表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/63

第59話 予備的実験


 まずは魔研費の申請書(正式には研究計画調書という)のドラフトを作成する。


 調書では最初に『1. 魔術的背景、研究課題の核心をなす魔術的「問い」』について記述する。

 

 ここでは魔力吸収による魔物弱体化方法の確立を目指し、その原理と魔物弱体化効果の解明を『問い』として設定することにした。ここで言う『問い』とは、長期的な視点で本研究が目指す方向性を示したものとも言える。


 そして、『2. 目的および魔術的独自性と創造性』を記述する。


 魔力吸収材は新しい技術ではあるものの、その研究はマリさんの魔研費で既に実施中である。それと同じことをしても独自性や創造性はないと評価される。


 今回は魔物に接触させるため、太陽の光をそこに直接当てることができない。

 魔物との接触面から太陽の光があたる場所まで魔力が自然と流れる仕組みが必要である。


 そのため、魔力伝導率の良い魔材を用いてそれを解決できないかと考えている。


 つまり、魔物向けの魔力吸収材の開発が本研究の目的である。


 このあたりを『3. 着想に至った経緯や、関連する国内外の研究動向と本研究の位置づけ』にも記述する。


 先行研究については存在していないことを確認した。

 魔物に魔法攻撃をわざとさせ、魔物の魔力を減らしていく戦い方があるようだが、それとは原理的に大きく異なる。


 マリさんの魔研費の研究と連携しつつも、独自性・創造性のある研究であることを主張する。


 また『4. 何をどのように、どこまで明らかにしようとするのか』についても記述が必要である。

 具体的な実験方法やスケジュールを書くところである。


 今回はシラテア研究室で飼育している“暴食白狼(ホワイトウルフ)”を対象にして実験する予定である。


 ただ、“魔物”といっても多種多様である。なぜ暴食白狼(ホワイトウルフ)を選定したのか論理的な説明が必要である。事実としては『ウチの実験室で飼育しているから』といったのが理由であるが……、さすがにそれを素直に書く勇気はない。


 実験用の魔物として暴食白狼(ホワイトウルフ)が便利な理由が何かあるのだろう。この辺りは専門外であるため、よくわからない。シラテア先生とかにアドバイスを頂いた方が良さそうだ。


 そして、『5. 目的を達成するための準備状況』である。


 しかし、まだ実際の魔物で実現可能性(フィージビリティ)をチェックしていないので、ここは書きにくい。

 やはり簡単でいいので実験をしておかなければならない。

 それに、魔物生態に関する基礎知識ぐらいは勉強しておく必要もありそうだ。おすすめの専門書をいくつか教えてもらおう。


 そして、最後は『6. 応募者の研究遂行能力及び研究環境』である。


 この研究提案に関係する論文発表実績などを書くのだが、まだ魔力吸収材に関する研究発表はしていない。現在執筆中のマリさんとの共著論文が申請までに受理(アクセプト)されたら説得力が増しそうだ。


 それに昨年度は何も研究成果を出していない。これでは研究活動(アクティビティ)が低いと評価されるであろう。非常に良くない。


 論文執筆を急がないといけないし、学会発表もしていく必要がありそうだ。


 そして、研究環境については魔物を飼育している研究室であり、実験が容易にできることを強調して記述する。あまり他に真似できないところだろう。


 予算については魔材の調達費や調合費で300万、魔物の飼育費に150万を計上した。それに学会参加費と資料購入費が50万で、合計500万リブラ。研究期間として申請する3年の総額である。


 “若手研究”は総額500万以内だから、申請可能な枠をすべて使った。


 本来、魔物の飼育費は魔術技官の人件費を考えると全然足りないのだが、このあたりは研究室全体の他の予算で工面してくれているので、それに甘えさせて頂く。




---


 このような調書に対し、審査員は『1. 重要性』、『2. 妥当性』、『3. 研究遂行能力・研究環境』の3側面について1点から4点の4段階評価をする。ただし、『非常に優れいている:4点』を付けるのは全体の10%、『優れいている:3点』は20%といった具合に、その割合が決まっている。


 審査員は“若手研究”の場合、4名。


 採択率などによって異なるが、採択されるには平均点が3点以上必要となることが多い。そのため『普通:2点』や『劣っている:1点』が入ると採択は厳しくなる。


 4人の審査員の評価が、『4点、3点、3点、3点』となるのが当落ラインといったところか。


 審査員は一人当たり100件程度の調書を同時に審査する。しっかり読み込んでくれるとは限らないし、それらすべての最先端の研究状況を把握している訳ではない。かなりわかりやすく書いておく必要があるようだ。


 特に、今回の申請は魔材学と魔物生態学の学際的研究である。


 審査区分を『魔材学』として申請すると、審査するのは魔材学の専門家であるため、魔物生態学に関して言えば素人である。


 逆に『魔物生態学』として申請すれば審査員は魔材学の素人となる。


 研究手法や専門用語の使い方も含めて研究分野が違うと常識も違う。申請する審査区分によって書き方も考える必要がありそうだ。


 そして、アダマース先生から以前教えて頂いたように、『文字ばかりにならないよう適宜図表を入れる、目安は1ページ1つ』『起承転結を明確に』といったポイントを思い出しながら執筆した。



 そして、実現可能性を確認するための簡単な実験を進めた。


 まずは魔物向けの魔力吸収材を試作する。

 今回は裏面も含めて全面に膜を作成した。

 裏面が魔物に接触するところで、ここから魔物から魔力を吸収する。(おもて)面が光を受けるところで、そこから中心部の魔材に魔力が移動する。


 (おもて)面に含まれる魔力濃度が減少すると、魔力濃度を均一化させるために裏面から膜の表面(ひょうめん)を伝わって魔力が移動してくる、といった仕組みである。


 動作自体は人間で確認してもいいのだが、ヒトを対象にした実験、いわゆる人体実験については倫理審査も含めて面倒な学内審査が要求される。


 しかし、安全性に関する客観的データを整えることは無理そうなので、やはり魔物で実験することにした。



 ----


 試作した魔材を手に、魔術技官の方と一緒に魔物を飼育している実験棟へ向かった。


 実験棟は魔物が逃げ出さないように、そして関係者以外が勝手に侵入しないよう厳重に施錠されている。


 いかにも怖そうな魔物の看板があり、危険施設であることを示している。


 魔術技官の方に案内され、おそるおそる中に入る。


 すると、何頭もの魔物が我々を威嚇する叫び声ともうなり声とも言えない声を一斉にあげた。

 恐怖で足がすくむ。


 しかし、魔術技官は『大丈夫ですよ。気にしないでください』と、私の緊張を解こうと笑顔を見せてくれる。


 彼は慣れたものである。


 部屋に入ると、10個程度の(ケージ)があり、暴食白狼(ホワイトウルフ)が一頭ずついる。


 どの暴食白狼(ホワイトウルフ)も私たちに敵意をむき出しにし、(ケージ)を壊そうと大暴れし始めた。


 鋭利な牙で(ケージ)を噛み切ろうとし、魔物のうなり声と(ケージ)の金属音で部屋が充満する。


「……こ、これで第1級の魔物なんですか? そ、想像以上に狂暴ですね……」

 今までこんな近くで魔物を見たことなんてない。それに目の前で私を食べようと暴れているのである。すぐにでもここから逃げ出したい気分だ。


『ざんねんなまもの(・・・)事典』で読んだ魔物のイメージとはだいぶ違う。


「そうだよ、暴食白狼(ホワイトウルフ)は物理攻撃しかできないからね。まだ扱いが楽な方なんだよ」

 魔術技官は落ち着いて答えてくれる。


 そして、

「じゃあ、コイツにしましょうか」

 彼はそう言うと、睡眠(スリープ)の魔法を詠唱した。


 すると、その暴食白狼(ホワイトウルフ)は急におとなしくなり、そのまま床に寝転んだ。


 あまりの手際の良さにびっくりする。


「強めにかけたので、これで半日は寝てます。もう大丈夫ですよ。寝てるとカワイイもんです」


 魔術技官の方は手を(ケージ)に入れて魔物の体を撫でたりモフモフしたりと楽しんでいるが、そんなことをする気にはなれない。


 私たちは(ケージ)ごと一頭の暴食白狼(ホワイトウルフ)を外に連れ出した。


 日光に当てないと魔材は動作しないからである。


 そして、棒の先端に付けた魔力吸収材をそっと(ケージ)の中にいる暴食白狼(ホワイトウルフ)の体に押し付ける。


 ……頼むから魔力を吸ってくれ!


 私が念じていると、ボウッと魔材が光り、魔力吸収が始まった。


 あまり吸収速度は速くないが、確実に魔力を吸収している。


 ……うまくいっているんじゃないのか!?


 魔材中の魔力が十分に増加したことを確認し、魔物からそれを離した。


 ただ、念のため同じ魔力吸収材をもう一つ用意してきた。

 こちらは魔物と接触させずに太陽の光を当てるだけにしている。


 もしかしたら空気中の魔力を吸収しているだけかもしれないので、対照実験(コントロール)として用意した物である。


 もしそれよりも魔力が吸収されていたら、魔物から魔力を吸収していると考えられるだろう。


 これ以上魔力を吸収しないように木箱の中に2つの魔力吸収材を素早く入れた。次は魔力吸収量の測定である。これで実際に魔物から魔力が吸収できたか確認できる。


 私は魔術技官にお礼を言い、試験室へ急いだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ