第八話 優しき魔王と城下町
「あの……、誰ですか?」
さかのぼること、つい五分前。魔王は、出かける準備をしてくると言って、部屋に戻り、私は中庭で待っていた。
「すまない、待ったか?」
そこに現れたのは、魔王と同じ顔をした、獣人。髪と目が茶色で耳と尻尾が犬。
声と顔立ちから、魔王だとなんとく頭ではわかる……、けどなんか信じられない。
ということで、思わず自己紹介を求めた。
そして、今に至る。
「俺だ。ルシウスだ」
「オレオレ詐欺には引っ掛かりませんよ!?」
「オレオレ詐欺が何かは知らんが、悪そうな感じだな。俺は断じてそんなことはしない!」
あ、魔王だ。うん、魔王だ。
一人で勝手に理解して、うなずいている私を見て魔王は心底不思議そうな顔をしている。
「さて、まあ、気になることがあるのだろうが、それは歩きながら話そう」
中庭を出て、廊下を歩き、王城から出る。
そういえば、王城から出たのは初めてで、周りを見渡す。
城は少し高いところに建てられていて、四方は城壁に守られている。近くには孤児院があるようだ。
魔王は普通にこちらに手を差し出してくる。
「手、つなぐか?」
「は? え? 何でですか?」
なぜ差し出してくるのか不思議に思ってそういうと、魔王はハッとした顔で差し出した方の手を見る。
愛おしそうに、懐かしむように。
そして、そっと拳を握った。
「すまない……。方向音痴の友人がいたものでな。癖なんだ」
「私も方向音痴ですけど、迷子にはならないんで大丈夫です」
「そうか……」
城下町に降りると、今までもそうだったが、中世ヨーロッパ風だった。
穏やかに照り続ける太陽と、魔物たちの賑やかな声が町を包み込んでいる。どこからか屋台の匂いもしてくる。なーんて、平和な国なのだろう。一回東京に行ってみてほしい。多分ラッシュで死ぬよ……。
そう思って、魔王のほうを見ると、通常のイメージと違ってびっくりする。慣れかけていたものをもう一度見たら、違和感が再発動したような気分だ。
「そういえば、なんでそんな姿なんでしたっけ?」
「王だということがばれると厄介なんだ。みんなこっちに集まって来て、身動きもとれなくなる。だから、カレンにこの姿にしてもらったんだ。あいつは、そういう特殊スキルを持っているからな」
「なるほど……」
だから、あの性格なのに隠密部隊隊長なのか。いや、元気っ娘巨乳なのは慣れるとで、最初はちゃんとしたメイド風だったし……、仕事はできるんだな、めちゃくちゃ強いし。普段があれなだけで。
「なにか、食べたいものはあるか? 昼食前だが」
さっきから気になっていたアイスを買ってもらう。
昨日からお世話になりっぱなしなのにこれ以上もらうのも……と思ったが、もとはといえば、勝手に向こうが召喚した性なので、遠慮なく二段アイスにさせてもらった。
上はバニラで、下がチョコ。うーん、濃厚でおいしい。
「キャー!! ドロボー!!」
そんな風にアイスを食べていると、突然聞こえたのは悲鳴。
フードをかぶっている泥棒はこっち方向に逃げてくる。途中でゴブリンの子供とぶつかるが、気にすることすらせず走り続ける。
ぶつかったことで、男の子は顔から転び、持っていたアイスはTシャツに付いてべちゃべちゃだ。
「うわぁぁぁぁぁぁん」
「大丈夫か?」
魔王はすぐさま目線を合わせて、怪我をしていないか聞く。
「止まれ」
魔王がそう言った瞬間、泥棒は金縛りにあったように止まる。
動きたくても、動けない。そんな感じだ。
魔王は、もう一つアイスを買って戻ってきた。もともと持っていたアイスよりも一段多い三段アイス。それを渡すと、擦りむいた箇所に回復魔法を使い、直し、Tシャツの汚れを取っていた。ついでにアイスがぶちまけられている道もきれいにする。
魔王は、「もう泣くな。いっぱい食べて、勉強して、大切な人を守れるような魔族になるんだぞ」と言って、男の子の頭を撫でる。
その後、男の子の両親が駆けつけてきて、魔王にお礼を言っていた。
「さて、お前はどこのものだ?」
「……」
「体は動かないだろうが、口は動くはずだぞ」
ずっと止まったままだった、泥棒に魔王が聞く。しかし、泥棒の口は閉じられたままだ。
魔王は、泥棒が盗んだらしきものを悲鳴を上げていたお嬢さんに見せて確認してもらい、返す。
「お前、この国の国民ではないな。聞き方を変えよう。お前はどこの国のものだ」
「……」
「雪の国だな。今年は冬が長引いていて凶作だった。そのため生活費に困って、うちの国で盗みを働いた……で合ってるか?」
「……」
泥棒はなにも言っていないのに、理解したように言う。
その通りらしく、泥棒は青い顔をしていた。
魔王はため息をつくと、「あの糞野郎」とつぶやいた。
「とりあえず、この問題が解決してからだが、そんなに困っているなら、うちの国に働きに来ると良い。なに、お前が家族を養うための金を稼げるまでくらいなら、面倒見てやる」
そして「こいつに何か温かい飯を頼む」と言って騎士団に引き渡す。
騎士団は魔王のこの姿に慣れているようで、普通に対応している。
「お前こそ……、誰なんだ? なんでこんなに……」
「気にするな。それより、しっかり飯食って、これからどうするかを考えておけ」
ニカッと笑っていう、魔王を見て、泥棒も驚いた顔をして笑った。
勿論、この騒ぎに周りに人が集まってきたけれど、この国では助け合いは基本のようで、特に怪しまれることもなく。
……その後もいろんなところを見て回り、お店につく。
「カレー専門店 像?」
「ああ、俺のおすすめだ」
お店に入ると、アジアンテイストの店内に、海っぽいアイテム。そしてカレーの匂いが充満していた。
店主が「いらっしゃいまぁせ」と癖もあるが流暢に言う。
魔王から、シーフードが大丈夫か聞かれたので大丈夫だと伝えた。
「シーフードカレーを2つと、食後のコーヒーを頼む」
「かしこぉまりぃましたー」
そういえば、メニュー表が読めないことに気づく。王宮の文字も、町の文字も読めていたのに。
そのことを魔王に聞いてみると、
「これは紅玉皇国……、通称先端の国の言語だからな。我が国の言語はスキルで最初から変換されていたんじゃないか?」
と言われた。
でも取得した覚えはない。
「あるんだ。誰にでも最初から持っている基礎スキルが。ほかにも、唯一無二の自分だけのスキルのユニークスキルなどもあるな。スキル一覧を見てみたらどうだ? ステータスで確認できるぞ」
「ステータスの確認方法……、知らない」
「ステータスと詠唱して、手をスライドするだけだ。どっちの手でもいい。ちなみに自分以外見れないから安心してくれ」
なんかゲームみたいだな……と思いながら、「ステータス」と言って確認する。
[サチ・キトウ Lv.測定不可能/魔王側召喚勇者(現在)
HP:100,000/100,000 MP:70,000/100,000
総スキル数:151 使用中スキル:言語理解 魔物会話耐性 魔力隠伏
スキル一覧: …………
取得済み魔法一覧:………]
うまく表示されていないところは……、黙っておこう。
めんどくさいことはごめんだ。
使用中スキルに、言語理解と書いてあったので、おそらくそれが最初から作用されていたのだろうと推測する。
「あっただろう? スキルを使えば、ほかの国の言語もわかるはずだ」
「スキル 言語理解」
おっ。読めるようになった。
ラサムスープにパッパル。飲み物欄には、ラッシーと書いてある。
ラッシー…ヨッシーの親戚かな。いや、冗談です。ヨーグルトの飲み物です。
自分でボケて自分で突っ込む。コミュ障陰キャだって、中身は普通のJKなんだから。脳内漫才くらいやりますとも。人とする勇気と技能がないだけで。
「そういえば、スキルは何個あったんだ?」
「えーと……、151個?」
「は!?」
固まってしまった魔王。私はなにやらやばいことを口に出してしまったようだ。