第55話 研究の意義
居酒屋に入り、まずは麦酒を注文して乾杯した。
まずはお互いに近況報告。公募への応募状況や、残念な結果について報告する。
ただ、私の状況については既にランスから報せてもらったとのこと。どうやらランスがほうぼうに手紙を送り、仕事がないか探してくれたみたいだ。
ランスには感謝しかない。
もちろん、その手紙を受けてシラテア先生を紹介してくれたマリさんにも感謝である。
ちなみにマリさんは5年間のテニュアトラック期間の1年目が終わるところ。ここでは3年目にも審査があり、もしそこで顕著な業績があると判断された場合はそこでテニュアを付与される可能性もあるらしい。
そのため3年目でのテニュア獲得を目指して今は教育、研究、運営と多忙な日々を送っているようだ。
しばらくすると、マリさんは麦酒片手に今後のことを話した。
「魔力吸収材の仕組み、ちゃんと伝えたいから今度はもっと時間に余裕をもって来てよね」
マリさんは私がシラテア先生のもとで博士研究員をするのが決定事項のように話をする。
確かにマリさんと一緒に研究できるのは大変楽しみだ。しかし、正直なところまだ決断できずにいる。
「で、でも実は博士研究員をするかまだ決めていなくて……」
「えっ!? そうだったの? 先生の手紙でてっきり決定事項だと思ってたんだけど……。もう3月も終わっちゃうよ? 何か気になることでもあるの?」
「はい、いくつかあります。まずはシラテア先生の言う魔力の魔物濃縮って本当なんですか? その……シラテア先生ってちょっとアレなので……」
するとマリさんは笑った。
「まあ最初はそう思うよね。純粋な人だから。でも魔物生態学の研究者としては信頼できるよ。私もその分野は専門じゃないからわからないけど、少なくとも学会では一流の研究者として名が通っているみたいね」
「でも、それが本当ならもっと大騒ぎになってませんか? 大問題ですよね?」
「そうね、大問題。だけど、魔学的に証明された訳じゃないし、論文にもなってないからね。客観的にみたらまだシラテア先生の直感レベルというべきものだから」
「え? そんな状態なんですか? じゃあマリさんの魔力吸収材も無意味かもしれないんですか?」
「まあね。でも、もし研究成果の用途がなくても、そんな現象を明らかにするだけでも価値はあると思うの。どうせ他にこんなこと研究している人もいないし」
「そうなんですか……」
「じゃあ、カイくんはどんな研究がしたいの?」
「実は……実家がたまに魔物に襲われるんです。なので、それを倒せる最強の武器が作りたい、そのための研究をしたい、というのが本心です」
このことは既にマリさんに話したことがある。ただ、あのときはマリさんが酔っ払っていたので覚えていないようだ。
「そっかー。その純粋な気持ちはわかるけど、やっぱ魔力吸収材の研究がいいんじゃないの?」
「え、なんでですか?」
「だって魔力吸収材を大量に作れたら、強い魔物はいなくなるんだよ。目的と手段、ごっちゃになってない?」
!!
そ、そっか、武器を作るのは手段。
目的は強い魔物が家を襲わないようにすることだ。
「た、確かにその通りですね……で、ですが……」
「ん? まだ他にも気になることがあるの?」
「はい。魔材の魔法鍛錬の研究もやり残したことが多いような気がして……この前なんて、魔法鍛錬が少ない魔力量でもできることを発見したんですが、数か月の差で既に発表されていて……悔しくて悔しくて。今すぐにでも研究を再開したいです。そうしないと競争に負けてしまいます」
「うーん……つまり、カイくんはその研究者よりも一日でも早く論文を発表したかったってこと?」
「はい、もちろんです」
「じゃあ、もしもだよ、もし一日だけ早く発表できたとして、カイくんがした“貢献”って何かな?」
マリさんはいたずらっ子のような顔をしているが、目は真剣だ。
「え? どういうことですか?」
「あと一日待てば他の研究者がその成果を発表するんだよ。だから、“一日早く新しい知識を作った”、というのがカイくんの“貢献”になるんじゃないかな。半年や一年も一生懸命研究した成果が、“一日だけ早く知識を作った”だけというのは寂しくない?」
!!
「そ、そんな考え方、したことありませんでした。誰よりも早く研究成果を出すことに意味があるとだけ――」
「最初に発見した人だけが研究論文として業績を上げられるのは確か。私たちは業績がないと生き残っていけないからね。それは大事。でも、論文を出すことばかり考えてしまったらダメだと思うの。自分らしい意義のある“貢献”って何か、常に考えるのが大事なんじゃないかな?」
「じゃあ、これまでやってきた研究にはほとんど意味がなかったんでしょうか?」
「いやいや、魔法鍛錬の経験則を明らかにしたのはすごい“貢献”だと思うよ。新しい研究領域を切り拓いたからね。でも、もう魔法鍛錬は多くの研究者が注目する競争の激しい研究領域。同じような研究を多くの人がしているから、自分らしい研究をする、というのは難しいんじゃないかな。例えば魔材を熱しつつ魔法鍛錬をしてみるとか、いろんな実験が既にされていると思うの」
あ、熱して魔法鍛錬するというアイデア、実は考えていた……やっぱそれぐらい他の人も思いつくのか―――
マリさんは続けた。
「博士課程時代の研究を発展させるのも確かに一つの手だとは思うよ。でも新しい研究テーマがないときの“逃げ”にしちゃだめ」
うっ、その一言は痛い。図星だ。
「た、ただ、魔力吸収材が本当に役に立つかわからないのに、それを研究対象にして良いんでしょうか?」
「私はそれで良いと思っているよ。民間工房は何の役に立つかわからないものにお金を出して研究しないでしょ? でも、必要になるのがわかってから研究するのでは遅すぎるかもしれない。使い道のない研究成果になってしまうかもしれないけど、リスクをとって挑戦するのが大学の研究者の役割だと思っているの。それに、もしかしたら私たちでは思いつかない用途で成果が使われるかもしれないしね」
「確かにそうですね……」
「もしシラテア先生の直感が本当なら、この世界はどうなると思う? どんどん魔物は強くなって被害は増えるようになるよね。それを防ぐことに、自分の知識や経験が“貢献”できるかもしれないのよ」
そうだ、もしそれが事実だとしたら、誰かが解決策を考えないといけない。
そういえば、実地研修の時、魔鉱山で賄賂の話を聞いた。あのとき、一学生ではあまりに無力だと思い、最初から諦めて結局自分は何もしなかった。
しかし、今は違う。この問題であれば……解決策を出せるかはわからないが、少なくとも考える訓練はたくさんしてきたではないか。何か自分らしい“貢献”ができるかもしれない。
「カイくん、もしかしたら世界を救う研究者になれるかもしれないのよ? 一緒に研究しようよ!」
マリさんが畳みかけてきた。
これに抗うことなんて、できるわけがない。
本当はマリさんの魅力に負け、結論は早々に出ていた。
でも心の中に何か“ひっかかり”があり、それが原因で決断できずにいたのだ。
マリさんがそれを明確にしてくれて、さらにはきれいに掃除までしてくれた。
「マリさんには敵いません。ぜひ一緒に研究させてください!」
私がそう返事をすると、マリさんは格別の笑顔を見せてくれた。
そして、両手を挙げて
「やったー! いいオトコ、ゲットォー!」
と叫んだ。
同時に、
「ゴフッ……!!」
と私は本日二度目の謎の音を出してしまった。
心臓発作で死にそうだ。
しかし、マリさんは気にせず、
「よぉし、もういっぱい!」
といって追加のお酒を注文している。
そして、二人分の新しいお酒を持ってきたマリさんは
「はぁい、これはカイくんの分ねぇー」
と私の前にお酒を置き、大きなため息をついた。
「はあぁぁぁ。ごめんねぇー、なんか私、シラテア先生に似てきたかもねぇー。熱く語っちゃったねぇー」
と言い、蒸留酒らしきものをグイっと飲んだ。
ん? なんか語尾がふにゃふにゃしている?
「マリさん、明日も大学ですよね? 飲み過ぎてないですか?」
「ぜーんぜん、だぁいじょーぶー」
し、しまった、マリさん飲み過ぎると扱いに困る人になるんだった――




