表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/2

前編



苦しい……な……に……これ……?

私……死ぬの……? 死に……く……い……


………………死にたくない!!



***



「………………ん……」


私……生きてるの?

目を開けたら、見知らぬ天井が見えた。


「アイシャ様!? お目覚めになったのですか!?」


アイシャって誰?

この女の人も誰? 看護師さん……にしては、変な格好をしてる。今日って、ハロウィンだっけ?


「……お腹…………空いた……」


このよく分からない状況で、なぜか口から発せられたのはそれだった。


「お、お食事ですね!? すぐに用意させます!」


女の人は、慌てた様子で部屋から出て行った。

ご飯を用意してくれるなんて、親切な人だなあ。


ゆっくり起き上がり、ベッドから降りてみる。辺りを見渡すと、すごく豪華な部屋だった。

大きなベッドにふかふかなソファー、高級そうなテーブルに大きなクローゼット。めちゃくちゃ高そうなドレッサーまである。


もしかしてここは……天国!?


やっぱり私は、死んだのね……って、待って!

私、とっくに死んでるじゃない!!


私の名前は、桐谷(きりたに) (あん)。十八歳の時、お父さんが借金を作って逃げ出した。その後すぐに、お母さんが病死。

借金取りに捕まって、借金を返す為にキャバ嬢になった。逃げられないように寮に入れられ、貰った給料は全額持っていかれた。ご飯を食べられるのは、お客さんとの同伴の時とアフターの時だけ。ずっと見張られていて、逃げ出すことも出来なかった。ガリガリにやせ細って行く私に魅力を感じなくなったのか、お客さんはどんどん居なくなって行き、同伴やアフターだけでなく、指名もなくなった。

稼げなくなった私は用済みになり、借金取りは私を路地裏に捨てた。お腹が空いて動くことも出来ず、一月の寒空の下で私はそのまま死んだ……はずだった。


気付いたら、私は水の中に……居た?

息が苦しくて、もがいていた記憶がある。餓死したのか、凍死したのかと思っていたのに、何で水の中なんかにいたんだろう……


「アイシャ様、お食事をお持ちいたしました」


さっきの女の人が、テーブルの上にめちゃくちゃ豪華な料理を並べている。


「これ……食べていいの?」


並んでいる料理を見ながら生唾を飲み込む。いい匂い……


「? はい、お召し上がりください」


女の人は不思議そうな顔をしていたけど、そんなのどうでも良かった。


「いただきます!」


パンを頬張りながら、お肉を一口……


美味し~~~!!!


こんな豪華なご飯、何時ぶりだろう。

お肉の次は、スープ。スープにパンを浸してパクリ。

用意された料理を全部食べ切り、紅茶を飲んで一息つく。


「ご馳走様でした~! はぁ……美味しかった」


「あの……アイシャ様、お聞きしたいことがあるのですが」


女の人は空になったカップに紅茶を注ぎながら、そう言って来た。

そういえば、アイシャって誰のことなんだろう? さっきからずっと、私のことをそう呼んでるけど……まさか、人違いしてるんじゃ!?


ご飯、食べちゃった!!

これは、謝るしかないよね。お金なんか持ってないし……


「あの……ごめんなさい!! お金はないんですけど、いつか(多分)返します! 私は、アイシャなんて人じゃありません!!」


イスから立ち上がって、思いっきり頭を下げる。お母さんが死んでから、こんなに優しくされたのは初めてだったのに、騙すような形になってしまった。


「アイシャ様……? 何を仰っているのですか? アイシャ様で間違いありません。後宮に居るのが、何よりの証拠ではありませんか。まさか池に身を投げた時に、頭をぶつけてしまったのですか?」


後宮? 身を投げた?

この人、何を言っているの?

私は誰がどう見ても、日本人なのに……


その時、目の端に映った鏡に、自分の姿が映り出されていた。そこに映っているのは、銀色の長い髪に緑色の瞳の美少女……………………これは誰なの!???


頭がパニックになった。この姿は、私じゃない!

どう見ても、日本人でもない!


「ねえ、あなた! 私、どうなっちゃったの!?」


とりあえず、誰かに聞くしかなかった。女の人は、『なんだろうこの人』みたいな目で私を見ている。


「アイシャ様は、どこまで覚えておいでなのですか?」


「……………………何も、覚えてない」


アイシャの記憶なんて、全くない。

とりあえず、もう一度イスに座ってみた。


「では、私が知っていることをお話します。アイシャ様はキース侯爵様の長女で、二年前に国王陛下の側妃におなりになりました。私、エリーはアイシャ様にお仕えする侍女です。ここまでは、よろしいでしょうか?」


「う、うん」


本当は、全く話が頭に入って来ない。

侯爵とか国王陛下とか側妃とか……どこの国よ!?

何だか、小説みたいな世界。こんなことが実際に起こるなんて……


「二年間、陛下は一度もアイシャ様にお会いしにいらっしゃいませんでした。そのことで、アイシャ様は思い悩んでいたご様子でした。昨夜、お休みになっているとばかり思っていたアイシャ様のお姿がなく、お探ししたところ、池の中に……」


あれは、池の中だったのか。アイシャって人は、その王様が好きだったのかな? こんなに贅沢な暮らしをしてるのに、死ぬなんてもったいない。


「えっと、エリー? だったよね。どうして、身を投げたんだと分かったの? ただ、足を滑らせて落ちただけかもしれないじゃない。それに、殺されかけたという可能性もある」


死ぬほどこの生活が嫌だなんて、私には全く理解出来ない。


「それは、あのような夜更けに、お一人で部屋をお出になられたからです。二度と、あのようなことはなさらないでください!!」


エリーは涙目になりながら、怒鳴るように叱りつけて来た。


「エリー……そんなに心配してくれたの?」


こんな風に心配されたこと、一度もなかった。胸が、ジーンとした。


「当たり前です! アイシャ様がお亡くなりになられたら、私の責任になってしまいます! 良くて追放ですよ!? 下手したら、死罪です!!」


「…………」


涙目だった瞳から、涙が流れた。私が心配だからじゃなく、自分の身が心配で。正直な人だ。


「取り乱してしまい、申し訳ありません」


一気に、平静に戻った。何だろう、この人。

まあでも、嘘で誤魔化されるよりはこの方が好きかな。


「とりあえず、私が側妃なのは理解した。少し、一人になりたい」


私がそう言うと、エリーは頭を下げて部屋から出て行った。


考えられるのは、生まれ変わり……かな。

だって私、死んでるし。

だとすると、私はアイシャだったことになる。でも、その記憶は一切ない。

自殺しようとして池に飛び込んだら、前世の記憶が戻ったとか?

アイシャは、死にたかった。だけど、前世の記憶を持つ私は死にたくなかった。そう考えると、少しだけ納得は出来る。


よし! 深く考えるのはやめよう!

側妃? 贅沢出来るんだから、上等じゃない!



「お腹空いた。お昼は、まだかな」


「先程、お食事されたばかりではありませんか」


自分がアイシャだと理解した後、エリーにお茶とお菓子を頼んだ。それでも足りなくて、ご飯のことばかり考えてしまう。

これは、前世の影響なのかな。あんな平和な世界で、餓死とかありえる? 今考えたら、マヌケすぎる。


「側妃って、なにかすることはないの?」


とりあえず、ご飯のことを考えるのはやめようと思った。


「主に、陛下と夜を共にすることが務めです」


「陛下は、ここには来ないんでしょ? 他には?」


「他には……ですか? お好きに過ごされて良いかと」


エリーはまた、空になったカップにお茶を注ぐ。


好きにしろとだなんて、なんて贅沢なの!?

こんなぐうたら生活してても、誰にも怒られない。前世で酷い目にあったから、きっと神様が幸せな人生をくれたのね!


天国にいるような気分だったのに、幸せなぐうたら生活はすぐに終わりを告げた。



「明日、王妃様がお茶会を開きます」


ぐうたら生活二日目。エリーは眉を下げ、困った顔をしながらそう告げた。


「お茶会? それ、行かなくちゃダメなの? 体調が良くないからって言えば、大丈夫じゃない?」


()()()()は、死にかけた。それなのに、国王陛下だけでなく、両親さえもお見舞いに来ない。アイシャは、孤独だったのかもしれない。それなら、お茶会に参加しなくても、誰も気にしないんじゃないかな。

お茶会の知識なんて、お茶を飲んで楽しく話すくらいのことしか分からない。マナーなんか知らないし、この部屋で昼寝していた方がいい。


「ダメです。王妃様の仰ることは、絶対です。今のアイシャ様では私も不安ですが、仕方がありません」


「私も不安だけど、そこまで言わなくても……」


「話し方も態度も礼儀作法も、全てにおいて今のアイシャ様は平民以下です。記憶を失ってしまったら、別人のようになられてしまいました」


そこまで言われると、何だか悔しい。

これでも元キャバ嬢だ。最低限の敬語くらいは話せる。


「お茶会、出席するわ!」


『王妃様の仰ることは絶対』だというのなら、避けることは出来そうもない。ひきこもっていても、そのうち飽きてしまうだろうし、後宮とやらのことを知るのにはいい機会かもしれない。


王妃様とは、どんな人なのだろうか。正直、この世界で意識を取り戻してから、エリーとしかまともに話していない。

エリーにメイクをしてもらいながら、色々考えたけど、答えなんて出るはずがなかった。

メイクが終わり、鏡を見る。相変わらず、鏡の中には知らない女の子が映っている。

この顔が自分だなんて、まだ慣れそうにない。


「アイシャ様、くれぐれも失礼のないようにお願いします」


真剣な目でそう言ったエリーを見ると、失敗は許されないのだと分かる。そんなに王妃様は、怖い人なのだろうか。

緊張しながら、お茶会が開かれる後宮の中庭に行くと、綺麗に着飾った女性達が一人の女性を取り囲んでいた。

その中心にいる女性が、王妃様のようだ。


「あら、アイシャ。体調は、もういいの? 池に落ちるなんて、驚いたわ! すごく心配したのよ」


私を見つけた王妃様が、大袈裟に驚きながら心配したフリをする。これは演技なのだと、すぐに分かった。

キャバ嬢をしていた時、No.1だった麗華が、ガリガリな私の身体を見た時にした反応とそっくりだったからだ。


「王妃様がそんなに私のことを、心配してくださっていたなんて知りませんでした。ですが、前よりも元気になったようなので、ご心配はいりません」


気付いたら、わざとらしい笑顔でそう返していた。

失敗は許されないとは分かっているつもりだったけど、この王妃様のご機嫌取りなんてごめんだ。私にはプライドなんてものはないけど、生まれ変わってまで自分を殺して生きたくはない。

王妃様だろうが、王様だろうが、私にとってはただの人。


「あなた、ずいぶん雰囲気が変わったわね。まあ、いいわ。座りなさい」


反応が気に入らなかったのか、さっきまでの心配した素振りは一切消え、真ん中の豪華なイスに腰をおろした。参加している女性達も、王妃様がイスに座るのを見届けた後座り出す。

私も空いている席に腰をおろすと、お茶が運ばれて来た。


「王妃様、お肌がすごく綺麗ですね。どのようなお手入れをされているのですか?」

「王妃様のドレス、素敵です! 王妃様の為に作られたようなドレスですね!」


周りの人達は、侯爵夫人や公爵夫人らしい。王妃様のご機嫌取りに必死になっているところは、まるでキャバ嬢のようだ。No.1に媚びを売るその他大勢。

どの世界でも、どの時代でも、女性というものは変わらないのだと実感した。


出されたお茶を飲み、出されたお菓子を食べながらその様子を眺める。誰も私を気にしていないなら、マナーなんて気にする必要はなかったかもしれない。


そう思っていたら、王妃様がこちらを見ながら笑い出した。夫人達と、悪口を言っているようだ。


これが、一国の王妃と上位貴族夫人なのかと思うと情けなくなる。

正直、この国のことなんか何にも知らないけど、偉い人は立派な人だと漠然と思っていた。まさかこんな幼稚だとは……


数時間後、退屈なお茶会がやっと終わった。

終始、私のことを見て笑っていた王妃様と夫人達は楽しそうにしていた。

特に実害はないし、さっさと部屋に戻ろう。


部屋に戻ると、ずっと口を閉じていたエリーが鬼のような形相で怒り出した。


「アイシャ様! くれぐれも失礼のないようにと、申し上げたはずです! あの態度は、いったい何なのですか!?」


窮屈なドレスを脱ぎながら、エリーの小言を聞く。お茶会にいた人達と話すよりも、エリーに怒られていた方がマシだ。


「エリーには悪いと思っているけど、これが私なの。私の悪口言って笑っているだけなんだから、放って置けばいいじゃない」


激怒していたエリーの表情が曇る。


「それだけでは、すまないと思います……。王妃様は、恐ろしい方です。このまま何もないなどということは、ないと思います」


王妃様がどうとかよりも、エリーが私を心配してくれているのが嬉しかった。池に落ちた時、自分の身が心配だったと言っていたけど、そんなことないような気がした。

誰かに優しくされたことなんて、ずっとなかった。エリーに出会えただけでも、生まれ変わって良かったと思える。


翌日、エリーの予想は的中した。




「アイシャ様、贈り物が届いております」


エリーは綺麗にラッピングされた四角い箱を、テーブルの上に置いた。


「贈り物? 誰から?」


死にかけても誰もお見舞いに来なかったのに、誰が贈り物なんて送って来るのか……


「……王妃様からです」


ああ……。これが、嫌がらせということね。


「何が入っているのかな……」


「きゃっっ!!!」


フタを開けると、中には小鳥の死骸が入っていた。それを見たエリーが、叫びながら後ろに飛び退く。


「くだらない嫌がらせね。こんなもので、私が驚くとでも思っていたのかな……」


「……死んでいるのですか?」


エリーは震えながら、涙目になっている。私には効かなくても、エリーには嫌がらせになったようだ。


「そうね。わざわざ殺したみたい。酷いことをするわ」


王妃様からの贈り物を持ち、庭園に出る。


「アイシャ様!? どちらへ?」


庭園を歩く私の後ろを、おそるおそる付いてくる。


「付いて来なくても大丈夫よ。この子を、埋めてあげるだけだから」


「埋葬するのですか!?」


目を見開いたまま固まるエリー。


「このまま、部屋に置いておくわけにもいかないでしょう?」


「使用人に処分させましょう……」


「王妃様は、絶対なのでしょう? それなら、使用人に頼んでもムダじゃないかな」


「…………そうですね」


エリーも納得したのか、大人しく付いてくる。

無惨に殺された小鳥を見て、前世の自分を思い出した。この小鳥が、私みたいに思えた。


「この辺でいいかな」


庭園にある大きな木の下に、箱を置く。


「そうですね。シャベルを取って来ます」


エリーがシャベルを取りに行っている間に、近くのベンチに腰をおろす。

私に嫌がらせをする為に、生き物の命を奪った王妃様とは、仲良くなれそうもない。


「ごめんね。次に生まれて来るときは、こんな理不尽な目にあいませんように……」


箱の蓋を開けて、小鳥の姿を目に焼き付ける。


「お待たせしました。では、穴を掘りますね」


エリーが掘ってくれた穴に小鳥を横たわらせ、手で丁寧に土をかけていく。


「エリー、ありがとう。私の味方は、エリーだけだし、信じられるのもエリーだけ」


こんな私に付き合ってくれるのも、エリーだけだ。


「お礼を言われるようなことは、していません。私は私の仕事をしているだけです」


「それで十分だよ。私にとって、エリーが居てくれることがどんなに幸せなことか……。だけど、王妃様に何か命令されたら、私のことは気にしないで従って欲しい」


私のせいで、誰かが傷付くのは見たくない。


「そんな風に言われてしまったら、裏切れないじゃありませんか」


「それなら、作戦成功かもしれないわね」


そう言った私の顔を見て、エリーは苦笑いした。


「……え?」


土をかけていたエリーの手が止まった。


「どうしたの?」


「今……動いたような……? キャッっ!! 」


掘った穴に横たわらせていた小鳥が、元気に羽ばたいて飛び立って行った。


「これは、どういうこと!?」


エリーも私も、状況が理解出来ずに固まる。飛び立って行った鳥は、私達の頭の上を数回旋回して飛び去った。


「きっ……と、生きていたんですよ! 気絶していただけかもしれません!」


エリーも分かっている。小鳥は、確実に死んでいた。触れた時硬くなっていたし、目に光がなかった。だけど、生き返った説明がつかないのだから、生きていたと思う方が楽だった。


「そうね……元気になって良かった」


部屋に戻ると、夕食の時間になっていた。

毎日の食事は、部屋に用意される。

離宮にも食堂があるけど、側妃は私しかいない。アイシャは、広い食堂で一人きりで食事をすることが嫌だったからか、部屋に用意させていた。


「食事のご用意を致します」


エリーが調理場まで、料理を取りに行く。


この世界にも、この身体にも慣れて来た。それでもやっぱり、自分の人生だという実感はない。本当に()()()()は、自殺しようとしたのだろうか……

そんなことを考えながら、ふと机の引き出しを開けると、中に日記のような物が入っていた。


少しだけ罪悪感を持ちながらも、日記を開いて読んでみる。

日記は、側妃になって王宮に来た日から始まっていた。


『今日、私は陛下の側妃となった。私の役目は、陛下の子を産むこと。それが出来なければ、私には何の価値もない……だけど、陛下は私との初夜に来てくださらなかった。やはり私は、誰にも必要とされていない』


子供を産まなければ、何の価値もない……か。前世の私と、アイシャが重なった。

お金を稼げなければ価値はないと、捨てられて死んだ私みたいで、共感してしまう。だけどアイシャには、こんなに贅沢な暮らしがある。そこは、前世の私とは大違いだ。


『側妃になって、二日目。陛下に、「君を抱くことはない」と言われてしまった。それならば、なぜ私は側妃になったのだろう。やっと、お父様とお母様に認めていただけるかもしれないと思っていたけれど、それも叶わない……』


何だか、王様に腹が立って来た。

結婚しておいて、お前を抱くことはない!? そんなことをわざわざ言うなんて、性格悪っ!

両親は生きているのに、お見舞いにも来ない。そんな人達に認められなくたっていい!


『側妃になって、三日目。何もしてはならない。何も求めてはならない。私は、籠の鳥』


あの嫌がらせの意味が分かった。 あの小鳥は、私ということだ。

何もするなは王妃様の言葉で、何も求めるなは王様の言葉。

私はこの生活に文句はないけど、アイシャにとっては苦痛だった。

自分勝手な王様、自分が絶対だと思っている王妃様、認めてくれない両親。ずっと苦しんでいたのだと日記を読めば分かる。


『王宮に来てから、一年が経った。庭園を歩いていると、羽根を怪我して飛べない鳥を見つけた。まるで自分を見ているみたいだった。手当てをしようと鳥に触れると、みるみるうちに傷口が塞がっていった。何が起こったのか分からなかったけれど、すっかり元気になった鳥は、大空に羽ばたいて行った。これは、私がやったことなのだろうか……』


これって、あの小鳥に起きたことと同じ?

あの小鳥は死んでいたけど、私が触れた後に生き返った……あれは、アイシャの力だったの!?


『私はいったい何者なの!? あんなことが、人間に出来るの!? あれは夢なのだと、何度も何度も思い込もうとしていたけれど、傷が塞がっていった瞬間が頭から離れない。私は、化け物になってしまった。誰かを危険に晒してしまうなら、自ら命を絶とうと思う。エリー、ごめんなさい。あなただけが私の味方でいてくれたのに……』


そこで、日記は終わっていた。

やっぱり、自殺だったことが分かった。自殺した理由は、あの変な力。アイシャが使った力も、私が使った力も、誰かを傷付ける力じゃなかった。治ったのは人間じゃなかったけど、もしかしたら人間の傷を治したり生き返らせたり出来るのかもしれない。

魔力がある世界? 違う。魔力が最初からあるなら、アイシャが自分を化け物だなんて言わない。

まだよく分からないけど、この力を知られちゃダメなことは分かった。


アイシャ、ごめんね。これは、あなたの人生だけど、これからは私の人生になる。

そして、あなたを苦しめた人達にいつか後悔させてあげる。


「アイシャ様、お食事をお持ちいたしました」


エリーが運んで来た今日の食事は、鳥の香草焼きだった。ここまでが、今日の嫌がらせのようだ。


「ありがとう」


エリーに礼を言い、イスに腰をおろす。


「違う料理を、作らせますか?」


料理を直視出来ずに、エリーは目を伏せている。さっきの小鳥を思い出してしまうようだ。


「大丈夫よ。王妃様は、思ったよりも幼稚ね。あんなことで、私の食欲がなくなるとでも思っているのかな」


ナイフとフォークを持ち、食事を食べ始める。


美味しそうに料理を食べる私を見て、エリーもようやく笑顔を見せてくれた。


「アイシャ様は、本当にお変わりになりましたね。記憶がないからかとても危なっかしいのですが、どこか頼もしいです」


「それは、褒められていることにしておく。エリーは、私の両親のことを知ってる? 私って、両親にそんなに嫌われていたの?」


とりあえず、両親のことを知ろうと思う。




「アイシャ様のご両親……ですか?」


明らかに暗い顔をするエリーを見ると、アイシャが両親から嫌われていたのはエリーも知っていたようだ。

私の父親はろくでもない父親だったけど、少なくとも私を愛してくれていた。母親も、最後まで私の心配をしていた。だから、アイシャの両親の気持ちもアイシャの気持ちも分からない。分からないけど、私にとっては彼らは愛すべき両親ではない。


「その顔、酷い両親だということは伝わった。ご馳走様でした」


食事を全部平らげ、お茶を飲む。本当はもっと食べたいけど、これ以上贅沢は言えない。だって私、何もしていないから……


「……キース侯爵は、長男でありアイシャ様のお兄様であるカリオン様を溺愛しております。ですが、アイシャ様のことはまるで道具のように扱われていました。王妃様は三年もの間、お世継ぎを授かることが出来ず、王妃様のお父上であるマクギース公爵はご自分の側近であるキース侯爵のご令嬢であるアイシャ様を側妃にせよとの命を下しました。キース侯爵は、アイシャ様に絶対に陛下の子を身篭るように仰ったそうです。ですが、陛下はアイシャ様にお会いしにいらっしゃることはありませんでした。そしてキース侯爵は、アイシャ様を見放したようです」


道具としても役立ずだったアイシャを、キース侯爵……父は見限ったということね。

そうまでして、アイシャは父親に愛されたかったのに、結局愛してもらえなかった。


「ありがとう、よく分かった」


愛されていない方がいい。私が、両親を愛していないのだから。




午後九時になると、就寝時間になる。早すぎて、こんなに早くは眠れない。

本を読んだりしながら眠気を待っていると、お腹がぐう~と鳴った。お腹が空いて、余計眠れない。


部屋から出て、とりあえず調理場に行ってみることにした。


「アイシャ様!? このような時間に、どうされたのですか!?」


調理場の見張りの兵が、私の顔を見て驚いている。こんな時間に調理場に側妃が来たら、そりゃあ驚くよね……


「お腹が空いてしまって眠れないの。食べ物が欲しいのだけれど……」


偽る必要なんてないから、正直にそう言った。


「お食事でしたら、侍女に頼んでください! お一人でこのような場所に来てはなりません」


まあ、そう言われるよね。


「これは私のわがままだから、侍女を煩わせたくはないの。通してもらえないかな?」


見張りの兵は、渋々通してくれた。

王妃様は王宮で陛下と一緒に食事をする。側妃が私しかいない今は、後宮のこの調理場は私の食事を作る為だけに存在しているらしい(侍女達用の調理場と食堂は別にある)。通せない理由なんてなかった。



調理場の明かりはついているけど、中には誰もいない。こんな時間に食事を作る必要もないんだから、当然か。


……でもこれは、チャンス!


調理場に入り、小麦粉と卵とキャベツと卵を見つけた。これなら、お好み焼きが作れるかもしれない。お肉も欲しいところだけど、勝手にお肉を食べるのは良くないと思い諦めることにした。

さすがにあのソースは作れないから、トマトソースを作る。玉ねぎのみじん切りとニンニクのみじん切りを炒めて、トマトを入れて煮込む。塩で味を整えて、水分がなくなるまで待つ。

その間にお好み焼きを焼く。小麦粉と卵と水を入れてかき混ぜ、千切りのキャベツを入れて焼く。

焼き上がったお好み焼きに、トマトソースをかける。


「出来たー! 名ずけて、トマトソースお好み焼き~!」


……何の捻りもない名前をつけてしまった。

豪華な料理も美味しいけど、たまにはB級グルメも食べたくなる。

出来たてのお好み焼きを一口食べてみると、


「美味しい……!!」


材料が足りなかった割には、上手く出来ていた。

黙々とお好み焼きを食べていたら、調理場に男性が入って来た。


「何をしているのですか?」


大口を開けて食べているところを見られてしまい、いいわけのしようもない。

怪訝そうな顔で私を見ている男性は、兵士には見えない。きっと料理長だ!


「決して怪しい者ではありません! お腹が空いてしまって……すみません、調理場をお借りしました」


誰もいない調理場で、勝手に材料を使い、勝手に調理をし、勝手に食べているのだから、怪し過ぎるのは自分でも分かっていた。


「ずいぶん、食い意地がはっているのですね。あなたは、私が誰か分からないのですか?」


かなり失礼な態度だけど、悪いのは私だからここは我慢。


「料理長……さんですか?」


男性の表情を見ながらおそるおそる答えると、


「…………」


大きな青い瞳で、私の顔を無言でまじまじと見て来た。


「……違いました?」


無言のプレッシャーに耐えられなくなり、先に口を開いてしまった。


「ぷっ!! あははははははっ!!」


急に大きな声で笑い出した。

てっきり怒っているのだと思っていた私は、予想していなかった反応にキョトンとしてしまった。


「アイシャ様がお変わりになられたという噂は、本当だったのですね。それにしても、このような夜更けに調理場に忍び込み、自ら料理を作って食べているとは……ぷぷっ……側妃のすることではありませね……あははははははっ」


悪いのは私だけど、そんなに笑わなくてもいいと思う。


「お腹が空いてしまったのだから、仕方がないではありませんか。笑い過ぎだと思います!」


あまりにも失礼な態度に、キッと睨み付けてしまった。


「そうですね、失礼しました。以前のアイシャ様とはあまりにも違っていたので。侍女に頼まず、ご自分で料理をされるなんて思いませんでしたし」


「私に仕えてくれている侍女は、一人だけです。私の為に一日頑張ってくれた彼女の休息を、邪魔したくはありませんでした。私は王妃様にも陛下にも嫌われているので、他の使用人に頼むことも出来ませんし、自分で出来ることはしたいのです」


といっても、お腹が空いてつまみ食いのようなまねをしただけだ。まともなことを言っているようで、ただの食いしん坊……何だか、私までおかしくなってきた。


「ふふっ! やっぱり、笑えますね。めちゃくちゃまともないいわけをしながら、やっていたことは盗み食いだなんて……ふふふっ」


おかしくなって、二人で笑いあった。


「その料理は、なんという料理なのですか? 見たこともないのですが……」


この世界に、お好み焼きなんてないだろう。ましてや、王宮で出される料理ではない。


「水で溶いた小麦粉に、卵とキャベツを入れて焼いたものです。ソースはトマトで作りました」


男性は不思議そうに、私の作ったお好み焼きを見ている。


「一口いただいてもよろしいですか?」


「もう一枚焼いてあるので、どうぞ」


フライパンで焼いていたお好み焼きを皿に移し、トマトソースをかけて男性の前に置いた。


「ありがとうございます」


男性はお好み焼きを一口食べると、目を見開いた。


「美味しい!!」


「ですよね!? 美味しいんです!」


料理を褒められて嬉しくなった私は、彼の顔を見つめてドヤ顔でそう言った。


「変わった料理ですが、どこで覚えたのですか?」


前世……なんて、言えるはずもない。


「どこ……でしょう。私にも、分かりません」


苦笑いしながらそう答えた私に、男性は深く聞こうとはしなかった。

この世界に来て、エリー以外の人と普通に話せたのは初めてだった。




「昨夜は、どちらへ行かれていたのですか?」


朝食をテーブルに並べながら、エリーは私のことを見ることなくそう聞いてきた。


「え……?」


どうして私が、部屋に居なかったことを知っているのだろうと思い、彼女の顔をちらりと見るけれど、表情からは何も読み取れない。


「気付かないと思っていたのですか? もう自害なさるようなバカなことはしないと信じていましたので、お探しせずにそのまま眠ってしまいましたが」


私の侍女にしておくのはもったいないくらい、しっかりしている。エリーは本音で会話してくれるから、一緒に居て居心地がいい。


「ちょっとお腹が空いちゃって、調理場に忍び込んでいたの」


朝食を食べながら、昨夜のお好み焼きの味を思い出す。


「!? アイシャ様は、何をお考えなのですか!? そのようなことでしたら、仰ってくだされば夜食をお持ちいたします!」


大きな目を吊り上げて怒りながらも、カップにお茶を注いでくれる。


「エリーに頼ってばかりじゃ、いけないと思うの。ただでさえ私は役立ずなのだから」


何もしないでこんな豪華な部屋に住まわせてもらい、毎日贅沢なご飯を三食食べさせてもらい、エリーみたいな優秀な侍女までつけてもらっているのに、これ以上ワガママを言ったらバチが当たりそうだ。と言いつつ、夜食までちゃっかり食べちゃったけど……


「あなた様は側妃なのですから、役に立つ立たないなどというお考えが間違えています」


前世の記憶が戻ってから、今まで生きて来たアイシャの記憶はなくなってしまった。この世界の知識どころか、この国のことさえ何も知らない。きっと私には、何も出来ない。文字でさえ……


あれ? 私……日記を読めた……?


急いで部屋の中にある本を開いてみる……と、日本語ではない文字がびっしり書かれているが、全部理解出来る。忘れているだけで、知識はあったようだ。


「アイシャ……様?」


私の行動を不思議に思ったエリーが、本を手に取り読んでいる私の顔を覗き込んできた。


「エリー、私……文字が読めるみたい」


「……………………はい?」


ああ、そうか。エリーにとっては、私は記憶がないだけのアイシャなのだから、文字が読めるのは当たり前か。誤魔化さなくちゃ。


「わ、私、頭は悪くないみたいなの」


これで誤魔化せるはずがないのは分かってる。仮にも貴族令嬢なんだから、文字が読めないはずがない。


「わあ、凄いですねー」


ものすごく棒読みだ。


「でしょう? 私、すごいの!」


全てを説明出来ないのだから、誤魔化すことしか出来ない。エリーに話してしまえたら、楽にはなるかもしれない。そんなことをしたら、彼女まで苦しめることになる。アイシャの、唯一の味方だったのだから。アイシャには、もう二度と会えないなんて言えるわけがない。


午後からは、エリーに刺繍を教えてもらうことにした。もちろん、やったことなんてない。裁縫ですら、得意な方じゃない。刺繍は、貴族のたしなみらしい。


「器用ね」


エリーがお手本として刺繍をしているところを見ながら、あまりの器用さに感心する。


「アイシャ様の方が、私より綺麗に刺繍出来ました」


見よう見まねで刺繍をしてみると……


「痛っ!!」


指に針を刺してしまった。どうやら、手先の器用さはアイシャのままじゃなかったみたい。


「大丈夫ですか!?」


針を刺した指にそっと触れてみたけど、血が滲んでいる……つまり、自分の傷は治せないらしい。それとも、あの力に発動条件があったりするのだろうか。


「大丈夫。でも、刺繍は向いてないかも」


お手上げのポーズを取る私に、エリーは無言でプレッシャーをかけてくる。


「わ、分かった。もう少しやるわ」


エリーは、子爵令嬢らしい。アイシャの記憶がない私よりも、完璧なお嬢様ということだ。


「アイシャ様は、何でも出来るお方でした。きっと、幼い頃から努力して来たのでしょう。私は、そんなアイシャ様を尊敬しています」


そんな風に言われてしまったら、期待を裏切るわけにはいかない。正直、刺繍が出来ることに何の意味があるのかは分からないけど、何もしないよりはマシだと思った。


「出来たー!」


三時間かけてやっと完成した。お世辞にも上手いとは言えない出来に、エリーは苦笑いしている。


「本当に向いていませんね……」


刺繍は蝶のつもりだけど、いびつなパンみたいに見える。ここまで不器用だとは、自分でも知らなかった。


「それでも、やり続けるわ。私には、やることがないのだから」


また一から刺繍を始める私を見て、エリーは笑顔になる。


「そういうところは、変わっていませんね」


アイシャがエリーを大切だったように、今の表情を見るとエリーもアイシャが大切だったのだと分かる。


「……ごめんね」


思わず、そう口に出していた。

少なくとも、エリーだけはアイシャを大切に思ってくれていた。そのアイシャを、奪ってしまった。


「謝る必要はありません。記憶を失ってしまったのは残念ですが、今のアイシャ様は明るくなられました。悩みがなさそうなので、安心しています」


半分は、バカにしてるような気が?

自殺をするほど悩んでいたアイシャが、エリーはずっと心配だったのだろう。


「悩みくらいあるわ。お腹が空きすぎるのよね」


エリーは笑っていたけど、私にとっては本気の悩みだった。

この日の夜も、こっそり調理場へ忍び込むことにした。




今日は、エリーに気付かれないように慎重に部屋を出て来た。見張りの兵は昨日とは違う人だったけど、なぜかすんなり通してくれた。調理場には、今日も誰もいないようだ。


「今日は、何にしようかな~」


悪いことをしてるのは分かっているけど、コソコソ食べるのは美味しく感じてしまう。

じゃがいもが沢山あるから、今日はお肉なしのコロッケにしよう。寝る前に揚げ物なんて……とは思うけど、私の胃が求めてる!


茹でたじゃがいもを潰して、炒めた玉ねぎのみじん切りを加えて混ぜる。塩コショウをして味を整えて、俵型にする。俵型にしたじゃがいもに小麦粉、卵、パン粉を付けて揚げる。きつね色になったら出来上がり。


「サクサクでホクホク……美味し~!」


上品な料理も美味しいけど、こういうものを食べるとホッとする。ご飯がないのは少し寂しいけど、食べられるだけで幸せだ。


「また、夜食ですか?」


昨日の男性が、調理場に入って来た。夜は、彼しか居ないのだろうか? でも、見つかったのが彼で良かった。


「今日も食べますか?」


彼は笑顔で頷いた。


「この料理も、見たことがありません。アイシャ様は、不思議な料理をご存知なのですね」


二十個くらいあったコロッケが、もうなくなってしまった。男性が食べたのは二個……残りは全部私の胃袋の中だ。自分の胃袋が怖い。前世で餓死をしたから、その時の影響なのかな……


「私は本を読むのが好きだったので、何かの本に書いてあったのかもしれません。ところで、料理長さんのお名前はなんと仰るのですか?」


前世では、料理本を見るのが好きだった。作りたいからではなく、美味しそうだったから。見れば見るほどお腹は空いたけど、いつか食べるんだと心に決めて何とか生きていた。


「私の名前……ですか? アル……アルとお呼びください」


「アルアル? 変わったお名前ですね」


「いいえ、アルです!」


アルさんの顔が引きつっている。

自分で、アルアルだと言ったのに……


「アルさんですね。いつも勝手に食材を使ってしまい、申し訳ありません」


さすがに、勝手に食べていたのだから謝らないと。悪いとは思ってるけど、やめるつもりはない。


「かまいませんよ。ここにある食材は、全てアイシャ様の為の物ですから」


ここにある食材って、私がいくら食いしん坊だといっても、一人で食べ切れる量じゃない。


「余った食材は、捨ててしまうのですか?」


「そうですね。だから、ご自由に使っていただ……」


「冗談じゃないわ! どうしてそんなもったいないことをするの!? この国は、庶民も飢えずに贅沢出来るくらい裕福なのですか!? 食べ物を粗末にするなんて、バチが当たる!」


あ……やってしまった。

アルさんが、驚いて口を開けたまま固まっている。

でも、こんなの理解出来ない。無駄にするなんて、許せない。私が前世で、どれほど食べ物に困っていたと思ってるの!?


「全くその通りですね。長年変わることがなかったからか、そんな大切なことも省みることがありませんでした。では、アイシャ様ならどうなさいますか?」


理解してくれた?

アルさんは、案外話が分かる人なのかな。


「そうですね……まずは仕入れを四分の一程に減らしますね」


四分の一でも、私のお腹を満たせるくらいはある。それほど、食材を無駄にしてきたということだ。侍女の食事は、少し品質が下がった食材を使うとエリーが言っていたから、こちらの食材を使うことは許されないらしい。


「それで足りるのですか!?」


「アルさん!? 私を何だと思っているのですか!?」


何だか、軽くバカにされた気がする。くすくすと笑ってるし……


「陛下にそう進言してみます」


「陛下に……ですか?」


王様が一番偉いんだから、それは当たり前なのかもしれないけど、エリーの話やアイシャの日記からして、とてもじゃないけどいい人には思えない。会ったこともないのに失礼だとは思うけど、アイシャに冷たくしていた王様を信じるなんて出来そうにない。


「何か問題でも?」


心底不思議そうな顔をする。アルさんは、王様を信頼しているのだろうか。


「陛下は私がお嫌いなようなので、私の意見など聞いてはくださらないと思います」


一度も会いに来ない王様になんて、何も期待はしていない。むしろ、会いに来られたら困る。

私は今のこの生活が、めちゃくちゃ気に入っている。たまに、性格の悪い王妃様の相手をするだけで、こんなに贅沢な暮らしが出来る。

アイシャには申し訳ないけど、私には幸せだ。


「アイシャ様は、陛下をどのように思っておいでなのですか?」


どうって……会ったこともないなんて言えない。


「一言で言うと、なんの関心もありません。ですが、何不自由なく暮らせているのは陛下のおかげです。なので、文句はありません」


「関心がない……ですか。恨まれていないだけマシですね……」


急に声が小さくなり、なんて言ったのか聞き取れなかったけど、これ以上王様の話題を振られると困るから流すことにした。


その時、


「アイシャ様ー? どちらにおいでですかー?」


「エリー!?」


エリーは私が抜け出したことに気付き、探しに来たようだ。また怒られてしまう……


「アルさん、隠れましょ……って、あれ?」


振り向いたら、アルさんの姿はなかった。

そして私は、エリーに見つかって自室に連れ戻された。


「全く! 毎日毎日、どれだけお腹が空くのですか!? 」


侍女に怒られる側妃なんて、きっと私くらいだろう。


「でもね、料理長さんが好きなだけ食べていいと言ってくれたの!」


エリーの顔色が変わった。


「まさか……このような夜更けに、男性と二人きりだったとは仰いませんよね?」


怒っているどころではなく、ものすごーく怒っている。気のせいか、エリーの頭に角が生えているようにさえ見える。


「あなた様は、この国の国王陛下の側妃なのですよ!? このような夜更けに、男性と二人きりになるなどあってはならないことです! 妙な噂をたてられでもしたら、どうなさるおつもりですか!?」


エリーに叱られて、確かにその通りだと思った。


「軽率だったわ、ごめんなさい」


捨てられた子犬のようにションボリしている私を見て、エリーは盛大にため息をつく。


「分かっていただけたなら、けっこうです」


ここは、日本じゃない。それに、私は今国王陛下の側妃なのだという自覚を持たなければ、いつ王妃様に排除されてもおかしくない。


「エリー、ありがとう。これからは気をつけるわ」


その日から、夜食を早めにエリーに頼むようになった。エリーの話だと、翌日には仕入れの量が減らされていたらしい。アルさんが、私の意見を聞いてくれたのだと嬉しくなった。


調理場に行かなくなって四日が過ぎた頃、ありえないことが起きた。


「アイシャ様! 大変です! 陛下が……陛下が、お見えになるそうです!」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ