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第六話 これから始まる異世界生活

 気が付くと、私の部屋の天井が見えた。

 当たり前のように起きて、学校に行く準備をする。

 洗面所に顔を洗いに行くと、鏡に映るのは作り物のように整った、生まれた時から見慣れた顔。

 髪を整え、歯を磨き、全身が映る鏡には黒髪ロングに黒いセーラー服に赤い三角タイの制服姿が。

 朝ごはんは面倒だから食べない。その代わりできるだけ長く寝る。

 

「行ってきます……」


 誰もいない部屋に、つぶやいた程度の声が響いて。

 独りで学校まで短い通学をして。

 授業も真面目に受けて。

 休み時間中は、他人ひとに話しかけられたくなくて、本を読んだり、寝たり。

 友達が欲しいのに、他人ひとに話しかけられるのが、怖くて、空気になって。

 お昼はクラスに居づらいから、最初は学食で食べようとするけれど、それも耐えられなくなって、人の来ない北校舎の階段で学食のパンを食べる。

 部活は帰宅部。部活に入ろうにも、見学の時点で入ってはいけない空気を身で感じてしまった。

 帰宅時によるところもなくて、まっすぐ家に帰って。

 ドアを開けた瞬間に安堵(あんど)の息を吐いて。


 「ただいま……」


 晩御飯は適当にあるものを食べる。

 シャワーだけでお風呂は済ませて、課題と予習をして。

 布団の上でゲームをするときだけが幸せ。


 徐々に視界がぼやけていく。

 ああ、今日が終わる。きっと明日も明後日もこんな風に終わるのだろう。

 生まれた時から、灰色の世界のまま。灰色の世界の中で、やがては死ぬ。

 私は、死ぬために生きているのか、生きるために生きるのか、よくわからない。

 物心がついたとき、私は孤児院にいた。

 その後、養父や養母が引き取ってくれたけれど、幼い記憶は残酷(ざんこく)だ。孤児院の記憶が、うっすらでもあるせいで、私は一度も親を、家族と認識できたことがない。

 他人よりは話易いけれど、それでも安心はできない。

 このまま、独りぼっちで、生きていく。それしか、見えない。





 ……。


「っ夢……?」


 朝日が眩しい。

 カレンが、やっと起きたか…という顔をして隣にいる。

 ああ、そうか。昨日は、おいしいオムライス食べて、勇者が来て、魔王たちと一緒にご飯を食べて。結構五大幹部とも打ち解けたんだった。

 確か、最終的に男どもとカレンが飲み続けてべろんべろんに酔って、昔話を始めて、呆れた私とリーナだけ先に部屋に帰ったんだっけ?

 目の前でたわわな果実が揺れる。朝からカレンは元気いっぱいだ。


「おはよう~! なんかうなされてて起こしづらかったんだけど、魔王様が待ってるから早く行こう」

「おはよう。待ってるってどういうこと?」

「魔王様が一緒にご飯食べようって。みんなで食べたほうがおいしいから!」


 朝ご飯……。昨日のご飯を思い出すだけでお腹が空く。じゅるり。

 

「でも、今日の洋服どうする? 昨日のは洗濯しちゃったよ?」


 なぜか、私の頭には、いつもなら着たくもない服が浮かんでいた。

 

「来た時に着てた服を着ることにする。どこにあるの?」


 カレンはちょっと考えていたが、思い出したようで手をポンっと叩いた。


「ちゃんと洗ってクローゼットの中に入れてあるよ!」

「わかった」


 ベッドからぴょんっと降りて着替える。そして鮮血のように赤い三角タイを最後につけながら考える。

 まだここに召喚されて三日なのに、私はこの世界に慣れ親しんでいる。

 もしかして、帰りたいって思わなかったのって、元の世界よりもこっちの世界のほうがあっているということを本能的に感じていたのだろうか?

 だとしたら、私の本能よ、誠に感謝致します。

 夢を見て確信した。私は、ずっと逃げたかったんだ。あんな世界から。

 昨日この世界でいると決めたから、実質今日からが異世界生活。


「今日から自由気ままに過ごして、人生楽しんでやるっ……!」


 ぼそっとでた言葉に自分でも驚いた。

 おかしいなぁ。私、変にポジティブシンキングだ。まあ、楽しいからいいか。


「もう私その服の着せ方覚えたよ! 明日からは私がお着替え手伝うからっ!」

「お願いだから、服くらい一人で着させて…」


 着替えて食堂に行くと、朝ごはんがすでに並んでいた。

 白米に味噌汁に目玉焼きにベーコン、サラダ……。


「日本の一般家庭の朝ごはんですか?」


 思わず突っ込んでしまう。けど、おいしそうだ。

 奥から魔王が現れた。朝だからか、いつもの黒い服ではなく、シャツにズボンというラフな格好。

 なんか頭が濡れてる。お風呂上り?

 

「おはよう。さっちゃん。今日は初日の服装なんだな」

「あ、はい。おはようございます……。何時起きなんですか?」


 今、八時なんですけど。

 魔王は元気いっぱいだ。昨日あんなに酔っていたのに。二日酔いとかよく聞くけど、魔王にはないのだろうか。

 

「さっちゃんは相変わらず質問が唐突だな。朝五時半起きだが?」

「七十代のおじいさん!?」

「何が言いたいのかわからないのだが。まあ、早朝の鍛錬(たんれん)もあるし…、シャワーも浴びなければならない。公務に、朝飯を作るのもあって、別に時間が余ることはないぞ」


 レベルカンストなのに、鍛錬って。しかも朝ごはんを作るって…。

 額に手を当てながら、気が付く。

 ということは…。


「これ、魔王作なんですか!?」

「そうだが……、なにか苦手なものでもあったか? 好き嫌いはだめだぞ」

「いや、そうじゃなくてですね。……ちなみに目玉焼きは?」

「半熟だ」


 まあ、細かいことはいいや。目玉焼き半熟だし。

 その後、城にいる五大幹部も食堂に来て、みんなでテーブルを囲む。

 豪華なテーブルの上に、白米と味噌汁…。シュールだ。

 全員でいただきますと言って食べ始める。

 素朴でおいしい…。これぞ朝。


「さっちゃんは今日何をする予定なんだ?」


 そういえば何も考えていなかったことを思い出す。


「私は……。魔王やみんなは?」

「俺はいつも通り公務だな」

と仕事大好き魔王。


「私は、さっちゃんと一緒にいるのが今の仕事だから」

 と当たり前のようにいうカレン。


「俺は魔王様のお傍で執事としての仕事だ」

 騎士団長としての仕事をする気がないキルト。魔王様命らしい。


「部屋で現在研究してる魔法について…」

 研究に行き詰っているらしく隣のカレンに愚痴っているリーナ。


わたくしは、魔王様の補佐ですな」

 と羽の生えたじじことベルゼブブ。


 どうやら私以外はちゃんと予定があるようだ。

 どうしよう。何しよう。


「さっちゃんは、なにかこの世界に来て気になったことはないのか?」


 魔王が口にご飯粒をつけたまま聞いてくる。

 食べ方綺麗なのになぜそうなるんだ。あ、ベルゼブブがそっと取ってる。


「気になること……そういえば」

「なんだ?」

「スキルとか魔法とかよくわからないから気になるかもしれません。あと単純に戦ってみたい」


 この世界なら、全力を出してみても大丈夫なんじゃないだろうか。

 ちょっと暴れてみたい。


「じゃあ、第三訓練場を貸してやるよ。うちの騎士団は使わない、関係者以外使用禁止の場所なんだが、ほかの訓練場とは強度が段違いだからな。俺とカレンが暴れても唯一壊れない」


 昨日の夕食ですっかり慣れて、タメ口なキルトがこんな提案をしてくれたおかげで、

「第三訓練場か……。あそこならあまり被害も及ばなそうだし、いいんじゃないか?」

 と魔王が言い、今日の私の予定が決まったのだった。


 朝ごはんを食べ終わって、第三訓練場にて。


「そういえば……。暴れ方知らない……」


 とてつもなく大きい訓練場を見て、今更気づいた。

 返答を求めてカレンのほうを見る。

 あれ? カレンの目が点になってる。なんで?


「あ、ほらっ! スキルとかについてよく知らないしっ!」


 なぜ私はこんな弁解みたいなことを……。

 お、カレンの顔がいつも通りになった。そして、「スキル 特定召喚ナンバーズ」というと、大きな魔法陣が足元に現れ、青い光と共に現れたのは、さっき一緒に朝ごはんを食べてた……。


「一体どういうつもり? 私が忙しいって知ってるはず」

「え~、でも来てくれたじゃん!」


 リーナだ。なんで、呼ばれてるの? 


「私は、カレンが教え方失敗して、訓練場が吹き飛びそうになっている可能性を考えて拒否しなかったんだよ」

「そうならないように事前に呼んだんだ~」


 リーナは、「はぁ」とあきらめたようにため息をつくと、こっちを向いて、話し始める。

 カレンがどこからか、ホワイトボードみたいなものを持ってきた。


「まず、スキルについてだけど、これはとても簡単。心の中で、こうなったらいいのに、こうなれと強く念じればできる。ただ、適性がなければできない。できるかできないかの判別はすぐにわかる。失敗って目のレンズに書かれるから。……ここまでわかったらやってみて」


 実際に自分の目を指さしながら教えてくれるリーナ。

 自動的にリーナの言った言葉が、ホワイトボードに書かれるから楽だ。それにしても本当にスキルは簡単だな。

 こうなったらいいのに……か。このままリーナに教わるのは悪い気がするんだよなぁ。


(世界の全てがわかるようになれ)


例外エクセプションスキル 世界の本棚ユグドラシルを取得】


 朱と金の光が目の端を通ったと思ったら、文字が流れてきた。

 例外エクセプションスキル……、おそらく普通のスキルではないのだろう。

 まあ、深く考えなくていいと思うし、使ってみよう。でも、これ、どうやって使えばいいのだろうか。

 急に目の前に新しい文字が流れてきた。


【例 世界の本棚(ユグドラシル)に我が名を持ってアクセス。○○のグリモワールをめくる】

【注 世界の本棚(ユグドラシル)は、覇者の欠片を持つものしか使えません】

【告 サチ・キトウは条件を満たしています。世界の本棚(ユグドラシル)を開放】


 どんどん目に流れてくる。速すぎてついていけないが、まあ、使い方はわかった。


世界の本棚(ユグドラシル)に我が名を持ってアクセス。スキルのグリモワールをめくる」


 つぶやくように言うと、本のようなものが現れた。

 どうやら手には取れず、周りにも見えていないようだ。


【スキル 強く念じることで取得できる技能系簡易魔法の一種。無詠唱で行うことも可能だが、攻撃型は言霊(ことだま)とする方が効果的。スキルにもランクがあり、0~100まである。現在、すべての所持スキルのランク100なものは、一部魔王のみであり、過去にさかのぼれば、原初の三柱みはしら、最古の王、覇者のつがいなども含まれる。ランクを上げるためには条件があり、スキル一覧にて確認できる】


 なるほど。だから、魔王は凄いって言われてたのか。もうすぐでほかの一部魔王に追いつくわけだ。


「……できた?」

「え、あ、うん」

「そっか。じゃあ、魔法とかはまた後でね。部下を待たせてる」


 本当に急いでいるようだ。さすがは宮廷魔術師筆頭。仕事の量も多いんだろうな……。


「ありがとう。ごめん」

「ん。いいよ、カレンのせいにするから。スキルは戦闘中に取得した方が速いから、そこのアホと戦ってみたら?」


 そう言い残すと、リーナは無詠唱で魔法を使い、魔法陣を一瞬にして描いて、そこから転移していなくなってしまった。しかも、転移した後に自動で使った魔法陣も消えた。

 無詠唱って結構すごいのでは? 

 ただのロリ妖精じゃないんだなぁ。

 なんてぼんやりと考える。


「ねえ、カレン。そういうことだか…ら…」


 振り向くと、カレンはたわわな果実を揺らしながら、待ち構えていたように準備運動をしていた。

 手加減…してくれるよね…?

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