表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/2

後編



どうして今更、王様が来るの!?

アイシャの日記を見る限り、絶対に来ないと安心しきっていた。


「エリー……どうしたらいい??」


涙目になりながら、エリーに助けを求める。


「それは、決まっているではありませんか! 夜を共に……」


「ダメー! それ以上言わないで! 私は側妃なのだから、それが役目なのは分かってる。分かってるけど……」


前世でも、一度もしたことがない。

恋もしたことがないのに、会ったこともない人に初めてを捧げるなんて……


「ですが、今回の訪問は昼なので、そのような心配はいらないかと」


イタズラな笑みを浮かべるエリー。


「早く言ってよ!」


安心したからか、お腹が空いてきた。さっき朝ご飯を食べたばかりなのに。

それにしても、どうして急に会いに来る気になったのだろうか。もしかして、仕入れのことかな?

会いたくないけど、そういうわけにはいかない。物は考えようだ。アイシャを苦しめた張本人の顔を、拝んでやろうじゃない!


そう思っていたのに……


「どういうことですか……? あなたが……国王陛下……?」


現れたのは、料理長だと思っていたアルさんだった。


「数日ぶりだね」


ものすごく明るい笑顔で、そう言ったアルさん……王様。私の顔が引きつっているのが、見えていないのだろうか。


「質問の答えをいただいていませんが?」


だんだん腹が立って来た。

私を騙して、面白がっていたの?

そりゃあ、私が料理長だと勘違いしたのも悪いけど、言ってくれればいいじゃない!


「怒っているね……。騙すつもりはなかったんだ。国王としてではなく、気楽に接してくれたのが心地良くて、あのままで居たかった」


青空のように澄んだ青色の瞳で、真っ直ぐに見つめてくる陛下に、怒る気が失せてしまっていた。


「……どうぞ、お座りください」


ソファーに座りよう促すと、嬉しそうに腰を下ろした。この人が、本当にアイシャの日記に書いてあった陛下なのだろうか?

少なくとも、私の知っている『アルさん』は違うように感じた。


「急に調理場に来なくなったから、何かあったのかと心配したよ」


エリーが出したお茶を一口飲んで、眉を下げながらそう話す。私を心配するなんて、わけがわからない。聞きたいことは沢山あるけど、とりあえず様子を見ることにした。


「アルさんが陛下だとは知らなかったので、夜更けに男性と二人きりになるのはいけないことだと気付いただけです」


おかしなことを言っている自覚はある。アイシャなら、陛下の顔を知っている。気付かなかった私を、陛下は不審に思わないのだろうか……


「聞いてもいいかい? 記憶が、ないのか?」


嘘をついても仕方がない。正直に話すことにした。もちろん、転生したとは言わないけど。


「はい。池に落ちた日から、今まで生きて来た記憶が全くありません。両親のことも覚えていませんし、陛下の側妃になったことも覚えていません」


陛下は納得したように頷き、また私の目を見つめた。


「全く……か。私が君にして来た過ちも、忘れてくれているのだな……」


「残念ながら、陛下が私にしたことは知っています。日記に書かれていました。ですから、なぜ陛下がこちらにいらしたのか不思議でなりません」


陛下は、アイシャのことを嫌いだったはず。それなのに、私が知っている陛下は日記に書かれていた人とは別人のように思える。何が本当なのか、見極めなければならない。


「……そうか、知っているのか。君に、『関心がない』と言われたことが、頭から離れなかった。確かに私は、記憶を失う前のアイシャに冷たくしていた。だがそれは、アイシャも同じだ。私は、アイシャにとってただの道具だったはずだ」


陛下が言っている意味を、私は即座に理解していた。日記には、一言も陛下への想いは書いていなかった。両親に認めてもらう為、子供を産む為……陛下が自分は道具だと思うのも無理はない。


「ですが、側妃とはそのようなものではないのですか?」


エリーが言っていた。

側妃の務めとは、夜を共にすることだと。


「確かにそうだが、君はマクギース公爵の命令で私の側妃になった。マクギース公爵に、これ以上力を与えることは出来ないんだ。だから、君と子を成すことは出来なかった」


確か、マクギース公爵は王妃様の父親だ。アイシャに子供が出来ると、アイシャの父親の上司が力を持つという意味かな?


「でも、王妃様に子供が出来たら意味がないですよね?」


「その通りだ。だから、一度も王妃と夜を共にしてはいない」


え……ええっ!?

王妃様は、そんな素振りを全く見せていない。

エリーだって、アイシャの日記にだって、そんなこと一言もなかった。


「それだと、お世継ぎが生まれません……」


この世界を知らない私でも、王に子が出来ないことが大変なことなのは分かる。


「次の王は、叔父の息子であるジョナサンを考えている。そもそも、私ではなく王弟であった叔父が国王になるべきだったのだ」


陛下にいったい何があったのか……叔父の話をする陛下は、すごく辛そうだ。


陛下のご両親が亡くなったのは、十四歳の時だったそうだ。まだ若すぎるからと、王弟殿下を次の王にという話が持ち上がっていたのだが、マクギース公爵はそれを猛反対した。自分の娘が、陛下の婚約者だったからだ。

そして、若すぎる王が誕生した。若すぎる王の後見人となったのが、マクギース公爵だった。後見人となったマクギース公爵は、王弟殿下だったジオルド様を辺境へと追いやった。邪魔者が居なくなり、力を持ったマクギース公爵は好き放題して来たそうだ。税を上げ、国民を蔑ろにし、自分達の私腹を肥やしてきた。陛下は、これ以上マクギース公爵に力を持たせたくなかった。


「マクギース公爵、許せませんね!」


「君の父上は、マクギース公爵の側近なのだが、そんなことを言ってもいいのか?」


さっきまでの、辛そうな表情は消えていた。


「全然かまいません! そもそも両親のことを覚えていませんし、覚えていても最低の両親みたいですし! 私が死にかけたというのに、お見舞いにも来ないんですよ? マクギース公爵なんかにつくなんて、娘として恥ずかしいです!」


「君は面白いね」


褒められているとは思えないけど、笑顔になった陛下を見て嬉しくなった。


「なぜ、こんな大切なことを私に話したのですか? 私は、マクギース公爵の側近の娘ですよ?」


テーブルを挟んで向かい側に座って居る私に、陛下は右手を伸ばして来た。そして、その手が私の頬に触れた。


「君に惚れたからかな」




思ってもみなかった告白に、全身が石になったのではと思うほどカチコチに固まった。


今、なんて?


もちろん、ハッキリと聞こえていた。聞こえていたけど、これが現実なのかも分からなくなるほど動揺している。


「な、な、な、な、な、なんで?」


やっと口から出た言葉は、噛みまくっていた。


「理由は沢山ある。今また、理由が一つ増えた。君と居ると、私らしく居られる」


これは、どういう状況?

昨日まで、陛下に嫌われているのだと思っていたのに、目の前で嫌っているはずの私を見つめている。しかも、惚れただなんて。


「お気持ちは嬉しいのですが、私とは子を成せないのですよね?」


きっと、からかっているだけだ。


「そんなに私との子が欲しい? ……冗談」


陛下は立ち上がり、私の隣に腰を下ろした。


「あの……」


またまた固まっている私の手を握り、顔を近づけて来た。


「君を逃がすつもりはないから、覚悟しておいて」


耳元で囁かれた言葉は、甘くて力強かった。

思わず陛下の方を振り向くと、真剣な視線が向けられていた。


近い……


「陛下、近いです。離れてください」


陛下のペースに飲まれてはダメだ。


「つれないな……また調理場で会おう。君は私の側妃なのだから、夜更けに二人きりになっても問題はないだろう? 今日は、君に真実を知っていてもらいたくて話しに来ただけだ。それと、会いたかったから」


陛下はソファーから立ち上がり、ドアの方へと歩いて行く。その後ろ姿が、少しだけ寂しそう。


「陛下! また調理場でお会いしましょう!」


気付いたらそう言っていた私の方を振り向き、陛下は笑顔を見せてくれた。


陛下がお帰りになってから、聞いた話を振り返ってみた。

先ず、陛下が全くイメージと違っていたことに驚いた。驚いたけど、私の結婚相手が酷い人じゃないことに安心した。

陛下の話は、私に理解出来る範疇(はんちゅう)を超えている。たった十四歳で一国の王になり、両親を亡くし、頼れる親族まで遠くに追いやられ、時代劇の悪代官みたいな人の操り人形にされた。それでも陛下は、マクギース公爵にこれ以上力を持たせない為に、一人で戦っていた。私の前世がちっぽけに思えてしまうほどの人生を送って来たんだ。


この生活は、私にとってすごく幸せだ。

だからといって、あの話を聞いたのに、何もなかったフリをしてこの暮らしを続けることは出来ない。私は私に出来ることをすると心に決めた。


ということで、夜食を食べに調理場へ行こう!


見張りの兵は、今日もすんなり通してくれた。今思えば、陛下が通すように言ってくれていたのだろう。


調理場には、すでに陛下が来ていた。よく見れば、服装からも料理長ではないことくらい分かる。私はなんてアホなんだ……。


「来てくれたんだね」


嬉しそうな顔をする陛下。私は無言で近付いて、背伸びをしながら陛下の頭を撫でた。すると、陛下の顔が一瞬で真っ赤に染まった。


「な、何を!?」


何となく……

今まで一人で頑張って来た陛下を、褒めてあげたくなった。


「無礼をお許しください……アルさん、頑張ったね」


真っ赤になって固まっている陛下の頭を、何度も何度もナデナデする。


「アイシャ……恥ずかしいのだが?」


「陛下が仰ったのですよ? 気楽に接してくれたのが嬉しかったと。ですから、ここにいる時は『料理長のアルさん』として接します」


陛下の名前は、アルフレッド様だとエリーに聞いた。本名を言おうとしていた辺り、憎めない人だ。


「……ありがとう」


素直になったところで、今日の本命である夜食を作ろう!


「今日は、お肉を使います! 遠慮していたから、今までお肉抜きの料理で物足りなかったんですよねー。私の大好きな、ハンバーグを作りますよ!」


今日は陛下にも手伝わせる。


「それは、どのような料理なのだ?」


目を輝かせながら聞いてくる陛下。


「そうですね……簡単に言うと、お肉を細かく切って丸めて平にして焼いた料理です」


簡単に言い過ぎたのか、陛下は全く理解していないようだ。


「とりあえず、お肉をこのように細かくしていただけます?」


素直にお肉を切り出した姿は、とても国で一番偉い人だとは思えない。

陛下がお肉を細かく切っている間に、玉ねぎをみじん切りにして炒める。細かく切ったお肉に炒めた玉ねぎと、卵、油、パン粉、牛乳を入れて塩コショウをしてこねる。

空気を抜く為に丸めたお肉の塊を、右手と左手でキャッチボールするようにパンパンして、俵型にしてからフライパンで焼く。


「肉をこんなに細かくすることに驚きだ」


興味津々で、私の料理している姿を見ている。

ソースをどうしよう……市販のソースを使ったデミグラスソースの作り方しか知らないから、またトマトソースかな。チーズがあったから、イタリアンハンバーグにしよう!


出来上がったハンバーグをお皿に移してと……


「名づけて、アイシャ特製ニコニコハンバーグ!」


うん、ネーミングセンスゼロだな……


「本当に変わった料理ばかり作るのだな。記憶がないのに、なぜ作り方が分かるのだ?」


疑っているというよりは、ただ疑問に思っているだけみたい。転生前の記憶だなんて言っても、信じるはずがない。


「細かいことは、いいじゃないですか。冷めないうちに、食べましょう!」


待っていましたとばかりに食べ始める陛下を見ていると、何だかお母さんになったような気分になってくる……なんて、陛下は今二十三歳。前世で死んだのも今の歳も十九歳だから、私の方が年下だけどね。


「美味い! こんなに美味いなんて、君は天才だ!」


そんなに直球で褒められると、悪い気はしない。


「美味しい! やっぱり、ハンバーグ最高!」


ハンバーグは、お母さんがよく作ってくれた。子供の頃は、毎日ハンバーグでもいいくらい大好きだった。

焼いたハンバーグは、十個。陛下が二つ食べて、残りは私が全部いただいた。

……このまま食べ続けたら、絶対太るよね。毎日腹筋しなくちゃ。


「不思議だな。君の笑顔を見ていると、私も頑張らなければと思えてくる。その笑顔を、必ず守ってみせる」


急に真剣な顔をした陛下。覚悟を決めたような、そんな表情だった。




陛下が私の部屋を訪れてから、一週間が過ぎていた。あれから毎日、陛下とは調理場で会っている。あの日見せた真剣な表情は、その後見ることはなくなっていた。


今日は、身分関係なく子供達を王宮に招待したパーティーが庭園で行われていた。


「沢山の子供達が来ていますね」


エリーは子供が好きなのか、嬉しそうに子供達を見ている。


「そうね、でもこれって子供達は本当に楽しいのかな?」


沢山のお菓子が用意されてはいるけど、貴族達や貴族の子供達は平民の子供達に見向きもしていない。そして貴族達は、王妃様に媚びを売るために必死になっている。これでは、つまらなかった王妃様主催のお茶会と変わらない。

子供達を楽しませるイベントのはずなのに、主役の子供達を蔑ろにしているこのパーティーに、何の意味があるのだろうか。


「エリー、後宮の調理場に行こう」


昼間に調理場に行ったことはなかったけど、中に入ると沢山の使用人達が料理の下ごしらえをしていた。


「アイシャ様!? 何かごようでしょうか?」


話しかけて来たのは、本当の料理長だった。歳は四十歳くらいの普通のおじさん。何だかおかしくて、笑ってしまった。


「あの……」


困っている料理長に、調理場を貸して欲しいとお願いをした。


注ぎ口が付いている手鍋に、砂糖と水を入れて溶けるまで混ぜる。それから、飴色になるまで煮詰める。

細い棒に苺と林檎を一つずつさして、煮詰めた飴の中に棒にさした苺と林檎を回しながら飴でコーティングして出来上がり。


料理長始め、調理場に居た使用人達がいつの間にか食い入るように見ていた。


「運ぶのを、手伝っていただけます?」


使用人達に手伝ってもらい、パーティーが行われている庭園へと運ぶ。


「それは熱いので、気をつけてください」


メインはイチゴ飴やリンゴ飴じゃない。

手鍋に入っている飴が固まらないように、お湯を張ったボールに入れて湯せんしたまま運んでもらった。苺や林檎をさした棒と、アルミのトレイを持っていく。


テーブルを一つ借りて、そこにイチゴ飴とリンゴ飴を並べてもらい、余ったスペースに固まっていないべっこう飴の入った鍋とアルミのトレイを置いた。


「これなあに?」


女の子が、イチゴ飴を指差してそう言った。


「食べてみる?」


「うん!」


女の子にイチゴ飴をあげると、


「パリパリしてて、甘くて美味しい!」


喜んでくれた。

その様子を見た他の子供達も、次々に集まって来た。


「あなたのお名前、教えてくれる?」


女の子に名前を聞いて、アルミのトレイに棒を置いてその上に飴を垂らしていく。飴が固まったら、トレイから剥がして……


「はい、どうぞ」


女の子に差し出すと、


「すごーい! これ、あたしの名前だあ!」


飴で女の子の名前を書いた。感動してくれたようで、イチゴ飴よりも喜んでくれた。


「私も欲しい!」

「僕も!」

「ずるいー! あたしもー!」


次々に子供達が集まって来て、あっという間に行列が出来ていた。


「お名前は? ……って、陛下!?」


「私にも、作ってくれ」


陛下も子供達と一緒になって、列に並んでいたらしい。私は気付かなかったけど、護衛や臣下達が何度も注意していたと、こっそりエリーが教えてくれた。


「陛下は子供ですか?」


呆れたように言うと、拗ねたように口を尖らせた。


「仕方がないだろう? 君の作るものなら、何でも食べたいんだ。それに、名前を書いてくれるなんて素晴らし過ぎる!」


諦めるつもりはなさそうだから、仕方なく作ってあげると、子供達と一緒に喜んでいた。


「いつの間に、陛下はアイシャ様と仲良くなったのだ?」

「陛下はアイシャ様を冷遇していたのでは?」


周りの貴族達は、私と陛下のやり取りを見て驚いていた。そして、貴族の子供達も並び始めた。


「国王様も並んでいたのだから、僕達も欲しいです!」

「私の名前も、書いてください!」


目を輝かせながら、私を見てくる子供達が可愛い!


「もちろん! お名前は?」


エリーに新しい飴を何度も交換してもらいながら、子供達全員分の名前を飴で書いた。その頃には、王妃様の周りに誰もいなくなっていた。


「素晴らしいですね! アイデアも奇抜ですし、何より子供達が楽しそう」

「私達、アイシャ様を誤解していましたわ。こんなに行動的な方だったなんて」

「うちの子も、こんなに楽しそうにしているのを久しぶりに見ました」


子供達だけでなく、貴族達まで私の周りに集まっていた。


「このパーティーは、子供達が主役ですからね。みんなの笑顔が見られて、本当に良かったです」


王妃様の方を見ると、ものすごーく悔しそうな顔をしていた。


「このようなことをして、大丈夫なのでしょうか……。王妃様がまた何かしかけて来るのでは?」


不安がるエリー。あの鳥を思い出したようだ。


「大丈夫。考えがあるの」



パーティーが終わると、後宮の使用人達用の調理場に向かう。


「アイシャ様!? このようなところに来てはなりません!」


側妃用の調理場ではないからか、見張りの兵に止められた。通さないの一点張りで困り果てていると、


「通しなさい」


「陛下!?」


陛下が後ろに立っていた。


「なぜこちらに?」


陛下はパーティーが終わる頃には、中庭の会場から姿を消していた。


「君が何をしようとするか、見当がついていたからな。作るのだろう?」


その通り。使用人達の為に料理を作ろうと、調理場に行くところだった。


「ちょうどいいところに来てくれました。使用人の食事用の調理場を、お貸しいただきたいのです」


使えるものは、陛下だって使う。


「君には敵わないな。やりたいようにやりなさい。君には、自由が似合う」


自由……それは、ずっと願っていた。

やりたいようにしていいだなんて、私にとっては一番嬉しいことかもしれない。


「ありがとうございます!」


陛下が料理長に頼んでくれて(料理長は、王宮と後宮全ての調理場の料理長を担っている)、使えるようにしてくれた。


「皆さん、私の言う通りに作っていただけますか?」


この世界の材料で作れるものを考え、使用人達に下ごしらえをしてもらう。

作るのは、お好み焼きにコロッケにハンバーグ、ピザにフライドポテトに唐揚げ。それから、うどん……と言いたいところだけど、醤油がないから麺を細めに切ってナポリタン風にしたうどんパスタ! 相変わらずネーミングセンスゼロだけど、美味しく出来たから良しとしよう!


出来上がった料理を、次々に使用人用の食堂へと運んでもらう。食堂には、バイキング形式で料理を並べてもらった。


「皆さん、今日は子供達の為に沢山のお菓子を作ってくれたり、子供達の為に働いてくれてありがとうございました。私から感謝を込めまして、今日の食事を作らせていただきました。どうぞ、お召し上がりください」


珍しい料理と美味しい匂いに釣られて、次々に使用人達が集まって来る。


「私も、いただいてよろしいのですか?」


エリーは食べたくてうずうずしていた。


「もちろん! エリーにも、食べて欲しい」


早速、食べ始めたエリーに続くように、皆が食べ始める。


「美味い!」

「こんなに美味しいものを食べられるなんて幸せ!」

「アイシャ様、ありがとうございます!」


料理を美味しそうに食べている使用人達。

その中に、何故か陛下の姿もあった。


「何をしているのですか?」


隠れるようにして料理を食べていた陛下は、私に見つかって気まずそうな顔をしている。


「アイシャ、今日の料理も美味い!」


この人は、褒めれば許されると思っているのだろうか。


「私が言うのもなんですけど、陛下はご自分の立場をわきまえてください!」


まったく……

食い意地がはっているところは、私にそっくり。


「すまない……」


怒られてシュンとする姿は、何だか可愛い。


この日がきっかけで、使用人達と仲良くなることが出来た。料理のレシピを料理長に教え、何時でも食べれるようになり、後宮での暮らしが前よりも楽しくなっていた。


そんな時、事件が起きた。


「陛下!? 陛下に会わせて下さい!」


陛下の食事に毒が盛られ、陛下は生死の境をさ迷っていた。

陛下の寝室の前で兵に止められながら、会わせて欲しいと何度も頼む。


寝室のドアが開くと、中から王妃様が姿を現した。


「静かにしなさい。たかが側妃ごときが、陛下の寝室の前で騒ぐとは何事なの? 私の許可なく、この無礼な側妃を部屋の中に入れることを禁じます!」


王妃様は兵達にそう命じると、自室へと戻って行った。


証拠はないけど、犯人は王妃様だ。だけど、陛下を殺すつもりはないようだ。

陛下が毒の入れられた料理を食べた時、途中で王妃様が止めたと使用人に聞いた。殺したかったなら、止めたりはしないだろう。

王妃様の目的は、私に罪を着せること。今、兵に捕まえさせないのは、陛下が意識を取り戻した時に、陛下自身に私を捕らえさせようとしているからだと思う。王妃様は、私と陛下が一緒にいることが気に入らなかった。それは分かっていたけど、嫌がらせは私に直接して来ると思っていた。まさか、こんなことをするなんて……


あんのクソ女! 許せない!

お嬢様育ちのバカ女になんて、負けるもんか!

私はキャバクラで、散々性格の悪い女達と渡り合って来た。しかも死因は餓死。そんな私に、怖いものなんてない!

見てなさい! 私を敵に回したことを、後悔させてやる!



陛下はきっと死なない。そう信じるしかない。

会わせてもらえたら、あの力で治すことが出来るかもしれないのに、それも叶わない。

それなら、王妃様がしたことを調べるしかない。


王妃様は、勘違いしている。今も、使用人達が自分の思い通りになると思っている。

私はあのパーティーの日から、少しずつ使用人達の信用を得てきた。命令しかしない、傲慢な王妃様につくものなんて誰もいない。


使用人達の話によると、最近調理場に配属されたキャシーという使用人が怪しいらしい。その使用人は、マクギース公爵家で使用人をしていた。キャシーを、調理場に配属したのは王妃様だ。

調べれば簡単に分かるようなお粗末さ、自分の環境が恵まれていただけのお嬢様らしい。

キャシーを、陛下の護衛に捕らえてもらった。

今陛下の寝室の前に居るのは、王妃様がマクギース公爵に頼んで用意させた私兵だ。毒が混入されたのは王宮の中だからと、全ての使用人や兵は信用出来ないという理由で外部から私兵を呼んだ。

陛下の護衛では、私を陛下に会わせると思ったのだろう。

陛下が昏睡状態の今、王妃様が全権を握っている。つまり、王妃様のしたいように出来るということだ。


陛下の意識がないまま、調べたことを公表したとしても、もみ消されてしまうだろう。

こちらにはキャシーがいるけど、今報告なんてしたらキャシーが消される末路しか見えない。陛下が目を覚ますのを、待つしかない。


そう思っていたけど、一週間経っても陛下は意識を取り戻さなかった。


あまりやりたくはなかったけど、仕方がない。


「エリー、お酒を用意してくれない? とても強いお酒をお願い」


お酒を持って、エリーと一緒に陛下の寝室に向かう。見張りの兵は二人。二人とも酔わせて、その隙に部屋の中に入るのが目的だ。

まさか、この世界でもキャバ嬢をやることになるとは思わなかった。


「お疲れ様です。陛下のことを守ってくださり、いつもありがとうございます。お礼にと思い、お酒と軽い食事をご用意したので、いかがですか?」


食事は、料理長にサンドイッチを用意してもらった。


「申し訳ありませんが、仕事中ですので」


そう言われるのは、分かっていた。

兵に近付き、上目遣いで見ながらお酒を差し出す。


「お二人の為に用意したのですから、少しだけでもいかがですか? 実は、お二人と一緒に飲みたくて、私の分も用意して来ちゃいました。ダメ……ですか?」


目をうるうるさせながら、兵士の目を見つめる。大抵の男は、目を見つめながら話せば落ちる。


「そ……うですね、少しだけなら」


一人は落ちた。


「嬉しいです! どうぞ」


兵士にグラスに入ったお酒を渡すと、グイッと飲み干した。この兵士がお酒にかなり強くなければ、一杯で十分酔う。あともう一人……


「こちらの兵士さんも、お付き合いいただけますか?」


そう言いながら、肩に触れる。

さり気ないボディータッチは、かなり有効なはず。


「しかし……」


頬をそめながら、私をチラリと見たからもう少しだ。


「では、サンドイッチはいかがですか? アーン……」


サンドイッチをゆっくり兵士の口元に持って行き、目を見つめながら口を少し開くと、兵士も口を開けてパクッと一口食べた。


「美味し?」


「……美味しいです」


「喉につまってしまうから、これもどうぞ」


そう言ってお酒を渡した。兵士は素直に受け取り、グイッと飲み干した。

この世界の男性は、案外簡単だった。


そのままお酒を飲み続け、二人は酔いつぶれた。

その様子を、エリーは目を見開いて見ていた。


「……アイシャ様? 今のは、何だったのですか? あまりにも手際よく、兵達にお酒を飲ませていたので、びっくりし過ぎて動けませんでした」


それが前世の仕事だったから……なんて、言えない。


「そんなことはいいから、早く中に入りましょう」


説明出来ないなら、誤魔化すのが一番。


ドアを開けて中に入ると、ベッドの上に横たわっている陛下の姿が見えた。顔色は真っ青で、苦しそうに顔をしかめながら眠っている。


「陛下……」


陛下の手を握ってみる。

あの力がどうしたら使えるのか分からない……そう思っていたけど、握りしめた陛下の手が温かくなるのを感じた。

顔色も戻り、苦しそうだった表情も穏やかになった。


良かった、もう大丈夫。


「エリー、戻るよ」


急いで寝室から出て、自室へと戻る。

これで、陛下は目を覚ますはずだ。

王妃様、覚悟してくださいね。あんなに優しい陛下を苦しめた罪は、重いですから!




自室に戻ると、王宮が騒がしくなっていた。

私達が寝室を出た後、酔っ払って眠り込んでいる兵士が見つかった。急いで寝室へと入った主治医は、陛下が目を覚ましていたことに驚いたそうだ。


「アイシャ様が陛下にお会いになった後に、目をお覚ましになるなんて……」


エリーは何か気付いているようだけど、ハッキリとは言わなかった。まだ、半信半疑なのだろう。私だって、自分の力が何なのか分からないのだから。


陛下は目覚めた後すぐに、私を呼んだ。

後宮に来るつもりだったみたいだけど、主治医や臣下達に止められたらしい。


「アイシャ、来てくれたんだね!」


私の顔を見た瞬間、嬉しそうに顔をくしゃくしゃにして喜ぶ陛下を見て、私も嬉しくなった。


「ご回復されて、本当に良かったです。王妃様は、どうされたのですか?」


そう聞くと、陛下は苦笑いを浮かべた。

陛下が目を覚ました時、王妃様は自室で爆睡していた。目を覚ましたという報告をしたのだが、王妃様はまだ身なりを整えているそうだ。

あんなに私と陛下を会わせないようにしていたのに、なんともマヌケな話だ。

後から姿を現した王妃様は、私の顔を見て明らかに不機嫌な表情を浮かべた。その後すぐに、陛下に駆け寄り涙を流した。

陛下はすでに、毒を盛ったのは王妃様だと分かっている。毒を口にした瞬間から、すでに気付いていたようだ。つまり、王妃様の作戦は最初から失敗していた。それどころか、自分の首をしめた結果になった。


「ご回復されて、本当に良かったです! 陛下が心配で心配で、夜も眠れませんでした……」


この人は、天然なの?

王妃様が寝ていたのは、ここに居る誰もが知っていた。陛下が目を覚ましたと知らせを受けたのに、支度にだいぶ時間をかけて完璧に着飾って来た王妃様を、快く思う人なんていなかった。


「王妃、心配かけてすまなかった」


陛下は、王妃様に笑いかけた。

王妃様の罪は、すでに明らかになっている。だけど、王妃様はまだそれを知らない。


「謝ることなどありません! 陛下……私は、陛下を苦しめた人物を知っています!」


王妃様はくさい芝居をしながら、陛下にそう言った。


「私も知っている」


「……え??」


陛下の言葉に、王妃様は間抜けな顔をしながら焦り出した。周りに居る臣下達は、厳しい表情で王妃様を見ながら、陛下の命令を待っている。


「王妃を捕らえよ!!」


陛下の命を受け、寝室の前で待機していた兵達がいっせいに入って来て王妃様を捕らえた。


「へ、陛下!? これはいったい、どういうことなのですか!?」


兵に捕らえられながら、納得いかないという顔で抗議する。


「いつまでしらを切るつもりだ? 私を、マヌケだとでも言いたいのか? お前が毒を盛ったことくらい分かっている。そして、私の愛するアイシャに罪を着せようとしたこともな! 罪人を牢に入れよ!」


みんなの前で、愛するだなんて言われて顔が熱くなる。そんな状況じゃない……平静を装うのに必死だ。


「陛下! 私は何もしておりません! 陛下に毒を盛ったのは、アイシャです! 私は見ました! アイシャが使用人に毒を渡していたのです! アイシャの部屋を調べれば分かります!」


必死に抵抗しながら、そう叫んだ王妃様。ツッコミどころが多すぎる……


「私が毒を渡していたところを見たのなら、なぜその時に訴えなかったのですか? それと、私の部屋に毒を隠すように命じたことは、キャシーから聞いています。王妃様がご実家から連れて来た使用人のキャシー、覚えていますよね?」


私に反論されて、王妃様は魚のように口をパクパクさせている。私を甘く見たのが、王妃様の敗因だ。


「ぶ、無礼者!! 側妃の分際で、そのような口を聞くなど何様のつもり!?」


「王妃様こそ、何様のおつもりなのですか? 陛下を苦しめておいて、ぐっすりお眠りになっていたそうですね。その図太い神経だけは大物のようです。もう終わりです。ご自分が犯した罪を償ってください」


言い返すことが出来ずに、悔しそうに唇を噛み締める王妃様を、兵は牢へと連れて行った。


「ぷっ!あはははっ! さすが、私のアイシャだ。私のアイシャは、強いだろう?」


大笑いしながら、臣下達にそう言う陛下は、毒で苦しんでいたとはとても思えなかった。とにかく、元気になって良かった。


「アイシャ、心配かけてすまなかった。だが、君のおかげで、ようやく叔父上を呼び戻すことが出来る」




陛下は、前国王様の弟であるジオルド様を呼び戻そうと動いていた。そして、貴族の半数を味方につけることが出来たのだが、半数はマクギース公爵についたままだった。マクギース公爵についている貴族は、公爵家や侯爵家が多く、ジオルド様を呼び戻せるほどの力を得ることが出来ずにいた。

それを、私が可能にしたらしい。あのパーティーの時、貴族達は私の作った飴をたいそう気に入ったそうだ。そして私と陛下の仲がいいところを見た貴族達は、王妃様やその父親のマクギース公爵に国を牛耳られていることにも嫌気がさしていたこともあり、陛下と側妃である私につきたいと申し出て来た。やっとジオルド様を呼び戻すことが出来ると思った矢先に、陛下は毒を盛られた。

すでにジオルド様には、書状を出しているようだ。そろそろ、王宮に着く頃だろう。


「私が呑気に眠っている間に、君は王妃が犯人である証拠まで掴んでくれた。君には、感謝してもしきれない」


呑気に眠っていたようには、見えなかった。私に心配をかけないように、気を使ってくれてるのが分かる。


「私は私のしたいようにしただけです。やりたいようにやりなさいと、陛下が仰ってくれましたから」


陛下に笑顔を向けると、彼も笑顔で返してくれる。いつの間にか、臣下達は寝室から姿を消していた。


「アイシャの手料理が食べたい」


甘えたように、上目遣いでそう言う陛下を見ていると、やっぱり子供のように見えて来る。

さすがに、臣下達の前で甘えることは出来なかったようだ。


「意識を取り戻したばかりなので、胃が驚いてしまいますよ?」


そう言われても納得出来ないようで、陛下は悲しそうな瞳で見つめてきた。子犬みたいで、断れない……


「仕方がありませんね、少し待っていてください」


王宮の調理場を使うのは初めてだったけど、使用人達は快く迎え入れてくれた。

今回は、胃に優しい茶碗蒸しを作ることにした。

出汁は魚介類から取り、蒸している間に卵のサンドイッチを作る。サンドイッチは、自分の分だ。


最近は出される食事の量が増え、食べたいものを言えば料理長が作ってくれたから、自分で料理をすることがなくなっていた。

久しぶりに作った料理は、懐かしい味がした。



翌日、王妃様が捕らえられたことを知り、マクギース公爵が物凄い剣幕で王宮に乗り込んで来た。その隣には、キース侯爵……私の、父親の姿もあった。


「娘は無実です! すぐに牢から出してください!」


もちろん、出すわけがない。

なんでも自分の思い通りになると思っているところが、王妃様にそっくりだ。


「マクギース公爵、王妃は私を殺そうとしたのですよ? あなたは、大罪人の身内になりました。刑が確定するまでは、ご自分の邸で謹慎していてください」


陛下の為に執務室にお茶を持って来ていた私は、ちょうどその場に居た。

まるで映画を観ているようだ。


「陛下!? 私を怒らせるつもりなのですか!?」


私のことをちらりと見たけど、私には触れようとしない。自分の側近の娘だからか、味方だと思っているようだ。父親の方は、私を全く見ようとはしないけど。


「あなたはもう終わりだということが、理解出来ないのですか?」


マクギース公爵が入って来た時に開け放たれていた執務室の入口の方から、どこか陛下に似た男性がそう言いながら入って来た。


「お前は!?」


執務室に入って来たのは、ジオルド様だった。

ジオルド様は、陛下の座っているイスの隣に立ち、マクギース公爵を睨みつけた。


「あなたに辺境に追いやられてから、この日が来るのを待ち望んでいました。私の大切な家族を苦しめたことは、絶対に許せません。覚悟してください」


「キース侯爵! そこに居るのはお前の娘だろう!? 何とかさせろ!」


声を荒らげながら、キース侯爵に命令するが……


「アイシャ! さすが私の子だ! 陛下に寵愛されていると聞いている。マクギース公爵がしたことを、全て話す! だから、私には罪を問わないよう陛下に頼んでくれ! まさか、父親の私を見捨てはしないだろう?」


呆気なく、マクギース公爵を裏切った。


「貴様!? 自分だけ助かるつもりか!?」


「あなたがしたことに、私を巻き込まないでもらいたい!」


醜い争い。

マクギース公爵は勝てないと判断し、キース侯爵は陛下と私につくことにしたようだ。

アイシャなら、ここで情をかけたかもしれない。だけど私には、幸か不幸か、アイシャの記憶がない。アイシャを苦しめていた家族に、救いの手なんか差し伸べるつもりはさらさらない。




「残念ですが、私はあなたを知りません。ですから、あなたを救わなければならない理由は見当たらないようです」


初めて会った、この世界の父親。

一度でも、会いに来ていたら結末は変わっていたかもしれない……なんて、日記を読む限り許せる範囲を超えていたから、変わらなかっただろうけど。

私は、罪人の身内になってしまう。それでも、アイシャを苦しめて来た両親や兄を許してしまったら、アイシャに申し訳が立たない。


「お前……何を言って……」


「あなたの道具は、池に落ちた時に粉々に壊れてしまいました。あの日から、私は別の()()です」


私に冷めた目で見られて、キース侯爵は私が本気なのだと感じ取ったようだ。愕然としたまま、身動き一つしない。

文字通り、私はあの日から別の人間になった。

アイシャの記憶が全く戻らないのは、思い出したくないからだと思う。きっとこの先も、記憶が戻ることはない気がする。


「ああ、そうだ。キース侯爵、この書類にサインをお願いします」


真っ青な顔をしているキース侯爵に、陛下は一枚の書類を渡した。


「これは……?」


「アイシャは、ドリクセル侯爵夫妻の養子になるという書類です。サインしていただけますよね?」


顔は笑っているのに、脅しているように見える。

もしかして、陛下は私がほかの貴族の養子になることをずっと考えてくれていたのかな。


キース侯爵は、素直に書類にサインをした。

キース侯爵家は、もう終わりだ。私のことを愛してはいなくても、キース侯爵家の血を引く私を残したいと思ったのだろう。



一週間後、罪人達の刑が確定した。

長年民を苦しめ、悪行の限りを尽くして来たマクギース公爵、陛下の命を狙い毒殺しようとした王妃様、そしてマクギース公爵の臣下達には極刑が言い渡された。臣下達の中に、アイシャの父親であるキース侯爵も含まれていた。罪人の家族は全ての財産を失い、国を追放された。



「ようやく、国を取り戻すことが出来た。全ては、アイシャのおかげだ」


刑が執行され、国に平穏が訪れた。

前世の記憶が戻った時、贅沢出来るお飾りの側妃になれて幸せだと思った。まさか、陛下と一緒にいることを幸せだと思う日が来るなんて、思ってもみなかった。


「そうですよ。私に感謝してください!」


褒められたことが照れくさくて、冗談交じりにドヤ顔をしてみせる。

この王宮で色々なことがあったけど、私は前世より確実に幸せだ。


「アルが好きになった理由が、分かる気がします。書状にアイシャ様のことが、たくさん書かれていたのですが、直接お会いして納得しました」


ジオルド様は、陛下と同じように目を細めて優しく笑う。陛下が歳を重ねたら、ジオルド様のようになるのだろうなと思った。それにしても、どんなことが書かれていたのか気になる。


「悪口を書いていたら、もう料理を作ってあげませんからね!」


「悪口なんか書くわけがないだろう!?」


慌てて否定するところが怪しい。

陛下をジトーっとした目で睨みつけていると、ジオルド様が笑い出した。


「そんなに褒めるところがあるのかと、感心するほど褒めていましたよ。肝心な用件は、たった三行で終わっているのに、あとはアイシャ様のことばかりでしたからね」


そんな書状を送ったのかと、急に恥ずかしくなった。


「叔父上! からかうのはおやめ下さい! 叔父上に、大切な話があるのです!」


陛下は大切な話があるからと、ジオルド様と私を執務室へと呼び出していた。

その大切な話とは……


「叔父上に、譲位しようと思います」


ジオルド様に、王位を譲るという話だった。


「何を仰っているのですか!? 私は、アル……陛下を支える為に王宮に戻ったのです! 譲位など、なりません! お考えなおしください!」


ジオルド様は、陛下の申し出を断固として拒否した。でも、陛下の考えが変わることはなかった。


「最初から、叔父上が王位に就くべきだったのです。私はマクギース公爵に利用され、操り人形になっていただけでした。王に相応しいのは、叔父上です! それに私の妻が、後宮では窮屈そうなのです。アイシャには、自由な暮らしをさせてやりたい。国のことよりも妻のことばかり考えてしまう王では、国が滅んでしまいます。だから、引き受けてください」


陛下のお気持ちを、初めて知った。

私の為に……とは思ったけど、陛下の顔はワクワクしているように見える。つまり、二人の為の決断なのだと感じた。



陛下の本音を聞いて、ジオルド様も承諾してくれた。そして私達は、王都から離れた空気のいいのどかな土地に住むことになった。

陛下……アルは公爵となり、私はアルの正妻になっていた。


「本当に、私についてきて良かったの?」


エリーは呆れた顔をしながら、頷いた。


「逆にお聞きしますが、アイシャ様にお仕え出来るのは私くらいだと思いますよ?」


そんなことない……と言いたいところだけど、こんなに心を許せるのは、この先もエリーだけだと思う。


「でも、エリーは子爵令嬢でしょう? 結婚とか考えたら、王宮で働いていた方がいいんじゃないかな?」


「私は六女です。貴族と結婚しろと、両親に厳しく言われているわけではないので、好きにいたします。アイシャ様を見ていると、身分などどうでもいいように思えて来るのです」


確かに、私には貴族令嬢としての記憶がないから、身分なんてどうでもいい。美味しいものをお腹いっぱい食べられれば、幸せな人生だと思っていたしね。


「エリー、ありがとう」


きっと私は、アイシャの記憶を一生思い出すことはないと思う。それを話しても、エリーは私に仕えてくれることを選んだ。

前世の記憶を思い出したあの日から、エリーは私の味方でいてくれた。怒られたことは何度もあったけど、エリーだけは何があっても私を裏切らないと信じられる。そして、もう一人……


「アイシャ、最近忙し過ぎるぞ! 私との時間が、全くないではないか! 自由にして欲しいとは言ったが、これでは私が寂し過ぎる!」


アルは店に入ってくるなり、拗ねた顔でそう言った。

私は今、食堂を開いている。


「アルは仕事をサボり過ぎです。日に何度も店に来ていては、仕事が終わりませんよ?」


アルは公爵としての仕事をサボり、しょっちゅう店に来る。仕事をほったらかしてばかりのアルに、執事が頭を抱えていた。


「仕事はしている! 今は休憩時間だ」


休憩時間がだいぶ多いけど、店が忙しくてアルと一緒にいられる時間が少ないのは私のせいだ。


「食事しますか? アルの好きな、ふわふわオムレツを作ってあげます」


「本当か!?」


子供のように喜ぶアルを見ていると、何だか幸せな気持ちになる。この気持ちが、愛なのかはまだ分からない。だけど、アルと一緒に居るのは楽しいし嬉しい。好きなのは、間違いない。


「この店で食事をすると、病気や怪我が治るそうだ!」

「痛めていた腰が、すっかり良くなったんだ!」

「ここのスープを飲んだら、体調が良くなったんだよ」


私の店で食事をすると、嘘のように病気や怪我が治ると噂になっていた。実際、多くの人が治っている。私が作った料理を食べると、あの不思議な力が発動するようだ。

すでにエリーには、私の力は知られている。アルも、食堂で食事した人達が健康になっているのを見て、何か気付いているようだ。二人とも、そのことを問いただしたりはしない。何も聞かなくても、私を信じてくれている。


「アイシャ、明日は店を休んでくれないか?」


拗ねはするけど、休んで欲しいと言われたのは初めてのことだった。何か事情があるのかもしれないと、明日は休むことにした。


翌日、朝起きるとエリーに白いドレスを着せられて、メイクをされ、庭園に連れて行かれた。

そこで待っていたのは、街の人達や使用人達、そして正装したアルだった。


「これって、まさか……」


「はい、結婚式です! アイシャ様が、正妻になられてから、式を行う時間がありませんでしたから、旦那様が少しずつ準備をしていたのです」


結婚式なんて、出来ないと思っていた。アイシャはすでに、側妃として式を挙げていたからだ。こんな嬉しいサプライズ……貴族が参列していない式、本当にアルは私のことを分かっている。


「アイシャ、私の手を取ってくれるかい?」


愛おしそうに私を見つめながら、差し出された手。


「はい!」


その手を、私は力強く握る。




END



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ