お茶会
「ねぇ…すずちゃん」
井戸に手をかけながら、えまは話しかける
「はい」
「あの使用人の子は…みみと言うのだけど…多分、あなたと同じくらいの年なのよね」
えまは、手慣れた動作で水を出しながら
「あのくらいの子って何が好きなのかしらね?」と、小首を傾げた
すずは、女の子はお菓子なら大抵好きですよ、と答えながら、えまに先に手を洗うよう促されて、手を洗った
綺麗なハンカチも貸してもらったので、汚さないよう慎重に手を拭く
玄関先まで戻ると、テーブルにはクロスが掛けられ、銀製で揃えられた食器が並んでいた
お茶菓子には蓋が掛けられて、ポットには既にお湯が注がれている
すずが促されて座ると、みみがサッと蓋を開けた
蓋の中身はサンドイッチに、クッキーに、チョコレート
時間的にはブランチだからか、サンドイッチが多めに用意してあった
すずが久しぶりに見るお菓子に釘付けになっていると、そっと温かいお茶が手元に置かれた
「ありがとう、みみ」
えまがみみに声をかけて、みみは一礼すると扉の奥へと消えた
「どうぞ、遠慮しないで」
えまは優しく言って、すずはぎこちなくカップを手にとった
外から聞く母の話は新鮮だった。いわゆる幼馴染みだったのか、衣装部屋で隠れんぼをして怒られた話だとか、学校が別々になってしまって余り会えなくなった話だとかを聞いた
お互いの結婚式には参列したという。母は、やはりとてもとても綺麗だったと。
えまはすずにただ、あなたにとって、まりはどんな人だった? と聞いた
すずは優しくて儚げな母を思い出す。文字を教えてくれたこと、切れ切れな子守唄。身体が弱く、ごくごく親しい人とだけお茶会をしていたこと。
父と二人で、無理のない範囲で教えてくれた、ワルツのステップ…
すずは記憶の中から、少しずつ場面を選んで話をした
えまは、まりに娘がいることも知っているだろうか?
どうか、そのことは聞かないで。とすずは思いながら話す
えまの語る世界はきらびやかな社交界のことで、すずが知ることのなかった世界だった
夢のように1時間が経って、余り手を付けられなかったお菓子たちを、えまは包んで持たせてくれた
「ありがとうございます」
すずは思わず淑女の礼をして、慌ててごまかすようにその場を去った
久しぶりにお嬢様のように扱われたからか、染み付いた所作を思わずしてしまった
すずは自分のなりを冷静に考えて、えまの母と同じ瞳と同じような慈愛とを感じて、嫌われたくない、と思っていた
娘のふりをして、優しさに付け込んで、使用人がたかっている。
もし、自分がこんななりでまりの娘だと言ったなら、そんな風に思われそうで怖かった。
だって本来なら私はあの家で、義母の庇護のもとで、あるいは寄宿舎で、教育を受け、本来ならもう社交界に出る年なのに…
すずは駆け足で家の庭木戸を開けると、井戸の側に蹲った
父が死んで以来、初めてわんわん泣いた
あんなに親切にしていただいたのに、どこか惨めで悔しくて、泣きながら井戸水を汲み上げて何度も顔を洗った
それから、せめてこの家を少しでも良くしようと、気合いを入れて家中の掃除をした
義母たちが帰るころには、とっぷりと日が暮れていた
すずは時間通りに夕食の配膳を終えて、少し赤い目をして台所に下がった
今日は泣いたせいか、一心に掃除をしたせいか、眠くて眠くてしようがなかった
それでも玄関先に馬車の音がすると立ち上がり、礼儀正しく義母たちを出迎えた
義理の姉たちは疲れた様子のすずをチラリと見て、何も言わずに食堂へと向かった
義母は御者とやり取りをしたあと、すずを見て思わず嬉しそうに笑ったようだった
すずにドアを開けさせたまま、わざとゆっくりと歩いてくる
今日はわざとゆっくり夕食を摂るのだろう。
義母が屋敷に入ると、すずは心中を気取られないように、そっと戸締まりをした。