第4話 樹海の戦士
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星環歴772年 5月15日
惑星ウィンストン南西部
「ああ、ホントやってらんない。視界は悪いわ、足に躓くわ、虫に刺されるわ」
ランタンを片手に下げながら、真っ暗な闇に染まる樹海の中を二人の少女が歩く。普通の人間であれば恐怖し、身構えるであろう。そんな恐怖に支配された領域であるにも関わらず、彼女らは悠揚迫らざるといった様子で前進する。
「ねぇ、ツバキ。森の中に怪しい奴はいなかったって報告して、さっさと晩飯にしない?」
赤髪をツインテールに結った少女が、相方に問う。
「何を言う、フェリシア。こういう夜間ほど奇襲を受けやすい時はない。周囲にもっと気を配って警戒しろ」
長い黒髪を下したもう一人少女ツバキは、不満をこぼすフェリシアに異を唱える。
「相変わらず、クソ真面目ねぇ。分かったわよ」
投げやり気味に承諾するフェリシア。
「これが私たちアルトスの使命だからな」
広大な森が広がる惑星ウィンストン南西部。彼女らはこの地に集落をつくって暮らす部族である。
アルトスと呼ばれる部族のフェリシアとツバキ。彼女らは日々欠かさず、食糧確保のための狩猟および敵部族への警戒と警備を行っている。特に、自分たちの生活を脅かす敵対勢力というのは、いつどこに蔓延っていても不思議ではないのだ。
「ホントにさぁ。あたしたちって、あと何百年こんな争いを続けなきゃいけないのかしらねぇ」
長い人類の歴史において、戦争や紛争というものは、いつの時代も切って離されることはなかった。
「戦うだけ戦ってきたけど、一体どんな進歩があったって言うのよ」
フェリシアは声を籠もらせて呟く。
ツバキは無言のまま、隣のフェリシアを一瞥する。
アルトスの一族は、何百年も昔から戦ってきた。彼女らもこれまでに、あらゆる他の勢力との死戦を生き抜いてきた猛者だ。殺めてきた者も数知れない。それは自分たちが敵に蹂躙されるのを防ぐためにとった行動だ。無用な殺生は好まない。
守るための戦いなら、彼女らは今後も続けていくことだろう。しかし、フェリシアは自分たちが戦って生き延びた末に、どんな輝かしい未来が持っているのかを思い描けずにいた。強大な敵を追いやれたとしても、いずれより強力な敵が台頭することとなり、我々アルトスも滅びの道を歩む。そんな気がしてならない。
このウィンストンの地では、あらゆる部族や勢力が生まれては消えていく。そんな弱肉強食という掟と、単純明快な戦の歴史が刻まれてきた。
自分たちの安全を保障してくれるものを如何に見つけ出せばいいのか。侵略の手から如何に守り続けていけば良いのか。アルトスにとっての課題は山積みだ。
そんな将来の方針について思い悩みながら、歩を進めていると、
ーーズガガガッ!
背後から重々しい足音が響く。同時に、木々で羽を休めていたであろう野鳥の大群がバサバサっと、一斉に羽ばたき出した。
「!?」
音の主は荒々しい雄叫びと共に、密生を突き破って彼女らに飛び掛かる。
すかさず二人も分散するように躱す。
数秒前まで二人が立っていた場所に勢いよく着地したのは、猛獣だった。灰色の巨体をした闘牛のよう。頭部から背中にかけて伸びた鬣は、まるで我こそが百獣の王であるとでも誇示せんばかり。
猛獣が鬣を逆上させて威嚇する一方、このような状況においても彼女らは平然とした素振り。危険な猛獣や他部族による脅威が絶えない環境で、十数年を生き延びてきたアルトスの二人だ。こんなことは日常茶飯事である。
フェリシアとツバキ。今夜もいつも通り、目前の猛獣を阿吽の呼吸で討伐しようとするが、
「グランフェロース。いいところに来てくれたじゃない!」
緊迫した空気を醸し出すツバキとは対照的に、陽気なフェリシアはそう言い、腰に差していた双剣を抜く。
スチャッ、
「ツバキ、コイツはあたし一人でやるわ」
口角を吊り上げ、不適な笑みを見せるフェリシア。そんな交戦的な彼女に、ツバキも黙認する。
変わり映えのない警備活動に辟易していたフェリシア。しかし、対峙する猛獣グランフェロースを捉えた彼女の琥珀の双眸は、勇猛果敢な戦士の瞳となっていた。
グゴァァァーー!
先に動き出したのは、グランフェロースの方だった。
フェリシア目掛け、猪突猛進に駆け出す。
対するフェリシアも、
バッーー!
真正面から特攻を仕掛けるーーように思えたが、両者が衝突する直前、フェリシアは垂直に飛び跳ねた。当然、グランフェロースの攻撃は虚しく空を切る形となった。先程の奇襲を躱したジャンプとは、比べ物にならない高さまで飛翔したフェリシア。彼女は空中で身体を反転させ、全身を高速回転させ、地上のグランフェロース一点に集中しーー、
ザンザンザンーーッ!
落下による運動エネルギーと遠心力を得た双剣が、血生臭い音を立てながらグランフェロースの全身の肉を斬り刻む。
攻撃と共に地上に着地したフェリシア。そして、彼女からの斬撃をその身に喰らい、自身に何が起きたのかを分からずにいたであろうグランフェロース。
暫時、両者は微動だにせず、静寂が訪れる。
そしてーー、
ーーズンッ!
全身から血飛沫を吹きながら、グランフェロースは崩れるように倒れ、絶命した。
「フェイントとは、相変わらず姑息だな、フェリシア」
木に凭れ、腕を組みながら傍観していたツバキが、辛辣に彼女を評する。
「これも一つの戦術よ。技がキレイに決まってスカッとしたわ」
思い通りの戦いを果たし満足げに語るフェリシアは、双剣に着いた血を拭き取って腰の鞘に収める。
「だが、この死体どうする。我々二人では、とても運べんぞ」
「村の仲間を連れてきてよ。あと五人もいれば運べるっしょ」
自分たちより何倍もの大きさのグランフェロースを狩ったはいいが、これをどのように運ぶかを問うツバキ。フェリシアは彼女に、共に運んでもらう仲間を呼んでもらおうとする。
「連中だって忙しいんだぞ」
「グランフェロースの肉にありつけるって聞けば、みんな喜んで手を貸してくれるって!」
絶品として知られるグランフェロースの肉だが、その凶暴さ故に半端者のアルトスでは討伐が困難で、滅多にその肉にありつけることはない。
「あたしはここで見張ってるわ。目を離してる隙に他の動物に横取りなんてされちゃ、洒落にならないでしょ」
「じゃあよろしくね!」とフェリシアは一旦その場を離れようとするが、
「待て!」
「え?」
突如、フェリシアを呼び止めるツバキ。彼女は何かを見つけたようだった。
気付けば二人は森の出口に来ていた。森の外に目をやると草原が広がり、空を見上げれば星々が輝く。なんの変哲もない自然の景色を前に「今夜は風が気持ちいいわねぇ」と呑気に所感するフェリシアを他所に、ツバキは五十メートル程先に見える丘の一点に視線を合わせていた。そのてっぺんには一点の光が灯されており、遅れて気付いたフェリシアも不審に思った。日が完全に沈み、暗闇が世界を支配するなかで目にする光は、彼女らの警戒心に拍車をかける。
「何、あの光?」
一瞬、夜行性の獣が鋭い眼光でこちらを窺っているのかと思ったが、それにしては光がボンヤリとしている。そこに殺気は感じられない。ツバキが手にしているランタンと然して変わらない暖色の光だ。
野生の動物の眼光でないことが分かった二人は、電灯を持った何者かがそこにいると推論した。
「誰だろう。王国軍かな?」
「こんなところに一人でか?それは妙だ」
セルペンティア王国。他惑星に本土を置く国だ。フェリシアたちもその名を時折耳にしていた。十数年前から、このウィンストンの地を植民支配しようとしているという話も。そんなセルペンティアの存在は、フェリシア達アルトスにとっても好ましいものではなかった。
しかし、そんな忌まわしき王国の軍人でもなさそう。向こうはこちらの存在に気付いていない様子だった。
「ちょっと見に行こうよ!」
「まぁ、怪しいものを放っておくわけにもいかないか」
日課に退屈して刺激に飢えていたフェリシアはそう提案し、対するツバキも同意する。
慎重に、身構えて。警戒しながら丘の上へと昇り詰める。思わぬ奇襲にも即対応できるよう、武器を握りながら。
眉間に皺を寄せる二人だったが、その正体を知るや否や「へ?」と腰を抜かすのだった。丘を登り切った二人が目にしたのは、ひとりの青年だった。歳も自分たちと変わらないだろう。茶髪の男は、ローチェアにもたれながら眠りについていた。接近してきたフェリシアとツバキの存在に、未だ気付かない。緊迫しながらやってきた二人とは裏腹に、男は呑気そうに夢のなか。
二人は顔を見合わせる。
「…もしかして、野宿してんの?コイツ」
「無防備だな。しかも、こんなところに単独とは」
「あたしたちアルトスも随分と舐められたものね」
過度な警戒をさせてくれた青年に、フェリシアは苛立ちを覚える。
一見無害に思えるこの青年だが、ここは彼女らアルトスの縄張りでもある。危害をもたらす存在でないと分かっていても、アルトスの縄張りに踏み込まれることは、決して見逃せることではなかった。
アルトスのような部族は、他の部族から侵略あるいは命を狙われる危険性を背負っている。自分たちが他の勢力に脅かされない為には、強固な城壁や要塞を建てるという物理的な手段も挙げられるが、敵に対して心理的な余裕を与えないことも重要なのである。
多くの者から恐れられる存在というものには常にオーラが纏う。
「そこに攻め込んではいけない」「あの場所は明らかに他とは違う」「あいつだけには近づくな」という、無言の牽制あるいは抑止力とでも言うべきか。それが植え付けられれば、敵も軽々しく攻めては来られない。
ウィンストンの各部族は、生き延びるためにあらゆる戦略と策略を練る。圧倒的な武力を振るうか、守りやすい場所に拠点を置くか、誰と同盟を結んで勢力を拡大するか、いかにして敵に恐怖を植え付けるか、いかにして敵の手から逃れるか。
この男には自覚がないだろうが、彼のような存在はアルトスの牽制力を無意味にし、さらに他勢力が攻めてくる口実にもなりかねない。
「服装からして王国軍ではなさそうだけど」
「この辺の住民でもないな。おそらく別の星からの旅行者といったところか」
「王国軍からの圧力に、他部族とのいざこざ。こっちは色んな敵と争ってるってのに。能天気な奴ね!」
苛立ちを抑えきれないフェリシアは、仰向けの青年の胸ぐらを掴み上げ、すぐさま投げ捨てた。彼は丘の斜面を、全身を打ちつけながら転がり落ちる。
「うっ、ぐはぁ!?」
夢の中にいた青年もフェリシアの強引な力によって、現実の世界へと引き戻されるのだった。




