えまとすず
えまはあの交流から、以前よりも頻繁に母のお墓に姿を見せるようになった
自分の知らない、まりの話が新鮮だったのか、すずが墓に参ると、どこからともなく現れてお茶に誘ってくれる
何だかんだで、週に1度ほど、義母たちが街へ出るときには必ず、すずはえまとお茶をするようになった
えまは自宅にあがるのをしぶるすずに、みみの古くなった仕事着をくれた
以来、すずは墓参りにはその服を着て行くようになった
1人では大変だろうから…と、まるで母のように、丁寧に髪を梳いて洗髪もしてくれた
真新しい家は設備も最新で、浴室までついていた
えまは珍しがるすずを面白がって、みみにお湯の沸かし方まで説明させた
すずは暖かい日に井戸水とタオルとで身体を擦るくらいで、湯屋になんてとんと行ってもいない
「1時間で終わらせるから、あなたも入りにいらっしゃい」
すずは申し訳ない、と思いつつも、嬉しくて嬉しくて、つい甘えてしまった
義母たちが街へくりだすのが楽しみになった
今までは、イライラすることもあったのだが、僅かばかりおおらかな気持ちになれた
食材を届けてくれる馴染みのおじさんが、そんなすずを見て、少しほっとした顔をした
おじさんは3日に1度ほどやってきては食材と、たまに頼めば鶏を潰してくれる
鶏はわりとすぐに大きくなる
使用人がいたときは、彼らが潰してくれたけど、少しずつ少しずつ、すずが仕事を覚えるうちにか、彼らは解雇されていった
もちろん財政的なことも大きいだろう。まだ父が亡くなって2年だが、あの頃とは随分変わってしまった
「お嬢様、最近は少しお元気そうで嬉しく思います」
おじさんはいつもの哀れんだ目ではなく、笑顔ですずを見た
あの哀れんだ目は、ときにすずを苛立たせてもいた
悪気がないとは分かっているから、すずはその度自己嫌悪に陥り、また苛立ち、ときに静かに泣いた
えまさんのおかげだ、そしてお母様のおかげだ、とすずも嬉しく思う
成人してこの屋敷がすずのものになったら、遺産を受け取れるようになったら…と思う
すずを気にかけてくれた使用人の一人一人を思う
おじさんだって、わざわざ少ない食料を今も届けてくれる
義母はけして、すずにお金を渡したくないのだろう
すずが少しずつ少しずつ、くすねて身の回りを整えるかもしれないと思っているのかもしれない
まぁすずとしても、買い出しにまで体力と時間とを使いたくはないので、おじさんが来てくれるのは正直、ありがたかった
おじさんを見送って台所に入ると、上から音程の不確かな歌が聴こえてくる
はやくまた、えまさんにも会いたい
すずは知れず、確かな音程で歌を口ずさんだ
食材を確かめて、古いのは肥料にするか餌にする
仕事はいつも通り山積みで、いつものようにできる限りでこの家を整える
義母は食材を届けてくれるおじさんとは対象的に、今のすずを良く思ってはいないかもしれない
ただ、以前より丁寧に家を整えるよう心がけているので文句は言わないだろう
すずは思わず口ずさんでいた歌をやめた
ふともし、このことが知れたらどうなるか、と考えたのだ
ただそれでも、すずの頭には悲観的なことは浮かばなかった
四六時中すずを監視できるはずもない
それに何があっても、すずは成人するまでの辛抱だと思っていた
しばらくして、いつも通り義母たちは街へ出る
すずは出かけたのを見届けてから、しばらく家のことを片づけて、ある程度の目処をつけておいた
いつもは朝に参るのだが、今日は軽く昼食を済ませてから参る
何となく、手を合わせるのは朝がいい気がしていた
今日は言いつけが多かったことと、えまと会うことも考えて、すずはいつもより遅く、それでもギリギリ昼前に母のもとへ参った
行くと、えまの姿はない
遅かったからかしら? すずは思いながら、いつもより長く手を合わせる
えまとの時間はとても楽しくて、すずは残念に思いながら、どうしようか、と思案した
少し、様子を見るくらいならいいかな、と足があの家に向かう
墓地からの距離は、すずの屋敷と同じくらい近い
この墓地が、父が管理を任せていた荘園の境で、この先はえまのものなのだろうか、と思う
父のいなくなった哀しみと、自分自身とのことで手一杯で、すずはこれまで荘園のことなど頭に浮かばなかった
元々父も管理を委託していたから、それもあるだろう
きっと今も変わらない、すずは墓地を振り返って、自分の暮らす土地を眺めた
すずがえまの家の前まで来ると、えまは玄関先のテーブルで手紙を読みながらお茶をしていた
側には誰もいない。すずは思わずそわそわと、もう少し近づいて声をかけようか迷った
迷っているうちに、視線に気づいたのか、えまがふと顔をあげた
途端、ぱっと笑顔になって、軽く手をあげる
すずは頭を下げて、近くまで駆け寄った
「良かった、今日は会えないかもと思ったのよ」
「いつもより遅くなってしまったんです。急に押しかけてすみません」
えまは、いいのよ、と首を振る
騒ぎに気付いた使用人のみみが、すぐにカップを持って出てきた
「すぐに椅子もお持ちします」
言われて見ると、既にテーブルには飲みかけのお茶があった
「あの…私…」
言いかけたすずを、えまが手で遮る
「甥っ子が来てるだけよ」
そして、すっと立ち上がると井戸のある方へ、かい! と声をかけた
呼ばれてすぐに現れたのはタオルを首にかけ、片手に剣を下げた騎士だった
貴婦人の甥なのだから、当然貴族で、階級も高いのだろう
すずは精一杯、恭しく礼をする
かいは、驚いたようにさっと剣を仕舞うと、丁寧に頭を下げる
えまはそれを見て、くすくすと笑う
「堅苦しいのはなしよ。かい、この子がお話したすずちゃん」
「はじめまして、甥のかいです」
「すずです」
すずは躊躇いがちに、そっと握手をした
かいの手は鍛錬をしていたのかしっとりと熱く汗ばんでいた
かいは、あっ、と、もう遅いのだが、手を拭い、額の汗もタオルで拭った
そんな様子を見て、えまは呆れたように、二人に井戸へ行くように言った
それを見て、すずは本当にお母様みたいだと思わず笑った