母のお墓
今日は、多分買い物に行く日だ
義母たちは、買い物が好きで週に1度は馬車で街まで出かける
毎朝、湯屋へ行くときに散歩がてら店を覗くこともあるだろうが、あの人たちは無駄にプライドが高い
街中の貴族御用達というブランドが大好きで、そういった店でばかり身なりを整える
台所を片づけていると「すず!」と甲高い声がした
買い物だといいな、用事だと嫌だな、と思いながら、すずは呼びつけに応じる
食堂を抜けてホールへと出ると、おばさんは2階の自室の前に立っていた
「何でしょう?」
顔を見ないように、さっと頭を伏せる
「出かけるからね!」
「はい」
「あんたは留守番だからね!」
「はい」
「りさ、あんな。まだなの?」
おばさんは隣の娘たちの部屋の扉を開けて、声をかけた
「嫌よ、これは私のよ!」
「違うわ、私のよ!」
「あんたは扱いが雑だから壊したんでしょ!」
「それはあなたじゃない!」
「バタン!」
苛立たしげに義母は扉を閉める
それから深呼吸をして、少し落ち着くとまた扉を開けた
「あんたたち、もっと淑女らしくしなさい!」
私は火の粉を被る前に、とそそくさと台所へ逃げ帰った
「ちょっと、すず、すず! 誰が下がってよい、と言ったの! まったく…」
義母は怒りながら階段を降りて、台所に向かって叫ぶ
「帰るまでにこれも洗濯するのよ! 部屋の掃除もね!」
「かしこまりました!」
すずも同じように叫んで返事をする
かしこまりました、なんてほんとは言いたくないけど、精一杯従順なふりをして
馬車が行くと、すずは手早く家の用事を済ませてしまう
もう一度洗濯をと言われたものは数を見て、多ければ大丈夫そうなものはそのまま戻す
少ないときは大人しく洗う
部屋の掃除は散らかったものを元の位置へ。本格的な掃除は時間のあるときに
あの人たちは街へ出ると、いつも夕方まで戻らない
すずはその間に…と、大抵この屋敷からはほど近い、街外れの墓地へと足を運ぶ
裏庭の木戸を開けて、真っ直ぐ行けばほどなく墓地に着くのだ
歩きながら、もうずっと街へは行っていないと思う
もう着ていける服もないし、食材はお馴染みのおじさんが届けてくれるし
その方だけね、まだ私をお嬢様、と呼ぶのは…
すずは自虐的に笑いながら、木々と青空とを見上げた
「お父様の帽子に引っかかった枝をくださいませ」
ふと、昔の記憶が蘇る
そう、これはあの木だ
父がくれたのと同じ、はしばみの木
他国とのやり取りをたくさんしていた父
再婚をしてからは、義理の娘たちに高価なものをよくねだられていた
「もう社交界に出る年ですから」
義母はいつもそう笑って、たしなめもしなかった
すずはやつれた父を前に、到底わがままも泣き言も言うことが出来なかった
そもそも、父は何故、再婚をしたのだっけ?
恩のある知人の頼みで、断れなかったんだっけ?
娘たちの後ろ盾になってくれ、とそんな話だったろうか…
すずはぼんやりと慣れた墓地を、二人の墓まで歩いた
ゆったりとした広さのこの霊園は、いつも人気がない
貴族ばかりが埋葬されているせいだろうか、それとも墓地とはどこもこんなものだろうか、とすずは思う
「今日、夢に二人が出てきたよ」
墓につくと手を合わせて、ぽつりと呟く
心地よい風が、そうなの。と言うように、すずの髪を揺らす
「お母様…」
すずは美しかった母を思って涙ぐんだ
仲睦まじかった二人を思い出した