらず、ファミリーレストラン内には、アノニマスな音楽がずっと流れていた。この無記名で、無個性で、無国籍な音楽も、この世の中の経済活動の一部としての働きをしているのだ。そういうものって、案外世の中には多いのかもしれない。
千波「あ、そうだ。来週の土曜日は、ボーリングにいかない。大谷先輩と佐々木先輩に誘われてるの、先輩たちも彼氏を連れてくるっていうから。お願い。」
祐希「 あ、いいよ。どうせ、朝からどっか行くでしょ。ボーリング行く前に、ホテルにしけこむか。俺、どうせ徹夜明けだし。」
千波「ほう、君は元気がよいね。いいよ、お付き合いしましょう。何時に迎えに来てくれるの。」
祐希「えっと、会社から寮に戻って、2~3時間くらい仮眠してから行くわ。9時ごろからな。で、ボーリングは何時集合。」
千波「ボーリング前にご飯行こうって言ってた。えっとね、あのいつも行くロイホに午後5時集合だって。」
祐希「ということは、じゃあ焼肉は再来週にしようか。まあ、とりあえず朝の9時頃に迎えにいくわ。その後は、まあ成り行きということで。」
千波「おう。じゃあ、9時ごろに寮の前に出てるから。」
そのうち、料理が運ばれてきた。祐希はかなり空腹だったので、あっという間に食べてしまった。
祐希「いや、この量じゃ、ぜんぜん足りねえよ。」
千波「なんか、追加頼めば。それか、私のパスタ少し食べる。」
祐希「いや、あとでコンビニで何か買うわ。あんま時間ないし。」
千波「だね。もういっぱいたまっているんだもんね、君は。」
祐希「でかい声で言うなって。」
千波「ねえ、ねえ、やっぱうちらってさぁ、若い変態男と、その男に連れまわされている、かわいそうな女子中学生に見えるのかな。」
千波が小声でささやいた。
祐希「見えるか、アホ。でもまあ、兄弟には見えてるかもな。兄と妹みたいな。」
千波「おお、私は妹に見られているのか。」
祐希「いや、あくまで、多分そう見てる人もいるかもねって話。つうか、誰も気にもしていないと思うけど。」
千波「でもさ、私、顔はガキだけど、一応出るとこ出てますけど。」
祐希「例えば。」
千波「この豊満なムネとか。」
祐希「・・・・」
千波「なんか、すっごいいやらしい目で見てるでしょ。」
祐希「ええやん、自分の彼女いやらしい目で見てもいいじゃん。」
千波「いやねー、変態は。変態男、女子中学生を誘拐、みたいな。」
祐希「えっと、誘拐してませんし。まあ、変態は否定はしませんが。」
千波「否定せーよ、そこ。」
ファミリーレストランで食事をとり、いつもの郊外のラブホテルへと向かった。途中のコンビニで、飲み物とサンドイッチを買った。外の小雨はすでに止んでいたが、空に星は見えなかった。まだ厚い雲に覆われているのだろう。結局、そのラブホテルには3時間あまり滞在して外に出た。そのまま、祐希は千波を長野市にある女子寮まで送っていき、祐希は自分の男子寮に戻った。
男子寮の部屋は8畳間で、そこに二人が押し込められている。大卒の人や、高卒でも入社5年以上の者は、一人部屋に入ることができたが、祐希はまだ入社して2年である。寮の同室には、同期の山下が入っていた。その土曜日の夜に寮に戻ったときには、山下はまだ帰宅していなかった。いそいで、寮の大浴場に行った。大浴場には、3人ほど入浴中の者がいた。その中に、仲の良い先輩が一人いた。
窪田「おい、橘(祐希)、今日風呂入るの何回目だ。」
祐希はなんとなくわかっていた。そう、あのラブホテルにはその先輩の車が停まっていたことを。ただ、あまり見て見ぬふりをしていただけだった。
祐希「窪田先輩の車ありましたよね。」
窪田「おまえ、ばればれじゃねえかよ。しかし、好きだねー、お前も。」
祐希「いやいや、よう言いますわ、先輩。かんべんしてくださいよ。でも、鈴木さんってきれいですよね。」
窪田の彼女(鈴木)は、祐希の4歳年上の女性だった。会社でも有名な美人で、誰でも名前を知っているくらい社内では有名だった。
風呂から上がり、部屋に戻ると、同室の山下が戻っていた。
祐希「おまえ、まさか今日も仕事か。」
山下「ああ、ぜんぜん終わらねえよ。なんか、次から次へと仕事押し付けられてよ。」
祐希「メシ食ったのか。」
山下「そこのコンビニで買ってきた。風呂入ってくる。」
祐希「そか、あんま無理すんなよ。」
寮の風呂は、午後11時には閉まるのである。もう10分くらいしかなかった。山下は風呂用具と着替えを持って、急いで部屋を出ていった。祐希は帰宅途中に買ってきた缶ビールを開けて飲んでいた。部屋にはテレビが無いので、ラジオをつけて聴いていた。すると、ドアをノックする音が聞こえた。
祐希「はい、開いてますよ。」
入ってきたのは、滝田さんだった。会社の同期で同じ職場の人である。同期とはいえ、彼は大学卒で1年留年しているらしいので、5歳年上である。
滝田「おう、祐希、帰ってたか。北見さんの部屋で飲んでいるけど、お前も来いよ。」
祐希「いや、でも俺、このビールしか酒持ってねえし。」
滝田「いいよ、ウイスキーあるし、ツマミも買ってあるから、心配すんなって。で、山下はどこだ。」
祐希「ああ、あいつなら風呂いってますよ。」
滝田「まさか、あいつ今日も仕事だったのか。しかし、仕事好きだな、あいつは。」
祐希「いや、好きではないと思いますけど。」
滝田「まあ、いいや。もし良かったら来いよ。」
祐希「ああ、後で行きます。」
その後、山下が風呂から戻ってきた。ほとんど、お湯を頭からかぶっただけという感じだった。
山下「寒いわ。今日は冷えるな。」
祐希「だって、今朝は山の方は雪だったんだぜ。もうすぐ、冬だよ。いやだね、寒いのは。あ、滝田さん達が飲んでるから、北見さんの部屋に来いって言っていたぜ。」
山下「ああ、このコンビニのおにぎり食ったら行くわ。」
祐希「じゃ、俺、先にいっているから。」
結局、滝田さん、北見、山下、祐希の4人で深夜2時まで飲んだ。4人とも、給料前ということで、外に飲みに出る金も無かったのである。だが、そんなことは誰も気にしていなかった。ただただ、そうやってバカなことを言いながら飲んでいるのが楽しかったのだ。
翌日は、日曜日だった。日曜日は会社の同志で結成しているサッカー部の練習の日だった。同じ会社の先輩達何人かと、近くの河川敷のグラウンドで練習をした。そこを、2時間だけ借りているのであった。会社がクラブ用にグラウンドを持っているのだが、今日は野球部が使っていた。練習は午前中で終わり、その後サッカー部の先輩達と食事に行くことにした。
福山「さて、どうする。何食いたい。」
堂本「俺は、そばがいいです。天ぷらそば。戸隠まで行きますか。」
福山「いや、別に戸隠まで行かなくても、この辺にも美味いところあるよ。祐希は何が食いたい。」
祐希「いや、別に俺もそばでいいですよ。」
小林「あ、俺もそばでいいっす。」
サッカー部には、小林と中村という二人の同期がいた。彼らは、二人とも地元の長野県中野市の出身だった。祐希は長野県に移り住むまで、中野市という市の存在を知らなかった。福山は同じ職場の先輩で、東北の出身だった。堂本は、別の職場で祐希達の1歳上の人だった。他の連中は、練習後に帰宅してしまったが、いつもどおり5人で食事に行くことにした。
福山「いや、次の大会なんだけど、来週組み合わせ抽選会なんだよな。」
堂本「やっぱ、曽根さんが抽選に行くんですよね。」
福山「そうなんだよ。曽根さん、いつもハズレひいてくるからな。もうくじ運悪いんだから、他のだれかに任せりゃいいのに。絶対、俺のほうがくじ運あるぜ。」
小林「曽根さんて、そんなにくじ運悪いんですか。」
堂本「悪いね。大会のくじ引きなんか、毎回初戦で優勝候補の中野FCとか、北信ユナイテッドとかを引いてくるからな。最悪だぜ。」
中村「初戦で、中野FCはありえないですね。勝てる気がしねえ。俺の同級生がそこでプレーしてるけど、ぜんぜん俺なんかより上手いし。」
祐希「いや、別に強いところでもいいじゃん。勝てばいいんだよ。」
小林「いや、おまえはうちと中野FCとの差を知らないから言えるんだよ。あいつら、かなりえぐいぜ。」
祐希「いいよ、かかってこいよ。全然、気にならねえ。」
堂本「いいね、その強気。橘くらい強気じゃないと。気持ちだけは負けねえようにしねえと。」
福山「まあ、まだ抽選結果は出てないから。」
祐希「ところで、小林、彼女元気か。たまには連れてこいよ。」
小林「元気だよ。あいつも忙しいみたいなんだよ。」
もともと、小林と小林の彼女(田丸)は、祐希が女友達を誘って飲みに行ったときに知り合ったのである。祐希の女友達の佐藤の友人が田丸だった。祐希と佐藤は、別に彼らをくっつけようとする意図はなかったのだが、いつの間にか付き合っていたというわけだった。
祐希「とは言っても、俺も別に友達というわけじゃないけどな。佐藤の友達だったつながりだもんな。まあ、佐藤とは仲いいけど。」
佐藤は祐希の1歳年下の女性で、同じ会社の別の部署に所属している後輩だった。1歳年下には見えないほど、大人に見える女の子だった。祐希とはかなり仲が良く、時々友達を誘って飲みに行っていた。
食事を終え、そのまま解散になった。さて、明日からまた一週間仕事である。
まだ試作段階です。




