第60話 デキ公募
魔力試験室で魔材中に含まれる魔力を測定すると、明らかに魔物に接触させた魔材の方が高い魔力量を示した。
手に持った魔力量でなんとなくわかっていたが、きちんと数値でわかると安心だ。
予備的実験としては大成功だろう。
ただ、この吸収量だと魔物を弱体化させるには全然足りない。
それに魔物を眠らせるために必要な魔力量を考えると、魔力収支として“赤字”。
もっと吸収量を増やさないと実用には耐えられない。
このことをシラテア先生に報告すると、
「落胆することはありません。あなたは画期的な第一歩を踏み出しましたのです。ああ、やはりあなたは救世主です! この研究をぜひ発展させてください!」
と、いつものように盛り上がってきた。
相変わらずこのノリには慣れないので、
「ご期待に沿えるよう、精一杯がんばりたいと思います」
といって早々に部屋を退室しようとした。
すると、シラテア先生は突然無視できない提案をしてきた。
「カイさん、ぜひ来年以降もこの研究室で研究を続けて欲しいのですが、それでよろしいですか?」
「え、どういうことですか?」
「助教のビンデル先生が海外の大学に移ることになり、助教のポストが急遽空くことになったのです。カイさんには腰を落ち着けて研究をする場所が必要だと思うのですが、助教のポストはどうですか?」
!!
「も、もちろんです! 本当にいいんでしょうか?」
あまりに突然すぎて信じられない。
「はい。これは公募になりますが、私がちゃんと準備しておきます。安心してください」
……公募? 公募だけど安心して良い? どういうことなんだ? 今まで公募では連敗中なんだが、大丈夫なんだろうか?
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そんな会話があった数日後、シラテア先生から居室に呼び出しがあった。
そして、先生は私に一枚の紙を渡した。
「こんな公募にしようと思うのですが、いかがですか?」
そこには『ツクラック大学 魔物学類 助教公募』とあり、仕事内容、応募資格などが書かれている。
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【仕事内容】
魔力吸収材を用いた魔物弱体化方法の構築に関わる基礎および応用研究に従事して頂きます。魔物特性に応じた魔力吸収材の検討や魔物弱体化効果の測定など、経験に応じて従事していただく内容を決定します。
【応募資格】
・魔工学、魔物生態学等の関係する学位を有する方
・魔力吸収材の研究経験を有し、その魔物への応用に意欲を有する方
・呪文学の基礎について講義可能な方(プイソン語が望ましい)
・コミュニケーション能力があり、シラテア研究室のスタッフ等と協調して業務を実施できる方
【担当講義】
採用者の専門に応じて講義・演習科目等を担当して頂きます。
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一見、応募資格に『魔工学、魔物生態学等の関係する学位を有する方』とあるため、かなり門戸を広くしているように見える。
しかし、『魔力吸収材の研究経験を有し、その魔物への応用に意欲を有する方』となると、非常に少ないはずだ。そもそも、魔力吸収材の存在そのものはマリさんが半年ほど前に学会発表しただけであり、その研究者なんてほぼいないだろう。
その上で、『呪文学の基礎について講義可能な方(プイソン語が望ましい)』と、特定言語に強いことまで限定されている。
私は今まで呪文を作成する際にはプイソン語を用いてきた。ただ、同様の性能を持つ言語は他にもあるので、他の言語を用いている研究者もいる。
このような複数の条件を偶然にも満たす若手研究者なんて……明らかに他にいないだろう。
「こ、これって――」
……もしかして、あらかじめ採用者が決まっている公募、いわゆる“デキ公募”?
そう言おうとして、言葉を飲み込んだ。
デキ公募の存在は噂で知っていた。
応募する側も無駄な労力を使うし、選考する側も無駄と知りつつ様々な書類仕事をすることになる。
そんなことなら公募なんてする必要ない。
デキ公募は大嫌いだ。
しかし、それが自分のために用意されるなんて……
シラテア先生が私のためにここまで準備してくれたことに喜んでいいのだろうか?
自らが否定するデキ公募の計画に乗ってしまっていいのだろうか?
罪悪感でいっぱいになる。
「先生、お気持ちはありがたいのですが、公募にしないといけないのでしょうか?」
言葉を選びつつ、先生に確認する。
すると、先生は意図を察したように答えてくれた。
「おかしな話ですが、助教以上は公募にするのがここでのルールなのです。本当は公募にしたくないのですが。しかし、普通の公募の形にすると多くの人に迷惑をかけますから、このように応募資格を限定しているのです。それに公募期間は2週間と非常に短くしてあります。ちゃんと読めば候補者が決まっている公募だとわかるでしょうから、応募する人もほとんどいないでしょう」
そ、そうなんだろうか?
空気を読んだり行間を読んだりするのが苦手な私は、ダメもとで応募して無駄な労力を消費してしまいそうだ。
しかし、先生は淡々としている。
「カイさんが気にする必要はありません。形式上は教員選考委員会や教授会で公募文章や採用候補者選考の議論をしますが、ウチの大学では助教の採用権限は実質的に各研究室にあるのです。それに、本心から私はこのような研究者の方に本当に来て欲しいのです」
「……それでいいのでしょうか――」
「良いのです。安心してください。この条件にカイさんが合致しているのなら、あとは私が話を通します」
「わ、わかりました」
まだ何か腑に落ちないところもあるが、先生がここまでしてくれるのだ。
素直に先生の方針に従うことにしよう。
「では大学の書式がありますから、それで応募書類を作成してください。念のためアルキュミア先生にも応募書類を事前にチェックしてもらってください」
「そうします。先生、ここまで配慮してくださり、ありがとうございます。精一杯成果が出るようがんばりたいと思います」
「あなたの研究環境を準備するのは私に残された最後の使命です。私は私の使命を全うするまでです。私はカイさんが世界を救うと確信しています!」
先生は再びヒートアップしてきそうになったので、再度お礼を言い、退室することにした。
デキ公募に一枚かむことになり、複雑な気持ちだが、来年度から正規の助教になれそうな話を聞き、内心とても嬉しい。
それに、『勤務形態』の欄には『任期5年、1回のみ再任可』との記述もあった。
これまで単年度契約の仕事ばかりだったが、これで安定した職につけそうだ。
偶然が重なったにせよ、つい数か月前にどん底にいた頃を思い出すと今が信じられない。
昔、乳児死亡率が高かったときは『七つ前は神のうち』と言われていたようだが、博士号取得者も『博士号取得後七年以内は神のうち』といった感じだろうか。
確かに、トップ研究者は最初から特別研究員として採用され、そのまま正規の助教として雇用され、そして順調にポストを確保して昇進していく。
しかし、私のような“有象無象”の研究者は時の運によってポストが見つかり、そして育ててくれる指導者との偶然の出会いによって生き残っていけるかが決まる。
モヤモヤとした気持ちが残るものの、でも、いいじゃないか。自分は運が良いんだ。今のうちにできることをしておこう。
そう決心し、研究に専念することにした。




