断章02_望郷の思い
街灯の無い村の夜は早い。
3匹の子豚亭も暖簾を外している。
店にはカウンターに痩せた男、そのの向こうに大将が一人。
男の前には今年収穫された枝豆と冷えたビールのジョッキが置かれている。
日中働く弟子達は賄を食べ終え、自宅に戻っている。
ハーレンの夏は湿度が無い分、大将の故郷よりも過ごしやすい。
店の天井に取り付けられた扇風機がゆったりと空気を掻きまわしている。
「はいよ、小魚の南蛮漬けだ。」
男の皿から枝豆が無くなったのを見計らって新しい小皿を出す。
「有難う。」
店内には異国の曲が流れている。
大将の故郷の歌に耳を傾けていた男はぽつりと言葉を吐き出した。
「大将は帰りたいかい。」
「そういうダリさんは?」
男はゆっくり首を横に振った。
「私は帰らない、いや帰れないよ。」
ダリの故郷はとっくにあれに飲み込まれているだろう。
帰れば死よりも悍ましいことになる。
大将は手を休めて口を開いた。
「もしもの話ですがそうならない、それを跳ねのけることが出来たとしたら帰りたいですか?」
その言葉に男は苦笑を浮かべる。
「いや、例えあれに飲み込まれなかったとしても帰りたいと思わないな。
良い思い出などまるで無いから。」
「そうですか。」
哀愁を帯びた望郷の思いを歌う演歌が二人の耳に届く。
「私はこっちに来た時は帰りたいと思っていましたよ。」
「そうか。今は?」
「今は思っていないです。」
「向こうに家族がいるんだろう?」
「両親と弟が居ますね。」
「会いたくないのか。店を継ぐとか言っていた思うが。」
大将は男の顔を見つめていた。
「店は親父がまだまだ現役だし、弟もやる気になっていたのでそっちが継ぐでしょう。」
「そっちの心配していないのか。」
「ええ、向こうでも独立してユキと一緒に新しい店を作ろうかと話していたくらいですから。」
男はジョッキに残ったビールを飲み干した。
「私が一緒に、共にありたいと願うものはこちらに居ます。」
そう言って大将は笑う。
「私一人だったら何が何でも帰りたかったでしょうが、ユキが居てマサが居る。
そしてちびも生まれた。」
大将は優しい目を母屋の方に向けた。
「大切な家族が居て、やりたいことが出来る。
これ以上を望むのは贅沢というものでしょう。」
「そうだな。」
「ダリさんもそうでしょう?」
「そうだな。私もだよ。」
男は苦笑いを浮かべている。
ビールはジョッキではなくグラスで置かれた。
「こっちにきてやっとやりたかったことが出来ている。
向こうでは願うこともかなわなかった。
いや、願うことさえ出来なかったというべきかな。」
二人はグラスを掲げた。
「この幸運に乾杯。」
閲覧、有難うございます。
ダリの故郷がどういう状態なのかは旧作に書いてます。




