第三話 絶品オムライスとロリハーフフェアリー
食堂につくなり、カレンは厨房の方へ消えて、どこからともなく「料理長! ちょっとでいいから毒見させて~~!」という声が聞こえてきた。
と思ったら、とてつもなく大きいオムライスを持ってすぐに戻ってきた。口にケチャップつけて。
おそらく、毒見にかこつけて味見分をつまみ食いしてきたのだろう。
「さぁ。たんと食べてね!」
ドンっと、カレンが音を立てておく。食べきれるだろうか……。
ああ、でも、美味しそうな匂いが鼻を抜けた瞬間のお腹が空いていることに対する喜びが。
まずは、一口。
……。
美味しい。思わず心の中でも黙ったくらいに。
もう、とろっとろでふわっふわな卵の甘さと旨味のつまったデミグラスソースのハーモニーよ。
シルク鳥の卵なんて、初めて食べたけど、これは良い物だ。味が濃厚且つなめらかな舌触り。
あと、ケチャップライス美味しい。柔らかすぎず硬すぎず。
「美味しい?」
「うん」
もうコクコクと頷いちゃうくらいに。頭もげそう。
「嬉しいな~。料理長、美味しいって言ってたって報告したらきっと喜んで今日の賄い豪華にしてくれる!」
「喜ぶのそこなの……」
ちゃっかりしてるというか、なんというか。
そっか、料理長が作ってくれてたのか。
お腹空きすぎてたのが幸いして、ペロッと全部食べられた。
勿論ケチャップや、デミグラスソースは口についてない。
「じゃ、戻りましょう! あ、でもちょっと寄っていきたい所あるんだ。寄ってもいい?」
「別にいいけど……」
どこに寄るのだろうか。
とりあえず、そのままついていく。カレンの歩幅が大きいせいで、ちょこまかとついて行かなきゃならない。疲れる…。
随分と奥まで進むと、カレンが一つのドアの前で足を止めた。
「リーナいるー? おーい! リィーナァー!」
突然の大声に耳をふさぐ。
うるっさ……。鼓膜破れそう。
「うるっさいな。いるよ! ここに!」
「そこにいたんだ~。気づかなかった! 小さすぎて」
「毎回毎回、同じネタされても気分悪いんだけど」
声の聞こえる方へ目線を落とすと、フードを被ったゆるゆる金髪ジト目がいた。
太眉でおばあさんがしてるような小さい眼鏡を鼻にのせた、百二十センチくらいの女の子。
よく見ると後ろにうすーく羽が見えるのは気のせいだろうか。
「さっちゃん! このちっちゃいのはハーフフェアリーのリーナ!」
「ちっちゃいは余計だ。……この子があの手違いで召喚されたっていう人間の子?」
「そうそう! ってなんで知ってるの?」
「魔王様から、文献について調べるように言われたから知ってる。相当焦ってたし、しょぼくれてたよ。……それで何の用?」
別の書類に目を通しながら、器用に会話をしている。
どうやら、私のせいで仕事を増やしてしまったようだ。申し訳ない。
だが、魔王のせいなので怒るなら魔王に向かって言ってくれ。
それにしても、謎の薬草を乾かしているものに、魔法陣、大鍋に大きい本棚、奥の方にある机には数式がびっしり書かれている。いやー、これはゲーム好きとしてそそる。
「そろそろ魔素コーティング終わったでしょ? 棘棍棒取りに来た!」
「あー、あれね。早く持って行ってよ。私だと重すぎて動かせなくて邪魔でしょうがない」
魔素コーティング? またRPGみたいな用語が……。
「あ、魔素コーティングっていうのは……。あれ? なんだっけ?」
「魔素干渉ができる者にしかできない。空気中の魔素と自身の魔力の結合で対象物の行動の制限、加護、力を付与すること。ちなみにそこのアホには、相手の体液の瞬時蒸発と身体能力上昇の加護、あと重力抵抗を付けた。コーティングするためには、付与者の魔力も時間も消費する必要がある」
なるほど。つまりは、ゲームのジョブで言うと魔法使いしかできないのか。
おそらく部屋からしてわかるけど、間違ったらいけないし、一応聞いておこう。
「ご職業はなんですか?」
「……随分と急だね。そういえば、自分からは自己紹介してなかった。私は宮廷魔術師のハーフエルフ、リーナ・ホワイト。一応ハーフエルフだけれど、それは半妖精がすべてハーフエルフと称されるだけで、実際はフェアリーと魔法使いのハーフだから。知り合いにはハーフフェアリーって認識されてる。これからよろしく」
「あ、はい……。よろしくお願いします。いや、でも、私、この世界に居続けるかはわからないんですけど」
そう言うと、リーナさんは苦い顔をした。
ちょうど奥の方にあったアンティークな電話が鳴る。
リーナさんがその電話を浮遊させて、こっちに引き寄せて電話に出る。どうやらコードレスのようだ。何を可動源としているのかよくわからないな。
「……はい。ああ、ちょうどいますよ。ここに。ああ、仕事はしてます。一応。なるほど……、早めに簡潔に丁寧にしっかりと話してくださいよ。これ以上面倒ごとは御免です」
そういうと、乱暴に受話器を置いた。この人、何時間睡眠なんだろう。よく見るとうっすら隈が。
リーナさんが、ため息をついた後、あきれたような声色で
「カレン、魔王様が呼んでる。魔法陣使っていいからさっさと行って」
と言った。
ついに帰れるか、帰れないかわかったようだ。ただ、嫌な予感しかしない。
まあ、ちゃんと話を聞いてから、にしよう。
「りょうかーい」と言って、本とか試験管とかが落ちてる部屋をずんずんと進んで行くカレンについていきながら、魔法陣の上に立つ。
「準備できたよー」
「自分でやって。私は私の仕事に戻る」
「えー」
「私の魔力残量が少ないのは誰のせいだと思ってるの?」
ふくれっ面のカレンは、わかりやすくため息をつくと、屈んで魔法陣に手を当てる。
「我が魔力を糧として、機能せよ。転移」
魔法陣が青い光を放った瞬間、視界は反転し、時空の歪みを感じた。
目に映るのは【スキル 時空耐性を取得】という文字と執務室と書かれたドア。
「ついたよ。入ろう! 」
「!?」
いつの間にか目に映っていた文字はなくなっていて、カレンの言葉で意識が現実に戻る。
カレンは、上品に静々と分厚いドアをノックする。どうやらちゃんと仕事モードに戻ったらしい。
「カレンでございます。さっ…。サチ様をお連れしました」
扉の中から「入れ」と聞こえてくる。
「失礼いたします」
入ると、前に豪華なソファーとローテーブル。後ろに机と椅子、横に資料や本がずらりと並べられていた。
魔王は、難しい表情をしてソファーに座っている。
「突然呼び出してすまない。カレン、お茶を頼む」
「かしこまりました」
カレンは執務室の中まではゆっくりと歩いていたが、執務室を出た途端猛ダッシュで走って行った。
「その…、あの…、今後のさっちゃんに関する話なのだが…」
話を切り出した時だった。廊下からよく知っている声とよく知っている声と似た声がいがみ合っている会話が聞こえてきたのだ。ああ、殴り合ってる音も聞こえる。
魔王は、「失礼」と言って立ち、慣れたように二人の鬼の首根っこを掴んで戻ってきた。
一人はカレン、もう一人のカレンと似たような声の持ち主は、顔立ちもよく似たカレンより赤っぽいオレンジの髪に赤い目に一本角の鬼神の執事だ。身長が高く、角が前髪の分かれ目となっている。
「魔王様……! これには深い訳が……」「兄ちゃんが悪いんです!」と二人は言い訳をしながらあわあわしている。
「そうか……。今日の深い訳はなんだ?」
「「どっちが魔王様にお茶を持っていくかです!」」
なんて、しょぼい。
そんなしょぼいが、二人にとっては深い訳らしい問題に魔王が真面目に悩んだ結果。
「わかった。これからはクッキーも頼むから、クッキーをキルト、お茶をカレンが頼む」
ということになった。
真面目に考える魔王も魔王だ。何この平和な空間。周りがぽわぽわしてるよ。
おそらくカレンの兄がこっちを振り向いた。
「あ、どうも。お騒がせしてすみません。さっ……」
「さっちゃんでいいです」
なんかセット化してきたな。魔物、さっちゃん呼び好きなの?
「俺は魔王様付き執事のキルトです。ついでにこのアホの兄です。妹が粗相をしてしまいすみません」
「いえ…別に」
後ろでカレンが「アホって何よ間抜け兄貴!」ってめっちゃくちゃ抗議してる。
ダメだ。思わず笑いそうになる。
「ゴホン! ……話を再開していいか?」
「「すみませんっ!!」
「どうぞ」
それにしてもこの鬼神兄妹はよくハモるな。ハモるたびにつねりあったり足踏みあったりしてるけど。
魔王はもう一度ソファーに座り直して、お茶を一口飲んだ後に話を再開した。
「結論から言わせてもらうと、さっちゃん、君が元の世界に戻るのは難しい。というか、無理と言った方がいいかもしれない」
「どうしてですか?」
「細かく説明すると、戻れることは戻れるが、戻ったところで向こうで生活ができないし、すぐに死んでしまう。君はもうこの世界の時間軸に適応してしまった。調べによると、向こうの世界より、こちらの世界の方が時間の流れが速いらしい。もちろん、こちらにいる限り、感覚的には何の違いもないが。つまり、君が戻ったとしても、人よりも時間感覚が早く、肉体も早く年を取ってしまうということだ」
魔王は大変なことを口にした。
情けないような申し訳ないような、そんな顔をしながらも、言い切った。
けど、それに困っていない自分がいることも事実だ。
「本当に申し訳ない。帰すことはできないが、何かしたいことや保障してもらいたいことは言ってくれ。できることはすべてしよう。約束する」
そう言いながら、魔王が誓約書を出してきた。案外ちゃんとしている。
ショックだけど……、わかってました……というあきらめもあるわけで。
「衣食住と、誤解を解くという件に対して強要しないという保障を下さい」
「もちろんだ」
「あと、行動を抑制しないこと。危ない目に遭わせないこと」
「わかった」
これで痛い思いして死ぬとかそういうことはないな。多分。
「これでいいです」
「え!? いいのか? これだけで。怒って俺を殴ったりとか……」
「しませんよ。それに、正直に言うと召喚されたときはびっくりして早く帰せくらいに思ってましたけど、よくよく考えたらそこまで帰りたい理由があるわけじゃないんです。好きな作家の作品は終わっちゃったし、ゲームは全クリしたばっかり、学校は行くの苦痛なだけだし。元々学校に行ってたのはいい大学に行って、いい会社に就職して、養母や養父を安心させるためで、私自身何も目標とかなかったので。人付き合い嫌いだし、だったら人間より話しやすい魔物と一緒に過ごした方がいいです」
一気にしゃべって疲れた。けど、独りぼっちで、人付き合いのできないまま向こうの世界にいるよりは、こちらの世界で楽しくやっていた方がいいかもしれない。本気で昨日の夜、そう思った。
「そうなのか……。わかった」
魔王はさっきとは別の悲しそうな顔をしてから、誓約書にサインした。
こうして話がまとまった時だった。
執務室に、初日にもいた羽の生えたじじが駆け込んできた。
そしてこう言う。
「魔王様、勇者が来ました」
「なん……だと……」
どうやら魔王城に勇者が来たようです。