婚約者がモテテクを語っております。気持ち悪いので、婚約破棄していただけないでしょうか?
「俺はモテるからな。テクニックを教えてやる」
自分よりも格下の男爵家の令息を集め、ご講釈を垂れていらっしゃるのは、恥ずかしながら、わたくしの婚約者であるフルール子爵家の次男ラメル様ですわ。
わたくしは、フルール子爵夫妻と仲の良かった両親が“地位も同じだし、ちょうどいい”と決められた婚約者、アルフレア子爵家が長女マリアンナと申します。
小さな弟が今年産まれたところですが、ラメル様を配偶者として迎え、我がアルフレア子爵家を継ぐこととなっております。
貴族の通う学園で、身分別に別れたこのクラスは、子爵家と男爵家が集められております。そのため、子爵であるラメル様は偉そうに過ごしていらっしゃいます。
ラメル様のお兄様であるラファエル様は、剣の腕を磨かれ、出世コースと言われる近衛騎士に就職なさいました。確か、第三王子の護衛をなさっているとか……。その結果、初恋の相手で衆人明白な想い人である、サシャ伯爵家の七女ミファ様と婚約なさいました。
麗しいお姿に優しく紳士的なラファエル様は、それはそれはおモテになられました。
ラファエル様の弟様であるラメル様。確かに、ラファエル様と同じ金髪の緩やかなウェーブを描く髪。……ラファエル様と違って、“兄上と同じ美しい髪なのだ”と、長く伸ばされていて……その、あまり手入れをなさっていないご様子。
ラファエル様と同じ翡翠色の瞳……は、なぜか濁っているように見受けられます。
そして、引き締まったラファエル様と異なり、だらしなく膨れ上がった肉体……。
そんなことよりもなにより、優しく紳士的なラファエル様と違って、常に上から目線でわがまま、傲慢なラメル様がおモテになるとは到底思えませんわ。
「女っていうのは、俺みたいな地位と外見だけじゃ満足しないんだよ」
「すばらしいです、ラメル様」
「勉強になります、ラメル様」
取り巻きたちが絶賛していますが、自身は己を磨く努力をしないのにも関わらず、婚約者のわたくしなどの女性にはその努力を強制します。
今夜も本日の運動量と食事量、体重を報告しなければなりません。拒否すると暴れ回るので断れないのです。
フルール子爵夫妻も、我がアルフレア子爵夫妻も“ラメルはマリアンナをとっても愛しているのね”と微笑ましく見守っておりますが、そんなわけありません。
婚約者を宝飾品と同じように思い違え、好みの容姿でいることを強要しているのです。……その分の贈り物があれば、自分好みの服装ができなくとも、婚約者という存在のためと思えば、まだましのですが……。ラメル様の指定する服装を、わたくしがお小遣いからお金を出して買って、着用しております。
わたくしのお小遣いは、ほとんどそのお金で消えてしまうため、趣味である読書のために、気に入った本を買うことも、ままなりません。そのため、図書館に通わざるを得ないのです。
あぁ、わたくしとしたことが、語りすぎてしまいましたわ。
「財力だよ、財力。男らしく贈り物をして喜ばせてやらないとな」
「な!?」
「……なんだ、マリアンナ。文句でもあるのか?」
「……なんでもございません」
贈り物なんて、生まれてこの方一度も、ラメル様からいただいたことはございません。
ラファエル様は“将来の義妹だからね。アクセサリーとかの装飾品は贈ることができないけど、これならいいかな?”と気を使って、流行りのお菓子などの消え物を、毎年お誕生日に贈ってくださいます。
見習え、婚約者のくせに。……ごほん、失礼いたしました。そのくせ、毎年ラメル様の誕生日にはかなり高価なお品を要求なさいます。
「この間出会った子も、俺の贈ったティガンティーのネックレスを喜んでつけていて」
……ティガンティーのネックレス? わたくしが毎年お贈りするラメル様のお誕生日プレゼントに匹敵する金額のブランドですわ。……調べを入れる必要がございますわね。
「この間出会った子っていうと、街に遊びに行かれた時に出会ったという?」
「町娘にティガンティーを贈ってあげるなんて、太っ腹ですね!」
「確か、ラメル様に一目惚れしたとか言って、その場でごにょごにょごにょ……」
「あぁ。俺ともなれば、あれくらいの女も相手をしてやらないといけねぇからな。婚約者なんてものは結婚するまで手を出せないから、他で発散しなきゃな」
取り巻きがちらりとこちらに視線を向け、言葉を濁したところをラメル様は、はっきりとおっしゃってくださいます。
ラメル様のご容姿に、道行く子女に惹かれるものがあるとは思えませんが、不貞行為を匂わされていらっしゃいましたように、わたくしは感じましたわ。こちらも調べを入れておきましょう。
「そ、そういえば、ラメル様のお気に入り子とは、どうなったんですか?」
わたくしの視線を受けて、慌てた様子で取り巻きたちが話を変えました。一目見て気に入った子がいる、俺の魅力とテクニックを使って、落としてやる。嫁にできなくても妾にしてやるんだと、以前、教室で大声でおっしゃっていましたね。
「あぁ、聞いてくれるか? 彼女は奥ゆかしくておとなしいタイプの女性なのだが、だからこそ俺になかなか話しかけに来ないんだ」
恍惚とした表情で語り始めたラメル様は、はっきり言って気持ち悪いです。
周囲の女生徒も気持ち悪そうに、距離を取って見守っております。
「……マリアンナ様、いつもお疲れ様ですわ」
「いえ……」
「私、本当にマリアンナ様に同情してしまいますわ。もしも、もしも、婚約破棄ができるのならば、私が証言いたしますから、おまかせくださいね?」
「ありがとうございます。ステラ様」
わたくしのご友人である皆様が、同情的に話しかけてくださいます。あのラメル様の婚約者であるというだけで、“女の敵は共通の敵”と言わんばかりにお友達が増えました。
これだけは、ラメル様に感謝するべき点ですわ。
ちなみに、ラメル様は、わたくしのご友人たちにもちょっかいをかけ、あっさりと振られております。
その件については、“構って欲しそうだったから声をかけてやったら、嫉妬したマリアンナに遠慮して去っていった”とのことです。はぁ。
「そこでだな、学園の出口から後ろをつけて……」
ラメル様!? それはストーカーではございませんか!?
「そうだ、そこで護衛に止められて帰ったんだ。あの護衛が邪魔したからか、彼女は涙をこぼしていたよ」
完全に怯えて泣いているのではありませんか? はぁ……そのお方に謝る機会があれば、誠心誠意、謝らせていただきましょう。
「また、愛を伝えるためにも、贈り物をしようと思う。彼女の持ち物を俺のセンスのものに入れ替えてやろうと思うのだ」
「ら、ラメル様……流石にそれはおやめくださいませ! 犯罪になりますわ!」
あまりの行動にわたくし、止めに入ってしまいました。
「なんだ? マリアンナは、嫉妬していないで、彼女のように麗しい少女になれるように頑張ればいいだろう? まぁ、難しいと思うがな。どんな女性か気になるのなら、教えてやる……」
ラメル様に教わって、その女性に謝罪に参りました。あのお優しいラファエル様にご迷惑がかかるといけませんから……。教室を聞いて嫌な予感はしておりましたが、まさか。
「あら? ごきげんよう? わたくしにご用事かしら?」
「……王国の宝石、ミカエル・ヨルシ様にご挨拶を申し上げます」
「まぁ。そんな畏まらないでちょうだい? わたくしとあなたの仲でしょう?……マリアンナ」
そう微笑みかけてくださるのは、わたくしの図書館友達です。何度かお話しするうちに、伯爵令嬢と知って恐れ入っていたのですが……。
「ラメル・フルール子爵令息は、わたくしの婚約者なのです。この度は、我が婚約者がご迷惑をおかけして大変申し訳ございませんでした。お止めすることができず、高貴なお方にご迷惑をおかけしてしまい……」
「あぁ、あの男の。貴女は悪くないわ。……いっそのこと、あんな男との婚約なんて破棄したらいいのに」
「……」
「まぁ、家同士の関係などもあるものね? 貴女に対しては怒っていないわ。気になさらないで?」
「あ、あの! ラメル様のお兄様、ラファエル様もいつもラメル様を諌めておいででして!」
「……ふーん? そういうこと……あなた、ラファエルのことが好きなのね? 大丈夫。わたくし、ラファエルとは仲良くしているわ」
そう言って微笑んでさっていくミカエル様は、我がヨルレシト王国の隠された王女と噂されています。
ラファエル様と仲良くされていると、わたくしとお話しした最後に、ミカエル様はちらっと魔法を解除して髪を見せて去られました。王家の印という白銀の髪の姿を見て、その噂は事実なのだとわたくしは、理解いたしました。
学園には、ミカエル・ヨルシ様として、ヨルシ伯爵令嬢の身分を借りて登園なさっているのは、暗黙の了解です。
……我が婚約者は愚かにも、王族にストーキングをしていたのです……。
「ラメル様! ミカエル様に手出しをなさるのは、おやめくださいませ! あのお方をどなたと心得ていらっしゃるのですか? 暗殺を試みていると言われても、否定できない行動をなさっていらっしゃる御自覚はございますか?」
「……うるせぇな。ミカエルの美しさに嫉妬しているのか? いや、俺がミカエルと惹かれあっている様に、妬いているのか。仕方ない、教えてやろう。俺も兄上と同様伯爵令嬢と結婚するのだ! ミカエルもいつも俺を見かけると目線を逸らして照れているのだ! もう両思いと言っても過言ではない!」
「……ですから、ミカエル様が、たとえヨルシ伯爵家のご令嬢であったとしても、格下の者からそのような行動をなさることが許されるとお思いですか? それに、ミカエル様の本当のご身分の噂をご存知ない、と?」
「兄上だって、格上の伯爵家のご令嬢にお気持ちを伝えられただろう? あぁ。ミカエル様の噂だろ? この国の姫君という噂ならもちろん知っている! ただ、兄上が伯爵家のご令嬢と結婚したから、兄上を上回る俺が、王族と結婚したっておかしくないだろう!」
「……もう結構です! この件は、フルール子爵家にご報告させていただきますからね!?」
「ふん、女の嫉妬なんぞ、見苦しいぞ! 俺は、ミカエルのような、お淑やかで男を立てることを知っている女性が好みなのだ! 婚約破棄されたくなければ、俺の好みに寄せることだな!」
「……」
「お嬢様。調査結果が揃いました。どうぞ」
「ありがとう……まぁ、これは……」
「お父上にご報告し、婚約破棄するようにお伝えした方が、よろしいのではないでしょうか?」
「そうですわね……」
「おい! マリアンナ! お前、ミカエルに嫉妬して、父上や母上に有る事無い事伝えただろう!? そのせいで、叱られてしまったではないか!」
「……事実を物的証拠とともに、お伝えしたまでです」
父上に報告し、すべてをフルール子爵家に伝えた翌朝、登校したわたくしに、ラメル様は話しかけにいらっしゃいました。
「そんな女は婚約破棄してやるぞ!? いいのか!? このラメルと結婚できなくなるんだぞ!」
「結構です」
「俺の寵愛が得られないから嫉妬しやがって……仕方ない。今謝れば、許してやってもいいぞ?」
「そもそも、昨夜のうちに、もう婚約破棄の届出を神殿に済ませてあります。わたくしたちは、もう婚約者ではございませんので、気軽にお声掛けしないでいただけますか?」
「……お、お前……女のくせに調子乗りやがって! 似合わない格好しやがって!」
わたくしを上から下まで見たラメル様は、やっとわたくしの装いがいつもと違うことに気がついたようです。
ひらっひらのナイトドレス姿から、落ち着いた色合いのグラデーションを描くデイドレスへ。
高めのツインテールを強要されていた髪型は、落ち着いたシニヨンスタイルへ。
その代わりにすっぴん風メイクだったのは、足し算引き算を意識した派手目のメイクへ。
わたくしがしたいと思っていた格好をできて、それだけで幸せを感じます。
「ちょうどいい機会ですから、お伝えさせていただきますが、ラメル様のモテテクとやらは、女性は、一切魅力を感じませんわ。まず、お兄様であるラファエル様のような清潔感のある髪型を真似なさったらいかがかしら? それに、体型。もう少しお痩せになった方が健康的でしてよ? あと、財力とおっしゃっていましたっけ? 婚約者に贈り物を一切せずに、娼婦に貢物をするなんて……。娼婦の方はお仕事だから、あなたの相手をして下さるだけですわよ?」
「そんなわけない! あの子たちは、男らしい俺に魅了されたって言っていたぞ!」
「……お仕事ですから。彼女たちがした会話を録画したもの、お聞きになりますか?」
“あの痛客、やばいよね”
“金払いと贈り物はいいから、キープかな?”
“えー! すごい! 私は切るよ!”
“私も無理ー! 適当に病気になったとか言ってもらう予定ー!”
“やばーー”
「な!? これは確かにあの子達……金に物を言わせて、無理やり言わせたに違いない!」
「わたくしの経営する料理店で、お話しなさってました。ちなみに、食事の料金を無料にする代わりに、こちらの録画を利用する許可は得ております」
「なっ……」
「ついでに、彼女たちは、強引にサービス以上の行為をされたと語っていました。こちらは、不貞行為に該当すると、神殿が審判を下しております。騎士団から沙汰もあるかと思いますわ」
貞操観念を重要視する、女神ハラティマの教え。神殿は、行為の内容によって、娼館をお目溢ししているものの、サービス以上の行動をするのは、不貞行為に該当する。
神殿で証言してくれた彼女たちとラメル様の取り巻き、物証等の提出によって、不貞行為と審判してくださいました。
「あぁ、それに。婚約者を軽視した行動。強要、暴言、モラルハラスメント等、婚約破棄は相当。ラメル様の有責で婚約を破棄できるとのことでした。そのため、フルール子爵家と我が家の話し合いの末、婚約破棄という形を取ることとなりました」
わたくしが笑顔でそう告げると、お友達が歓声を上げて喜んでくれます。
「よかったですわ!」
「わたくしたち、ずっと我慢なさっているマリアンナ様のことを心配しておりましたの!」
「やっと安心して夜も眠れますわ!」
「あぁ、それと……」
そこまで言ったわたくしの肩をとん、と叩く方がいらっしゃいました。セリフを引き継いでくださるのは、本日も美しいミカエル様です。濃い青色に偽装された髪でも美しいです。
「王家からも正式に、暗殺の疑いの調査を進めさせてもらうことにしたよ」
「ミカエル様!」
わたくしが少し見上げる形で振り返ると、周囲が慌てた様子で首を垂れます。ミカエル様は、お言葉と同時に偽装していた髪色を元に戻されました。
艶のある美しい髪は、同じ女性のわたくしも見惚れてしまいます。
「私の暗殺を狙う疑いで、ね。兄上のラファエルには調査と証言を願うことになっている」
「み、ミカエル……ミカエルは俺のことが好きだったのではないのか?」
「今まで一度でもお前のことを好きだと言ったか? まぁ、今回は女性がどのような目に遭うことがあるのか理解するいい機会だった」
「……ミカエル様?」
わたくしが不思議そうに首を傾げると、ミカエル様は微笑んで、髪を一つに括られました。
「いかにも。私の名はミカエル・ヨルレシト。我がヨルレシト王国の第三王子だ」
魔法で何かを解除なさったのか、美しい女性から、女性と見間違う美しさ、そう表すのに相応しい美少年へと姿を変えたミカエル様。そのお姿に、立場に、周囲はざわめいていらっしゃいます。
「み、ミカエル様!?」
「隠していて済まないね。第三王子への暗殺未遂が相次いでいて、姿を隠しながら学園に通っていたんだよ。そこの男が私の周りをうろついてくれたおかげで、焦った真犯人を見つけ、捕らえることができたんだ」
「……ま、マリアンナ! お前、浮気していたんだな!? だからやけに俺に当たりが強かったんだろう!? 婚約者がいながら……この尻軽ビッチが!」
「……どういう意味なのかわかりませんが、浮気はしておりません! 今、ミカエル様が男性と知ったのですよ? それに、ミカエル様へ不敬な発言ですよ!? ……そもそも、ラメル様への当たりが強いと思っていらっしゃったのであったのなら、わたくしがラメル様のことを気持ち悪いと思っていたことが隠しきれていなかったからですわ。それは、申し訳ございません」
「ぐっ……」
捕らえられたラメル様は、項垂れて連れて行かれました。ミカエル様に謝罪します。
「申し訳ございません。ご不快な思いをさせてしまって」
「ご不快なんて……君と恋仲と間違えられて、嬉しかったよ?」
「え?」
こうして、わたくしは婚約者と婚約を破棄することに成功いたしました。その後の話……? それは、ミカエル様に聞いてくださいませ。
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