第四話 勇者、来訪
「勇者が来るって……どういうことですか?」
魔王はわかりやすくため息をついていた。
さっぱり状況がつかめない。大変なことなのだろうか。
「……君が魔王側の勇者として呼ばれたように、人間側にもいるんだ。勇者ってやつが。……すまない、急がなければならないので失礼する」
そういうと、魔王は足早に執務室から出ていこうとする。
なるほど。その人間側の勇者に一度会ってみたい。つまりは同じ異世界人というわけだし。
会ってみることってできるのだろうか。
「あの……」
「フランケンシュタインに連絡はどうなされますかな?」
「あー、キルトに頼む」
羽の生えたじじは、補佐的な役割なのだろうか。明らかに焦ってる魔王をサポートしてる。
というか、フランケンシュタイン? ってあの人造人間? なんでこっちの世界にいるの? あの人架空上の人じゃなかったっけ?
考えている間に魔王は今度こそ執務室から出て行ってしまった。
言われた通りにカレンやキルトも仕事をしに行くので、私は執務室に一人。
誓約書にサインした通り、魔王は私の行動を抑制できない。ということで、ついていく。
決して、私は悪いことはしていない。断じてしていない。
魔王はかなり急いでいるようだったが、必死についていくと、謁見室についた。
魔王はそこの玉座に座る。
ばれないようにカーテンの後ろに隠れていよう。
と思ったが、あっさり見つかった。
「気づかれていないと思っているようだが、気づいているからな」
「!?」
魔王があきれたような顔でこっちを見てくる。
さすがに侮りすぎていた。魔王だったわ、この人(?)。陰キャの薄い気配ならばれないと思ったのに。
愛想笑いをしてごまかそうと思ったが、口角は一ミリも動いてくれない。
「愛想笑いはいいから、できれば勇者にはばれないように頼む」
「はい……」
なぜ愛想笑いをしているとわかったのだろうか。まあ、とりあえず大人しくしていよう。
ちょこんと、隅っこにいる私を見て、魔王は口を押えて笑っていた。
なぜ笑っているんだっ!
突然、魔王が顔を引き締めた。
その時、謁見室のドアが豪快に開く。
「魔王!!!! お前を倒しに来た!」
現れたのは、茶色っぽい髪だが、一目で日本人とわかる男子高校生。
いかにも勇者な恰好をして仁王立ちしている。
一瞬でわかる。この人、馬鹿だ。
そして、弱そう。
「倒される理由がわからないのだが」
大股でずんずんと歩いてくる勇者に、魔王が冷静に答える。
それが不服だったようで、勇者は顔を険しくさせた。
「しらばっくれるな! すべての悪はお前だ!」
「魔王だったらほかの国にもいるのだが。それに俺はなにもしていない」
へえ、魔王ってほかの国にもいるんだ。ここってどんな世界なんだろう。
そんなことを考えていると、勇者が剣を抜いて名乗り始めていた。
「俺の名は勇者 馬場 鹿太郎! お前を倒す男の名だ!」
ぶっ!!!
「あっははははははははははは」
馬場鹿太郎って……頭文字とったら馬鹿じゃないか! 親のネーミングセンスよ。いや、逆にセンスがあるからこの名前なのだろうか。それにしても……馬鹿太郎。ほんとに人の話聞かないし、馬鹿だし。あははははは。
思わず大笑いしてしまった。続きはギリギリ心の中で言えていたことが不幸中の幸いだろう。
しかし、気づいた時にはもう遅かった。
勇者はこっちをガン見し、魔王は頭を抱えている。
ごめん、魔王。
「あ、あの! 付き合ってください!」
突然、勇者が声を大にして叫んだ。顔が真っ赤だ。
はい?
意味が分からな過ぎて、理解ができない。
とりあえず、知らない人から声かけられるの怖い。
カーテンじゃ心細くて、魔王のマントをつかむ。
魔王は心底困った顔をしているが知ったこっちゃない。
嫌だ。嫌だ。怖い。怖い。
見てる分にはいいが、話しかけられるのは無理。
会ってみたいなんて考えていた数分前の自分を諭しに行きたい。
コミュ障は、そう簡単に治らないよ。異世界に召喚されたくらいで。
私がそんなことを考えていることなんて知るわけもなく、勇者はもう一度大声で言う。
「一目惚れしました! 付き合ってください!」
魔王が、「返事しなくていいのか?」とひそひそ。
お願いだから、もう代わりに答えて。無理だって。
顔はそこそこだが、馬鹿太郎な時点で無理だし、初対面ということもあってもっと無理。
確率0%。
ごめんなさい、無理です。永遠にさようなら。
とりあえずブンブンと横に首を振る。
すると、勇者は一瞬真顔になった後。
「は! そうか! あなたは魔王に誘拐されているんですね! だから、無理なんですね!」
一人で悩んで一人で解決した。しかもよくない方向で。
どこからどうしてそうなった!?
意味が分からない!
魔王なんて、目が点になってる。もちろん私もだ。
「あのゲームでも姫は攫われてたもんな!」
待って、某配管工ゲームの桃姫と一緒にしないでくれ。
どうしよう。誤解を解こうにもなんていえばいいのだろうか。
わからない、わからない……。
魔王なんとかしてってば!
しかし魔王はなにやら悟った顔で黄昏ている。
ああ、もう!
「魔王! 勝負だ!」
そういわれて、やっと魔王は悟りから帰ってきた。
アルカイックスマイルのまま。
そして、勇者の言葉にハッとする。
「俺は攫っていな……いや、しかし、手違いとは言え、元の世界から誘拐したようなものだ……。俺は、俺は自首するべきなのだろうか?」
「いや、私に聞かれても」
そんな話をしている間にも、勇者は「うぉーーーーーー」とか言い始めた。
ちょっと待ってよ、馬鹿太郎。
魔王が私の周りに無詠唱で結界を張る。
「スーパーハイパーウルトラミラクル……」
本日二回目の目が点だ。
何その糞ダサ技名。無駄に長いし、意味変だし。
魔王は、見慣れているという顔で玉座から降りて、勇者の前まで行った。
勇者が、高く飛んだかと思えば、魔王の後ろで剣を振り落とそうとしていた。
しかし、それをいとも簡単に魔王は素手で受け止める。
そしてそのまま勇者の剣に蹴りをいれ、叩き落す。
起き上がったところで魔王は手を下にかざして唱える。
「スキル 黒炎シールド」
ちょうど黒炎のシールドが現れたところに、勇者の拳が当たりそうになる。
しかし、ギリギリ寸止めのところで止めた。
「スキル 気絶トラップ」
今度は指を鳴らすと、床がいくつか光った。
これは魔王が圧倒的に強い。
その後も、馬鹿太郎の単調な攻撃を魔王は受け流す。
いや、受け流すように見えて、誘導している。トラップの場所へ。
さすがに勇者も劣勢なことに気づき、焦り始める。
「ユニークスキル 神の加護!」
勇者が眩しい光に覆われた。
その後真上に飛ぶと、さっきよりも高く、何より速い。
身体強化系のスキルらしい。
「大魔法 生命の光!」
剣が光を帯び、ひどい切れ味を生む。
空中で勇者は一気にそれを振り下ろした。
が。
「我が魔力を糧として、この場に大いなる自然の加護を。 黒炎防壁」
勇者の大魔法は、黒い壁にすべてを止められ、彼自身、着地したところはトラップの場所だった。
勇者は気絶し、魔王は指を鳴らしてトラップを解除した。
黒い壁も魔王が拳を握っただけで跡形もなく消えた。
「お見事ですぞ、魔王様」
どこからか、拍手が聞こえたので振り返ると、そこには羽の生えたじじがいた。
にこにこと笑っている。
「そんな過大評価しなくていい。大体わかっているだろう、この程度造作もないことくらい」
「知っていますとも。それでも、褒めずにはいられないのがじじいの性分というものですわい」
などと冷静を装いつつも照れている魔王。
律儀に、馬鹿太郎の気絶以外の怪我を治している。
「それより、フランケンシュタインはまだか? 」
「い~ま、きましたよい」
またもや後ろから声が聞こえる。
振り返ると、そこには人造人間……ではなく普通の白衣を着たおじいさんがいた。
手には怪しげな薬品を持っている。
「ちょうど持ってきましたよぃ。忘却薬」
「ああ、ありがとう」
怪しげな薬……フランケンシュタインが持ってきた忘却薬を丁寧に飲ませ、
「ベルゼブブ、ヴァンパイヤ宅急便に頼めるか? 」
「御意」
という会話をして、事前に持ってきていたらしい段ボールに勇者を入れて、伝票を貼ってカレンに渡していた。
人を段ボールに入れるという行為は置いておいて、ずいぶんと手馴れている感じだ。
どういうことなのだろう。
突っ立ったまま考えていると、魔王が
「さっちゃん、急に戦闘がはじまって驚いただろう。詳しいことを話そう」
と言ってきた。意味不明でよくわからないので、ぜひそうしてもらいたい。
あと、あの馬鹿太郎についてもう少し知りたい。
「ぐぅー」
空気を読めない私のお腹の音が響く。恥ずかしい……。
思わずお腹を押さえて赤面している私を見て、魔王は吹き出すように笑った。
「夕飯でも食べながらにしよう」
気づけばもうそんな時間になっていた。