第61話 公募への応募書類作成
夏が始まるころ、私のための公募が正式に開始された。
公募は以前シラテア先生に見せて頂いた通りの内容。
つまり、応募条件は広いように見えるが、よく読むとかなり限定されたものとなっている。
魔力吸収材なんて研究している人はいないだろうから、応募する人はかなり無理して背伸びしないといけないだろう。
改めて、デキ公募になっていることを申し訳なく思う。
ただ、形式上は私も一人の応募者である。
公募に応募するには、いくつか資料を用意しないといけない。
まずは『履歴書』。
学歴と職歴を淡々と書式に記述する。これは難しくない。
次は『業績リスト』。
原著論文、国際会議発表、学会発表、解説等の業績を一覧にしたものである。
業績一覧は以前からまとめているので、それをツク大の書式に合わせて流し込む。
若干手間であるが、時系列に沿ってそれらを並べていくだけなので時間をかければ問題なく完成できる。
そして、『研究に対する抱負』を1枚にまとめたもの。
応募先の研究テーマに合わせて考えないといけないため、たった1枚と言え簡単にはできない――
いや、今回は『魔材学と魔物生態学の学際的な研究テーマ』が求められている。
これはまさに魔研費で応募しようとしているテーマじゃないか!
先日作成した魔研費のドラフトを1枚に要約したらよさそうだ。
研究室の設備や動物の種類も把握しているため、それらを活用した研究テーマであること、そして、自らの魔材学の専門性と合わせて、独創性、革新性、実現可能性をアピールする。
これで良さそうだ。
となると、残りは『教育に対する抱負』。
博士研究員応募にはなかった項目だが、正規の助教となると教育活動も期待される。
ただ、何を書けば良いのかよくわからない。
小さな頃から読書感想文のような文章は苦手だ。
教育の重要性を論じたらいいのだろうか?
それとも教育活動にやりがいを感じることを書いたらいいのだろうか?
試しに教育への想いを書いてみたが、これで良いのかわからない。
研究打ち合わせの際に、マリさんに聞いてみよう。
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応募資料一式を作成し、ハン大へ向けった。
まずは投稿論文の最終確認。今回は“魔力制御誌”を投稿先にした。
シラテア先生は『私は研究には直接かかわっていないので、共著者に入れなくても結構です』とのことだったので、マリさんと2人の連名論文である。
マリさんと2人だけの論文なんて、個人的には記念となるうれしい論文である。
そして、同様に研究成果を秋の魔石学会年会で発表することにし、その発表内容について打ち合わせをした。マリさんと私がそれぞれ発表するので、重複が無いよう配慮しないといけない。
さらに、応用魔材国際会議での研究発表も申し込むことにした。
この国際会議は自分にとって黒歴史となる恥ずかしい経験をしたところである。ただ、あれから国際語の勉強は続けてきた。
研究者にとって国際会議での発表は必須条件。
いつまでも逃げていては駄目だ。
次こそはちゃんとした発表にしたい。
覚悟を決め、発表申し込みをした。
そして、その後は研究進捗について話し合った。
マリさんが主に担当している魔材合成に関しては、仮説として考えていた原理が複数の魔材でも確認でき、理論的に正しそうなことがわかってきた。これで最適な魔材探索が加速しそうだ。
ただ、私の薄膜化に関する研究進捗はいまいち。魔材加工の学術誌などを確認し、他の加工法を検討することにした。
一通り研究の話が終わったので、最後に私の応募書類を見てもらった。
自分の業績一覧を人に見せるのはいいとして、研究や教育に対する抱負を見てもらうとは正直なところかなり恥ずかしい。
しかし、今回は失敗したくない応募だ。
恥を捨て、応募書類一式をマリさんに渡した。
すると、マリさんは私の業績一覧を見て、
「えっ! これじゃダメだよ!」
と突然びっくりした声を上げた。
?
ただ単に業績を時系列に並べただけなのに……同じくびっくりである。
「何がダメなんですか?」
「原著論文や国際会議の業績は混ぜちゃダメなのよ。それに原著論文は国際誌と国内誌に分けてリスト化するの。論文の最後に載せる文献一覧では分けないけど、履歴書として業績一覧をまとめる時は、必ず分けるものなの。もしかして、今までこれで応募してきたの?」
「そ、そうですね。『原著論文、国際会議、学会発表等を新しいものから順に一覧にすること』といった文章だったので、一緒にするものとばかり思っていました……」
マリさんは頭を抱えた。
「あーー、そう勘違いしちゃったのね……。業績は発表方法別に分けてリスト化するのは基本よ。常識。これができてないというだけで書類落ちしてたのかもね」
「そ、そんな……」
そういえば、今まで応募書類を他の人に見てもらうことをしていなかった。
恥ずかしいが、応募書類は信頼できる経験者に見てもらうのが良さそうだ。
「まあそれは後で直すとして、残りも読むね」
「はい」
そういって、マリさんはじっくりと私の応募書類に目を通した。
「『研究に対する抱負』はこれでいいんじゃないかな。おもしろそうな研究になってると思うよ。ただ『教育に対する抱負』がちょっと……これじゃポエムだと言われちゃうよ」
「ポ、ポエムですか……」
「ここは応募者の人柄を見る場所でもあるけど、最低限確認するのは科目適合性。前任の助教さんが教えていた科目は何だったの?」
「え? い、いや、何だっけ? 演習科目と“魔物系統学”とか教えていたような……すみません、ちゃんと覚えてないです……」
マリさんは再び頭を抱えた。
「それは要確認ね。前任の助教さんがいる間に、どんな演習をしていたのか、自分でもできそうか確認しないとね。でも“魔物系統学”なんて教えられないよね?」
「そうですね。明らかに専門が違いますから……」
「普通は公募書類に書いてある科目や前任者の科目をちゃんと教えられるとアピールするの。今回は『採用者の専門に応じて講義・演習科目等を担当して頂きます』とあるから、かなり融通を利かしてくれた公募になっているよね。それでも何を担当できるかはちゃんとアピールしておかないとダメよ。まずはシラバスを見て、どの科目なら担当できるかリストにするのが最初かな。こんなときは想定される担当コマ数よりも多めに担当可能な科目名を書いて、大学側に選択の余地を残しておくといいよ」
「わかりました。確認しておきます」
「自らの経験をもとになぜその科目が担当できるのか、できるだけ客観的な事実をもとに説明するのが大事よ。例えば統計学なら統計を使った論文を出したことがある、とかね。あと、本当は大学の建学の精神とか確認するのも基本だけど……助教公募だとそこまで重要じゃないかな」
「なるほど……」
「それと、鏡文は付けるようにね。大学によっては事務室でそのまま捨てられることもあるけど、応募書類を送ってきた封筒も含めて選考委員に回覧されることもあるからね」
「えっ? な、なんですかそれ? 鏡文?」
「えっ? 知らないの? 資料を送るときの社会人の基本よ。もぉー」
そう言って、マリさんはまたまた頭を抱えた。本日3回目だ。
「す、すみません……」
そういえば、博士研究員になったときが言うならば社会人一年目。
しかし、いわゆるビジネスマナーというものの研修なんてない。
すべては見よう見まねでやっているだけだ。
知らないこと、不安なことは素直に聞いていく必要がありそうだ。
すると、マリさんは過去作った自分の鏡文を紙に転写してくれた。
事務的な文章に見えるが、自らの研究業績と意欲をアピールした文章が数行ある。
鏡文に長々と自己アピールを書くのはルール違反のようだ。ただ、最初に見る書類なので、応募者の概要をまず知ってもらうのは大事らしい。
マリさんからこのような細々とした“常識”を教えてもらい、なんとか応募書類は完成した。
今度こそちゃんと次のステップ、面接に呼んで頂けることを祈り、応募書類を大学に提出した。




