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第51話 自省

 2月。あれから半年が経過した。

 大学は魔学研究行動規範委員会でこの件について慎重に調査を進めている。

 私にも何度か事情聴取の呼び出しがあり、研究活動の実態について事実確認が行われた。


 その後の研究活動はというと、予算がないため何もできない。

 あえて言えば、図書館は自由に使えるため論文を読むぐらいならできる。


 後期に開講された学生実験は普通に担当した。

 まだ正式に我々の処分が決定していないので、教育活動は通常通りだ。


 でも学生たちはいろいろな噂を知っているようで、私に対してはよそよそしい態度である。あまり学生との雑談もなく、機械的に実験手順を説明するだけの日々が続いた。


 アートルム先生はあれから姿を見ていない。連絡も取れず行方不明であるが、形式上は休職扱いになっている。

 プロケラ先生はというと、アートルム先生の講義も含めて教育活動だけを淡々としている。


 そして、後期の授業が終わったころ、大学としての処分が正式に決まった。


 アートルム先生は懲戒解雇。

 プロケラ先生は停職6か月。


 私はというと、今回の不正への関与は認められなかったため、年度末までは特任助教としての地位を守ってくれることになった。つまり、処分対象にはならなかった。


 私については、本来であれば不正に気付ける立場であったため、何らかの処分をすべきだという意見もあったようだ。しかし、プロケラ先生が研究室内では研究内容が明確に分かれており、私が関与できない状態であったと説明してくれたようだ。実際、アートルム先生との共著論文・学会発表は一報もなかった。

 プロケラ先生が私を守る形で責任を引き受けてくれた。


 プロケラ先生は私と二人きりの時、今までになく丁寧に謝罪をしてくれた。

 しかし、私は先生に感謝こそすれ、うらんだりしていない。


 予算と権限を与えてくださり、自由にさせてくれた。

 現場の事務手続き(ペーパーワーク)も極力排除してくれていた。

 親分肌のボスは、仕事がやりやすかった。

 

 もちろん、本来ならアートルム先生の不正に気付けなかったプロケラ先生が悪いのだろう。実際、プロケラ先生は監督すべき立場であるにも関わらず、実験結果の捏造・改ざんを防止できなかったとして処分されている。


 論文の責任著者は、論文の内容が十分に正確かどうか慎重に検討する義務がある。

 

 研究費獲得のために特別な成果が必要な研究室の雰囲気、任期切れ目前で起死回生の成果が必要な若手研究者、そして研究の過度な役割分担。不正を生み出す土壌が揃っていたのだろう。



 そんなことを思いつつも、私はひたすら落ち込むだけの日々を送っていた。


 まず、アートルム先生のギフトオーサーへのお誘いについつい流されて乗ってしまったという自責の念。


 ギフトオーサーが悪いとはわかっている。

 しかし、いざ自分がお誘いを受けたとき、目の前の業績につられて承諾していた。それらしい言い訳を都合よく考えて、自分を納得させていた。


 もしアイリさんの訪問が数か月後で、アートルム先生との共著論文が作成されていたら、私も処分対象であっただろう。

 

 もしそうなれば……いや、考えたくもない。


 いい加減、自分はもう一人の研究者なんだと自覚を持たないといけない。

 たとえ目上の人であっても悪いものには悪いと言う、危ないものには近づかない、そんな勇気が必要だ。

 そうしないと自らのアカデミックキャリアを失うことになる。

 目の前の人間関係よりもそれがもっと大事だ。


 あと、自分の目で事実を確認するという作業を怠っていたのも反省点だ。

 顕微鏡で魔法陣を自分で見ようとしなかった。これは健全な批判力の欠如、もしくは好奇心の欠如とも言えるだろう。ちょっとした労力でこれぐらい確認できたはずだ。


 処分対象にならなかったのは、単に運が良かっただけだ。



 ただ、状況は悪くなる一方。


 トオ大での来年度はもうない。4月からの仕事(ポスト)を探さないといけない。


 あれから助教、特任助教、博士研究員(ポスドク)、研究所の研究員など、自分に就けそうな仕事(ポスト)の公募へはひたすら応募している。何通履歴書を作成したかわからないぐらいだ。


 このような仕事(ポスト)の公募は一年を通じてそれなりの件数がある。


 ちなみに公募への応募は、各大学や研究所が独自の業績様式を定めていることが多い。

 そのため論文や学会発表の実績などをその独自の様式に合わて転写(コピペ)する必要があるのだが、微妙に様式が違うため結局1件1件作業をしないといけない。

 これが意外と面倒である。

 私のように駆け出し研究者でも例えば学会発表実績だけで20件もあるのだ。

 大学によっては開催場所や開催期間、主催団体を明記する必要があるなど、とにかく書く内容も様式もバラバラだ。


『各論文の内容を200字以内で要約したものを添付せよ』といった要求もある。

 そのため各論文の要約を作成するのだが、別の大学では『300字で要約せよ』となっていて、また書き直す。


 そして、主要論文として3報を転写(コピペ)して提出するよう求める大学も多い。それを各5部などと要求されると、100ページ以上も転写(コピペ)する必要がある。


 郵送代も含め、就職活動はお金と時間が意外と必要である。



 しかし、どれも結果は不採用。


 自分の実力不足もあるだろう。

 ただ、プロケラ研での不正の噂はかなり広がっているようだ。


『プロケラ研で働いていた特任助教なんて危なくて雇えない』


 そんな感じだろうか。


『――より一層のご健勝とご活躍を心よりお祈り申し上げます』


 といった不採用を報せる“お祈り手紙”が届くだけだ。



 私の業績は魔法鍛錬の論文が主なものである。

 プロケラ研の2年半では、潤沢な予算がありながら並みの業績しか出していない。


 アダマース先生の指導のありがたみを実感する。


 アダマース先生が魔法鍛錬といったものの存在の可能性を示してくださり、アダマース先生が紹介してくれたインターン先で偶然が重なり発見へつながった。


 ただ、私でなくても一般的な魔材学の知識のある人であれば魔法鍛錬というものを発見していただろう。


 改めて、私は周りの人たちの支援と運の良さによってここまでこれたのだと心の底から思う

 そして、トップ研究者を身近に見れば見るほど、自らの力不足を思い知らされる。


 私は研究者として二流、いや三流だ。


 ……そろそろ潮時かな。


 さきほど新たに届いた封筒の束をみながら考える。


 どの封筒も薄く、開封する気が起きない。

 どうせ“お祈り手紙”が入っているだけだろう。


 すると、1通だけ差出人が大学でないものがあった。


 差出人は――ランス・エスタス!


 懐かしい名前を見つけ、急いで開封した。

 内容は『夕食を一緒にしたく』との簡潔な内容だった。


 もちろん歓迎だ。

 時間だけはたっぷりある。

 そういえば彼はフタツ製作工房の中央研究所勤務。トオヴェルロに住んでいるんだった。

 どこでどう私の現住所を知ったのかわからないが、きっと実家に連絡でもとったのだろう。ランスは実家のこともよく知っている。


 私は在宅中の時間帯を記し、『いつでも歓迎』と返信した。


 ほどなくして『拝承』とだけ書かれた手紙が届くや否や、実際にランスが我が家にやって来た。

 今回の不正が大学から公表され、新聞記事になった日だった。


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