第63話 新たな学会への入会
教授会までの2週間、気にしてはいけないとわかりつつも、結果が気になって仕方がない。
廊下で面接の際に厳しい質問をしてきたオジサン先生とすれ違うと、お互い視線を合わせなくて気まずい。
シラテア先生はというと、『もう内定のようなものですから、学生実験の手順など今のうちに引き継いでおいてください』と、既に最終決定したような扱いをする。
しかし、面接時の感触では決して安泰ではないと実感した。
教授会での無記名投票では三分の二以上の賛成票が必要とのこと。
もしそれを満たさなければ、この公募は“お流れ”となり、公募の見直しとなる。
私はというと、今年度末までは引き続き博士研究員として雇用されるが、それまでだ。
再び公募戦線に復帰し、就職活動を続けないといけない。
……また公募書類作成三昧の日々が続くのか――
そんな気の暗くなるシナリオが頭から離れず、胃が痛くなる。
普通の学生であれば半年程度で就職活動は終わるが、我々若手研究者は毎年のようにこのプレッシャーと向き合う必要がある。
文部魔学省は『実力と意欲ある研究者を採用するため』と任期付き職位への移行を促してきたが、若手研究者に何より必要なのはこのようなプレッシャーに負けない胆力なのではないだろうか。
私はこのプレッシャーに負けて精神的に病んでしまいそうだ。
それにしても、任期付きへの移行を促してきた文部魔学省の官僚自身が任期付き職位になっていないのが不思議である。
任期付きにした方が良い成果が出るのであれば、文部魔学省も任期付きにすればいいのに――。
なぜ若手研究者だけ任期付きにしたのだろうか?
謎である。
『公務員は課長クラスになるまで原則として1年契約。公務員として雇用継続希望の場合は空席となったポジションに対して都度就職活動』とすれば、公務員志望者が大幅に減るだろう。研究者も同じである。その程度の想像力もないのだろうか?
公務員や民間も含め、ジョブ型雇用が普通で人材の流動が激しい国であれば話は別であるが……
まあ、そんなことを一人で愚痴っていてもしょうがない。
シラテア先生の言う通り、今のうちに学生実験の手順や動物管理の方法など、基礎的なことを引き継いでおくことにした。
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教授会までの長い長い2週間が終わった。
公募に関しては『結果が来るまで忘れる』のが鉄則らしい。
しかし、頭ではそうすべきとわかっていても、まだそのような境地に至ることができない。
論文を読んでいても気が付いたら同じ文章を何度も何度も読んでいる。
自分にはまだ修業が足りないようだ。
そして、研究室で学生実験の手順を再確認していると、先生がいらした。
先生はいつも通りの笑顔だ。
「おめでとうございます! 秋学期からあなたは助教です!」
!!
うっしゃああああっ!
これで任期付きとは言え5年間の契約!
「先生、ありがとうございます! しっかりと研究し、成果を出したいと思います!」
「期待しています。さて、これで私のできることは終わりました。あとはセルトラル先生と協力し、研究室を運営していってください」
「は、はい。ただまだ半年ありますし、引き続きご指導よろしくお願いいたします」
「わかりました。サポートが必要なことがあれば何でも言ってください。あと半年は私の権限が使えますから」
「ありがとうございます。ところで、来年度は先生はどうされるのですか?」
「まだ正式には決まっていませんが、特任教授として残る予定です。65歳以降は1年契約になりますが、70歳になるまで特任教授として講義を担当するのが慣例です」
「では引き続き研究室に残るんですね!」
先生が残ってくれるのは心強い。
「残ると言ってもほとんど名前だけです。原則として特任教授は学生を受け持たないのです。私の場合は指導している博士課程の学生がまだ在籍しているので、この研究室に残りますが、その指導だけです。特任教授は教授会に参加する権利もないですし。研究室主宰者はセルトラル先生になります。セルトラル先生が准教授から教授に昇任するでしょうから――。あ、これはまだ内密ですよ」
「わかりました」
なるほど、研究室は代替わりしていくようだ。
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夏も終わり、9月になった。
薄膜化に関する研究自体は、相変わらず暗礁に乗り上げたまま。
良い方法が思いつかない。
しかし、何もしないわけにはいかない。
まずはこれまでの研究成果をまとめ、件のマリさんとの共著論文を投稿した。
そして、魔研費の研究計画調書も完成させる。
これまで特別研究員制度など数々の研究費を申請してきたが、ことごとく落選してきた。
自分は研究者として適性がないのでは、とその都度打ちひしがれてきた。
しかし、今回は実験環境も整っているし、予備的実験でも成果が出ている。
今度こそ、採択されるんじゃないだろうか?
期待と不安を胸に、研究計画調書を提出。
……頼むから採択されてくれ! あ、それに投稿論文も受理されてくれ!
助教公募で無事に採用されてもう安心と思っていたが、どうやら次は研究費と投稿論文の採否に気を揉む日々になりそうだ。
やはり研究者として生き残るには、このような不安定な将来に対して泰然自若と向き合える精神力が必要そうだ。
自分なりのストレスとの向き合い方を見つけないと……
そして、秋の魔石学会年会に参加した。
魔石学会年会はソークラス大学で開催された。
ソー大は自由大学の中では国内で一二を争う有力大学であり、文字通り自由を校風にしている。
王都の西北にあるという歴史あるキャンパスへの訪問を楽しみにしていたのだが、ホンジョ・キャンパスという残念ながら学会会場は王都より北に乗合魔動車で数時間も移動した辺鄙な場所にあるキャンパスであった。
魔石学会は、文字通り魔石を研究対象にした学会である。
学会発表をするには正会員にならないといけないため、会費を払って会員登録する。会費は年間1万リブラ。
学会の年会費は自腹なので、いくつも入っていると意外とつらい。
学会発表のためと会員登録すると、次年度以降も自動的に会員継続されるため、気が付いたら会費負担だけで数万リブラとなってしまう。
この魔石学会は歴史ある学会であるが、それだけに既に研究され尽くされた感もあり、研究者の高齢化と会員減少が進みつつあるようだった。
魔材学会に比べて参加者も少なく、小さな学会である。
しかし、魔力を蓄える近年の蓄魔器の発展や、さらには魔力吸収材という概念の登場によりにわかに活気づき始めていた。
知り合いは誰もいなかったが、私たちの発表は注目を浴び、多くの方と意見交換ができた。
魔石学会には魔石の採掘から利用までに関わる魔工学や魔理学、そして経済学や経営学など様々な学問分野をバックグラウンドにした研究者が参加している。
専門用語は分野によって意味が違うため、コミュニケーションが難しいこともある。
例えば、“限界”という単語は微分係数のように“限界”を意味する分野もあれば、検出限界のように検出可能な値の“限界”という意味で使う分野もある。
しかし、それはそれでおもしろい
魔材学会は純粋な魔工学の専門家たちの集まりなので、そちらでは“深さ”を求める。
魔石学会は学際的なので、分野横断的な視点、つまり“広さ”を求める。
このような目的で二つの学会に参加するのは悪くなさそうである。
研究発表会の開催時期もちょうど秋と春で分散しているし。
国内に多くの学会が存在しているが、自分にあった学会を見つけるのも大事なようだ。
《現在の業績》
査読付き論文(国際誌):5件(うち、筆頭4件)
査読付き論文(国内誌):筆頭1件
国際会議発表:2件(うち、筆頭1件)
国内学会発表:22件(うち、筆頭9件)
受賞:1件




