第58話 研究費の申請
王都トトオヴェルロからツクラックへ引っ越しをした。
シラテア先生が主宰する魔物生態研究室には、シラテア教授に加え、准教授、助教、そして4名の魔術技官がいる。魔物を実験対象として飼育しているため、スタッフの数が多い。一方、学生は学部4年が2名、修士課程が3名、博士課程が3名と少人数である。
各自の研究テーマは当然ながら魔物の生態に関するもので、私のように魔材に関するものではない。私の研究テーマは完全に浮いている。
ただ、ツク大には魔理工学群という、いわゆる魔理工学部に相当する学部もあるため、全学共通のセンターである研究基盤総合センターには様々な魔材加工や性能試験のための設備がある。
そのため、まずはマリさんよりもらった魔材を薄くスライスする加工を試みた。
しかし、薄く切ろうとすると想像以上に脆くて簡単に割れてしまう。マリさんの言う通り、普通に切断するだけではこれ以上薄くするのは無理そうだ。
そこで、次は魔材を溶かして、本体をさっと浸けることで表面に薄い層を作る方法を試みた。
これはなかなか良いアイデアで、切断するよりも薄い膜のような層を作ることができた。
しかも溶かして積層したので、魔材の間に隙間も発生していない。
試しに日光を当てて動作確認をしたところ、今までもよりもかなり効率が良くなった気がする。
シラテア先生にそれを報告すると、『ああ! やはりあなたは救世主です!』といって今まで以上にテンションが上がっていた。
相変わらずその勢いにはたじろぐしかないが、喜んでもらえて何よりである。
私はそれをマリさんに送り、性能確認をしてもらうことにした。
ただ、シラテア先生からは課題も出された。
魔材学の専門家として、魔物生態研究室らしい研究テーマを今のうちに立ち上げて欲しい、というのである。
つまり、魔材学と魔物生態学の融合による学際的研究テーマを考えろ、ということだ。
そして、研究代表者として魔研費を申請して研究費を確保すべきだ、とも。
確かにその通りである。マリさんと魔材の研究をするだけなら、私がこの研究室にいる意味がない。それに、将来“研究室主宰者”として独立にするには、自らが先導する研究テーマを立ち上げないといけない。下請け的な研究だけでは良くない。
そして、魔研費といった研究費を自らの力で申請し、獲得しなければならない。
トオ大に特任助教として着任した際には魔研費の申請資格を得たため、“研究スタート支援”という種目の申請が可能であった。
しかし、当時は研究費が潤沢にあったため、申請を見送っていた。
また、それ以降は申請時期には研究不正の処分決定待ちであったため、同じく申請を見送った。
今から考えれば、採否はともかく申請しておくべきだったと後悔しかない。
外部資金獲得実績は研究者の評価対象になる大切な業績である。
まだ私にはそれが一件もないので、公募戦線では研究力が低いとみなされる。
研究費が不要な環境であっても、外部資金獲得実績が無いと上の職位へ行きにくいため、無理にでも申請して獲得実績を作っている研究者もいるようだ。明らかに本末転倒であるが……。
それはともかく、魔研費には様々な種目があるが、今なら学位取得後8年未満の研究者だけが申請できる“若手研究”という種目に応募できる。
最近は若手支援と言う名目で採択率が40%程度となっており、他の種目の30%程度よりも高い。
“若手研究”の研究期間は2~5年。研究費は総額500万リブラ以内。
この魔研費の取得は若手研究者にとって登竜門と言えるだろう。
ただ、魔材学と魔物生態学を融合させた研究テーマとは何だろうか?
なかなか良いテーマが思い浮かばない。
魔力吸収材のさらなる改良を考えながらも、新しい研究テーマについても悩んでいると、マリさんから手紙が届いた。
『魔力吸収量と速度がかなり改善しています。魔材の改良も進んだので、早速、論文投稿しましょう。打ち合わせをしたいのでハン大に来てください』
とのことである。
もう論文投稿? と思ったが、かなり性能改善したのであればそれもアリだろう。
それにハン大に行く口実ができたのもうれしい。
日中できるだけゆっくり滞在できるよう、今回は夜行乗合魔動車で往復するという旅程にして、再びハン大に向かった。
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研究室では笑顔のマリさんが出迎えてくれた。
「さすがカイくんね。いきなり性能大幅アップしたよ!」
マリさんはうれしそうだ。
「良かったです。もしかして、実用化レベルまで性能は良くなったでしょうか?」
「うーん、さすがにそこまでは改善していないかな。回収した魔力は再利用できるから、魔石の価格程度にまで魔力回収コストを抑えたいのよね。今の段階だと実験用の魔石1個相当の魔力回収に50万リブラぐらい必要かな。実験用の魔石が今は1個4万リブラぐらいするから、だいぶ近づいたけどね」
「え!? 以前はそれよりもコストがかかっていたんですか?」
「そうよ、前の作り方だと200万以上必要だったからね」
「そうなんですか……。やはり魔石の耐久性や魔力回収量もまだまだ改善しないといけない、ということですか」
「そうね。それには魔材の種類や配合も改善しないといけないし、表面層も欲を言えばもっと薄い膜にして欲しいかな……」
「わかりました。挑戦してみます!」
そして、私たちは魔材の改良方法についてあーでもないこーでもないと意見交換した。
投稿論文については、私が筆頭著者として草稿を執筆し、マリさんが責任著者として全体統括や魔材合成の部分について執筆することになった。
わが国では資金確保した上司にあたる人、この場合では私の人件費を提供しているシラテア先生を自動的に共著者に入れることが多い。
しかし、今回は専門も違うし、直接は論文に関わっていない。
どうすべきか判断に迷うため、シラテア先生に率直に相談することにした。
そして、シラテア先生から出されたあの課題――魔材学と魔物生態学を融合させた研究テーマの作成――についても相談した。
「なかなか良いアイデアが思いつかなくて、悩んでいるんです。魔物用の檻や首輪を作るための魔材とか、魔物が好きそうな魔材、嫌いそうな魔材を作るとか……ロクなアイデアがないんです」
しかし、マリさんは意外にも前向きだ。
「そうかな? そのアイデアおもしろいんじゃないの?」
「そうですか?」
「例えばこの魔力吸収材は明らかに『魔物が嫌いな魔材』なんじゃない?」
!!
「そうか! これで首輪とか作ったら、魔物の魔力を吸収できませんかね? 魔物は魔力で強くなるらしいけど、逆に魔力を吸収したら弱くなりますよね?」
「魔物から直接魔力を吸収できるかはわからないけど、もし魔力を吸収できたら弱るでしょうね」
「そしたら、魔物を弱体化させつつ、魔力も回収できるかも!」
「うん。どうやって魔物に魔力吸収材をくっつけるか、という課題もあるだろうけど、空気中の魔力よりも魔力濃度は高いだろうから、魔力吸収はしやすい可能性もあるね」
「マリさん、そのアイデア、使わせてもらっていいですか?」
「もちろんいいよ。といってもカイくんが考えたアイデアでしょ。それに同じような研究が既にされているかもしれないから、シラテア先生ともちゃんと相談してね」
「わかりました! 魔物に直接接触して吸収させるなら、最適な魔材の種類もきっと違うでしょうね。魔材学と魔物生態の知識の両方が必要ですから、まさに僕がシラテア研究室に入ってやる研究としてぴったりのように思えます!」
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ツク大に戻り、シラテア先生にこのアイデアを伝えたところ、『それはすばらしいアイデアです。ぜひ進めてください』とのことであった。
魔物を倒すことで、魔物中の魔力は魔石として回収可能である。
しかし、生きた魔物から魔力を抜く方法は考案されていないようだ。
秋の魔研費申請時期まで時間があるが、まずは申請書案を執筆することにした。
念のため先行研究の確認もしないといけないし、予備的な実験をしておくと申請書に説得力が出るとのこと。直前に急いで執筆するよりは、余裕をもって準備しておくのが大切なようだ。
魔力吸収材の改良と並行し、新しい研究テーマの準備を進めた。




