甲子園
一度も負けないチームもすごいですが、
敗退したチームも負けたのは一度だけなんですよね
買い物籠から取り出した品々をレジのセンサー部に黙々と当てる。
応えるのは電子音の「ピ」という音だけ。
エアコンが過度に効いた店内では、流れるフルーツなどの食材や飲料でしか季節を感じられない。
珍しい野菜ですら、最近はもうほとんどが年中売り出しているので、野菜類では没季節感だ。
お釣りとレシートの紙切れをお客に手渡してから、ふとガラスの自動扉になっている入口を見やる。
「大売出し」とか「特売日」と大げさに大書されて貼られたチラシの隙間から、強い日射しに焼かれているアスファルトが見えた。
今日も外は不快な熱気が道行く人々をイラつかせているのだろう。
もう始まっている頃だろうかしら。
台の上に次の客の山盛りになった買い物籠が、大げさな音を立てておかれる。
今日何十回目かになる作り笑いをしながら、何十回目かになるお迎えの挨拶をする。
名前を呼ばれた気がした。
品物とレジのセンサーが交わった電子音の合間に、目だけで横を一瞥する。
最近入ったばかりのパートの奥さんが軽く会釈して、交代を告げる。
一瞬だけ手を止めて「じゃ、このお客さんまで」と伝えて、再び作り笑いと機械的な動作に戻る。
従業員用に使われている冷蔵庫から小さな弁当箱を取り出して、手にしたボトル型の水筒とともに持ち、休憩室に並んだテーブルたちの一つの上に置く。
お昼時間はとっくに過ぎているせいか、休憩中の店員はまばらだ。
取るに足らない噂話を聞かなくて済む分、煩わしさがないことは私には丁度いい。
テレビでは高校野球を実況するアナウンスと歓声やブラスバンドの演奏が、外の熱気並に暑苦しい音を休憩室内中に広げていた。
今、画面の中では「夢」とか「希望」とかを馬鹿正直に信じている青春たちによって、すり鉢の様なスタジアムが熱い坩堝と化しているのだろう。
テレビに背を向けてパイプ椅子に腰かけてから、取り出した弁当箱の蓋を開ける。
そういえば、この弁当箱もあのコが小さい頃に使っていたお古だ。
小学校は普段は給食だったけど、遠足や運動会の時などは弁当持参となるので不格好ながらも母親らしくと一生懸命作ったものだ。
シングルマザーの母子家庭だからって、嫌な思いをさせたくはなかったから。
豪華な食材は使ってはあげられなかったけど、あのコはいつも上目使いで見つめて、ボソッと「おいしかった」と言って、空になったこの弁当箱を私に押し付けていたっけ。
箸を取り出して、ご飯を一つまみ口にする。
あのコが遠慮がちに、例の上目遣いで少年野球をやりたいと言ってきたのは、事故で死んだ父親との僅かな思い出の中に、一緒にキャッチボールをしたことがあったからだろうとも思う。
シングルになってから一々心配されて、都度都度で説教されるのが億劫になったため足が遠のいていた実家まで行って、兄の息子から使い古したグローブとバットを貰ってきた。
丁度、中学に上がったのを機に野球少年からサッカー少年に宗旨替えした彼には不要なものだった。
でも、小さい頃に会ったきりの叔母が突然訪ねて来て頭を下げたのには、ビックリしたことだろう、きっと。
そしてあのコは、そんな古びたグローブでも大喜びだった。
丁度、他所の家の子の持っている物が自分の家には無かったり、あっても古かったりと、他の子との違いにはもう気づく年頃にはなっていた。
他の子は親が送り迎えしたり、観戦に来たりしていただろうけど、私は朝早くから夜遅くまで仕事をしなければならなくて、ほとんど行けなかった。
でもあのコはそんなことにも不満や不平を一言も言わなかった。
仕事から私が戻ってくるもう暗い中、家の前の塀に投げたボールを古びたグローブで捕っていたあのコの姿が今でも思い起こされる。
水筒から冷えた麦茶を一口含む。
背中の後ろにあるテレビから大きな歓声があがった。
「ホームラン」と叫ぶアナウンサーの絶叫で、また誰かしらの「夢」や「希望」が砕け散ったことを知る。
水筒から口を離して、箸を弁当箱に差し入れる。
このタコさんウインナー、あのコも昔から好きだったな。
丸坊主の顔で話す声が低く声変わりして、周りの子達が反抗期だと言われるような時期になっても、あのコには反抗期ってあったのかしら。
子育てしたのはあのコ一人だったから私にはわからないけど、そんなものは多分なかったと思う。
毎日練習で泥だらけになったユニフォームを黙って自分で洗濯して、少しでも私の負担を減らそうとしていたのがむしろもどかしい時もあった。
高校に上がってもあのコは野球一辺倒だった。
仕事が中々休めない私は、他の親御さんたちのように応援やサポートのお手伝いが出来なかったので、あのコはさぞ肩身が狭い思いをしたことだろう。
そんな私の親バカではないけど、あのコは練習だけは人一倍やってきた。
タコさんウインナーが入った、前よりも大きくなった弁当箱を持って、朝から晩まで練習に汗を流していた。
おかげで、勉強の成績は真ん中より少し下くらいだったのはご愛敬かしら。
少し小柄だったせいか、一年生、二年生とずっと補欠にもなれず、ベンチにも入れなかった。
背番号を貰えなくて白一色のユニフォームを着たあのコは、「俺たちは白虎隊っていうんだ」なんて笑って言っていたけど。
そんなあのコが三年生になったある日、おずおずと差し出してきたのが、「14」とプリントされた白い四角い布だった。
あのコは、はにかみ笑いを浮かべて、例の上目遣いで「ミシンでなくて、母ちゃんの手縫いで縫い付けて」ときれいに畳まれたユニフォームの上着と一緒に私の胸に押し付けてきた。
その日我が家では、ささやかながらも精一杯のご馳走を私たち二人の前に並べた。
「いよいよ最終回の攻撃、この点差では厳しいですが、最後まで諦めず頑張ってほしいです」
そう言うのが義理だか義務だかであるのか、無責任な台詞をテレビのスピーカーが告げる。
いろいろと思い出してしまって、今日の弁当は全部食べられそうにない。
私は静かに弁当の蓋を閉じた。
あのコは結局、大会では一度もグランドに立つことはなかった。
ベンチでは人一倍大きな声を出していたらしいけど、仕事が忙しかった私はその様子を見てはいない。
あのコは高校を卒業したら、野球を辞めて就職するつもりだと宣言していた。
奨学金を使ってでも進学させようとする私と、私に少しでも楽をさせたいというあのコの二人の想いがもつれ合って、ぶつかり合って、初めて大喧嘩をした。
今までも一度決めたことには頑ななコだった。
あのコの青春はこうして幕を下ろしていくのだろう。
「さあ、いよいよ最後の一人となりました。打席に立つのは代打の……」
テレビからあのコの名前が聞こえた気がする。
私は静かに立ち上がり、振り向いてテレビを見る。
その画面には、あの上目遣いにピッチャーを見る顔が大写しで映っていた。
いつもと違うのは、あの照れたような、はにかんだような目ではなく、穏やかでいながらも、厳しく相手を見つめる強い視線だった。
画面を見たまま、ゆっくりとロッカーの上に置かれたテレビに向かって歩いていく。
手前の席で談笑していた若い二人の店員が、不思議そうに私を見上げて話を止める。
周りなんか構うものか。
「あと一人です。さあ、最後の一人になるのか」
画面が変わってバットを構えるあのコの背中が写る。
テレビを見上げる私の足が、いいえ、全身が震えてくる。
目が潤んできているのがわかる。
「14」と白地に鮮やかな背番号が輝いて見える。
あのコ、あんなに大きかったっけ?
あんなにたくましい腕をしていたっけ?
あんなに大人っぽい表情をしていたっけ?
テレビの歓声もアナウンサーの声も、もう聴こえない。
あのコの最初で最後の打席だ。
私は溢れそうになった涙を拭う。
この瞬間を忘れないように、私のこの目に焼き付けなければいけない。
あのコの母親として。
あのコのたった一人の母親として。
「さあピッチャー、大きく振りかぶって……」
お読みいただき、ホントのホントにありがとうございます!
相変わらず、拙文で恐縮です。
すっっっっごく、久しぶりの投稿となりました。
短くてもいいので、ご感想などを賜れると嬉しいです!!