第十四話 セレナイト領
「サチ・キトウ セレナイト領、領主代理は、このたび、クリソベリル王国第四代魔王、ルシウス・クリソライト様に、領主を拝命されるにあたり、領国の経営として領民優先に働き、領民を守ることを遵守・履行し、職務に精励することを誓約いたします」
少し、気がかりなこともあるが、今日は領主宣言日。
待ちに待った領地の完成の式典が開催された。
「「わぁぁぁぁーーー!! 領主様ーーー!!」」
「「サチ様---!! セレナイト領に栄光あれ」」
晴天に歓声が渦を巻く。
セレナイト領という名前は、私が名付けた。名付けが大の苦手な私が、久々にいい名前を思いつけた奇跡。
最初はルシウスや五大幹部、シャーロットやマテオまでも、私が名付けることに反対していたけれど、この名前を提案したらあっさりと承認してもらえた。
セレナイトというのは、宝石の名前だ。何かで知った。覚えていないけれど。
セレナイトの石言葉は、ヒーリング。由来は月の女神セレーネ。
この自然豊かで穏やかな領地にぴったりだと思った……というのは、建前で、屋敷から見る月がとても綺麗で、何か活かした名前にしたいと考えたからだ。
「領主をよろしく頼む」
「はい」
一応、ルシウスも魔王として出席している。結局のところ、国際関係なので手続きにいろいろ時間がかかるらしく、マホガニー連邦国に行くのは一週間くらい後になると言っていた。
ルシウスが、マホガニー連邦国に行っている間も、関所をしっかりとした造りにしたのと、リーナに教えてもらって精霊の宝箱の管理者権限で、効力な守護結界を張ったからまたあんなことは起きないとは思う。
「本当にその服でよかったのかい?」
「制服が一番無難で楽だってことを今更学んだ……」
ひと段落して、屋敷に戻ったところで、マテオがお茶を持ってくる。ありがたい。
それにしても……。
領主宣言の日の服装は、いつも通り制服だ。
昨日まで大変だった。シャーロットやリーナが、恐ろしいくらいの勢いで、色んな服を進めてきたからだ。
「これはどう?」「あれもいいんじゃない?」の嵐は三時間に亘って続いた。カレンがいたら、もっと大掛かりになっていただろうとキルトとルシウスが言っていた。怖すぎる。
「カレン……大丈夫かな?」
「よくあることだから……大丈夫。カレンは強いし」
「え、リーナ?」
いつのまにか、傍にリーナがいた。
最初もだけど、小さすぎて気づけない。私だって156㎝でそこまで大きくないけど。
「温泉に入りに来た」
「あ、そうなんだ……。いらっしゃい」
ちゃっかり入りに来てるところがなんというか。しっかりとお風呂セット持ってきてるし。
まあ、せっかく正式に領地化したんだし、私も領地を謳歌しようということで。
「おぉ。ちゃんとお湯が張られると銭湯感が増す……」
やってまいりました、麗しの銭湯。しかも温泉。
ここは、領が運営している、銭湯兼宿兼遊技場有りの商業施設だ。
交易路があるのだから、宿は必須と言われて思いついた。いつか行ってみたいと思って、銭湯について調べるだけ調べておいてよかった。イメージ通りの仕上がり。さすがはドワーフとエルフの技術力。
ちゃんと地産地消で、ちょっと田舎……こもれび村の乳牛から取れた牛乳が買えるようになっている。領民なら10%引きだ。
「ふぃーーー」
ちゃんと体を洗って、湯船に入る前にはかけ湯をして。
入浴。
気持ちぃ。はぁ。溶ける。
全身をあったかい温泉が包み込んでくれる……。最高。
「いいね。ここ」
「でしょ?」
リーナも気に入ってくれたようだ。
そういえば、なんで魔族相手の方が楽なんだろう。銭湯なんて恥ずかしくて、絶対元の世界じゃ入れなかったのに。今や普通に極楽極楽。鼻歌で、いい湯だな、タラランって感じだ。
その後も温泉に浸かっていると、リーナがポツリと話し出す。
「カレンは、隠密部隊隊長だから、帰れなかったり連絡が取れなかったりすることがよくある」
「そうなんだ」
「うん。でも、大丈夫。カレンは強いから。だって、鬼神とオー……。ううん。なんでもない」
何を言いかけていたのだろうか。まあ、余計な詮索はしない主義だけど。
「ただ、今回はちょっとだけ、心配。マホガニー連邦国が、会談を望むなんて不自然。カレンが今潜入してるのも、マホガニー……」
それにしても、カレンのことを信頼してるのが、話している様子でわかる。
これから行く、ルシウスも、潜入してるカレンも、大丈夫なのだろうか。
「のぼせそう……」
「え?」
「初サウナがいけなかった……かも」
「と、とりあえず出よう」
どうやら、私が体を洗っている間に、すでに洗い終えてサウナに入っていたらしい。
よく見ると、白い肌が真っ赤に。ダルそう。
さすがは見た目ロリ。洗う面積が少ないから楽。
とりあえず出て、牛乳を一本ごくっと。ロリだ。
「ごめん、すぐ出ることになっちゃって……」
「別にいいよ。カレンが帰ってきてからもう一度全員で入ろう」
「ありがとう」
リーナがだるーんとなって椅子に座っている隣で、私はラムネを飲む。
湿気の多いこの時期に合う炭酸のさわやかなパチパチ感。
うーん、おいしいっ。さすがは温泉の天然炭酸を使った自然素材飲料。
リーナがこっちを振り向いて、苦笑いをする。
「今言うべきことじゃないと思う。でも言う。……いざとなった時、魔王様を助けてほしい。私だって、勝手に召喚しておいて、これはないってわかってる」
「……」
「魔王様は、一人ですべて抱え込もうとする。城下町、行ったでしょ?」
「え、うん」
リーナは、どこか遠くを見るような目をしていた。
「五十年前……、先王の時代は、違った。あそこはスラムみたいなところで、整っていたのは大通りだけだった」
「え。あんなに綺麗で平和なところが!?」
「そう。あの頃は、絶対王政で、税も重くて。おまけに、王は愚かで、正妻のほかに、側妻、妾、たくさんいた」
全然想像ができない。だって、私の知っている今の王城は洗練されていて、クリアな空気だ。
それが、権力と毒によって支配されていたなんて考えられない。
「魔王様は妾の中の一人のヤギの亜人から生まれた。ほかにも兄弟がいたんだけど、皆、王位継承権争いで死んでしまった。自分の息子が最後に生き残ったことで魔王様の母上は、王の汚名、ほかの妃からの嫉妬すべてを背負って死んでしまった」
「……」
「魔王様は幼少期からずっと準備してた。この国を、この世界を変えるために。静かに、でも強かに仲間を作り、即位してたった五十年でここまで国を立て直した。この国は変わった。愚王から、賢王へ」
最初、召喚されたばっかりの頃は、ルシウスのことを王らしくない魔王だと思った。
全然偉そうじゃなくて、甲斐性なしっぽくて。
城下町に行ってから、少しだけ、印象が変わった。優しく、器の大きい王であることを知った。
この間、かばわれたときに、魔王じゃない、一人の魔族として初めて認識した。自分の事より、他人の事を優先してしまうルシウスを、信用できた。
「お願い。あの子を、私たちじゃ助けられない」
あの子?
「わかった。それでも命が危なくなったら、自分の事を優先するけど。私も、ルシウスには借りがある」
笑った。リーナが笑った。
初めて見た。
くしゃっと笑うんだ……。
「「魔王様ーーー‼」」
「わかった。わかった! すまないが、そろそろ帰してくれぇぇぇ」
「キャー‼ 魔王様ーーー‼」
美少女の笑顔に見惚れていたのもつかの間。
どこからともなく聞きなれた声が。
「なんでいるんですか?」
「ああ、さっちゃん、リーナ。領民に誘われてな。それで……この様だ」
「そろそろベルゼブブが怒り出すのでは?」
「わかっている! だが……帰してくれそうもないんだ」
領民に囲まれているルシウス。
あの最悪な村から救ってもらったということもあって、領民は魔王様を心底慕っている。
しかし、もうそろそろ、褒めるときは褒めちぎるけど怒ると怖いベルゼブブの堪忍袋の緒が切れるだろう。いつまでもここで油を売るわけにも行かない。
まあ、ルシウス自身は油を売りたがってるわけじゃないんだけど。
周りがさせてしまって、最終的に苦しみながら仕事してるだけだけど。
なんやかんやあって、なんとか領民を引きはがし、ルシウスは帰って行った。
「そういえば、ルシウスって呼ぶんだね」
「あ。そういえば、魔王様には敬語……」
「大丈夫。勇者と魔王は立場が対等だから」
その後もちょっと話をしてから、リーナも帰って行った。
私も領主邸に帰る。
「ただいまー」
「ああ、お帰り。遅かったじゃない!」
「へ? シャーロット……だよね?」
「当たり前じゃない!」
紫色のふわふわツインテールはダサいお下げに。フリフリの服は、ダサいジャージ、上に白衣。
何があった!?
「ちょうど新しい装置ができたところよ! 見たくないなら見なくていいけど! どうしても見たいっていうなら見せてあげなくもないわ!」