第一話 召喚された私と召喚した能天気魔王
「ふぁぁぁぁぁ……。今何時? よく寝た。今日学校あったっけ? 遅刻!? ……というか、ここ、どこ?」
布団にしては固すぎる感覚で、私は目を覚ました。
いつもより多く寝ていたような感じで、頭がクリアだ。
証拠に朝から独り言が饒舌。
もしかして寝過ごした?
とりあえず、自分を見ると、制服のまま寝てるから、学校はあるようだ。
確か、昨日の夜は夜更かしをしすぎて、深夜テンションのまま、長く寝ていられるように制服に着替えて寝たことは覚えている。
なんてアホなことをやらかしたのだろうか。制服にしわがついている。
そんなことを考えながらようやく顔を上げると、知らないところにいた。
何? この薄暗いけどなんか怪しく光ってる部屋。
何? この頭に角生えてる人(?)。
ここどこ? 日本……じゃ絶対ない。
「へ?」
いや、確かに私はオタクだよ。しかもボッチで陰キャ。けど、けど、けどさ。
「まさかこんなラノベ展開あり得るわけないでしょーーーーーーーーー!!!!」
思わず驚きすぎて、口から洩れてしまった。高校二年の春。
大声で叫んで、きっとご近所迷惑だったと思う。自分でもこんな大声出せたのかとちょっとびっくりしてる。でも許してほしい。
自分からラノベみたいに回想し始めるのもどうかと思うけれど、いったん整理してみようと思う。
鬼頭 幸
十六歳、高校二年生。
親は知らない。物心ついた頃には孤児院で過ごしていて、その後すぐに里親に引き取ってもらった。でも、何不自由することもなく、毎日なんとなく過ごしている。ネット上のバイトもしてるし、財布は軽くない。里親の二人も優しく、本当の娘のように思ってもらっている。
しかし、私は親と思えていないことがなんとも悲しいところだが。
頭がそこそこ良かったため、有名進学高校に進学。ちなみに顔もまあまあいい方だと思う。まあ、活かせていない休日はパジャマ人間ですけども。
家から遠かったため寮に入ろうと思ったらくじ引きで外れ、学校の近くで一人暮らしすることになった。
が!
人見知りな性格故、学校で友達は一人もできず。……一人で誰も来ない北校舎の階段でお昼を食べるの辛い。
そもそも、入学式当日に話しかけられる人って凄すぎるでしょ。なんでそんな他人に話しかけられるわけ? 小中一貫と言っても過言じゃない田舎から来た私には最初から無理に決まってたんだ。田舎でだって、友達一人しかいなかったし。
黒髪ロングヘアに大きいけど釣り目ってそんなに怖い? なんで、孤高の鬼姫とか裏で呼ばれなきゃいけないんだっ! 私は何もしていない! 鬼とか言われたって名字だし。ただ友達出来なくて、休み時間暇だから、本読んでただけじゃないかっ! 声かけてきた陽キャ男子にもコミュ障と人見知りが発動して冷たく当たってしまったかもしれないだけじゃないかっ!
自己解析の結果。
……結論、私が悪い。
趣味は、一人でできるRPGとラノベと漫画とアニメ。ソロプレイ最高。ダンジョンに潜って延々とスキル獲得とかコア収集とか武器のレベルMAXとか、何時間でもやってられる。
日光を浴びるだけでHP減少する。家から出たくない。
土曜日は深夜三時に寝て、日曜日は朝十時に起きる。もちろん二度寝付き。
そんな人間だったはず。途中から私情が入ってしまったけれど。
「さ……。いや……名前は?」
なぜかびっくりしている多分魔王。
西洋貴族のような黒いシャツに黒いベスト。羽織っている黒いコートは銀色のダッフルボタンがついている。
よし、とりあえず落ち着こう。
立って、スカートの裾を払い、冷静に名前だけを言う。
「サチです」
「そ、そうか……じゃあ、さっちゃんだな」
「はい?」
理解できない言葉が、耳に飛び込んできた。
なんなんだ?このせん●くん。頭から角生えてる時点で私からしたらせ●とくん。角自体はヤギみたいだけれども。
さすがにいきなりさっちゃんは距離感バグってる。
ちょっとは現実を見ようと、顔を見る。
顔は……おぉ。全然現実じゃなかった。
二次元に負けないくらいの美形。三次元にこんな顔あったんだ。
灰色の髪に鮮やかな緑の目。中性的のような、そうじゃないような顔立ち。
耳にはシンプルな黒と銀のピアスが三つついている。
現実か、それとも幻覚かわからずパニックになって、頭がぐるぐるしてしまう。
「と、とりあえず、話したいことがある。ここではなんだ。応接間まで来てくれるか?」
「え、あ、はあ」
よく見るとここは何かの召喚の儀式の場所らしい。
うわぁ。本当に魔法陣とか描いてある。個人的に興味があるからまた来たい。
素直についていくと普通に応接間まで案内してくれた。
とりあえず、ソファーに座るように言われたので向かい合うように座る。
おぉ、ふかふかだ。しかもなんだか高そう。
羽の生えた執事みたいなじじが紅茶を持ってきた。うん、美味しい。クッキーもある……。
「どうぞ食べてくれ」と魔王に言われたので遠慮なく食べる。
そして、サクサクとクッキーをかじる音だけが響く。
しばらくの沈黙の後……。
「急に召喚してしまって……悪かったと思っている。……すまないっ!」
わー、後頭部。へえ、角って耳の上から生えてるんだ―。って。
一瞬、思考が飛んだ。
「急に土下座っ!?」
「本当にすまない! こちらの手違いのせいでっ!」
「とりあえず、説明して……ください」
まるで状況がわからないので、説明を求める。
そういえばなんで普通に話せているのだろうか。
コミュ障で人見知りのいつもの私なら今頃キツイ顔をしているか、黙りこくってうつむいているはずだ。
……もしかして異世界に召喚されたときにコミュ障が治ったとか??
だったら最高なのに。これで帰れば私も友達ができる!……かも。
そんなことを考えていたら、苦い顔で魔王は説明しはじめた。
「簡単に話すとだな……
———魔王がいうには、勇者召喚とは、なにも人間に限ったことではなく、魔族にも出来るらしい。
この魔王…ルシウスさんは、最近(といっても五十年経ってる)魔王に即位したばかりらしく、まだまだ内政も国も不安定。それなのに、人間や神族からはすべての悪の象徴とされ、他国との国交作り以前の問題。
なら、魔王側に呼ばれた魔族に偏見はないけど人間な勇者を召喚し、誤解を解いてもらおう。
ということで呼び出したが、まさか女子で弱そうな私が来るとは思いもしなかった。今までの記録通り、やる気に満ち溢れている十代の男子が来ると思っていたそうだ。
元々、勇者召喚は、条件があり、一つ目が勇者になりたいと声に出していうこと、二つ目が、一つ目の条件を果たしたうえで、最強であること……だとか。つまり誤作動したのではということらしい。
「本当にすまない。だが、魔法陣を見ても誤作動の痕跡がなくてな。心当たりはないか?」
「心当たり……」
いや、「勇者になりたい」なんて言ったことな……あれ? 昨日のゲームで……確か……。
『もうなんで最初に女子プレイヤー選んだだけで勇者にだけジョブ変更できないの? あの時男子プレイヤー選んでれば…でも可愛くないんだよなぁ。あーあ。マネー稼ぎづらいじゃん。勇者になりたい』
言ってた。言ってた。でも、クソ仕様だったんだからしょうがない……。
自分のことで頭を抱えさせられる日が来るとは。
おずおずと私は答えた。
「あります。昨日、なりたかったわけじゃないんですけど、言いました」
「マジか……。じゃあ、最強という件だけが誤作動だったわけだな?」
「いや、多分最強も……」
「まさか! 冗談がうまいな、さっちゃんは。そんなわけないだろー。冗談はよしこちゃんだ」
……。
私は静かに立った。破壊行動をしてはいけない。わかっているけれど、なんか…顔がむかつく。
そりゃ私は見るからに非力だろう。だけどなんだ、そのへらへら~と馬鹿にしたような顔は……。
幼いころ、破壊神と呼ばれた私の威力を見よ。
なんとなく、そこにおいてある多分使わなくなった机を手に取る。
廃品回収の紙が貼ってある。なんで応接間に置くのか。まあいい。
「何をやっているんだ? それは…へ?」
———バキッ、メキッ、ボキッ、ベキボキメキッ
「わかって、もらえました?」
「は、はい……」
昔から、なぜか腕力と握力だけは他の人と桁違いだった。体力テストではもはや手を抜くどころか抜かなければ被害が及んだ。
ちなみにさっきやったのは握って粉々にしただけである。何も変なことはしてない。
……考えれば考えるほどいつもとは違う行動をしてる私。
ああ、もう、頭がさっきから追いつかないんだって。
「とりあえず、帰れるんですか?」
「わからない……。歴史上きた人物は喜んでこの世界に居続けていたらしいからな…。だからこそ召喚をしたわけなのだし……」
「それじゃ困るんですけど」
「わかっている……。一先ず調べてみるから、うちの城でそれまで待機していてくれるか? 調べ終わるまで好きにしていてもらって構わないから……」
「いいですよ」
「そう簡単には了承してもらえないのはわかって……え?」
「だから、いいですよ」
帰れる可能性があるなら別にいい。
今すぐ帰ったって学校はもう遅刻だろう。ちょっと頭も休めたいし。
もう話す話もないだろうと、なんとなくソファーから立つ。
「あ、ああ。ありがとう。じゃあ、部屋に案内しよう…と言いたいところだが、客室がまだ掃除できていなくてな。今掃除するから待ってくれ」
「わかりました」
って、んん?? なんで、魔王がバンダナ、エプロン、マスクでモップとバケツ持ってるの?
普通に出ていこうとしてるし。魔王としての威厳とかないの? これで場内歩き回るの? この魔王。
RPGの魔王像がボロボロと崩れ落ちた気がした。
思わず、声を上げる。
「ちょ! ちょっと待った!」
「なんだ?」
「なんで自ら掃除しようとしてるの???」
こっちの混乱を気にも留めず、何でそんな当たり前なこと聞くんだ?みたいな顔している魔王。
そして、キリリとした顔で言う。
「使用人の仕事内容に、客室の掃除は入ってないからな。仕事内容以外の事は自分でやらねば」
「いや、魔王としての威厳は!?」
「そんなもの、必要か? 魔物労働基準法を守る方が大事だろう」
言い残して魔王は颯爽と去っていった。
意味わからん。
私一人、応接間に取り残される。
———数時間後、ピカピカとなった客室に案内された。なぜか枕元にはクマのぬいぐるみが置いてある。かわいい。
「好きなだけくつろいでくれ」と言って、魔王は早速帰る方法を調べに行った。
まるでお貴族様の部屋のように豪華な部屋にキョロキョロとしてしまう。
「なんか、どっと疲れた……」
とりあえず、ソファーに座る。
朝起きたら能天気な魔王に召喚されて、話聞いて、話して、古いテーブルぶっ壊して、魔王にツッコんで…。いや、最後の二つは私からやったことだけど。
おかげで二度寝ができなかったじゃないか。元の世界に早く帰してくれ!
まだ帰れないが、二度寝はできることを思い出し、ベッドのほうへ行く。
さすがに人の家で理性があるのに制服のまま寝るのは抵抗がある。
というわけでたたんで置いておこう。
いざ、ふかふかなベッドの上でごろごろを!
ベッドにダイブする。
素晴らしいモフモフ具合だ。
「でも、私……、本当に帰りたいの?」
誰に向けられたのでもない問いかけは、消えてしまって。
……気が付いたら、この日は寝てしまっていた。