王太子殿下のお誕生日
井戸から手を洗って戻ると、えまの提案でかいの騎士団での話を聞かせてもらえることになった
物珍しい話に聞き入っていると、あっという間に時間が経ってしまう
すずは名残惜しく思いながらも、二人に丁寧にお礼を言って屋敷に戻った
いつも通り、義母たちが帰るまでに家を整えておく
その日、帰ってきた義母たちはいつもより上機嫌だった
「ねぇ、私何着ていこうかしら?」
義理の姉たちの会話で、パーティーに招待されたのだな、ということが分かる
すずは、そちらに気が向いてるほうが嫌味も言われずに嬉しいと思った
しかし台所に下がろうとすると、「すーずっ」とりさに声をかけられた
「ちょっと、姉さま」
あんなは嗜めたが、くすくすと意地悪く笑っている
義母は、御者とやり取りをしている
「知ってる? あんた、今度の王太子さまのお誕生日のこと」
「王太子殿下のお誕生日は存じております」
その日は、1日祝日でお祭りになる。
すずは私たちは出かけるけど、あんたはお留守番ね、と毎年言われていた
もちろん父がいてくれた年は、父と一緒に街を見て回っていたが…
りさはにやにや、と笑って
「今年はねぇ、私たちも晩餐会に招待いただけたのよ」
すずは、まぁそういうこともあるか、と「さようでございますか」と答えた
「あんたの名前もあるんたけど…」
あんなは、おかしくってたまらない、というようにケタケタと笑う
すずは、思わずイライラしながら、けたたましい笑いを聞いた
私のついでに、あなたたちが招待されたんでしょ? と思いながら
義母がこちらに気づいて、足早に近づいてくる
嬉しそうに見下す義姉たちの頭を、義母は軽くはたいた
「あんたたち、余計なことは言わないの」
そして、とっとと食堂へと消えていった
義母は分かっているんだろうな、とすずは思った
義姉たちは自分たちが上だと思っているけれど、義母からしたら、自分より身分は上のすずを見下すからこそ気分がいいのかもしれない
王さまに謁見したことはないけれど、曲がりなりにも親戚として、そろそろ社交界に顔を出せという親切心なのかもしれなかった
えまの語った、華やかな世界のことが頭をよぎる
あんなに美しい人たちが着飾る場なら、少し見てみたい気もした
すずは1日を終えると、自分の小屋でステップを踏んだ。行けるはずもないけど、えまの語った社交界を想像して…
母と父が教えてくれたワルツを思い出す
「1・2・3、1・2・3…」
思わず足が縺れて、すずはへたりこんだ
2年も経てば忘れるものね…
父が雇ってくれた、たくさんの先生の顔が浮かんでは消える
これまで義姉たちが着飾って出かけても、気にならなかったのに…
父がいたときは、いつか私も、と思っていたし、いなくなってからは哀しみのほうが大きかった
すずは初めて、ずるいな、と思った
殿下のお誕生日までには、まだふた月ある。
その間に奇跡が起きて、自分も行けたりしないだろうか、と思った
ドレスや靴や、従者に馬車に…
ダンスもしっかり踊れるようになって…
すずは華やかな世界を夢見て、眠りについた