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第6話 内なる死

1


薄暗い大広間。

 壁に並ぶ松明が幽かに空間を照らし、佇む者たちの視界を確保している。だが、この広間の薄気味悪さは拭えない。地上の宴の音が全く聞こえない不自然な静寂が、この場の不気味さを際立たせていた。

「あの男をどう思う、イリスよ」

地下の重苦しい空間に、フレスヴェルグ長老は佇んでいた。その瞳には冷たさと何かを企む輝きが宿っていた。

「今のところ、特に怪しい様子は見られません、長老」

 背後のイリスが虚ろな声で答える。

「さて、そろそろ頃合いかのう」

松明の光に視線を向けたまま、長老は決意を秘めた声で言った。

「例の計画を実行に移すとしよう」

 その薄い唇が僅かに歪み、獲物を見定めた猛禽のような光が瞳に宿った。

「…はい。承知いたしました」

イリスは淡々と応じた。

 

2


星環歴772年 5月16日

惑星ウィンストン


「起きろ、アルヴァス!」

「んあ?」

 突然、アルヴァスを安らかな夢から現実に引きずり戻したのは、赤髪の少女フェリシアの声と拳だった。彼女はアルヴァスの腕を強く掴み、容赦なく揺さぶっている。小屋の窓から差し込む朝日が彼女の赤い髪を輝かせ、その瞳には焦りと苛立ちが混ざり合っていた。

「あんたを不審者と勘違いして連行してしまった罰で、あんたを手厚く案内してあげなくちゃいけなくなったわ。だから、さっさと起きて支度して!」

「とても詫びを入れる者の台詞とは思えんが」

 フェリシアには、昨日から叩き起こされたり、眠らされたり。身が持たない気分になる。

 アルヴァスは寝ぼけ眼で頭を掻きながら、布団の上で体を起こした。

 昨夜、フレスヴェルク長老も言及していたように、「手厚く」という言葉には「野蛮」とか「手荒」という意味も込められているのではないかと疑いたくなる。

 

 アルトスによって築かれた村の高層エリアにて、ひっそりと建てられた宿泊所の小屋。アルヴァスは小屋の外に出て朝日を浴び、身体を伸ばす。周囲を見渡すと、既に多くのアルトス民が活動を始めていた。狩猟用と思われる槍を磨く者、建築用の木材を忙しなく運搬する者、矢倉などの高所から見張りをする者など、各々が仕事に励んでいる。誰もが皆、忙しそうでありながらも、生き生きとしていた。

「さ、行くわよ」

 フェリシアはそう言って、集落の案内を始めた。

よそ者であるアルヴァスにとっては、この見慣れない村をどう歩き回ればよいのか分からないので、案内してくれる者がいるのはありがたかった。

「できれば、イリスに案内してほしかったけども」

「なんか言った?」

「ん、いや。なんでも」

昨日の最後に出会ったイリスの親切さが未だ忘れられず、ついぼそっと呟いたアルヴァスだった。


3


 しばらく外の廊下を歩いていると、闘技場のような場所が見えてきた。朝の陽光が開けた空間を照らし、場の緊張感と活気が空気ごと伝わってくる。

キンッ、キンッ!という金属の音が周りに響く。その音は鋭く、空間に張り詰めた緊張感をさらに高めていた。

 どうやらアルトスの戦士たちは、剣を使った試合を行っているようだった。しかもお互い真剣を握り、一対一の緊迫した戦いを繰り広げていた。周りの者たちもその戦いをしっかりと見つめている。他人の戦い方から学ぼうとする姿勢が窺える。空気は張りつめ、誰もが呼吸を潜めるようにして闘技を見守っていた。


ガンッ!


 一人の握っていた剣が、対戦相手の圧倒的な力によって弾き飛ばされた。その音は周囲に反響し、見ている者たちの息を呑ませる。武器を失い尻もちをついた未熟な戦士は、相手から剣を突き付けられ、敗北の重みが肩にのしかかった。

「……ま、参りました」と自身の完敗を認めた。その声には悔しさと共に、次への決意が滲んでいる。

「次!」

 試合に勝利した方の長身の戦士は、次に戦いを控えている戦士を呼び、大剣を両手に構える。彼女の立ち姿からは圧倒的な自信と経験が滲み出ていた。周囲の空気が一瞬引き締まる。

 新たに現れた挑戦者が「勝負です、覚悟!」と威勢よく剣を振り、攻撃を試みる。その声は闘技場に響き渡り、見守る者たちの興奮を誘う。しかし、やり手である相手は冷静に挑戦者の動きを見切り、防御する。まるで、次に来るであろう剣の動きを予知しているかのように、的確にはじき返す。勢いに任せて連続攻撃を仕掛ける挑戦者は、だんだん息を切らしていき、その動きも鈍くなっていった。完全に隙だらけだった。緊張感と共に、挑戦者の敗北を予感させる空気が場を支配する。

 その未熟な挑戦者も、長身の熟練者に勝利することは出来なかった。場を包む空気が一瞬緩み、次の挑戦を待つ期待感へと変わる。

「次!」

 また新たな挑戦者も同様に攻撃を仕掛けるが、やはり相手の圧倒的な剣術の前では無力であった。その度に場の空気が変化し、緊張と期待、そして敗北の諦めが交錯する。

「今日はここまで!」

 何人もの挑戦者を打ち負かした黒髪で長身の彼女――ツバキはそう言って、剣の稽古の終了を告げた。自らの大剣をスチャっと鞘に差す。その音は明瞭に響き、場の緊張感が一気に解けていく。

 その場にいた稽古の参加者も「お疲れさまでした」と言い、解散した。それまでの張り詰めた空気が和らぎ、日常の穏やかさが戻ってくる。

「おはよーツバキ!朝から剣の稽古、お疲れね」

 毎朝行われているであろう剣の試合は終わったようだった。そのタイミングでフェリシアは、闘技場から下りてきたツバキに声をかける。フェリシアの明るい声が、稽古の緊張感を完全に打ち消す。

「フェリシアか。…ん、お前は昨日の」

 ツバキは、アルヴァスの存在にも気が付き、睨むようにこちらを見る。その鋭い視線には、先ほどまでの戦いの余韻と警戒心が宿っている。

「長老からの命令で、こいつに村を案内してやらないといけないんだわ」

「ふん、そうか。貴様、怪しい真似はするなよ」

「いやいや!だから俺はヘイロスじゃねぇって」

 相変わらず信用されていない模様。だがアルヴァスは軽く受け流す。周囲の警戒の空気を、自らの緊張を解きほぐすことで和らげようとする。

「それにしても凄いな。いつもこうして稽古して、みんなで切磋琢磨しているのか」

「そうだ。アルトスは今、戦争状態なのだ。鍛錬を欠かさず行い、一日でも早く強靭な戦士を育成せねばならん。」

「ツバキって、この後はどんな予定だっけ?」

 フェリシアの質問に対してツバキは、

「午後からはまた、森の中の警備だ。そいつのように一般市民を装った敵や怪しい奴が潜んでいるかもしれんからな」

「いちいち俺を例に出すなよ」

 アルヴァスのつっこみを無視し、ツバキは自身の予定を話す。

「森を一通り見まわった後は、宇宙港のあたりまで様子を見てこようか。宇宙からウィンストンを訪れる者の中にも、怪しい奴がいないとは言い切れない。…そいつのように」

「だから、俺を――」

 相変わらずアルヴァスに牙を向ける口調のツバキ。アルヴァスももうこれ以上、反応するのをやめることにした。

 昨夜、イリスも愚痴っていたように、彼女が警備の範囲を宇宙港まで向けているのは本当の様だ。

「じゃあ午後の警備も頑張ってねー」

 フェリシアはそういった後、その場をアルヴァスと共に去った。


4


 そのあとフェリシアはアルヴァスを村の地上に案内した。

 アルトスの村は、深い森の中に内在する集落である。狩猟にいそしむ者は村の外(森)に出て、動物を狩ってくる。捕まえてきた動物は、村の調理人達によって調理され、毎晩行われる宴で振舞われる。森の奥から動物を狩ってきた者たちが、村に戻ってくる様子が目に映る。

 上を見上げると、矢倉や大木の上部で警備をする者が窺える。弓などの飛び道具を構えて、ヘイロスのような外部の敵に備えている様子。

 アルトスの一日を説明すると大体このようなものだった。

「それぞれ役割があるんだなぁ」

 アルヴァスは彼らの仕事ぶりを見てそんなことを言っていると、

「ん、あれはなんだ?」

 アルヴァスは遠くに白い布のような物が並べられているのを目にした。

 隣にいるフェリシアに尋ねてみるが、彼女は少し間をおいて目を細めながら、

「…あんたは見ないほうがいい」

「え?」

 その言葉の意味を一瞬理解できなかったアルヴァスだが、

「――あ、あれって、まさか!」

 遠くからではあったが、その何かを覆っている白い布が、受け入れがたいものであると認識することになった。たしかに、布からは二本の足が伸びている。

 ――そう。あれは争いの渦中で命を落とした者たちの遺体。

「ツバキも言ってたでしょ。あたしたちアルトスは、何百年もずっと他の部族と争いを続けている。戦争をしていれば当然、死人も出るわよ」

 低いトーンで口にする彼女。

 言葉を失った。確かにアルトスが戦争を続けていると認識していたし、よそ者の自分も昨日まで警戒されていたくらいだ。しかし、これほどアルトスが死と隣り合わせの過酷な境地のなかにいるのだと再認識するのには、白い布に覆われた遺体の列は、この地での生活の厳しさを如実に物語っていた。

「昨日の宴、みんな楽しそうに食事をしていたのを見たと思うけど、あれは死んでいった者たちを笑顔で見送ってあげようっていう風習でもあるのよ」

 アルヴァスはかけてやる言葉に一瞬詰まったが、一呼吸おいてこう言った。

「お前たちアルトスはやっぱり強いよ。色んな人との死別はつらいはずなのに、みんなそんな絶望感を見せることなく、元気に振舞っている」

「自分で言うのもあれだけど、俺もどちらかといえばポジティブにものを考えるタイプだけど、フェリシア達ほど強く生きれる自身はないかもな」

 アルヴァスはそう口にしたが、何か的外れなことを言っているような気もしてきた。アルトスの仲間が亡くなってる状況に対して、なにを自分語りしているのか。自身の強さなど、今のフェリシアにとってはどうでもいいはずなのに。

「あたしのお父さん、お母さんも戦争で死んでいった。あたしだって明日には、あそこに横たわっているかもしれない。だからこそ、今を精一杯生きて、美味しいものを楽しまなきゃ割に合わないわね」

 フェリシアは笑顔を見せるが、どことなく苦しみを孕んでいるようにも見えた。

 フェリシアのことを野蛮な女だと思っていたが、つらいときほどこうやって笑ってみせるところがあるみたいだ。そして周囲には弱さを見せず、前向きに振舞おうとする。アルヴァスはそんな彼女の一側面を感じた。

「……」

 死と隣合わせのアルトスならではの価値観ってものか。アルヴァスはそう心で呟き、胸が締め付けられるような感覚に襲われた。いつでも笑顔で前を向く彼らの強さは、こうした厳しい現実の上に成り立っているのだ。フェリシアの言葉が胸に刺さり、アルヴァスは言葉を失ったまま、白い布の列から目を逸らせなかった。

「さ、次を案内するわ」

 フェリシアにそう言われ、遺体の並べられたその場を去るのだった。



 その後もアルヴァスは、フェリシアからアルトスの村を色々と案内してもらった。森で狩猟してきた動物の精肉、木造の建物を増設作業、今晩の宴の準備など。多くの人が自身に課せられた仕事を進めている様子を見てきた。

 アルヴァスとフェリシアは、昨日の大食堂に来ていた。気が付いたら夕暮れとなっていた。今夜もにぎやかな宴が行われるようだった。食堂の横には、狩猟してきた動物や栽培された作物による料理が並べられていた。

「これが森で最も狂暴な猛獣、グランフェローズの肉よ。ちなみに仕留めてきたのは、このあたし!」

 フェリシアはグランフェローズという狂暴な動物を倒したのだと自慢している様子だった。脂ののった食べ応えのありそうな肉だった。

「昨日の戦いでは、あたしが華麗に宙を舞ってグランフェローズの真上から攻撃したのよ。この双剣で相手の全身の肉にズシャズシャ!って切り刻んで、仕留めてやったのよ。いやー自分の一番の得意技がこうもきれいに決まると、スカッとするものねぇ――って、ちょっと聞いてる?」

「え?ああ…」

 完全に上の空だった。今日一日を通して、アルトスの暮らしぶりを一通り見せてもらったが、やはり、昼間目の当たりにしたあの遺体のことが忘れられなかった。

「やっぱり、あれがショッキングだったのね」

「ああ…」

「いつまでもしけった顔してんじゃないわよ。あんたがどう思うと、死んだ人間はもう帰ってこないのよ」

 フェリシアはアルヴァスの真正面に立ち、びしっとこちらに指を差す。

「それによそ者のあんたからすれば、死んでいったのは見ず知らずの人間なわけでしょ。どうしてそこまで情がわくのか分からないわ」

「まぁ、確かに知らない人間ではあるけども、それでも情くらい湧いたっておかしくないだろ。むしろなんでお前の方は、平然としていら――」

 アルヴァスはフェリシアの薄情さについて言及しようとしたが、言い切る前に口を閉じた。昼間見た彼女の、苦し紛れの笑顔が脳裏をよぎったのだ。

「…悪い、なんでもない。フェリシアにも色々あるんだろうな」

 フェリシアはきょとんとした顔を見せたが、間もなくして、

「まぁいいわ。それより今晩の宴が始まるわよ。食べたい物をよそってきましょ!」

 フェリシアの明るい声に背中を押され、アルヴァスは食事の列に並んだ。彼の心には今日見た白い布の列が残っていたが、周囲の人々の生きる強さも同時に胸に刻まれていた。


 これ以上、変に死生観について議論しても、飯がまずくなるだけだろう。シリアスな話題はここでお開きとして、食事を楽しむことにした。

「そうだな」

 死と隣り合わせでありながら、今この瞬間を精一杯生きる彼らの姿に、アルヴァスは静かな敬意を抱いていた。

 一日の間に見た光景が彼の中で静かに渦を巻いていたが、とりあえず今夜は、この瞬間を楽しむことにした。

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