第二話 鬼神巨乳メイドのカレン
「起きて下さいっ!」
大きな声によって、私はノンレム睡眠から引っ張り出された。
うーん。うるさい……。睡眠妨害は立派な犯罪だ……個人的に……。
「おーきーてーくーだーさーいー!!」
「あと五時間……」
「あと五時間ってなんですか!?」
蒼い霧のような素晴らしい惰眠の海に再び潜ろうとしていた私は大きな声によってまたもや叩き起こされた。
「おはようございます、さっ……。ゴホン。サチ様」
「おはようございます……誰?」
額から生えている二本の大きな角。
オレンジ色の緩く二つに結ばれた長い髪。
ぱっちりとした海色の目とクラッシックなメイド服。
あと巨乳。巨乳。巨大な乳と書いて巨乳。羨ましい。半分くらい分けてくれ。
嗚呼、羨ましき巨乳。思わず自分の貧相な上半身を見る。
巨乳は別として、ほかの要素で考えると、多分…鬼?
「魔王様付きメイドの鬼神 カレンでございます」
はぁーー。魔王様付きメイドねー。
「さっ……。ん゛ん゛。サチ様。魔王様から、バスルームにご案内するように仰せつかっております。こちらへ」
さっきからさっちゃんって呼びかけそうになってるよね。絶対。そうだよね?
二度寝できてなくてぼやーっとした頭で物事を考える。ストレートなおかげで寝ぐせはつかないはずなのに、頭が重い。
寝たい。
「もう少し寝ちゃだめですか?」
「行きますよー」
強引に抱えられた……。正直言って人に触られるのは好きじゃない。陰キャの自己防衛本能なめんな。
じたばたと抵抗するが無意味なようだ。
異世界系特有のスキルなどをまだ覚えていないからというのもあるだろうが、さすがは鬼神。力強い。
「おろしてください」
「わかりました。ただし、迷子にならないでくださいよ」
「はーい」って何故? 何で私が方向音痴なことを知ってるんだろう?
疑問が浮かぶ。
私が方向音痴なことを知っているのは、里親と唯一の友達くらいだ。
……いや、ただの私の勘違いか。ここ広そうだし。小ぎれいだから忘れてたけど、ここ魔王の城だし。
とりあえず黙ってついていくが、いろんなものが置いてあって、つい周りをキョロキョロしてしまう。
途中に中庭もあった。綺麗に植物が植えてあって、ガゼボもある。
それにしても日光まぶしい。魔王の城ってRPGだと夜で薄暗いイメージあるけど、ここ普通の土地じゃん。ああ……HPが減っていく。
「さ。……サチ様。バスルームはこちらでございます」
「もういいです……さっちゃんで」
はい。魔物の中での私の名前さっちゃんに決定…。
魔物って案外馴れ馴れしいな。調子が狂う。
あの魔王といい…このメイドといい……。
そんな風に考えながら脱衣所からお風呂のほうを覗く。
うわ。浴槽大きい。大理石だろうか? これを一人で入るとか異世界どうなってるの?
「あー、えっと……」
ダメだ。名前忘れた。だから、友達出来ないんだよなぁ……。
自分でズーンと落ち込んでいると、相手の方から名前を教えてくれた。
「カレンです」
「カレンさん。いつまで、ついてくるつもりですか? 」
「バスルームの中までですが?」
「着替えづらいです」
女同士とかそういうのじゃなくて、普通に人に見られながら着替えとかやだ。
待て……バスルームの中まで……ということは裸見られるということだ。
想像したら思わず縮こまってしまう。
「お着替えも私がやらせていただきますので、ご心配なく」
「いや! そのっ……、抵抗が……!」
「はい?」
そういうと、カレンの笑顔の方向性が少し変わった。
ひっ。怒ってる。多分怒ってる。あ、そうか。今のところお客様だから……確かに貴族とかって着替えを手伝ってもらって、お風呂で洗われてるイメージある。
「着替えだけは……、ドウカゴカンベンヲ」
「わかりました」
しょうがないという感じの顔をして諦めてくれたようだ。
日本人にヨーロッパの貴族の気持ちは理解できない。向いてない。
ここはヨーロッパじゃないけど。いや、西洋風の異世界だけど。
その後は体をゴシゴシ洗われて……。つるピカにされた。
ゆっくりお湯につかりながら、そういえば召喚された勇者だってことを思い出した。
本当に帰れるのだろうか。
帰れなかったとしても、あの魔王だ。誤解解消を行うことに対して無理強いはしないだろう。
正直、ものすごく帰りたいってわけじゃない。将来の目標とかないし、帰っても人と喋れないままだし。それに……帰りたいという思いより、ここにいなくてはならないって思いの方が大きい。
なぜかはわからないけど。
ただ、帰れないことで元の世界の人に迷惑かけてしまうのは申し訳なさすぎる。
けど、もう二度と戻れないっていうんだったら、知ったこっちゃない…とも思ってる。
「カレンさん。あの……」
「カレンで結構ですよ」
「魔王って今頃何してますか?」
時間見つけて戻れるのかどうか結果聞かなきゃ。
そう思って尋ねる。
「魔王様は……、今頃……公務をしてます」
「空いてる時間って……」
「今日は調べ物でしょう……。通常は剣と魔法の鍛錬か、個人的に城下町や地方の村の視察、おやつの時間にお土産の試作品の試食……などですね」
「はぁ……」
急に言葉が途切れ途切れになったが、なにかあったのだろうか。
笑顔ですらなくなっている。
いや、それにしても魔王……。本当に魔王なの? いや、人間でもなかなかいないくらいの良い王様。そもそも魔王ってなんだっけ?
王としての威厳がないのはあれだけど…。
いつ聞きに行けばいいのやら。
急にカレンが握りこぶしと共に怒りだした。
「まったく…いつも私や、兄ちゃん、リーナで言ってるんですよ。休めって。なのに、仕事ばっかりして、自分が発案して定めた労働基準を自分が守らないなんて!」
どうやら堪忍袋の緒が切れそうだったらしい。
あれ?最初は気が強いが、しっかりしたメイドだと思ったのに、結構元気っ子だ。しかも絶対この人魔王大好きって感じの人だ。
怒りでシャツのボタンが取れそうになっている。たわわな果実が今にもはじけそう。
「そう思いません??」
「アー、ソウデスネ」
何かさらに思い出したらしい。さっきから洪水みたいに愚痴ってる。
触らぬ神に祟りなし。適当に反応しておこう。
あと……。
「あの、敬語じゃなくて、大丈夫です」
「あ、え? そうなの? じゃあ、お言葉に甘えて! 気軽にカレンって呼んで!」
「あ、うん…」
百八十度変わった口調。上品な笑顔が、元気いっぱいに。
どこいった、しっかりした巨乳メイド。軽っ。やめていいって言ったのは私だけど、軽っ! いいの??
脳天気魔王と元気っ子巨乳メイド……絶対魔王城関係者キャラ濃いでしょ。
そのまま愚痴を流しながら、お風呂から出た。バスローブなんて初めて着た。
また歩いて部屋まで戻る。どうやら、この後着がえたら食事が用意してあるらしい。
今日の予定を話してた時だった。
突然壁をなにかがすり抜けてきた。
「あっ! カレン。その人誰?」
「ボニー……。さっさと冷蔵庫戻りなよ。保冷機能が利かなくなるでしょ」
「ちょっ!! 道具じゃないんだからさー!」
すり抜けてきたのは、多分同い年くらいのちょっとデブな男子。まるで黒豚みたいだ。
よくわからない単語の羅列。さっぱり理解できない。
冷蔵庫? なに? この人だれ?
「さっちゃん、ごめんね。こいつはボニー。名前は……、しらない。うちの城の冷蔵庫ゴーストなんだけど、最悪なことにセクハラで、きもいから気を付けて」
そういいながら、カレンが腹パンしてる。そのボニーとやらは「ちょ! 痛覚はあるんだけど! やめろよ、この暴力女」って言いながら痛がってる。
すり抜けている拳に対して痛がっているゴースト。シュールだ。
というか日を浴びていいのか…ゴーストなんでしょ。
「うん。保冷機能ってどういうこと……?」
「あ、そうか。さっちゃんは異世界人だから知らないのか。一家に一台。冷蔵庫ゴースト。ゴーストは生前の強い思念が集まってできるものなんだけど、本来は日光を浴びてたら生きてられないから、暗い場所にいなきゃなの。魔界の冷蔵庫には、必要な分の暗闇を溜める機能があって…」
「つまりは冷やす代わりに、場所を提供してもらうってことー」
「ボニー! 人が説明してるときに割り込まないでよ!」
なるほど。利害の一致か。おかしな世界だなぁ……ここ。
一人で雑な解釈をして、一人で納得する。
セクハラで、きもい……ねぇ。確かにさっきから妙に視線感じるし、冷たい視線で返しても逆にぞくっとして喜んでるし、常時笑顔がきもいけど……。
「じゃあ、もう行くから! さっさと冷蔵庫戻らないと消えるわよ!」
「へい、へーい」
そのまま歩いて部屋まで戻る。それまで、カレンはずっとボニーがどれだけキモイかについて教えてくれた。
部屋に戻って、クローゼットを開ける。
……なんか、異世界みたいな服ばかり。
とりあえず、白いシャツと黒いロングスカートを選ぶ。これが一番異世界っぽくなかった。
けど…。
「すごく……悪役っぽい」
「言わないで……」
もともと黒髪で釣り目っていうのもあるけど、まさかここまでとは……。
これで他の服選んでたらどうなってたんだろう。
ちょうど、十二時。さすがにお腹空いた。そういえば一昨日からロクなもの食べてない。
「さて、着替えましたし、お昼食べに行こう!」
「お腹……空いた」
「はい! 今日のお昼はオムライスですよ~。シルク鳥の!」
「シルク鳥……?」
「美味しいよ~。なめらかで~。今イチオシの品種~~!」
じゅるり。
お腹がなりそうなところを必死に我慢する。
というか、この世界にお米あるということか。私はパンの方が好きだけど。
でもオムライスは別だ。私の大好物。あぁ。とろとろオムライス。
「きっと、好きじゃないかなーって思ってたんだ」
「当たり」
「ふふっ。よかった~」
久々に表情筋動かすのつらいけど、多分今私笑顔だと思う。