第十五話 セイレーンの一族登場
「これよ!」
干物女子のような見た目をしたシャーロットが見せてくれたのは、小さな鍵。
「なにこれ……?」
「見てわからないの!? 鍵よ!」
「鍵なのは見てわかるけど……」
用途が分からない。単なる鍵を偉大な発明家シャーロット様が作るとは思わないし……。
というか発明家モードのシャーロットってこうなってたのか。初めて知った。
紫色の髪とピンクの目に合わない芋っこジャージ姿を見てしみじみとそう考える。
「これはね! 魔力を持たなかったり、時空耐性を持たないものでも、一度設定したことのある土地なら転移できる優れものなんだから!」
「え……、それって凄いんじゃ……」
「ふふんっ! 当たり前でしょ!」
「特許申請したら世界的に売れるような代物だね」
「あらっ! マテオあんたいたの??」
いつの間にかマテオがそばにいた。最近ちょくちょく思うのが、マテオの存在感の無さだ。
つまり美形でナルシストでかっこつけの割に空気が薄い。
今も顎に手を付けてかっこつけているけれど、シャーロットにスルーされている。もっと言うと気づかれていない。
「特許は申請しなくていいのかい?」
「ええ。別にお金目的で作ったものではないし、試作品だもの」
さも当然のようにシャーロットが言う。
「でも、お金が大量に手に入るチャンスなんじゃないの?」
「いや、シャーロット嬢は、別にお金は欲していないんだよ。もう充分すぎるほど持っているからね」
ふとマテオが私のポケットにある、インク蓄積羽ペンを指さして言う。
「例えばこれはシャーロット嬢の発明品なんだよ」
「へ?」
「確か……学校の夏休みの課題だったわね。創意工夫だったかしら?」
「そうだよ。世界的に表彰されてたじゃないか」
「覚えてないわ。そんなことありすぎて」
へえ。こっちの世界にも夏休みの課題で創意工夫とかあるんだ。あれ私嫌いだったなぁってそうじゃなくて。
え? シャーロット凄すぎない? 凄いのは前から知ってたけど。当時は神童って呼ばれてましたみたいなパターンじゃん。
「なんでそんな凄い人がこんな領地に!? 宮廷で役職とかなかったの!?」
「シャーロット嬢は、魔王様直属の開発部の長だよ?」
「嘘でしょ!?」
結局、この鍵は私が預かって、出かけるついでにいろいろな土地の設定をすることになった。まあ持ち歩くだけで自動設定されるからいいけど。
そんなこんなで衝撃的なことを知った、銭湯帰りの午後であった。
数日後。
私はいつも通り公務に勤しんでいた。
領主にならなければ、嫌でも違いとカーストを気にしなければならない学校という名の牢獄に入れられなきゃいけなかったのだから、別に苦労でもなんでもない。
「今日は午前で終わらしていいわよ、仕事」
「え?」
基本的にシャーロットは執務室で私の仕事を手伝う……というか管理してくれている。
ベルゼブブと同じくらい厳しいシャーロットが、午前中で仕事を終わらせていいと言ってくれた??
「シャーロット、具合でも悪いの?」
「そんなわけないでしょ! 自分の領地を自分で歩かないとわからないことがあるから午後はそうしなさいってことよ! ……断じてあなたがたまには休んだ方がいいと思ったわけじゃないから!」
「つまりは、たまには休んだ方がいい。仕事にもなるから気兼ねせずゆっくり過ごせば……とシャーロット嬢は言っているんだよ」
またいつの間にかマテオが傍にいた。
親切にシャーロット語を通訳してくれる。
「あなたねぇ!!」
「だってそういうことだろう?」
シャーロットがポカポカとマテオを叩いている。マテオは全然ダメージを負っていないようだけど。
そういえば、最初から疑問に思っていたけれど、この二人の独特な空気は何なのだろう。
「二人っていつから知り合いなの?」
シャーロットがポカポカを中断してキョトンとした顔になる。
マテオは、あれ? 言ってなかったっけ? という素振りだ。
「「幼馴染なんだよ(なのよ)」」
あ、はい。なるほど。
だから傍から見たらお互いめんどくさい性格なのに、仲良くやれてるんですね。
「まあそういうことなら、お言葉に甘えて午後は休ませてもらう」
というわけで町をぶらぶらしている。
町も随分と栄えてきた。あちこちに屋台が出ていて、商人や旅人、冒険者によって賑わっている。
あちこちからいい匂いが……。これは、胡麻団子の匂いか。
「美味しいごまぁ団子。今ならお安くしまぁすよぉ〜」
買いたいけど……。人が営んでいるお店か。おそらく魔族にも寛容的な東の国出身。魔族は耐性があるから何も緊張することはないけど、人相手のスキルはどう頑張っても取得できず。コミュ障と人見知りは治っていないのだった。
「領主様ぁ。おひとついかがですぅか?」
「えと……あの……!」
お金を渡して、勢いよく胡麻団子を指差す。店主が察してくれて、包んでくれた。
受け取って、広場の方へ向かう。揚げたてらしく、温かい。
とりあえず、噴水に腰かけて袋を開けると、胡麻の香りが鼻を抜けて……。思わずパクリ。熱いのではふはふしながら。
ん゛〜。
「……美味しいっ」
外はカリっと中はもちもち。プチプチとした食感が楽しい。
「!? はふはふっ...」
餡子が熱いっ! けれど噛めば噛むほど感じられるまろやかさ、素朴な甘さ。そして何と言っても、胡麻っ。胡麻の香ばしい風味が最高。
いつの間にかもう四つは食べている。揚げたてなのがいけない……。こんなの止まらなくなるに決まってる。
「あら〜、領主様〜。お久しぶりです」
「エルザさん、久しぶり」
シャーロットやベルゼブブに領主が領民に敬語を使ってはいけないと厳しく言われていたせいか、最近やっと敬語なしに慣れてきた。
この、銀髪碧眼の雪国エルフ、エルザは、温泉を開発していたチームの長(十四話参照)だ。現在は、研究所の所長をしている。
「そういえば、領主様知ってますか〜?」
「何が?」
「今ですね〜、関所で喧嘩勃発中なんですよ〜」
関所で、喧嘩、勃発中?
「......はぁ!?」
「うふふ〜、若いですよねぇ〜」
「ちょ! え? どこの関所で!?」
「雪国側です〜」
とりあえずマホガニー側じゃなくてよかったけども! なんでホワホワしながらこんな大切なことを言うんだ。
どうしようか……。私が仲裁すべきなのか、それともウェイルブを行かせるか。よくもわるくも、私は影響力がある立場だし。
「そういえば、喧嘩勃発中って誰対誰の喧嘩なの?」
「え〜っとですね〜、ウェイルブさんと移民の若頭さんの喧嘩です〜。なんでもお二人とも強いから迫力があるとか〜」
ウェイルブ……が?
ちょっと、待って何やってんの? 領主代理の役職に就いたばっかりだよね? ……とりあえず私が行くしかないか。
「ちょっと今から関所行ってくるわ」
「でしたら私もご一緒します〜」
何も言っていないのに、クロが降りてきた。私の前で目を閉じると、乗るのに適した大きさになる。
そういえば、知らないうちにクロは領地の守護精霊としてイメージが定着している。そのため、急に巨大化したクロに領民は驚くこともなく、もはや手を組んで祈っている。
「クロ、分かってて来たんだろうけど……、雪国側の関所までお願い」
「カァ」
流石は爆速のクロ。一瞬で関所まで着いた。
滑空中になぜか高笑いをしていたエルザって……、いや、考えるのはやめておこう。ふわふわしてたり変なところで笑ってたり、謎だ。謎だ、で終わりにしておこう。
「無礼が過ぎるぞ!」
「ワレこそ、いきなり氷塊投げつけて来んのはおかしいやろが!」
えー、晴天の空に気持ちのいい午後。関所に着いた途端聞こえてきた怒号。
あちこちに溶けかけた氷塊や、焼け焦げた草が散乱と。
「ゴホン」
「「!?」」
喧嘩に夢中になっていた二人が同時にこっちを見る。
ウェイルブは青ざめ、移民の若頭はポカンとしている。
「ウェイルブ、そこに直りなさい」
「......はい」
ウェイルブが正座した。
「こんにちは、はじめまして。私は、クリソベリル王国セレナイト領の領主、サチです。移民の代表の方とお見受けしますが、ひとまず証明書を提示した後、ご同行願えるでしょうか?」
「ひっ......はい」
関所の施設で、証明書やその他諸々の書類を受け取る。
赤茶の短髪に翡翠の目、羽のような耳に本当に生えている羽、着物に法被を羽織っている。このぱっと見二十代、エイデン・カイドはセイレーン族の若頭。
そういえば、国事情とか色々あったらしくセイレーン族は今週から港の方に移住してくる予定だった。
「せ、せやけどまぁしっかし領主様ご本人が来るとは思わんわ」
「あ゛ぁ?」
「せやさかいおとろしいて! ほんで領主様、
ワイと結婚してくれへん?」
「貴様......差し違えてでも殺す」
なるほど。喧嘩の原因はそれか。
なんかデジャブ。なんでだろう......ってあの馬鹿勇者が来た時か......。あったなぁ、そんなこと。今何やってるんだろう。最初の森とかで頑張って鍛えているのだろうか。
「この冷血族が!! 人の理由も聞かんと!」
「いかなる理由があったとしても! 大切な恩人であるサチ様への無礼は許さない!」
あーあ、このままだと部屋が半壊してシャーロットに怒られるの羽目になりそう......。というか素手で殺り合ってるのにどうしてこうも威力が高いのか。とりあえず止めよう。
「止めなさい」
「「!? ......はい」」
「それで、理由っていうのは?」
聞いた途端、エイデンは黙り込んでしまった。さっきまでおちゃらけた笑顔だったのに。
「あ〜、領主様は、ワイらがどうして移住してきたか知っとりまっか?」
「ええ......そこまで詳しくはないけれど」
確か、紅玉国と雪国の小競り合いに巻き込まれた形だったはずだ。セイレーンの一族は、代々両国の境の海に住んでた。どちらの国民としてではなく、独立した民族だった。
「まあ、ぼちぼちどこの国に属するか決めんのは必要なことやったとは思うとる。......けども、白黒つけるためだけに、傷つけられんのはおかしいやろ」
「その話は聞いてないかもしれない」
私が知っているのは、どちらの国民にもならず、中立国である我が国に来ることを選んだということのみだ。
「......婆様とお袋を殺されかけたんや」
「!?」
「なんでも、どっちの国にやり返すか、で判断するつもりやったらしい」
「お袋はまだ後遺症が残るくらいで済んだ.....けど、婆様はもう......」
なぜ、そんな非道なことができるのだろう。けど雪国はまだしも、紅玉国まで?
この世界で何が起きているのか、何もわからない。
「領主様に無礼なんはわかっとる! せやけどお願いや! ふりでええ! 婆様の望みやねん、孫が人間の嫁を貰うことが」
「なぁにやってんやこのおたんこなすがぁ!」
「!?」
突然現れ、エイデンに拳骨を食らわせたのは、エイデンと同じ色をした髪と目を持つ女性だった。
「うちの愚弟がほんまにすんまへん!! ほら、あんたが謝らんとどうすんのやこのドアホ!」
「あ、姉貴」
「婆様の望み? アホ言うてんやないで! 婆様の一番の望みは一族が皆平穏に暮らすことや! 何あんたが一番わかっとるくせにこないなことやってんのや!?」
ハッとしたような顔をして、エイデンは項垂れた。そして強く拳を握り締めると、顔を上げる。
「暴走しぃ、こんな騒ぎを起こしてしもうてほんまに申し訳ない。ワイのことは好きにしてくれて構わん。実際こんなん不敬罪に当たる。けど、一族だけはどうか、どうか許したってや」
別に私は怒ってないし、関所の損傷を直してくれればそれでいい。
流石のウェイルブもお家事情に首を突っ込むつもりはないようで黙っている。
「許すも何も、何もしてないでしょ」
「は?」
「関所の損傷は直してくれればそれでいいし、不敬罪? そんなの知らない。少なくとも私は何も聞いてない」
だからね、と私は続ける。
「さっさと手続きを済ませて、お婆様のところに行ってきて。最期に立ち会えなかったら一生残るでしょ」
私にその感情はわからない。けれど、涙ぐんでいっぱいいっぱいになっている顔を見て、なんとなくわかった気がした。
「ありがとう......ございます。やけど、それじゃあワイがワイを許せん」
「立場のある者がこのような事をしでかしてしまった......。俺も、罰を受けなければ示しがつきません」
このような事......ね。領主代理と、一族代表の喧嘩によって、関所は半壊。領主への求婚。
別にそこまでじゃない気がするけど......。
「じゃあ従属の儀を行うのはどうですか〜?」
「エルザ......まだいたの? それで従属の儀って?」
「一生逆らえなくする魔法です〜。これなら喧嘩を止めるのにも役立つのでは〜?」
エルザはほわほわしながら言ってるけれど、これ違法とかのダメなやつなんじゃ......。従属って響きからしてもうやばそうだし。
「俺はそれで構わない。むしろ恩人の従えるのだから安いものだ」
「ワイも構わん。ほんまなら平民がお偉いさんに求婚なんて打首ものやし」
名前の響きがやばいだけで主従関係を結ぶ的なやつだったのかな?
なら、まあ。どうせ機能しないし、形だけの罰としてそれでいいか。
「呪文はですね〜。我が魔力を糧として、この者に永遠の従属を......です」
「へえ......。我が魔力を糧として、この者に永遠の従属を」
パッと言ってみただけだった。
けれどその瞬間、膨大な量の紅色と金色の魔力が渦を巻いて、ウェイルブとエイデンのそれぞれ右手と左手に紋章を描いた。
「なんだか魔力を持ってかれたような気がする。......というか、これ違法じゃないよね?」
「ええ。違法じゃないですよ? 違法なのは、クリソベリル王国くらいで......あっ」
「違法じゃん!」
とりあえず......ルシウスに報告しよう。
ごめん、やらかしたわ。