ミミックですが、このところ冒険者が全然俺に引っかかってくれないので、カフェを経営することにしました
あるダンジョンにて、ミミックが魔物仲間であるゴブリンにため息をついていた。
「ったく、最近の冒険者どもは……」
「どうした?」
「このところ、冒険者が全然俺に引っかかってくれねえんだよ」
「あー……」
ミミックとは宝箱に擬態する魔物であり、彼もまた赤色の宝箱に化けて、獲物を待つことが日課だった。
しかし、近年はちっとも成果がないという。
「俺が放置されてるのに誰も寄ってこない。事前に魔法で探知されてバレたこともあったし、それすらされず『あれ絶対ミミックだろ! あんなのに引っかかる奴いるわけねーよ!』なんて笑われたことすらあった」
緑色の小鬼のような外見をしたゴブリンは顎に手を当てる。
「人間どもも賢くなってるからなぁ。宝箱見て『あ、宝箱だラッキー!』なんて開けようとする奴もずいぶん減ってきちまったってことさ」
「それがよくないんだよ!」
声を荒げるミミックに、ゴブリンはのけぞる。
「近頃の人間はお約束ってもんを分かってねえ! ボタンがあったら押してみる! 熱湯風呂があったら落ちてみる! 毒々しい色のキノコが生えてたら食ってみる! 印籠を出されたらひれ伏してみる! そして――宝箱があったら開けてみる! それがお約束ってもんだろうが!」
「印籠ってなに……? ま、まあ、そうかもしれないけど、時代が変わっちゃったんだよ。それにお前こそ、奴らを罠に引っ掛ける努力はしたのか?」
「したさ!」
「たとえば?」
「黄金に発光してみたり……」ミミックが光り出す。
「うわっ!?」
「誘惑フェロモンを出してみたり……」ミミックが匂いを出す。
「これはいい香り!」
「『ぼく悪いミミックじゃないよ』と言ってみたり……」ミミックが愛らしい声を出す。
「結構色々やってるんだな……」
「だけど、冒険者にはことごとくスルーされた……」
ミミックが再び大きくため息をつく。
ゴブリンはそんな彼を見かね、とりあえずのアドバイスをしてみる。
「だったらさ、カフェでもやってみたら?」
「カフェ?」
「ダンジョン内ですっごいいいカフェを経営して、冒険者どもを呼び寄せる。で、紅茶やコーヒーを楽しんでいるところを襲いかかるんだ」
ゴブリンとしてはふざけたアドバイスをしてミミックを怒らせ、奮起させようという狙いだったのだが――
「それいい!」
「え!?」
「それやろう! よーし、ダンジョンカフェ爆誕だ!」
「本当にやるの……?」
「やるに決まってんだろ! もちろん、お前も手伝えよ!」
ゴブリンは黙ってうなずくしかなかった。
***
一ヶ月後、ダンジョンの一角にオシャレなカフェが誕生した。
カウンター席とテーブル席が並び、フロアには観葉植物が置かれ、壁には絵画が飾られている。
マスターはミミック、ウェイターはゴブリンが担当する。
店名は『シミム』と決まった。
「なんで『シミム』なんだ?」ゴブリンが尋ねる。
「ミミックを逆から読むと『CIMIM』になるだろ?」
「ああ、なるほど……」
こうしてカフェ『シミム』は新装開店した。
(本当に開店しちゃった……)
ゴブリンとしてはこんな心境であった。
いったい何日で潰れるんだろう。ていうか魔物のカフェなんて人間どもに物理的に潰されそう、とさえ思った。
しかし――
「このコーヒー、美味いな」
「紅茶もいい香り!」
「クロワッサンもサクサクだなぁ!」
メニューは『コーヒー、紅茶、クロワッサン、以上!』というシンプル極まる構成だったが、冒険者たちからは好評であった。
ゴブリンもコーヒーを飲んでみるが、思わず「美味い」とつぶやいてしまうほど。
「なんでこんないい味なんだよ」
「そりゃあいい豆や茶葉を使ってるからな」
「開店資金もそうだけど、金はどこから出てきたんだ?」
「昔、俺は宝箱に擬態するため色んな宝箱を見本としてコレクションしてたんだよ。それを全部売り払ったら、中にはアンティーク物として価値のあるやつもあってさ。まとまった金になったってわけ」
「意外とちゃんとした理由だった……」
ゴブリンはクロワッサンも食べてみる。
「これも美味いな。どうやってこんなパン作りの腕を身につけたんだよ」
「ダンジョンに誰も来ないような季節は、密かにパン教室に通っててさ。クロワッサンだけは店出せるぐらいになったんだ」
「頑張ってたんだな……」
最初は流されるままにカフェ経営に付き合っていたゴブリンだが、ミミックの陰の努力に感動を覚える。
「ようし、ミミック! 俺も接客頑張るからさ! 二人でカフェを盛り立てていこうぜ!」
「……ありがとう!」
月日が流れるうち、ゴブリンも接客のイロハをマスターしていく。
ある冒険者が床にスプーンを落としてしまうと――
「お客様、新しいスプーンです」
「あ、ありがとう」
「いえいえ、お客様あっての『シミム』ですから」
エプロン姿でにこやかに微笑むゴブリンには、もはや一流ウェイターの風格が漂っていた。
ファンもできてしまい、ゴブリンが握手やサインを求められるような一幕も見られた。
カフェ『シミム』は口コミが口コミを呼び、大繁盛。
今や冒険者だけでなく、一般市民、魔物や魔族まで訪れるようになり、種族の垣根を越えた憩いの場となっている。
ついには、こんな客まで――
「ほう、これが噂のダンジョンカフェか」
「ま、魔王様!!?」
ミミックもゴブリンも驚く。
魔物や魔族の総大将といえる魔王まで来店した。
赤い目を持ち、角を生やし、筋骨隆々なその外見は迫力抜群である。
「ワシは人間どもとは殺し合い、ワシらが勝つか、敗れるか、二つの道しかないと思っていたが、このカフェを見ていると“第三の道”もあるのではと考えさせられるな」
「魔王様……」
「美味かった。ごちそうさま」
クロワッサンとコーヒーを嗜み、会計すると、魔王は店を出て行った。
その足取りはどこか弾んで見えた。
カフェは連日のように満員御礼で、ふとゴブリンがミミックに尋ねる。
「そういやこのカフェを開いたのって、『客として来た冒険者を襲うため』だったはずだけど、それはどうするんだ?」
ミミックは答える。
「最初はそうだった……だけど、このお客たちを見てみな」
人や魔物がミミックの淹れたコーヒーや紅茶を笑顔で飲んでいる。
「この姿を見ちゃうと……ガブリとなんていけないさ」
「フッ、確かにな……」
こんな会話をすると、二人は自分たちの仕事に戻る。
営業時間中はおしゃべりしている暇は殆どないのだ。
だが、魔物である彼らはスタミナについては問題なく、充実した日々を送り続けるのだった。
***
カフェ『シミム』にて、記者がある冒険者にこんな質問をした。
「あなたはこのカフェの常連ですか?」
「ええ、週に二、三度は通ってますよ。ここの紅茶とクロワッサンは絶品ですね」
「こちらの店主が魔物のミミックだというのは?」
「知ってますよ。というか、見れば分かりますからね」
「危険だとは思わなかったのですか?」
「思いましたよ。でも、一度ここで飲食を楽しむと、もうヤミツキになってしまいますよ。何度でも通ってしまうこの居心地のよさこそが、ミミックの仕掛けた“罠”なのかもしれませんね……」
ダンジョンカフェ『シミム』
営業時間 7:00~19:00
年中無休
本日も絶賛営業中――
完
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