第48話 特任助教
プロケラ先生の居室に入ると、いつものように笑顔の先生がいた。
いや、今日は特に笑顔が自然に感じる。
「おお、やっときたか、カイちゃん!」
「図書館で論文検索していました。失礼しました」
先生を待たせてしまったようだ。
「おお、そうかそうか。それはお疲れさん。まあ座ってくれ」
言われるままに椅子に座ると、先生は待ってましたとばかりに
「早速だが、内緒の話だ」
と、身を乗り出して話を始めた。
「実はな、来年度からトオヴェルロ大学に教授として着任することになった」
え、ええ?
それはすごい!
「それはおめでとうございます!」
「そこでだ、カイちゃんにはトオヴェルロ大学に一緒に来て欲しい。このプロジェクトを一緒に続けないか?」
……え、そんな話、断る理由はない!
「も、もちろんです!」
私は即答した。
実はこのままでは最終年度にシズ大所属としてプロジェクトに関わることができないと判明したばかりだったのだ。所属は変えておきたい。
というのも、『有期契約労働者の無期転換ルール』があるからだ。
この法律では通算5年を超えて雇用関係が継続すると、労働者は期限の定めない労働契約へ変更する権利を持つようになる。
そのため、大学側は5年以内に必ず契約を終わらすようにしている。それが大学の内部ルールである。
つまり、私は“探索研究”で既に1年間シズ大と契約したので、残り3年半しかないのだ。
本来は労働者を守るための法律なのだろうが、博士研究員に対しては違う影響を及ぼしている。
すると、プロケラ先生は
「これは確定事項ではないが、できれば博士研究員ではなく特任助教として雇用したいのだが、どうかな?」
と、魅力的な提案をしてくれた。
え?
特任助教!?
特任助教は特定の外部資金に基づいて有期雇用される助教職である。通常1年から2年の短期雇用で、職務内容や給与は大学によって差がある。
博士研究員は研究が職務であるが、特任助教は研究に加えて教育も職務に含まれるのが特徴。
特任助教を雇用する場合、『教授会での投票を要する』など学内手続きが面倒な大学が多いようだが、教員定数を“消費”しないので、業績などが一定数あればほぼ問題なく認められる。
短期雇用であるし、教授会に参加する権利もないし、博士研究員と共通点は多い。
雇用する教員が実質的な採用権限を持っている点も同じ。
『特任助教なんて博士研究員に毛が生えたようなもの』と言う人がいるぐらいだ。
ただ、博士研究員から見たらステップアップと考えていいだろう。
「良いんですか? 私が特任助教なんかで? アートルム先生はどうなるんですか?」
「彼は特任講師として一緒に行くつもりだ。カイちゃんも教員目指すなら教歴積まないとダメだろ? トオ大で教歴積んだらどこでもアピールできるぞ!」
「そうですね、学生との接点がなく最近はちょっと手持無沙汰でしたので、それはありがたいです。学生とのディスカッションとか、しっかりしたいです」
研究活動に没頭するのも楽しいが、学生と一緒に研究するのもやりがいのあるものだ。それに、今のままでは教歴欄が空白。やはり空白は公募戦線で不利だ。
「教育を担当しているテネちゃんはシズ大に残るからな。学生実験や学部生の卒研指導とか、カイちゃんが手伝ってくれるんなら安心だ。特任でも助教や講師は公募が原則なんだが、研究室ごと異動したいと言って特別に認めてもらったんだ。本当はアーちゃんは普通の講師にしたかったんだがな」
「それは残念です」
「まあ、彼もシズ大での助教任期が今年度で切れるから、ちょうど良かったんだ」
そ、そうなのか。最近は助教も任期付きが普通だと言うが、アートルム先生も任期が切れるところだったのか。
みんな薄氷の上を歩くような人生を送っているな……。
「で、もっぺん確認するけど、カイちゃんはOKってことでいいんだな?」
「も、もちろんです。ぜひよろしくお願いします!」
「わかった、じゃあ手続きを開始するよ。あ、これを知っているのはテネちゃんとアーちゃん、それにカイちゃんだけだからな。それ以外は俺が許可を出すまで絶対に内密にしておいてくれ。学生にも感づかれないようにな」
誰にもこの話を漏らさないよう、先生は念を押した。
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その後、シズ大での最終年度を利用して魔法鍛錬の実験成果を論文化した。
といっても一番価値のある部分は既に発表されているので、他の魔材でも低魔力量での魔法鍛錬ができることを示したり、大量の魔力を与えても違う魔力振動数が現れるといったりと、自分で言うのもなんだが、枝葉末節のような報告だ。
魔工学材料《Magical Engineering Materials》というインパクトファクターが4.722の国際学術誌になんとか掲載された。
プロケラ先生と私の共著である。
この内容で論文投稿していいのか迷ったが、『このプロジェクトで一年を通じて査読付き論文が一報もないのはさすがにヤバイ。とにかく出してくれ』というプロケラ先生の方針で投稿することにしたのだ。
また、銃身の設計に関してはガデミウム金属というモグナイト金属よりもさらに強い魔材の利用方法を検討した。まずは試料を購入し、魔法鍛錬による強化度合いといった特性を理解し、それを用いた模擬実験環境構築をした。
銃身の試作費用が不要となったので、余った予算は他の研究チームにまわした。
それでも、これら実験環境の構築や消耗品の購入などで800万程度は使わせて頂いた。昔から考えたら信じられないぐらいお金を使っている。
そして、これら成果を年度末の設計学会で報告した。相変わらずアウェイ感のある学会参加であった。
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3月。
シズルノギの下宿を引き払い、トオヴェルロに引っ越した。
既に荷物を最小限にしているので、身軽である。
せっかくなので数年ぶりに実家へ帰省することにした。
実家に帰ると、両親は驚きと喜びで私を迎えてくれた。
「おめでとう!」
「おい、やったな! とうとうトオ大の先生か!」
喜んでもらえるのはうれしいが、過剰に喜ばれると困惑する。
「いやいや、先生と言っても博士研究員とあまり変わらなくて――」
「こりゃ将来はトオ大の教授かな!?」
父は前のめりだ。
「いや、それはあり得ない。絶対」
本心からそう思う。
「ははは、その謙虚さがあれば大丈夫だ。これはすごい! 助教授のようなもんだろ? 教授の先生はどんな人なんだ? うまくやってけそうか?」
「きょ、教授はプロケラ先生というんだけど、良い人だよ。今のところうまくやっている。た、ただ、助教授じゃないんだ。助教授は今は准教授って言って、助教は昔で言う助手のようなもんで、でも厳密には助手という職位は今もあるので、助手と助教はちょっと違って――」
「んー、よくわからんが、じゃあ国際語で助教ってなんて言うんだ?」
「えっと、助教はアシスタント・プロフェッサーかな。でも俺は特任助教だから、プロジェクト・アシスタント・プロフェッサーになる」
「おお! プロフェッサーか! 教授のようなもんだな。この若さでプロフェッサーとは相当出世が早いんじゃないのか? 今日はお祝いだな!!」
両親にできるだけ説明しようとするのだが、うまく伝わらない。
父は『トオ大でプロフェッサーか――』とまだブツブツ言っている。
前進であることは確かだが、ぜんぜん将来は安泰でない。
特任助教だって1年契約。しかも3カ月の試用期間付きだ。
まだ単なる流浪の駆け出し研究者でしかない。
でも久しぶりに両親が大喜びしてくれて良かった。
こんなのは大学に合格したとき以来だ。
両親、兄と一緒に幸せな時間を過ごした。
そして、帰省は1泊2日として、すぐにトオヴェルロへ向かった。
実験装置の据え付けなど、やることが山ほどある。
《現在の業績》
査読付き論文(国際誌):5件(うち、筆頭4件)
査読付き論文(国内誌):筆頭1件
国際会議発表:2件(うち、筆頭1件)
国内学会発表:20件(うち、筆頭8件)
受賞:1件




