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第49話 ファカルティ・ディベロップメント(FD)


 トオヴェルロは王都だけあり賑やかである。

 様々な娯楽があるようだが、基本は賃貸で借りた部屋と研究室の往復だけの生活になるだろう。

 あまり考えずに大学近くのできるだけ安い部屋を借りた。



 所属はトオヴェルロ大学(トオ大)大学院の魔工学系研究科。

 ここでは魔材学専攻とは言わず、マジック・マテリアル工学専攻と称している。“魔材”との表記は古臭いのだろうか?


 トオ大には他にも珍しい(キラキラ)名前(ネーム)の専攻があり、部外者には何が専門かよくわからないものもある。

 最近、様々な珍しい(キラキラ)名前(ネーム)の学部学科が国内で誕生しているが、その元祖はトオ大のように思える。


 建物は歴史を感じる芸術品のような姿をしている。しかし、中は最新の……と思っていたが、それは完全にあてが外れた。私たちの建物は中身も古かった。


 噂によると総長を輩出すると総長出身の学部の建物が数年後に新しくなるという伝統があるらしい。実際、10年度ほど前に魔工学出身の総長が誕生したため、数年後に魔工学研究科の新しい建物ができた。しかし、専攻が違うため残念ながら我々は古い建物のままのようだ。



 それはともかく、特任助教とは言え、一応は教員。


 ファカルティ・ディベロップメント《FD》という名の教員を対象にした研修をまずは受けることになった。


 FDは大学による教員の教育力向上のための取組である。


 シラバスの書き方、授業方法、そしてアカデミックハラスメントや研究不正など、様々なテーマについて講義してくれた。


 従前は大学教員が試行錯誤しながら各自で好きな方法で教育をしていたが、質を向上させるために各大学でFDが展開されている。


 ただ、肝心のFD活動そのものの質はバラバラで、大学によっては『専門教育の現場を知らないFD担当教員のつまらない話を聞くだけ』といった評判の悪いFDもあるようだ。


 私はというと、これまで教育方法なんて勉強したことがなかったため、“ルーブリック”など知らない単語も多く、得るものの多い研修であった。


 新任の中にはプロケラ先生やアートルム先生も含まれるため、受講者の年齢層は広い。


 すると、FD研修の会場にジャスがいることに気付いた。


「おお! ジャスじゃないか?」


「あ、カイさん! お久しぶりです! トオ大にいらしたんですね!」


「うん。シズルノギ大学(シズ大)のプロケラ先生の研究室に博士研究員(ポスドク)でいたんだけど、プロケラ先生がトオ大に行くことになってね。特任助教として連れてきてくれたんだ。ジャスは?」


「そうなんですね! 私はプルウィア研究室で博士号を取得して、そのまま助教として残ることになったんです」


 そ、そうか。彼は『特任』の無い『助教』なんだな……。

 若干追い越された気もするが――気にしないようにしよう。

 そんなことより昔からの仲間が一緒で心強い。

 プルウィア先生は魔材学会で声をかけてくれたこともある、やさしそうな先生だし。


「共同研究とかできるかもしれないね。これからもよろしく!」


「はい! こちらこそよろしくお願いします」


 相変わらずジャスは良い奴だ。


 そして、研修会の最後には簡単な交流会も開催された。

 新任教員同士で近くの人とペアになり、自己紹介をする。

 この繰り返しを5回ほどした。


 その中に気になる女性がいた。

「はじめまして、魔工学が専門のカイ・ウェントスです」

 と私が挨拶すると、

「どうも、魔理学が専門のラエア・ウィルゴですわ。はじめまして。ところで、ウェントス先生は進振(しんふ)りの第一希望から魔工学でしたの?」

 と質問してきた。


 ん? なんだそれは?


進振(しんふ)りって何ですか? まあ第一希望が魔工学だったのは確かですが」


「あら? もしかしてトオ大出身ではなくて?」


「ええ、センカディン大学出身です」


「あらまあ、それは失礼しましたわ。あまり他の大学の事情は存じ上げなくて」

 そう言うと、明らかに彼女は私への興味を無くし、外へ目を向けた。


 ……も、もしかして、トオ大にあらずんば人にあらず、といった考えなんだろうか? いやいや、そんな先入観はダメだ。コミュニケーションをとるんだ。


「ウィルゴ先生は魔理学がご専門なんですね」


「そうですわ。魔理学はすばらしい学問ですわ。それに対し、魔工学なんて学問だとは思えないのです。条件を変えて実験して、エラーバーをピュンピュン伸ばしてグラフを書いたら終わりでしょ? そんなの誰でもできできますわ。魔工学の研究者になれるかは実験がどれだけできるか、根性テストみたいなものよね。ま、私は魔工学を学問とは認めてないけど」


 ……うっ、こ、これはとっつきにくい人だ。でもそこまで言われると反論したくなる。


「そ、そんなことはないですよ。魔工学でもいろんな新しい発見をしていますし、そこから理論が生まれたりしていますし」


「そうなのかしらね。どうも魔工学の人って信じられなくてよ。さっきも光学レンズを通して魔力で魔材に溝を掘るなんていうトクニンさんがいらしたもので」


 ……そ、それってもしかしてアートルム先生のこと?

「え、それって変ですか?」


「もちろんですわ。だって魔力はガラスを一部通過するけど、ガラスも魔力を吸収するのですよ。魔材に溝が掘れるぐらい強い魔力を通したら、まずガラスが壊れちゃいますわ。柔らかい紙に魔力を伝えるのならともかく――。どんな不思議な魔力ならガラスを何枚も通過するのかしらね」


「いや、実験ではそうはならなかったんですよ。理屈ではそうかもしれないけど……。何か特別な現象が発生してるんじゃないですか?」


「ふふふ、そうでしょうね。そうじゃないとおかしいですわ。やはり魔工学は不思議な世界ですわね。この世じゃないみたい」


 いや、そうじゃない。現実を観察して作るのが理論である。

 現実を見ずに理屈だけを語るのは変だ。

 もっと謙虚に、真摯に目の前の現象に向き合うべきである。


 私はさらに反論しようと思ったが、ここで熱くなってはダメだ。

 大人になれ。


 そっと静かにしておこう。

 私は当たり障りない会話をして、時間が過ぎるのを待った。


 ただ、アートルム先生の実験装置には理論面でも面白い現象が潜んでいることがわかった。

 アートルム先生と一緒に解明するのも手だな。


 そんなことを考えながら、研修会の残りの時間を過ごした。


 -----




 トオ大では学部3年生を対象にした“マジック・マテリアル工学実験”という必修科目を担当した。

 学生は7人程度の班に分かれ、ローテーションで様々な実験をする。そのため、私は何度も同じ実験について説明することになる。


 学生はまだ実験装置や測定装置に触れたことがないため、まずは安全第一であること、そしてそのための魔石の取り扱いや魔力付与時の手順などを教える。魔石は実験用と家庭用では魔力出力が大きく違うため、ちょっとした取り扱いミスで大事故になる。


 前期の最初のあたりはレポートの書き方から教えないといけないが、学生たちは徐々に“(かた)”を覚え、(さま)になっていくのが実感できる。


 学生はと言うと、ガリ勉タイプの学生が多いという先入観だったが、どうもそうでもない。

 イマドキの服装をして、おしゃれである。


 私のように毎日同じ服を着るような横着者もいるが、少数派である。

 私は意識的に白衣を着て、それが目立たないようにしている。


 また、ゾピックスという学習塾出身者や、カーセー高校出身者など、幼少期より英才教育を受けることのできる貴族や資本家出身が多い。

 そういえば、カーセー高校の校長はトオ大大学院の魔学システム工学専攻(魔シス)の元教授だ。


 私のように田舎出身の学生もいるが、これも少数派。


 別に学生個人が悪いわけではないし、実際に優秀なのだが、優秀層が再生産される現場を目の当たりにしてちょっと複雑な気持ちになる。



 


参考

 東大FD

 https://www.utokyofd.com


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