幼なじみに「幼なじみになろう」と言ってみた
「私と幼なじみになってくれませんか?」
「え?えええ?……」
「私、転校ばっかりで昔からの思い出がないんです。だから……」
「幼なじみってなるものじゃないと思うんだけど」
「それでも。あなたしか頼めないんです……だって」
「だって?」
「隣の家に居るのはあなただけですから」
漫画「今日から私たちは幼なじみ」の冒頭だ。
「幼なじみになる」という約束を交わして。
色々な「幼なじみのお約束」を二人で楽しんでいく青春ラブコメディ。
一部で盛り上がってるらしいけど、なかなか奇想天外なアイデアだ。
「しかし……これは実現可能だぞ!」
閃いた。幸いにして、俺には一つ歳下で後輩の幼なじみがいる。
八神ややこ。幼稚園からの付き合いだ。
俺と似ていて面白いことが大好きで可愛げのある後輩。
よし、放課後になったら早速-
「ややこ。「今日から私たちは幼なじみ」って作品聞いたことあるか?」
一緒に帰る途中で話を振ってみる。
「あれちょっと面白いですよね。ヒロインがちょっと変な子ですし」
「ちょっと頭おかしいよな」
「頭のおかしさなら史郎先輩もひけを取ってませんからね」
じーっと見つめてくるちんまいツインテールな後輩はいつも可愛い。
「否定はしないな」
「否定しましょうよ!」
「それが俺のアイデンティティだからな」
「変なアイデンティティ持たないでくださいよ」
はあ、とため息のややこ。
「で、頭おかしい先輩に付き合ってくれてるややこにお願いがある」
「……また、頭おかしいお願いですよね。知ってます」
「言う前から断定ですか」
「普通のお願いごとしてきたことありましたか?」
「否定できないな。で、要はあの作品にあったみたいなことしてみたくないか?」
さて、ややこはどう出るか。
「先輩、天才ですか!」
「お、おう」
「私達だからこそ出来る事、ありますよね!これは美味しいです」
若干興奮気味のややこ。
人のことを頭おかしいとかいう癖に、こいつも同類だよな。
「よし。そうと決まれば今日から俺たちは幼なじみだ!」
「私たちも世間的には幼なじみだと思いますが」
「だってさ。物語の幼なじみみたいなドラマが足りんだろ。ドラマが」
握りこぶしを振り上げて力説する。
そう。俺たちは確かに幼稚園から高校まで一緒の進路。
二人だけで遊んだことも数知れず。
でも、それは日常の延長線上でどこかドラマが足りなかった。
「ちょっとだけ同意です。でも……お約束だとまず何からしましょうか」
もう早速頭を巡らせているのが、全くもって俺と同類だ。
可愛いんだから、もう少し普通ならすぐ彼氏も出来るだろうにな。
「作品に習うならまず、呼び方か?」
「でも、元々下の名前で読んでますよね?」
「そうなんだよなあ」
俺はややこ。ややこは史郎先輩。
「いやまて。先輩っての外すともっとそれっぽくないか?」
「え……さすがに恥ずかしいんですが」
「ちょっとしたお遊びだろ。ほら、さあ「史郎」と呼べよ」
いやー、楽しくなってきた。
「し……」
今更怖気づいたのか、どもってる。
「俺たちは幼なじみだろ」
「し、史郎。これでいいですか?」
恥ずかしげな声色に薄赤い頬。
これはこれでいいけど、うーん、まだ足りないな。
「敬語があると先輩後輩って感じが強いな」
「難しいオーダーしますね。ちょっと待ってください……」
あー、あー、と何やらアナウンサーみたいな仕草だ。
「史郎。これでいい?」
瞬間、何か電流が走った気がした。
ややこは昔から俺に懐いていた妹分という感じだけど。
これだと、ちょっと強気っぽい感じがする。
「グッジョブ。これで第一段階クリアだな」
「次は私のオーダーに付き合ってもらうからね?」
早くも呼び捨て&タメに抵抗がなくなるのは順応が早い。
「いいぜ。ややこもやってみたいことあるだろ?」
「寝坊した史郎を起こしに行きたい!」
「そこは王道だよな。実現したことは一度もないけど」
一緒に登校することも多いけど、待ち合わせは最寄りの十字路だ。
悪くない。
「史郎はちゃんと寝たままで待ってくださいね」
「敬語」
「こまっかいことにこだわるんだから、全く」
「なんか急に強気系になったな」
「呼び方変えるとそうなるの!とにかく、明日はおべんとも作ってくから」
幼なじみのお弁当。
確かによくあるけど、未だに未体験。
「楽しみにしてるぜ」
「史郎の度肝をぬいてやるから」
お互いに別れる十字路までそんなくだらない話を続けたのだった。
「よし、明日からよろしく頼むな」
拳を突きつける。
「こっちこそ、よろしくね」
こつんと合わせるように拳を突き合わせてくる。
やっぱり、ややこはノリがよくて、頭がよくて。
それでもって、いい子だ。
◇◇◇◇
「こうして朝に史郎のとこ行くのも久しぶりね」
二階建ての一軒家を前にして、少し緊張する。
昨夜から心の中でも先輩呼びをやめてみた。
すると、不思議なことに史郎先輩が同い歳に見えてくる。
「あら?ややこちゃんお久しぶりね。ひょっとしてうちの子と約束でも?」
お母様が笑顔で出てきてくれた。そういえば半年以上会ってないかも。
「ええ。ちょっと……一緒に登校しようかと」
ああ。この言葉選びはちょっとまずい。
「あの子も青春してるんだから。家に入って待ってなさい?」
「お邪魔しますー」
「珍しくあの子、まだ寝てるみたいなのよね。夜更かしでもしてたのかしら」
不思議そうなお母様。
言えない。朝起こしに行くから振りをしてもらっているなんて。
「あ、その。良ければ起こしに行ってもいいですか?」
「なるほどね。彼女としては彼氏の寝顔も見たいわよね」
ちょっと待って。やっぱりとんでもない誤解を生んでる。
「いえいえ。別にそういうわけでは……」
「いいのよ?あの子も嬉しいでしょうし」
かんっぺきに恋人同士に勘違いされてる。
(ま、いっか)
今更細かいことを気にしても仕方がない。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
トン、トン、トンと一歩ずつ史郎の部屋に近づいていく。
そして、今は部屋の前。
「史郎はいつもここで寝てるんだ……」
思えばせんぱ……いや、史郎の個室に入ったことはほとんどない。
なんだかわけがわからないけど、胸が高鳴ってくる。
小学校の時以来だから緊張するのも無理はないか。
「史郎ー。もう朝よ。起きなさい?」
「悪い。あと10分~」
「そんなこと言って。いつも寝落ちするでしょ」
「大丈夫だって。お休み」
せんぱ……史郎はこんなところまで様式美を貫かなくてもいいのに。
ごくりと生唾を飲み込んで、ギィと扉を開ける。
そこにはベッドで穏やかな顔で眠っている……いや、狸寝入りの史郎。
(かわいい)
いやいや、何を考えてるの?
史郎は確かに頭おかしいけど、優しいところも多いし、顔の作りだって悪くない。
でも、それこそずっと友達同士でやってきたはずなのに。
なんでこんなに胸がぎゅっと締め付けられるんだろう。
まさか―ううん、結論を出すのはまだ早い。
「史郎、ほら。起きなさい。遅刻よ?」
まだ遅刻には程遠い時間だけど、これもお約束だ。
「あと10分~」
狸寝入りのはずなのに大した演技だ。
「さっきもそう言ってたでしょ。ほら、起きなさい!」
瞬間、異性の布団をはぎとるという行為に躊躇したけど。
ばっと掛け布団をはいでみると……
「おはよう、ややこ」
寝癖でぼさぼさ頭のせんぱ……史郎が笑顔で微笑んできたのだった。
「そこで爽やかな挨拶するのはお約束から外れてますからね」
「いやー、付き合ってもらってるから、ちょっとお礼言いたくなったんだよ」
「ずるい」
「?」
「こっちの話」
「ならいいけど」
ああ、もうこれは認めないといけない。
私は今、史郎を意識しちゃってる。
今の私は後輩じゃなくて、普通の幼なじみ。
だからか変な、倒錯した気分になってしまっている。
(お弁当は持ってきたけど)
まずいかも。主に私が。
◇◇◇◇
「はい。お弁当」
いつもの中庭にて。
ややこが出したのは可愛らしいちっちゃなお弁当箱。
見るとちょっと照れてる。
いつも以上に可愛い。
「愛妻弁当ってやつだな」
からかってやろうと、ちょっとしたジャブ。
「あ、あいさい……何言ってるんですか、もう」
ふふふ。恥ずかしがってる。恥ずかしがってる。
「とにかく。さっさと食べてよね」
気づいているのか気づいていないのか。
ま、いっか。
メニューはおにぎりに唐揚げというシンプルな代物。
ややこは料理も上手いし失敗はないと思うんだけど……。
ふと、元ネタの漫画を思い出した。
確か、わざと甘いおにぎりをつくってきたんだったか。
最初の手料理は失敗するのがお約束だとかなんとか。
「じゃあ、まずおにぎりから……ってあれ?甘いけど美味い」
どういうことだ?甘いのは狙ってきたとして、美味しいのが不思議だ。
お米もミルクのようなまろやかさがあって、まるでお菓子。
「ふふーん。あの漫画のマネをするのは芸がないでしょ?」
ちょっとひねらないと、というややこなりの意地か。
断言する。こいつもやっぱり変人だ。
「て、いやでも、普通に美味しいんだとお約束にならないだろ」
「いやいや。少しくらいひねりがないと」
「それもそうか。美味しいお弁当をありがとう」
きっと昨夜は色々考えてくれてたんだろう。
だから、そこには感謝しかない。
「そ、そんな顔してありがとうとか、卑怯、ですよ」
目を伏せて言った照れ隠しの言葉はいつもとまたちょっと違って。
不思議と胸が高鳴っているのを感じる。
いや、なんでだ。確かにややこは可愛い。
でも、ここまでドキドキしたのは初めてだ。
(まさか……な)
こんなことで陥落するチョロい男だと認めたくない。
まだだ。今はちょっと非日常で変な気分になってるだけだ。
次の秘密基地探しでは平常心を保たないと。
◇◇◇◇
「秘密基地か……確かに定番っちゃ定番だわな」
放課後の俺たちは、さっそく次のお約束を実行すべく、
「秘密基地探し」をやっている。
「史郎と秘密基地的な何か……うーん」
早速、頭を悩ませてるけど、既に趣旨がずれてる。
なんてツッコミが野暮なくらい俺も心が浮き立ってる。
こんな様子だって愛らしいと思えてしまっている。
きっと、これは認めないといけないんだろうな。
俺もほんとチョロい男だ。
「ちょっと林の方でも行ってみるか?」
探せば秘密基地っぽい風景くらいあるはず。
「あ!思い出した!」
ポンと手をたたくややこ。
「お?なんかいい案でも?」
「史郎先輩のとこ、1階と2階の間に変な部屋ありましたよね?」
「あれな。最近使ってないから埃被ってるけど」
親父が何でも一から設計した家らしい。
秘密基地的なロマンが、ということで1.5階に一つの部屋があるのだ。
ロフトがあって、ハンモックがあって、そしてゲーム機がある。
「確かに。意外なところに幼なじみイベントが転がってるもんだ」
思い出してみると、あの1.5階でよく二人で遊んだものだった。
ゲーム機でドンパチしたりロフトによじ登ってみたり。
ハンモックで二人して寝てみたり。
「ところで、敬語戻ってるぞ?呼び方も」
「そ、それは……史郎。早速行こうよ」
「その調子、その調子」
「なーんか私の反応見て楽しんでる」
なんて言葉では不服そうでも、顔が笑ってる。
「よし。俺たちの秘密基地へレッツゴー!」
「おー!」
というわけで、俺の家の……1.5階へ。
「はー。あの時のままだー」
「俺も最近使ってなかったから懐かしいな」
母さんが定期的に掃除はしてたんだろうか。
ホコリもなくきれいなままだ。
「あー!小学校の頃やった対戦ゲーム!」
テレビに繋がれたそれを見てややこは大興奮。
「よし。今からやるか!」
「もうあの頃みたいに史郎には負けないからね!」
「受けて立とう」
そうしてプレイしたのは、なんとか電鉄の何作目かだ。
最近は見なくなったけど10年前はまだあったんだなあ。
さて、この10年近くでややこは上達したのやら。
「うう……降参」
「ふふふ。やっぱり、お前は素直過ぎるから絡め手に弱いな」
知恵はついてもそこが弱点でもあり……好きなところでもある。
懐かしさが戻ってきて、そして、どんどんこいつのことを好きになってる。
やっぱ俺、ちょろ過ぎだろ。
「ハンモックは……サイズが小さ過ぎて無理ですね」
「そうだな。あれから10年近く経つもんな」
子どもサイズのハンモックは今の俺たちには小さい。
「よし。せっかくだからロフト行こうぜ」
「ですね。やっぱりいちばん秘密基地っぽいですもん」
もうすっかり、色々忘れて敬語に戻ってるけど、まあいいか。
「なんか、休日のお昼にロフトに登ってゴロンとするの好きでした」
「お前すぐ寝るもんなあ」
もういつのことだったかはっきり思い出せない。
ロフトに登るやいなやお布団にくるまって寝るのが昔の彼女だった。
そんな表情を見ていると俺まで眠くなって、結局、夕方まで一緒におねんね。
「あー、温かい。このまま寝ちゃいそうです」
時期はもう11月。確かに温かい布団が恋しい時期ではある。
「寝ろ寝ろ。でも、俺も寝たくなって来たな」
しかし、いくらなんでも年頃の男女が二人。
さすがにまずい……か。
「せ、先輩も……よければ一緒に寝ませんか?」
「え、ちょ、ちょっと待て」
「布団二組ありますし。変な意味じゃないですよ」
これ以上女として意識させるのやめてくれ。
無邪気に布団にくるまってほーとしてるのが可愛すぎる。
でも、そんなお誘いの誘惑に既に心が抗えない。
結局―
「せんぱい……」
天井をぼーっと二人して眺めている最中。
ふと、ぼんやりした声が隣から聞こえる。
「なんだ?」
「私、すっごくちょろい女だなーって思うんですよ」
「奇遇だな。俺もすごくちょろい男だなーって思ってた」
ちょっといつもと違うことを一緒にしただけでこれだ。
まったくもってどうしようもない。はー。
「先輩とは仲のいい友達、と思ってたんですけど」
「俺も仲のいい後輩だと思ってたよ」
ほんとに似たもの同士だ。
今、ややこが考えてることが痛いほどよくわかる。
「もう、そんな風に見られなくなっちゃいました。起こしに行ったときの寝顔可愛いなとか。変なお弁当に喜んでお礼言ってくれたり。それに、今こうしてて、好きだなあって思っちゃってます」
気負うこともないそんな告白の言葉は実に俺たちらしいのかもしれない。
「俺もさ。手作り弁当のときにそっぽ向く仕草とか、ゲームを無邪気に懐かしんでるところとか。そんなちょっとしたところ見て、もう目が離せなくなってた」
ほんと、最初はただのお遊びでロールプレイだったはずなのに。
「せんぱい。お付き合いしてください。大好きです」
ぎゅっと抱きしめられる。
ちょ、ちょっと待て。俺の心臓が色々やばい。
だいたい、そんなことされたら、断れるものも断れないだろ。
しかも、体温が伝わって来るし、ドキドキしてるのもわかるし。
少し控えめな胸も当たるしで思春期男子には刺激が強すぎる。
「お、おれも大好きだ。付き合って欲しい」
ああ。決定的な言葉を言ってしまった。
「嬉しいです、せんぱい。ふふ……て」
何がおかしいのか。
笑顔のまま手を回してもっとギュッとされる。
「不公平なんだけど」
「何がですか?」
「俺は心臓がバクバク言って限界なのに、お前余裕そうじゃん」
普段と立ち位置が逆転したのが気に入らない。
「そっかー先輩はバクバクなんですね。私はなんかふわってしてます」
ふわって。確かになんか舌っ足らずになってるけど。
「せんぱい……」
目を閉じて、そのまま顔を近づけてくる。
ちんまくて幼さの残る顔立ちで、とても綺麗で。
俺の馬鹿な思いつきにいつも付き合ってくれて。
そんな事が脳裏を巡って、唇をそっと合わせていた。
不思議とどこか自然な感じがした。
「せんぱい。少し思い出したことがあるんですよ」
「ん?」
「せんぱいはドラマがないって言ってたじゃないですか」
そういえば、そもそものきっかけだったか。
「でも、こんな変わった部屋で一緒に遊んで寝て。十分ドラマがないですか?」
「言われてみれば。普通、ないよな」
幼なじみだけど、でも普通に仲が良かった相手だと。
そう思っていたけど。実はとびっきり仲が良かったのかもしれない。
「今だって、当然のように告白して、恋人になって。私達ってちょっと変ですね」
「ややこも自覚あったんだな」
「それは頭おかしい……ううん、楽しいせんぱいに付き合ってるくらいですから」
語り合っている内に本当に少しずつ、眠くなってきた。
「このまま……寝ちゃいそうだ」
「寝ちゃいましょうよ」
「襲うかもだぞ」
「襲われても……それはそれで」
「嘘だって。準備も何もないし」
「でも、したくなったらいいですよ?」
「まあ、それは今度の機会に」
「せんぱいもいざという時に臆病なんですから。昔から」
昔から?
「なんかあったっけ?」
「ナイショです……私の思い出ですから。おやすみなさい。せんぱい」
言ったきり、本当に寝息が聞こえてくる。
「俺だけ悶々とするんだが……」
だって、抱きしめられたままで。
幸せそうに寝息を立てているカノジョがいるんだぞ?
男として何も感じないわけがない。いや、凄く感じる。
しかし、いくら寝ている間に変なことされてもいいと言われても。
(さすがに、そこはちゃんとしたいよなあ)
きっと、夜になって母親が呼びに来るまでこのままなんだろうな。
ああ、もう。ミイラ取りがミイラになったというか。
もっと深い関係になっちまったじゃないか。
つくづく、幼なじみという関係はやっかいだ。
そうニヤけながら愚痴る俺だった。
とある漫画を見ていて、突発的に思いついたアイデアです。
ただ、キャラが暴走して当初とは違った着地点になりましたが。
感想、評価、ブクマなどお待ちしています。筆者の燃料になります!
勢いで書いたお話なので、感想を特にお待ちしてますー。