第2話 星間の風
1
昼下がりのカリストの街。戦いの痕跡を消すように、クレーン車がラーゼン・シュタールの残骸を次々と撤去していく。日常を取り戻しつつある通りを歩いていると、通行人から明るい声が飛んできた。
「よう、アルヴァス!さっきは見事だったぞ!」
「アルヴァス、お疲れ!そろそろ店に戻るのか?」
道行く人々は笑顔で彼に声をかけ、親しげに手を振る。
「ああ。早く帰らないと母さんがうるさいからな」
アルヴァスも笑顔で返答する。
「さすがアルヴァスだよね。いつだってみんなから大人気で。みんなに好かれたり慕われたりする秘訣って、あったりするのかな」
隣を歩いていたロバートが、皆の中心にいる彼を羨望の眼差しで見つめる。
「いや、別に大したことはしてないぜ?誰かに好かれようとか慕われようとか、そんな努力をしてきたわけじゃない。ただ、自然とこうなっていただけさ」
「羨ましいよ。僕とは大違いだ」
アルヴァスとは対照的で目立たないロバート。彼は暫し、自身を嫌悪するかのような言動をとって黙り込んだが、一息ついたあとで再び口を開いた。
「ところで、アルヴァスの家の方は大丈夫だったの?」
自身の劣等感から目を逸らしたくて気持ちを切り替えたのか、アルヴァスの身の回りのことを気にし始めるロバート。
「ああ。母さんにも連絡したけど、ウチは被害ゼロで助かったよ」
「それはよかった。エスティアさんたちも無事だったんだ。ヴィンドルムさんも帰ってきてるの?」
「親父か?いや、相変わらず帰ってくる気がないみたいだ。またどっかの星で変なビジネスを始めたみたいだ」
ロバートはアルヴァスの父親について尋ねた。
ヴィンドルム・ストラット――宇宙を股にかけて活動する実業家だ。電気機器の製造から要人警護まで、手掛ける事業は多岐にわたる。息子のアルヴァスでさえ、父の活動の全容は把握できていなかった。
「はは、ヴィンドルムさんらしいね」
ロバートが笑って言う一方で、父が如何にして移動資金を確保しているのか、多岐にわたる事業をこなすノウハウとは如何なるものなのかと、枚挙に暇のない数々の疑問がアルヴァスの頭を過り、頭が痛くなりそうだった。
考えるのをやめたところで、<サークル・オブ・ストラット>という看板を掲げた店に到着した。
――カランカラン
「いらっしゃい!...って、アルヴァスか」
扉を開けると、一人の女性が現れた。
「外のお客さんは片付いたの?」
通りを荒らしていたラーゼン・シュタールを遠回しにそう表現する彼女。
「ああ、完膚なきまでに対処してきたよ」
彼女は先ほどまで町で暴れていたラーゼン・シュタールのことを「外のお客さん」と揶揄する。
「お疲れ様。でも今はお店が混んでるから、早く仕事に入って!」
ストラット家が経営する料理店<サークル・オブ・ストラット>の店長であり、アルヴァスの母でもあるエスティア・ストラットは、息子に厳しい視線を向けた。
「アルヴァスさん、お帰りなさい。早く準備を!」
「こちらの料理、あのテーブルまでお願いします」
店員たちも次々と彼に仕事を振ってくる。
「はいはい...でも戦いで疲れて腹も減ってるんだけどな」
アルヴァスは文句を言いつつも、誰も聞く耳を持たないと悟って仕事の準備を始めた。
「あら、ロバート君も一緒だったの」
「こんにちは、エスティアさん」
母親に挨拶するロバート。
「ロバート、うまいもの用意しとくからな。ほら、あそこの席が空いてるぞ」
「うん。ありがとう」
アルヴァスはエプロンを巻きながら、空いたテーブルを顎で差す。
「エリックさんはスカイロブスターの盛り付けサラダ!ジェシーちゃんは三つ首トカゲの塩焼き!ニコラスおじさんはエリンギフィッシュのタタキ!それから...」
矢継ぎ早に注文を読み上げ始めるエスティアに、アルヴァスは頭を抱える。
「いやいやいや。口頭じゃなくてメモかなんかよこせよ!」
アルヴァスが厨房へと向かおうとすると――、
「オカエリ、アルヴァス。サッサト注文ノ料理ヲ作リヤガレ」
見慣れない小型のドローンが宙に浮かびながら、アルヴァスの前に現れる。ドローンは、きつめの口調で機械的にそう命令した。
「うわっ!母さん、いつの間に何買ってんだよ」
「会計用ドローンよ。ヴィンドルムは帰ってこないし、誰かさんはロクに働きもしないし、これ以上誰かを雇おうにも人件費は馬鹿にならないし、労働力が足りないのよ」
「つーか、さっきの注文内容、ドローンに記憶させろよ!」
そんな親子のやりとりを聞いて大笑いする常連客たち。彼らには、これが漫才やコントのように見えるらしい。
<サークル・オブ・ストラット>は、今日も活気に繁盛していた。
戦争やラーゼン・シュタールを始めとした問題が人々を不安と緊張で煽る一方、この店と客人たちとの輪は、常に不変なのである。
ここに来れば、誰もが日々の不安を忘れられるのだ。
「オ会計デスネ。合計三百六十七パール、デゴザイマス」
食事を終えた客の会計に対応するドローン。
「アリガトウゴザイマシタ。マタノゴ来店ヲ、オ待チシテオリマス」
「はは…ご丁寧に。俺に対してだけ、きつい口調になるよう設定してるのか」
対応する相手ごとに口調を設定できるという謎仕様のドローンを遠目に、厨房で料理を始めるアルヴァスであった。
2
時刻は夜の九時。閉店の時間だ。多くの客人で賑わっていた店内はすっかりと静まり返っていた。扉の前に「CLOSE」の看板をぶら下げ、食後の食器を回収し、テーブルをひとつひとつ拭いていく
アルヴァス。彼がまとめた大量の食器を卒なく洗っていくエスティア。それぞれが分担して後片付けを済ませた。
アルヴァスは、導入されて間もないドローンに「アルヴァス、ゴミガ溜マッテキタゾ。サッサトゴミ出シニ行キヤガレ」などと偉そうに命令される。「きっ!」と睨みつけてやりつつ、言われるようにゴミ出しを行った。
他の従業員はすでに帰宅し、互いに今日の仕事も終えたアルヴァスとエスティアの二人は、テーブルに着くのだった。
「よしっ、今日の仕事もおしまいだな。今月の売り上げも悪くないんじゃないか?母さん」
「バカ言いなさい。ウチの店、常連さんは多いけど、まだまだ儲かってるってレベルじゃないんだから。あんたの活躍がプロスティアまで知れ渡れば、いい宣伝効果にもなるんでしょうけどね」
「無茶言うなよ。それで集客できたとして、店の回転率はどうすんだよ」
二人は暫し、店の宣伝だったり集客、効率のよい経営戦略について議論する。それなりに色々話し合うものの、なかなか案は浮かばない。これ以上続けても仕方ないと判断し、一旦この件は保留とした。
やがて話題は変わり、エスティアはアルヴァスにこう告げた。
「あんた、気晴らしにウィンストンにでも行ってきなさいな」
「え?」
あまりに唐突だった。店の経営方針について考えていたこのタイミングで、全く無関係のワードが出てきたのだから。
「ま、まさか…俺に、ウィンストンにまで行って、集客してこいなんて言うんじゃないだろうな」
「そんなことさせないわよ。気晴らしにって言ったでしょう」
惑星ウィンストン。この惑星コルトから六千光年離れた、大自然に恵まれた星。コルトに限らず、他の惑星に住む者からも人気の観光惑星として認知されている。
「クラウスさんから聞いたわよ。あんたのこと。『評価できる点は、ちゃんと認めてやるのが大人ってもんでしょ』ですって?あんまりクラウスさんを言い負かすんじゃないわよ」
昼間、アルヴァスがクラウスに発した台詞だ。戦闘の後、あの一部始終を見ていた誰かが、彼女に話したのだろう。アルヴァスが親子でこの<サークル・オブ・ストラット>を経営していることも、周知されているのはいうまでもない。自ずと母の耳に届いても不思議ではない。
ウィンストンからクラウスへ。話のテーマが次から次へと切り替わり、アルヴァスは翻弄された気分になるが、エスティアは説明を続ける。
クラウスはアルヴァスからの発言を受けて、こう思ったそうだ。
それは、アルヴァスの真価について。
「俺の進化だって?」
「真価よ」
アルヴァスはこれまでに街の者たちを鼓舞し、彼らに戦う勇気や闘志を与えてきた。そんな活動を数年間続けてきた結果、彼らは公国軍に頼らずとも街の自衛が可能な集団へと成長していった。それは、もはや言うまでもない事実だ。
しかし、あらゆる問題を気合いや根性だけで解決出来るほど、物事は単純ではない。
この街にも猛者や強者と称される者、腕っぷしに自信のある者は、アルヴァスの他にも存在する。アルヴァス以外の者が同じように、迫り来る敵の数々を薙ぎ払い、街の皆を守り切れるかと言われれば、疑問が生じる。
他の者には無く、アルヴァスのみが有する真価。それは果たして何なのか。
「あんたには、街を脅かす敵にも屈しない強さだけじゃなく、弱い者に戦う勇気を与える才能もある。その才能をこのカリストだけで活かすのはあまりにもったいないと思うのよ。クラウスさんだけでなく私もそう思うわ」
アルヴァスには先人を切って勇猛果敢に戦うだけでなく、弱いものに寄り添える素質も兼ね備えている。クラウスもエスティアも、そこに彼の真価を見出したそうだ。
「なるほどなぁ。俺の持ってる強みってのは、自他ともに認めていたということか。だけど、それとウィンストンになんの関係があるんだ?」
未だに彼は、それがウィンストンとどう関係するのかが汲み取れない。
「あんたがこのままカリストのために戦ってくれたら、みんなすごく助かる。でも、同じ日常を繰り替えていて、知らず知らずのうちにあんたが壊れるんじゃないかとも思うのよ」
「壊れる?俺が?」
エスティアのいう「壊れる」とはきっと物理的な意味ではなく、精神的な意味で言っているのだろう。アルヴァスは「いやいや、この俺が精神的にまいってしまうだって?そんなわけあるわけ…」と口にしようとしたが、ふと頭をよぎった。何千年も前から認知されている鬱という病気のことを。どんなに元気そうな者であっても、心理面では知らぬまに発症して、気がついたら心身ともに生気を失うというもの。
確かに母の言うとおり、カリストで戦いに身を投じて変わらぬ日常を続けていれば、自分のような人間でも近い将来、鬱のような状態にならない保証はない。アルヴァスはそう認識した。
「だから俺に、ウィンストンで休暇を?」
「そういうこと!」
ようやくアルヴァスはウィンストンが話題に出てきた意味を理解した。
「良いのかよ、母さん」
「あんたもたまには羽を伸ばしたいでしょ?リラックスしてきなさいな」
「そうだなぁ。宇宙にはもう3年も出てないし、ちょっと行ってくるのもいいかもしれないけど…」
近年は世界情勢の悪化により、安全な旅行が難しくなっている。様々な国と国の間で、文化的・歴史的な対立が複雑に絡み合い、各地で紛争が起きている。その影響は次々と広がり、新たな争いを引き起こしていく。
確かに、見知らぬ土地への旅には危険が伴う。だが、新しい場所を訪れ、異なる文化に触れる喜びは、人間の本質的な欲求の一つだ。慎重に計画を立て、適切な準備をすれば、旅は十分に価値のある経験となるはずだ。ネガティブな思考をなるべく抑え、前向きに物事を考えるようにする。それがアルヴァス・ストラットという人間なのである。
「まぁ、ウィンストンなら比較的平和な星だし、大丈夫だろう」
母の勧めもあって、アルヴァスは遠く離れた惑星ウィンストンへの束の間の旅を決めるのだった。そうと決まれば、部屋に置いてあるキャンプセットやトラベルケースを引っ張り出してこないといけない。冒険心に火がつき始めるや否や、旅の準備に乗り出そうとしていると、
「あと、それ。ちゃんと充電しておきなさいよ」
エスティアは机の上に置いてある小型の機器を指差した。
「ネビュラネットか。そうだな、あっちのほうじゃ確かに充電できる所も少なそうだし」
ネビュラネット——簡単に言えば、携帯型の通信機器だ。星と星をつなぐネットワークを実現させた現代のテクノロジーが生み出した装置で、通話、メール、周辺地域の情報収集、ネットワーク上の仮想通貨管理など、幅広い機能を備えている。別の惑星に滞在している相手とも容易に連絡が取れ、通信相手の姿がホログラムとして目の前に現れる。宇宙を冒険する者にとっては必須のアイテムだ。
現地での買い物にも欠かせない。異国での取引には現地の通貨が必要だが、新しい国を訪れるたびに換金所で両替をするのは手間がかかる。そこで重要になるのが「パール」という、ほぼ全世界・全宇宙で使える仮想通貨の管理だ。
「人の寄りつかない樹海で、きっと猛獣もいるでしょうね。下手をすれば命の危険もあるけど、まぁ、戦い慣れているあんたなら簡単には倒れないでしょ?」
「ちょっとは息子を心配しろよな、母さん」
久しぶりにこの惑星コルトの外で旅をさせてくれるという、母への謝意が芽生えかけていたが、息子に対する心配の無さから、やや興覚めする。薄情な母親だなと思いながら、アルヴァスは身に着けているデバイスのバッテリーチェックと動作確認を始める。
アルヴァスは、バッテリーの充電のほか、その他の動作も問題ないことも一通り確認した。その頃にはだんだん眠くなってきたので、今夜はこれで自室に戻り、就寝することにした。
3
翌日、午前八時。アルヴァスは近所の路上を軽く歩き回っていた。
昨日の戦闘で物言わぬ鉄塊と化したラーゼン・シュタールが所々に散る。動きを失った鉄塊を放置したままでは市民の通行の邪魔になる。普段なら、クレーン車が戦闘後の現場に派遣され、ラーゼン・シュタールの残骸の撤去作業に当たるはずだが、今もなお撤去しきれていない。その様を見れば、先日の襲撃規模がいかに大きかったのかを改めて思い返せる。
これまでにカリスト市内で犠牲者が一人も出なかったわけではないが、それでも今日までアルヴァスたちカリスト市民が奴らに蹂躙されることなく抗い、生き延びていた。相当な戦力を保てるようになったのだと改めて思う。明日からしばらくカリストを留守にするが、自分が不在の間にラーゼン・シュタールが再来したとしても然して心配する必要もない。他の住民たちも十分戦えるはずだし、何よりクラウスのような頼れるリーダーもついている。
「アルヴァス!」
後ろから自分の名を呼ぶ声がし、振り返ってみると見知った人物がそこにいた。 薄い青色のワイシャツにベージュ色のズボンという質素な恰好をした銀髪の少年、 ロバート・レグルスが。
「おう、ロバートか」
「街の人たちが言ってたよ。ウィンストンに行くんだってね」
「なんだ、もう聞いてたのか。全く、口が軽いのな。母さんは」
どうやら、自分がウィンストンで休暇を取るという話が 、既に街中に知れ渡っていたようだ。カリストは極めて田舎というわけでもないが、この街ではあらゆる情報や噂が瞬く間に広まる傾向にあるようだ。
「気をつけた方がいいよ。あの惑星は未開の地が多いからね。僕たちみたいな他所者を拒む人たちもいるかもしれないからね」
「そうなのか?」
ロバートはこういうところで意外と博識なのだ。アルヴァスたちのように、ラーゼン・シュタールを倒して自衛に貢献出来るようなタイプの人間ではないが、そんな彼にも良いところはある。それは勤勉なところだ。
ネビュラネットを使ってネットワークにアクセスすれば、ウィンストンについての情報収集も可能だが、やはり地理や歴史に詳しいロバートから聞ける情報の方が価値があるように思える。そこはかとなく、彼の一言一言にはもっとも重要な内容が含まれている気がするから。
「いつ出発するの?」
「明日の午前中には、ここからプロスティアに向かうよ。今日はちょっとトラベル用のアイテムを買い揃えておこうと思う」
別の惑星に移動するためには、ここカリストから北の方角に位置する、首都プロスティアへ向かう必要がある。一般市民でも宇宙の旅が容易となった時代とはいえ、この惑星コルト自体のレベルは、近隣惑星のなかでも遅れをとっており、また国家予算の関係上、宇宙進出の分野への出資も不十分なのが現状。そのため今現在コルトに存在する宇宙港はわずか三ヵ所で、ヴェルテイル国内に位置するのが一ヵ所のみ。それがプロスティアというわけだ。
「じゃあ、気をつけて行ってきてよ。帰ってきたら、色々教えてね」
ロバートの言葉に、アルヴァスは力強く頷いた。
「ああ、もちろんだ。帰ってきたら、ウィンストンのことを全部話してやるよ」
二人は笑顔で別れの挨拶を交わし、それぞれの道を歩き始めた。アルヴァスは足を進めながら、ふと空を見上げた。雲間から覗く青空が、これから彼を待つ広大な宇宙を思わせる。
三年ぶりの宇宙への旅。
未知の世界との出会い。
アルヴァス・ストラットは、胸の内に膨らむ期待を抑えきれず、旅の準備へと足を向けるのだった。




