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第5話 アルトス


星環歴772年 5月15日

惑星ウィンストン南西部 アルトスの村


「まったく、蛆虫にはうんざりよ」


「懲りないものね」

「もっと警戒を強化すべきだな」

 朦朧とする中、アルヴァスは周囲で行き交う話し声を捉えた。何かに対する不満を口にしていることは明らかだ。アルヴァスはゆっくりと意識を取り戻した。

「お目覚めか、よそ者」

 気が付くと、アルヴァスは大勢の集団に取り囲まれていた。身体は縄で縛られている。

「なんだこれ。動けねぇ!」

「俺たちも限界だ。これ以上お前らの好き勝手にさせるか!」

「私たちの仲間を…いったい何人殺せば気が済むのよ!」

「この野蛮人が!」

 なす術もなく、ただ身に覚えのない罵詈雑言を浴びるアルヴァス。彼は先ほどの出来事を思い出す。野宿していたところ、フェリシア、ツバキという二人の少女に襲われ、森に連行されていたのだ。「一体俺に何をしたいんだ」という疑問で頭がいっぱいだった。

 野次馬の中に、先ほどアルヴァスを蹴った赤髪の少女、フェリシアの姿があった。

「フェリシア…お前。どういうつもりだ!」

 しかし、彼女は返答せず、「フン!」と目を逸らした。

「おいっ!」

「行こう、フェリシア」

 声を荒げながら問いかけるが、彼女は黒髪のツバキと共にその場を去ろうとする。


「くそっ!」

 誰一人として味方のいないアルヴァスに対し、集団が容赦なく罵倒を続けていると、

「――何事じゃ」

 野次馬の喧々たる中、ひときわ貫禄の感じとれる一声があった。その発声と同時に、周りの罵声は瞬く間に静まり返り、

――カツ、カツと、こちらに向かってくる足音だけが鳴る。

 そうしてアルヴァスの前に現れたのは、一人の老婆だった。年配者ということもあって、背丈は他の者よりひと回り小さいが、周囲とは明らかに異なる威厳がある。まるで、長く険しい過酷な人生を駆けてきた者のみに宿るオーラというものか。

「長老!また愚かなヘイロスが一人捕まったみたいですよ」

 一人の男がその老婆を長老と呼び、自分を捕らえたことを報告している様子だった。

「牢屋にぶち込んでおきましょうか」

「愚か者め!!」

 「ひっ!?」

 突然、老婆は男に怒鳴りつける。

「物事をろくに判断できぬ者の多さときたら…。私もまだまだ安心して去れぬわ」

 耳を突き刺すような勢いで怒声を発した老婆は、その男だけでなく、その場にいる全員にも説教を始める。

「外から来た者を見境なく拒絶していては、我々アルトスもヘイロスと何ら変わらん」

 長老と呼ばれるこの老婆の言葉から察するに、彼女だけは自分に敵意を向けているわけではないようだった。その場の全員がアルヴァスを敵対勢力の一員と思い込む中で、彼女だけが異を唱えているのだろうか。

「お前、名は何という」

「…アルヴァス・ストラットです」

 近づいてきた長老に対し、アルヴァスは混乱しながらも落ち着いた声で答えた。

「アルヴァスか、良い名前だ」


 長老はニンマリとしながら話を続けた。

「儂は、このアルトスの者たちを統べる、長老のフレスヴェルクじゃ。儂らアルトスは、もう何百年も他の勢力と戦争を続けていてな」

「戦争を?」

 彼女の口から「戦争」という言葉が出てきたのは意外だった。この宇宙において、戦争を慢性的に続けている惑星は珍しくない。しかし、大自然に恵まれ、観光地として名高いこのウィンストンは、戦争とは無縁の星だと思い込んでいた。不思議に思うアルヴァスに対し、フレスヴェルクは続ける。

「一度戦争が始まってしまえば、多くの犠牲は避けられんからのぅ。事が大きくならんように、うちの若い連中は、危険の芽を摘むことに尽力しておるのじゃ」

「その危険の芽に、俺も含まれていたと?」

 アルヴァスはフレスヴェルクに問う。

 アルトスの一員であるフェリシアとツバキは、丘で野宿していた自分を見て、敵かその一味ではないかと疑ったというわけか。

「……善悪の判断がろくに出来んくての、こやつらは」

 周囲の者たちを一瞥し、睨むフレスヴェルク。彼女に睨まれ、たじろぐアルトスの村人たち。

「今回のお主のように、侵略や戦争を企てんとする不届き者とは無関係の者を捕らえてくることも少なくない」

 フレスヴェルク長老の話では、アルトスはアルヴァスのような罪のない観光客を、これまでに何度も不本意ながら拘束していたという。自分たちが戦争に巻き込まれ、犠牲を払う事態を避けるため、近くに来た者を片っ端から取り押さえ、村に連行する。アルトスの人々のほとんどは、目の前の相手が敵か味方かを見分けられない以上、そうせざるを得ないのだ。

「本当に嘆かわしいことじゃ。皆、この者の目をよく見てみよ!これが儂らアルトスを脅かす存在に見えるというのか!?」

 フレスヴェルクは、周囲の者たちに改めて問いかけた。


皆は長老の威圧に押されながらも、アルヴァスを見る。彼女の力強い主張も相まって、その場の誰もが皆、罪悪感に苛まれたような顔をした。非を認め、恥を知ったという様子。

「…ちなみに、その無実だった人たちはどうしたんですか。まさか、口封じに…殺しーー」

「馬鹿言わんでくれ。怪しくないと分かれば、森の外に帰しておる。もちろんお主もな」

「ふぅ、よかった…」

「何を想像しておった?」

「なんかこう…、他所から来た人間を生贄に捧げたり、その肉を喰らったりする。いわゆるカニバリズム的な?」

「過度な空想も大概にせい。他所の星の者は、我々のような者にどんな印象を抱いているのやら」

 自身に悪意がないことが認められたとはいえ、そう簡単には逃してもらえないだろう。下手をすればこのまま帰らぬ人に…。そんな最悪な結末を迎えるのではないかと勘繰っていたアルヴァスだが、杞憂だったようだ。あのフェリシアやツバキとの遭遇もあって、アルトスには野蛮な印象を抱いていたが、彼らも慈悲の心を持ち合わせているようだ。

「お主には悪いことをしてしもうた。どうか許しておくれ」

「いえいえ、大丈夫です。そんな事情があったなんて」

「ほれ、お前たちもしっかり謝らんかい!」

フレスヴェルクは周囲の皆にも、アルヴァスへの謝罪を促す。


「それから、フェリシア、ツバキ!」

「ーー!ッ!?」

 突然、フレスヴェルクは二人の少女を名指しで呼び上げた。

 長老の見る先には、ピタッと動きを止めたフェリシアとツバキの後ろ姿があった。呼び止められた二人は、不自然に肘を曲げ、片足を上げた体勢で固まった。コソコソとその場を立ち去ろうとしていたところをフレスヴェルクは見逃さなかった。


「お主らじゃな。この男を理不尽に暴行し、村まで連行してきたのは」

 フレスヴェルクの静けさながらも威圧的な問いかけに、しばし固まる二人。その場を取り巻く者たちも口を開かない。無音の空気の中、フェリシアは壊れかけのロボットのごとく、ガクガクと長老の方を振り向き、ぎこちない笑顔で、

「ハ、ハハハハハッ!やだなぁ長老!その子、森の外で一人ぼっちで何だか寂しそうだったから、あたしたちが手厚く歓迎してやったのよ!」


「何を言い出すのだこの女」と、アルヴァスは怪訝に思う。

 ヒヤヒヤした様子で必死に弁解するフェリシア。


「ほう。気絶させるほどに一方的な暴行を加えることを『手厚く』というのか。儂も長いこと生きてきたが、『手厚く』という言葉にそのような意味が込められていたとは、初めて知ったぞえ。勉強になるのう」

 フレスヴェルク長老は、彼女の苦し紛れの言い分に対し皮肉を込めて言葉を返す。

 心なしかアルヴァスには、長老はやや楽しんで問うているように見えた。

「そ、そう? …ちょ、長老みたいな、長生きしてるお婆ちゃんでも、…わ、分からないことって、結構、あるの、ね…?」

「……」

長老を過度に恐れ緊張するフェリシアは、まるで論点を逸らすように会話を試みる。

「な、ならもっと面白いことを教えてあげるわ! グランフェロースって誰もが恐れる猛獣として知られるけど、ほんの数滴の水をかけてやるだけでアイツら逃げてーー、」

「ーーそんなことは聞いておらん!」

長老の罵声が、再び場を沈黙させる。

「ひぃ…っ」と怯えるフェリシア。他の村人たちも「やれやれ。フェリシアのやつ、また長老を怒らせて」と、呆れ顔の様子。

「もうっ、ツバキも何か言ってよ!」

 ずっと黙っているツバキにも加勢を求めるが、

「あきらめろフェリシア。潔くお婆様の罰を受けよう」

 往生際の悪いフェリシアとは対照的に、ツバキは素直に非を認めるようだった。


「なんじゃ、もうおしまいか。もうちと、お主のおべんちゃらを聞いてみたかったのじゃがのう」

 やはりこの長老、楽しんでおられたみたいだ。


そんなフェリシアの往生際の悪さを見かねたのか、隣にいたツバキが口を開く。

「申し訳ございません、お婆様。我々アルトスに危害を及ぼす輩がどこで現れるか、それを早期に見つけ阻止することに、私もフェリシアも尽力して参りました。しかし、我々二人は未熟者であったが故、無関係な人間に害を与えてしまいました。以後は日々の鍛錬のみならず、多くの者の行動や考えに触れ、人の善悪をしっかりと見抜ける目を養えるよう、より一層の己の精進に努めていく所存です」

 フレスヴェルク長老をお婆様と呼ぶツバキは、素直に謝罪の言葉を述べた。先ほど、フェリシアによる聞き苦しい戯言があっただけに、ツバキの言葉の一句一句には誠意が感じられる。

「貴様ら二人には、きっちりと罰を受けてもらうぞよ!その内容については明日話す。せいぜい震えながら待っておれ。ほほほほほ!」

 不気味に笑いながら二人のもとを後にするフレスヴェルク。罰の内容は不明だが、通告を受けた二人の表情からはどことなく絶望感が窺えた。おそらくあの二人は、何度も長老からの罰を受けた事があり、その過酷さを嫌というほど知っているのだろう。


「アルヴァスよ、改めて謝罪させてもらう。うちの馬鹿二人が失礼をした」

 アルヴァスに何度も頭を下げる長老。部下のミスに対し、長老が代表として詫びる。それは決して不思議ではないし、ごく自然なことだ。しかし、自分に直接的な危害を及ぼした本人が、未だこちらに謝りに来る様子はない。  

 彼女らに目をやると、二人ともこちらを睨みつけている様子。特にフェリシアに至っては、「覚えておきなさいよ。アンタのせいで面倒が増えたじゃない」ともで言わんばかりの形相で、こちらに殺意を向ける始末。目上であるフレスヴェルクに頭が上がらないのは分かるが、一番の被害者である自分に詫びを入れないとは、どういう了見なのだろうか。納得ならない。

「なんであの二人は、俺に謝ろうとしないんでしょうか」と問おうとしたが、二人にこれ以上関わるのも面倒臭そうだと思い、断念した。


「お詫びといってはなんじゃが、しばらく村でゆっくりしていかんか。宿も取っておらんのじゃろ?」

 フレスヴェルクは村に泊まることを提案した。アルヴァスも今夜はそうしようかと思った。このアルトスという部族が、他所の人間を生贄にしたり、また人肉嗜食のような文化がないことも分かったのだから、過度に警戒する理由もないだろう。

「そうですね。今から森の外に戻るのもアレだから。それじゃ、お言葉に甘えて。よろしくお願いします!」

「では改めて。ようこそ我がアルトスの村へ。歓迎するぞ、アルヴァス・ストラット!」

        


 アルトスの集落は、単純に家や矢倉が地上に建てられているだけではなかった。頭上を見上げれば、何本もの巨木が高く伸びている。さらに、それらの枝分かれした部分が上手く利用され、そこに木造の小屋やら建造物やらが介在する。そして、巨木と巨木の間には、吊り橋が架けられていた。その連絡橋は見渡す限りのあちこちに張り巡らされており、全容はまるで蜘蛛の巣のよう。

「よく落ちないなあ。ロープや枝で上手くバランスをとっているんですね」

「不安定に見えるじゃろうが、建物は皆、巨木に支えられているからな。それに、村全体を上から見下ろせる構造じゃから、敵も迂闊に入ってこれまい」

「なるほど」


 誤解が解けて解放されたアルヴァスは、フレスヴェルク長老直々にアルトスの集落を案内してもらい、その暮らしについても聞かされた。

 吊り橋を渡り、奥に見える巨木へと移動する。直径二十メートルは下らないであろうその巨木のトンネルを潜り、くり抜かれた内部へと導かれる。

「お疲れ様です、長老!極上の酒が入りましたよ」

 巨木の内部にある居酒屋らしきエリアを通りかかっていると、一人の店員らしき者が長老に声をかける。

「今夜はコレを片手に、皆で盃を交わしましょうぞ!」

「いつもすまんな。なら儂も今夜はゆっくり休むとしようーーと言いたいのじゃが、この後もちとやることがあるのでな。また今度な」

「…そうですか。分かりました。いつでもお待ちしてますよ」

 フレスヴェルクは「またの」と言い、アルヴァスも軽く会釈して共に過ぎ去る。

「多くの人に慕われているんですね」

「ははははっ!当然じゃ。ウィンストンの情勢については、この儂が何十年も見聞し、敵対勢力の流れも大方把握しておる。じゃから、儂の指示ひとつでアルトスを防衛し、皆を守って来れたのじゃ」

「情勢の把握って、具体的にどんな手段で?」

「ウィンストンには儂ら以外にも、千を超える部族がおる。その中にはアルトスと同盟関係にある部族が各地に点々としているのでな、彼らが異変に気付けば我々にも情報が伝達される」

「へぇ」

 アルトスがここまで大きなコミュニティに成長できたのは、単に優秀な指導者と戦闘に秀でた従者がいるからだけでないようだった。

「なるほど。情報をいち早く掴み、外部からの侵略などに素早く対応出来るようにするんですね」

「そういうことじゃ」


フレスヴェルクが先程の説教で『外界の者を見境なく拒んでいては、我らに明日はない』と言っていたのを思い出す。ロバートも以前、「どんなに国を強くしたとしても、歯車にひとつでも食い違いが生じれば、いつか歯止めが利かなくなって滅亡の道を辿る」と言っていた。両者の言葉は互いに無関係でなく、本質的に共通した何かがあるのではないか。ふと、そんな哲学的な問いをする自分がいた。

 各地の部族は、それぞれが独立したコミュニティーを形成しているものだと思い込んでいたが、ウィンストンではウィンストンなりのネットワークが構築されているようだ。長年、フレスヴェルクはこのネットワークを駆使してきたと言うことか。

 宇宙のあらゆる星々と繋がりを持つ現代の構図とは、規模が違うだけで本質は変わらないのだろう。

「それよりアルヴァスよ。腹へっとらんか?」 

「そういえば、ちょっと空いてきましたね」

 フレスヴェルクからの指摘を受けてアルヴァスは、自身の空腹感を思い出す。丘での就寝前に、携帯食料を頬張っていたアルヴァス。そのときは腹が満たされていたが、ここに来るまでのいざこざに翻弄されてか、気づいたら空腹になっていた。

「食堂に来るがよい。こっちじゃ」

 フレスヴェルクに案内されるがまま、巨木の中で人が賑わう空間を抜け、薄暗い廊下をしばらく進む。やがて目前には一際大きい扉が姿を現す。小柄なフレスヴェルクは、自分より何倍も大きいその扉を勢いよく開けると、そこにはより広い空間があった。長く延びたテーブルにアルトスの人々が席につき、各々が飲み食いを楽しんでいた。本当にここは木の中なのだろうかと、疑わずにはいられない。 

 大空間の側には、何種類もの食べ物が山のように置かれていた。

バイキング形式のようで、これから食事を楽しまんとする者たちが、トングを手にしトレイに次々と盛っていく。

「すごい」

 涎が止まらない。

「金はとらん。好きなモンをたんと食っていくがよい」


「ありがとうございます。それじゃ、遠慮なくいただきます!」

「じゃあの。儂はもうひと仕事してくるのでな。あとで別の者に、寝床を用意させる」

 フレスヴェルクはそう言い残し、去っていった。

 アルヴァスも挨拶したあと、他の者たちに混ざって気になるご馳走を取りにいった。香ばしく焼き上がったエビや鳥肉が食欲を唆る。アルヴァスはそれらをトレイに加え、空いた席で食事を始めた。

「美味い!」

 アルヴァスの食するエビは、甲殻ごとサクサクと噛み砕くことができる。

「スカイロブスターとはまた違う食感だ」

 惑星コルトに原生するエビ、スカイロブスターと比べながら舌鼓を打っていると、

「席、空いてるわよね?」

 声がした。振り向く前にそれが誰なのか、すぐに分かった。どこか厚かましさを含む口調。フェリシアだ。その隣には黒髪の女、ツバキの姿も。

――サッ!!

 アルヴァスは彼女らの姿を目にするや否や、立ち上がり、反射的に身構えてしまった。

 そんなアルヴァスの動きを見て、フェリシアは、

「ちょっと、そんなに警戒しないでよ。傷つくなぁ」

「……」

 先ほど、アルトスの者たちとの誤解は解けたばかりではないか。それは承知の上だし、目の前の二人に対しても敵意を向ける必要性もない。それでもなお、自分に危害を加えた張本人と再び遭遇するとなると、

「…座れよ」

 しばしの沈黙の末、さすがにもう手出しはしないだろうと判断したアルヴァスは、二人の同席を許可した。

 二人もご馳走をよそってきたみたいだ。

 ツバキのトレイを見てみると、量はやや少なめだった。海産物のスープとレタスのような野菜が少々。食が細いのだろうか。

 アルヴァスが驚愕したのはフェリシアのほうだった。なんと、彼女のトレイには兎のような動物の丸焼き三匹に、肉とネギがこれでもかという程に詰まったスープ、脂ののった焼き魚五匹、色とりどりのフルーツが乗っていた。二人が食べようとする物の量を見比べてみると、まさに対照的だ。

「改めて自己紹介するわ。あたしの名前はフェリシア」

「ツバキだ。お前、本当に王国軍でもヘイロスでもないんだな?」

 ツバキは未だに、アルヴァスを半ば敵と疑っているようだった。

「心配ないわツバキ。こいつを連行したあと、村のみんなが周辺の森を見回ったけど、不審な奴は見つからなかったそうよ。たったひとりで乗り込んでくる馬鹿なヘイロスなんていないって!」

「仮にこいつ一人が何かやらかすとしても、あたしたちの前では無力よ」

「それもそうか」

 フェリシアの言葉にツバキは一応の納得をして見せ、スープを飲む。 

 棘のある彼女の説明に対し、少々苛立ちを覚えるアルヴァス。しかし、自分に対する疑いがようやく晴れたことを知れたのだから、良しとすることにした。

「ご馳走さま!あたしはもう家帰って寝るわ」

「もう平らげたのか!いつの間に」

 あれだけ盛ってあった肉やら魚やらフルーツやらは、すでにフェリシアの胃袋に収められたようだった。

「お休みフェリシア。また明日な」

 ツバキは別れの挨拶をする。アルヴァスも軽く手を振って見送る。

フェリシアが食堂を去り、アルヴァスとツバキの二人が残る。

 暫し続く沈黙。張り詰めた緊張感に耐えかねたアルヴァスは、先に口を開く。

「…お前の相棒はおそろしい奴だな」

「ああ、フェリシアを侮らん方がいい。お前なんぞが束になって挑んでも敵いはしない。瞬殺だ」

「はは、瞬殺ですかい」

 ジト目で苦笑して見せるアルヴァス。対するツバキは笑みの一つも見せず、ギロっと睨む。この緊迫した空気は、そう簡単には解けそうにない。

「だけど、お前らが強いのは認めざるを得ないな」

 彼女の言う通り、フェリシアが強いというのは、身をもって知ることが出来た。不意打ちとはいえ、アルヴァスはあの時のフェリシアの攻撃に対してどうにも出来なかったのだ。女性とは思えない程の並外れた力で組み技を受け、一切の身動きが取れなくなった。

 力だけではない。素早い動きもそうだ。普通ならば、手足の動きを完全に封じ込まれてしまう前に回避して、反撃に出ることも不可能ではなかった。フェリシアの動きが並みのスピードであったならばの話だが。どんなに相手を押さえる力があろうとも、その技を回避する隙を相手に与えてしまっては、動きを封じることなど不可能に近い。

そう。アルヴァスの思考は追い付いていなかったのだ。どうやって対処するかを考えようとした頃には、時すでに遅し。…地面に押さえこまれていた。完敗だ。

 カリストでは大活躍だったアルヴァスは、久しぶりの宇宙の旅を通して、己の力が如何に非力であったかを思い知らされた。そして、目の前のツバキという人間も、フェリシアと引けを取らない程の強さを誇るのだろう。


「では、私も失礼する」

 ツバキもスープを飲み干し、席を立つのだった。そして、帰り際に彼女はこちらを振り向き、

「変な真似はするなよ。お前をヘイロスとは思わんが、何かを企んでいるというなら、その時はーー」

 ツバキはそこまで言って、チャキっと自身の握る剣を鞘からちらつかせる。刃から反射する白い光が、彼女の殺意を具現しているかのよう。

「だから、何もしねぇって! ホント信用ないな、俺」

 それ以上何も答えることなく、長い黒髪を下ろした褐色の少女、ツバキは食堂を去っていった。


 再び一人となったアルヴァスは、しばし茫然としたのち、静かに食事を続けるのであった。



 絶品揃いのご馳走の数々をその胃に流し込み、満腹感を覚えたアルヴァス。フェリシアやツバキとも解散し、一人になった頃。少々食べ過ぎて腹が苦しくなったので、しばらくそこに居座ることにした。

 周りを見渡すと、今なおアルトスの者たちがにぎやかに食事を楽しんでいる模様。

 二十分ほどが経過し、胃袋の中で消化が進んだのか、苦しさは緩和されてきたようだった。ようやくアルヴァスは立ち上がって食器を所定の場所に返却し、食堂をあとにした。

 今夜は、この村で宿泊することになる。しかし、寝泊まりする部屋がどこなのか分からない。フレスヴェルク長老は、別の者に案内をさせると言っていたが、その案内人とはどこで会えるのか。しばらく廊下を彷徨っていると、

「アルヴァス様ですね?」

 アルヴァスの目の前に、小柄な少女が現れた。金髪のショートヘアで、背中には弓矢を背負っている。

「もしかして君が、フレスヴェルク長老の言っていた」

「はい。私、イリスと申します。長老からの命により、これよりアルヴァス様を案内させていただくことになりました。至らぬ点も御座いますが、どうぞよろしくお願いします」

 初めて訪れた村で、どこへ向かうべきか決めかねていたタイミングでの登場だ。

 イリスと名乗った金髪の少女は、ニッコリとした表情でペコリと頭を下げる。先ほどのフェリシアやツバキとは違い、目の前のこの子は丁寧に振る舞う。

「では、寝室の場所に向かいますので、私について来てください」

 アルヴァスは彼女に案内され、また見慣れない木の回廊を歩き続けた。

「…すげーまともな子だ」

「え?」

「あ、いや。なんでもない」

 つい、本音が漏れてしまった。

 容赦なく暴力を振るう赤髪ツインテールの女や、ギロリと睨みをきかせる黒髪褐色肌の長身女とのやり取りを終え、次に現れたのが丁寧に対応する天使のような少女だ。先ほど二人との態度のギャップに驚かされる。アルトスの住民が全て野蛮なわけではないと再認識し、アルヴァスはほっと胸をなでおろした。イリスのような礼儀正しい子もいることに、どこか救われる思いがした。

「フェリシアとツバキ。あの二人がアルヴァスさんに手荒なことをしたと聞きました。本当に申し訳ございません」

「大丈夫だよ。そのことはもういいんだ」

 歩きながらイリスは、二人に代わって謝罪する。フレスヴェルク長老に続き、こんな少女にまで謝罪をさせるとは。

「二人とは食堂でも少し話したけど、どっちも素直な性格ではなさそうだな」

「仰るとおりです!」

 アルヴァスはつい、愚痴っぽく言葉を発したが、イリスもそれに同調するように肯定的に返答した。ため息をつきながら。

「あの二人は我々アルトスの中でも、上位の強さです。外敵が襲ってきたことも沢山ありましたけど、その度二人は何度も迎え撃って、村の防衛のため尽力してくれました」

 イリスは、フェリシアとツバキの実力を評価する。アルヴァスがカリストの防衛に貢献しているように、彼女らも村を、アルトスを守るため闘い続けているようだ。

「ですがフェリシアに関しては、農場の仕事をいつもサボるし、みんなで集めた備蓄用の作物をつまみ食いするし。ツバキの方は、一見真面目に見えますが、どこか抜けているところもあるんですよね。この間など宇宙港まで出向いて、村への襲撃を企てそうな怪しい人物がいないかと睨みをきかせていました。自分の行為が一番怪しいと、なぜ気づかないのでしょう…」

「……」

 イリスは二人の普段の行いに対して、難色を示している様子だった。穏やかそうなイリスも不満ごとを矢継ぎ早にぼやいてしまう程だから、やはり一癖も二癖もあるということか。

「あ、ごめんなさい! 普段からの鬱積がつい…」

「ははは、君も大変なんだなぁ」

 彼女もまた、あの二人の行いには手を焼いているみたいだった。


 そんな感じで、彼女からフェリシアやツバキのこと、そしてアルトスの暮らしについて大まかに教えてもらいながら、寝室まで案内してもらった。階段を登ったり降ったり、分岐する回廊を何度も歩んでいくと、やがて目的の場所に辿り着いた。

「アルヴァスさん、到着しました。今夜はこちらのお部屋でお休みください」

招かれたその場所はあまり広くなかったが、暖色に光るランタンによって部屋全が明るく灯されており、簡易的なテーブルとイス、そして草木で作られてたフカフカのベッドが置かれてあった。巨木の中で暮らすアルトスなだけあって、その内装も自然に趣向を凝らしている。マイナスイオンがこれでもかというくらい感じとられ、リラックスできるに違いない。

 そして、

「あ!」

 テーブルのそばに見覚えのものが置いてあった。

「こちら、アルヴァスさんのお荷物でお間違いありませんか?」

 すっかり忘れていた。そこにはアルヴァスが持参した荷物が置いてあった。もともと森の外の丘で野宿するつもりだったが、フェリシアらに連行され、荷物は放置されたままになっていた。丘で組み立てたテントや椅子は丁寧に畳まれており、取り出していた小物等はトランクケースの中に収納されていた。そして護身用として所持していた武器、バイルトも立て掛けられていた。

「ありがとう。これもイリスが持ってきてくれたのか?」

 イリスはコクリと頷く。

 丁寧に自分を寝室に案内し、フェリシアらの無礼を代わりに謝罪し、さらには置き去りとなっていた荷物を綺麗にまとめて返してくれたイリス。アルヴァスは、そんな彼女に感謝しても仕切れない気持ちになる。その一方で、イリスにここまで苦労をかけるあの二人には、ますます敵意を覚える。


 先ほどの愚痴からも察せるが、この子も普段からあの二人には頭を悩ませているに違いない。


 アルヴァスは荷物の確認を終えると、ふっと肩の力を抜いた。

「本当にありがとう、イリス。君がいなかったら、今ごろ俺、路頭に迷っていたよ……」

イリスは少し照れたように微笑み、「いえ、当然のことをしただけです」と小さく答えた。


 部屋の窓からは、夜の森を渡る涼しい風がそっと吹き込む。外では、どこか遠くで小鳥の鳴き声と、村の誰かが歌う静かな調べが聞こえた。

アルヴァスはベッドの端に腰掛け、今日一日の出来事を思い返す。

 誤解、衝突、そして奇妙な和解。

 フェリシアやツバキの強さ、イリスの優しさ、長老フレスヴェルクの威厳。

「ここは、俺の知らない世界だ。でも……」

 彼は小さく息を吐き、天井を見上げる。

「きっと、悪い場所じゃない」


 イリスがそっと扉の前で振り返る。

「明日は、村の中をもっとご案内しますね。もし何か困ったことがあれば、すぐに呼んでください」

「ありがとう。頼りにしてるよ」

アルヴァスがそう返すと、イリスはうれしそうに会釈し、静かに部屋を去っていった。


 部屋には再び静寂が戻る。

 アルヴァスはベッドに横たわり、柔らかな草の香りに包まれながら、まぶたを閉じた。

――宇宙は広い。自分はまだまだ、何も知らない。

 ここでの日々が、どんなものになるのか。

 わずかな不安と、ほんの少しの期待を胸に、アルヴァスは静かに眠りについた。


 その夜、アルトスの森は穏やかに、しかし確かに、新しい物語の始まりを告げていた。

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