第8話 迫る影
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星環歴772年 5月20日
惑星コルト ヴェルテイル公国 カリスト
カランカラン
「あ、ロバート君。いらっしゃい!」
「こんにちは」
〈サークル・オブ・ストラット〉は、今日も大勢の客で賑わっていた。
アルヴァスは惑星ウィンストンで休暇を取っており、今頃は向こうで羽を伸ばしているはずだ。彼がいない分、エスティアや従業員たちも忙しそうな様子だった。
「いつものでいいのよね?」
「はい。いつものコーヒーでお願いします」
「オーケー。ちょっと待っててね!」
エスティアはロバートが何を注文するのかをお見通しだったようで、メニューを手渡すまでもなく承った。ロバートはテーブルに着いた。
大勢の場が得意でないロバートでも、ここに来れば不思議と落ち着くことができた。アルヴァスからの誘いもあって、店に足を運ぶ機会は多い。いつしかロバートは、日常的にここでコーヒーを飲む習慣ができていた。
食事を楽しみ談笑する客たち。そんな空気の中、ロバートはコーヒーを待ちながら一人考え込んだ。そして人と人が交流する様を見て、おもむろにつぶやく。
「やっぱり羨ましいなぁ」
不自由なく人がやり取りする場面を目にするたび、ロバートは悩むのだった。これを言うと相手を傷つけないか。これを行うと相手に迷惑をかけないかと。普段からそんな心配事が先んじてしまうせいで、思い通りのやり取りができない。
他人と関わるのは面倒だし、必要以上に関わりたくないと思う時もある。しかし同時に、他人と話してみると意外と楽しいと思える瞬間もある。それを見出せなかったら、アルヴァスとの接点もなかっただろう。幼い頃から気さくに接してくれたアルヴァスには、感謝してもしきれないくらいだ。そして、
「はい、ロバート君。コーヒーお持ちどう!」
「あ、ありがとうございます」
アルヴァスの母親でこの店の店主、エスティア・ストラットも例外ではなかった。
彼女もまた丁寧に接してくれるし、客足が少なくなる時間帯になれば、親身になって悩みを聞いてくれる。引っ込み思案で人付き合いの乏しいロバートにとっては、救いのような存在だった。
「今日はちょっとコクのあるブレンドにしておいたわ。ごゆっくりね!」
時が刻々と過ぎていくのを感じながら、ロバートはコーヒーを口にする。
コーヒーが冷める頃には、客の出入りもまばらになっていった。繁忙する時間帯は過ぎたようだ。エスティアも暇を持て余すようになったのか、ロバートの席に座り世間話に乗り出した。
「最近どう?」
「え、いや。まぁ」
エスティアからの質問に対し、ロバートは言葉を詰まらせる。もちろん、エスティアが自分を気にかけてくれるのはありがたい。しかし、「どうだい?」「調子はいかが?」といったアバウトな質問を投げかけられると、何と答えれば良いのか分からなくなる。
少し考えてからロバートは、
「ええと。天気がいいし、…僕も元気です」
「ハハハハ、何それ!面白いこと言うね」
言語化が十分にまとまらない中で咄嗟に出たセリフは、あまりにポンコツだった。
「ロバート君あれよね?何話せばいいか分からないと天気の話になるやつ!」
エスティアは笑うが、ロバートは馬鹿にされたような気はしなかった。
「そ、そうですね。すみません、変な返になっちゃって。何いってるんだろう僕」
「いいわよいいわよ!」
変な出だしではあったが、変な緊張もなくなったロバートは、エスティアと他愛のない会話をするのだった。
「ラーゼン・シュタールとの戦いにも参加してるんだって?」
しばらく会話をしていると、ロバートがカリストの住人たちと共に、ラーゼン・シュタールに対抗しようとしている話になっていた。
「はい。自分なりに勇気を持って戦おうとしているんですけど、どうしても足がすくんでしまうんです」
「別にカリストのみんなが戦わなくちゃいけない、なんて義務はないんだし。無理して戦わなくていいんじゃないの?」
エスティアの言うとおり、カリストの住民たちには戦う義務はない。彼らが戦うのは言うまでもなく、単純に国が守ってくれないからだ。皆この街が好きだから、自ら戦って守ろうとしている。カリストの人間なら戦わないといけないという、同調圧力に駆られていたのかもしれない。
「アルヴァスのことね?」
エスティアはロバートの行動理由の要因として、息子のアルヴァスの名を出す。
「はい。僕もアルヴァスみたいに、みんなの為になれたらいいなって」
「我が子ながら大したものだわ」
エスティアはそう言ってテーブルに頬杖をつく。
「あの子はみんなを引っ張るリーダー気質があるけど、まさかロバート君にまで影響を与えるなんてねぇ」
一瞬、エスティアは何かを思ったのか、遠い目をした。そして一呼吸おいて、
「ロバート君、これだけは言っておくわね」
「人にはね、多くの可能性があるの。それも、君には想像しきれないほどのね」
「可能性…?」
「と、まぁ偉そうなことを言ってはみたけど、人の歩む道なんてその時になってみないと分からないものよね!ロバート君にも色々悩みはあるでしょうけど、時が解決してくれるわよ」
先ほどまで真面目そうに語っていた彼女だが、その雰囲気は一瞬で軽やかに変わった。
結論をまとめられないのをうまく誤魔化されたような気がしたが、ロバートにとっては親身になって聞いてくれるだけでもありがたかった。
将来への不安は絶えないし、どんなふうに自身のアイデンティティーを確立していくかも分からずにいる。それでも、
「ありがとうございます」
ロバートはそう言い、笑って見せた。
話を聞いてもらえたことで、明日からもまた少し頑張れそうな気がした。
2
「じゃあ、そろそろ失礼しま…あれ?」
ロバートはコーヒーの勘定をして、店をあとにしようとしていたとき、異変に気付いた。
窓越しに外の街の様子を窺うと、辺りが急に暗くなったのが確認出来た。まだ日が暮れるような時間でもない。雨や嵐だとしても、ここまで極端に暗くなるだろうか。
「「おい!外を見ろ」
客の一人が何かに気付いたようだった。ロバートの他にも、大勢の客たちが窓から外を見る。
「なにかしら。ちょっと、外に出てみましょう」
エスティアは店の外に出て様子を見に行く。ロバートも彼女に続いて外に出た。
「何よ…あれ」
エスティアは頭上にある何かを見て驚愕していた。
ロバートも彼女の視線の先を見上げる。
そして、これは本当に現実なのかと疑った。
「円盤…?」
ロバートの視界には、黒く無機質な円盤状の飛翔体が映し出された。
地上で慄きざわめく民衆に対し、無機質な飛翔体は上空で動かず黙々としていた。
突如現れた謎の飛行物体の姿に、周りの人たちも気づき始め、驚愕する。
「我ガ名ハ<暗天機>。己ノ欲ノママニ私利ヲ尽ス人間ドモヨ。我ガ自ラ、貴様ラヲ灼熱ノ炎デ粛清シテクレル」
<暗天機>と名乗ったその浮遊体は、機械的な口調でそう言い放つ。
次の瞬間――
広い空に一筋の赤い閃光を認識した。
無音で放たれた光だったが、それは束の間の静寂。ワンテンポ遅れ
て爆音を発した。そこにあった建物は光に包まれ、跡形もなく消え
ていたのだ。
「嘘だろ」
「街が、壊されるっ!」
周囲の者たちも、謎の浮遊体の襲撃を目にし我を失い、右往左往に逃げ惑う。頭上に見えるはずの空は、<暗天機>の機体で覆われている。それだけの巨体であるため、どの方角に逃げても常に頭上には奴がいる状況だ。<暗天機>はまた別の地点に向けて、次々と光線を放つ。
「アルヴァス、大変なの!巨大な飛翔体がカリストに」
事態を見たエスティアはネビュラネットを通して、五千光年彼方のウィンストンに在住しているアルヴァスに連絡をした。カリストに襲来したあの黒い浮遊体のことを。
「今までのとは規模が違う!完全に別物よ!」
<暗天機>が光線を次々と放つ中、ロバートはハッとする。
恐怖のあまり、夢か現実かを判別できずにいたロバートだが、被害が及ぶと思われる範囲には彼の家も含まれていた。
「父さん、母さんっ!」
「あっ、ロバート君、待ちなさい!」
引き止めようとするエスティアの声を気にする間もなく、ロバートは駆け出す。二人の安否を一秒でも早く確かめるために。
悪夢なら覚めてくれと願いつつ、ロバートは全力で走った。息を荒げ、全身に汗を流しながら。
走る道中、瞬く間に崩れ落ちた瓦礫の山と、巻き込まれて絶命した者たちの姿が視界に映る。
家は燃えていた。その場のすべてを焼き払わんとする勢いで、火柱が彼の前に立ちはだかる。今にも崩れ落ちそうな家。扉はわずかに開いており、そこにはロバートが最も目にしたくなかったものが見えた。ぐったりと力なく倒れ込み、頭から血を流している両親の姿が。
へたりと、家の前に膝をつくロバート。
「なんで。なんで…こんな、ことに」
「う、あ、ああっ。あああああああぁぁぁぁーーーーーーー!!」
訳が分からず、ただただ髪を掻きむしる。気も狂い、吐け口を見出せない負の感情が、全身から噴き出すような感覚に陥る。
ガラガラガラッ!
周囲の民家や建物も崩れ始める。自らを<暗天機>と称したそれは、光線を容赦無く照射する。阿鼻叫喚する市民たちは、安全な場
所も分からないまま当てもなく逃げ回るが、多くが炎に焼かれ、崩れ落ちた瓦礫の下敷きになる。光を直に浴びた者に至っては、死体も残らず血の霧となって最期を迎える。周りを見渡せば、彼の視界に映るのは火の海と血の海。そして、先ほどまで生きていた者の肉塊が彼の視界に押し寄せる。死屍累々。
「…僕も、逃げないと」
逃げなければならない。
そう分かっていても、手にも足にも力が入らない。すぐに逃げ出し、迫り来る炎と瓦礫に気をつければ、生き残れるかもしれない。
しかし、両親はもう死んだ。この世にはもういない。自分一人が助かったところで、何の意味があるのか。生きる希望などないじゃないか。
戦う勇気もない。誰かを助けることもできない。何の取り柄もない。そんな自分が生きていても仕方ないだろう。ロバートの心を満たすのは、もはや深い絶望だけ。生きようという気持ちは、そこにはもうない。魂が抜けたように呆然とするしか何も決められない。
「もう、いいや…何もしたくない。生きたくもない」
家族の喪失と、自身の生きる意味の喪失が、ロバートを死へと誘う。ギシ、ギシッ!
これまで何とか形を保っていた我が家は、自らを支えるのがいよいよ限界に達している。
そして、
ガラガラガラガラ
崩落しようとする我が家を見上げると、瓦礫の山が雪崩のように迫りくる。希望を失ったロバートは、虚ろな目のまま、自らの死を受け入れた。
ガラガラガラッ!
彼のへたり込んでいた路地は、重苦しい瓦礫で埋め尽くされた。




