第53話 新たな研究分野
ランスからは自信と勇気、そして何より元気をもらった。
自分が挑戦できそうな公募への応募を続けるという行為そのものは同じだが、前向きな気分でできるようになった。
そして、それに並行してリンドロフ教授へも手紙を送った。
国際語で履歴書を書くのはもちろん初めてであるが、とにかく気合で作成した。
たぶん国際語の出来はイマイチだが、魔材学への熱い想いを繰り返し文章にした。きっと気持ちは伝わるだろう。
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3月になった。
残念ながら相変わらず不採用の手紙が届くだけで、進捗は無い。
しばらくはランスからもらった元気をもとに就職活動を続けてきたが、徐々に息切れしてきた。
やはり自分には何か根本的な欠陥があるような気がする。
このままだと王都トオヴェルロにいる理由もない。ここは家賃が高いし。
幸いにもこの3月まではトオ大が給与を払ってくれているため、現時点では収入に問題がない。給与も額面年収にしたら480万リブラ程度と悪くはない。
できる限り節約して貯金を残しているが、実家に戻って就職活動をする方がいいかもしれない。
……そろそろ決断しないといけないか――
そんなことを思っていた矢先、不思議な手紙が届いた。
差出人はツクラック大のミク・シラテア教授という人だ。
手紙の内容は『博士研究員として魔力吸収材の研究をしませんか。ぜひ至急研究室に来てください。歓迎します』といったもの。
朗報はうれしいのだが、この求人、応募した記憶がないのだ。
多くの応募書類を作成したが、そのたびに応募時期と応募先は一覧表にして整理しているので、自分が忘れている可能性は低い。
しかし、私の住所を知っている訳だし、私が魔材の専門だとも知っている。
もしかしたら新手の詐欺なのだろうか?
訝しいながらも、まずはこのシラテア先生の研究内容を図書館で調べてみることにした。
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どうやらシラテア先生は魔物生態学が専門。
所属はツク大の魔物学類の多様性コース。
『多様性コース』とは多様な魔物の生態を解き明かすことを目的にしたものらしい。
シラテア先生は魔物を用いて魔物を撃退しようと、魔物を手懐ける方法を研究している。
例えば第1級の弱い魔物に毎日魔石を餌として与えていると、魔石を食べようと近寄ってくるようになった、との研究論文を発表している。
『魔物が人間に懐いた可能性が示唆された』
といった結論になっている。
……そ、それって単に魔石が欲しいから近寄っているだけなのでは――? それに、『可能性が示唆された』だけで論文になるんだ……
研究分野が違うと研究の方法や成果への考え方が違い、いろいろカルチャーショックを受ける。
ただ、いずれにせよ魔物の生態については謎が多く、人間が命令を出して魔物を自由に操るのは相当難しいことがよくわかった。
また、シラテア先生は魔物の魔力摂取量と魔物の強化量の関係性を明らかにしたことで、魔物学会からも表彰を受けている。
魔物学会の理事もしており、どうやらこの分野では著名な研究者のようだ。
でも何で魔物について碌に知識のない私がシラテア先生に呼ばれているのだろか?
しかも研究テーマは魔力吸収材。
そもそも魔力吸収材とは何だ?
魔畜器とは違うのか?
論文検索したが、それらしいものは見つけられなかった。
よくわからないことが多い。
疑問は尽きないが、他に行く仕事もない。既に3月中旬である。とにかくツクラック大のシラテア研究室にお伺いすることにした。
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ツク大は研究学園都市にある。
この研究学園都市は国の様々な研究機関が国策として集中的に設置されている新興都市である。
王都トオヴェルロからはツクラック急行魔動車で行けばすぐである。
昔は陸の孤島にある大学のため、ツク大は学生同棲率が国内一の大学として有名であった。最近はツクラック急行が走るようになり、トオヴェルロからも通学できるようになったので同棲率は低下したようだ。いったい誰がそんな統計を取っているのか知らないが……。
ツクラック急行を降り、少しばかり道を歩くとツク大である。広大な敷地の中を少し迷いつつ、なんとかシラテア先生の研究室にたどり着いた。
研究室のドアの横にはシラテア先生の名前が彫られた魔石があり、在席を意味する青色にぼんやり光っている。
……よし、いくぞ。
意を決してノックする。
……トントン
「はい、どうぞ」
部屋の中から少ししわがれた、しかし張りのある女性の声がした。
「失礼します。カイ・ウェントスと申します。お手紙を拝読し、お邪魔しました」
まずはとにかく元気に挨拶だ。
ドアを開けて部屋に入ると、背の低い白髪の女性――おそらくシラテア先生――は急に喜色満面となり、椅子から立ち上がった。
「ああっ!! カイ・ウェントスさんですか! ようこそ来てくれました! あなたはこの世界の救世主になるのです!」
……は、はひ?
そして、私に近寄り、両手をしっかり握ってきた。
先生の顔が急に真剣になった。
「このままでは魔物が跋扈する魑魅魍魎の世界になります。我々は未来を想像しなければなりません。人類はやりすぎたのです。今こそ我々は目覚め、人々に救いの道を示すのです。そして、その先頭に立つのがあなたです。それがあなたの使命です」
え、えぇ?
こ、これ、明らかにヤバい系じゃない?
多様性コースというけど、これは多様性のある教員が在籍するコースという意味なんじゃないだろうか?
仕事は欲しいが、ここは違うような気がする。
いかにしてこの部屋を円満に脱出するか、考えないといけない。
部屋を見渡すと、様々な魔物を模した不思議な置物が所狭しと置いてあり、異様な雰囲気を醸し出している。
しかし、シラテア先生は私を部屋の奥へと連れていき、椅子に座らせた。
「今、人類は魔石を使いすぎ、世界の魔力濃度が上昇しています。そして、それにより魔物が活性化し、より強い魔物が発生しています。これは因果応報、人類の自業自得です」
ちょ、ちょっと待ってくれ。
確か以前それに近い仮説を思いついたことはあった。
でも大気中の魔力濃度は魔物強化には全然足りないのではなかったのか?
「せ、先生、それは本当ですか? 魔物を強化するほど魔力濃度は上昇しているのでしょうか?」
「そうです。魔物は動物や植物を食べ、魔力濃度を高めています。生態系を通じた魔力の魔物濃縮です。いますぐにでも魔石の使用量を減らし、大気中の魔力を回収しないといけません。魔力吸収材が必要なのです」
な、なるほど。
その『生態系を通じた魔力の魔物濃縮』とやらはよくわからないが、『魔力吸収材』という研究テーマが出てきた背景は理解できた。
「しかし、そんなこと可能なんでしょうか? 大気中の魔力は非常に薄く、回収するのはとても大変です」
魔力を回収するために、それ以上の魔力を使っては意味がない。
魔力学の第2法則は、魔力は高いところから低いところに移動し、その逆は起こらないという法則である。いわゆるエントロピー増大の法則である。
空っぽの魔石に魔力を再び入れることはできるが、そのためには魔力が必要となる。
魔石に詰めた以上の魔力が大気中に放出される訳だから、本末転倒である。
そんなの無理なんじゃないだろうか?
魔力を蓄える魔畜器でも効率は絶対に100%以上にはならない。
100%以上になったらそれは永久機関である。
「いえ、それができるのです。最近実験で成功したという研究が発表されたんですよ」
「そ、そうなんですか……」
なんだか怪しさ満点である。
「私は残念ながらあと1年で定年です。それに魔材学の専門ではありません。だからこそ、私はせめて『魔力吸収材』の研究者を生み出し、退官したいと考えているのです。カイ・ウェントスさん、すぐにでもここで研究を始めてください。そして、『魔力吸収材』の先行者になって世界を救うのです!」
シラテア先生は頬を上気させ、真っ直ぐな眼差しで私を見つめている。
面接される気分できたが、今は逆に強いラブコールを受けている。
でもそれが怖い。
「た、ただ、私は魔材学を学んできたとは言え、『魔力吸収材』については完全に素人です。どんな原理かもわかっていません」
「大丈夫です。この研究をしているハンハーブル大学のアルキュミア先生に教えてもらったらいいでしょう。あなたなら、いえ、あなたしかできないのです!」
「そ、そうですか……」
どこからそんな確信が出てきているのだろうか?
ん?
んん?
アルキュミア先生?
「すみません、そのアルキュミア先生というのは、も、もしかしてマリ・アルキュミアさんという名前ですか?」
「そうですよ。カイさんを紹介してくれた先生ですよ。一緒に研究していたんですよね?」
ええええええええっ!!!
マ、マリさんがこの研究やってるの?
しかも私を紹介してくれた?
マリさんもおかしくなっちゃったのか?
いや、マリさんなら何か本当に大発見をしたのかもしれない――
「シラテア先生、まずはマリさ……いや、アルキュミア先生に詳しくお伺いしてみたいのですが――」
「もちろんです。すぐにでもハンハーブルに行ってください。まずは原理をマスターする必要がありますからね。アルキュミア先生も歓迎するでしょう」
「あ、ありがとうございます!」
早速、先生は学外者の私を出張させるための手続きをし始めた。
よく状況が飲み込めないが、とにかくマリさんのいるハンハーブルへ行こう。




