第47話 研究スピード
シズルノギでの2年目が始まった。
そういえば、年度末には設計学会と言うあまり大きくない学会で魔石銃の設計に関する報告もした。知らない人ばかりでアウェイ感のある学会だったが、数人とは挨拶ができた。人見知りする身としては、新しい学会への参加は疲れる。
さて、“本格研究”が始まり、研究活動はさらに加速された。
私の給与も月給38万リブラに上げてくれた。額面年収456万である。
……お、俺、すごい金持ちになったんじゃないのか?
かなり貯金ができそうだ。
予算が執行可能になるや否や、魔法鍛錬の実験装置の作製に取り掛かった。
そのような装置そのものは販売されていないため、私が装置を設計し、必要な部品や素材を発注する形になる。
アダマース研究室で試行錯誤して製作した経験があるから、再現そのものはできそうだ。今回はそれに改良を加えた。
プロケラ先生からは『お金は気にせず最高の物を作れ!』と言われているけど、無駄に高い仕様にしてもしょうがない。
私には貧乏性が骨の髄まで染み込んでいる。無駄なお金を使う勇気はない。
必要性を考えながら、でも拡張性を考えながら設計し、発注した。
そして、これら部品や素材を使って実験装置を組み上げ、動作確認をする。
やはり最初は様々なトラブルが発生したが、夏の頃には安定して動作するようになった。
これで魔法鍛錬の実験が可能だ。
私は以前から試してみたいと思っていた仮説があった。
博士論文審査会の質疑応答の際、とっさに思いついた、
『もしかしたら他にも魔法鍛錬可能な魔力振動数があるのでは?』
といったものだ。
いつも通り魔法を付与し、魔力振動数を測定してみる。
そして、次は試しにごく微量な魔力を付与し、それで魔力振動数を測定してみる。
!!!
やはりそうだ。
違った魔力振動数を示している。
その魔力振動数で魔法鍛錬に必要な魔力深度等を計算する。
そして、実際にその魔力深度、魔法強度の魔法を付与してみる。
非常にわずかな魔力量による魔法だ。
本当に効果が出ているのかわからないが、しばらく付与させてみる。
時間はかかるが、必要な魔力量は相当少ない。魔石はほとんど消費されていない。
もしこれで魔法鍛錬が成功したら――大幅な魔石コスト削減につながる。
魔法鍛錬という技術の普及が一気に進むはずだ。
私は我慢できなくなり、強化途中でもいいのでその試料を実験装置から取り外し、引張試験機にかけた。
本当に強化されているか、まずは確認したくなったのだ。
すると――確かに一般的な規格値よりも高い強度を示した。
よし!!!
これはすごいぞ!
それからというもの、寝食を惜しんで実験をした。
フェルミナイト金属、モグナイト金属、ルリミニウム金属といつもの金属で同様の試験をし、どの程度鍛錬を続けたらどこまで強度が増加するのか、限界値も含めて強度増加曲線を明確にする。
そして、逆に無駄に大きな魔力量を付与し、さらに違った魔力振動数の存在を明らかにした。
その場合は必要な魔石の量がさらに多くなるので、実用的ではないが、その存在を明確にすることは魔学的には意味があるだろう。まあ、オマケ的な発見だが。
猛暑が終わりを告げる頃にはこれらデータが揃ってきた。
これはすごい論文になりそうだ。
これなら私も“魔法材料”といった著名学術誌を狙えるんじゃないか?
そんなことを夢見ながら、データをきれいな図に整理していった。
そうそう、論文化のためには先行研究も確認しないといけない。
図書館に行き、網絡魔蔵器を使って魔術網という名称の情報一覧で論文検索をする。
検索する咒文を詠唱する。
キーワードは『魔法鍛錬』。
すると12件の論文が表示された。
もちろん私たちが国際魔材学会誌に発表した論文も含まれている。
まだ発表して2年弱なのに、被引用数は25、つまり25回も他の論文で引用されている。私たちの論文はかなり注目されているようだ。
思わず頬が緩む。
そして、『魔法鍛錬』がタイトルや要旨に含まれている論文の内容をチェックする。
それらは多くが魔法鍛錬を活用した製品開発など、応用的な事例研究であった。
……これらの論文は魔法鍛錬の有用性を示す根拠として使えそうだな。
私は気になる論文をいくつか紙に転写しておいた。
すると、妙なタイトルの論文が目に留まった。
『低魔力量による魔法鍛錬の実施方法』
……な、なんだこのタイトルは?
ドンッと激しい心臓の鼓動を感じた。
急いで要旨を読む。
『魔材の持つ魔力振動数は低魔力量において異なる値を示す。低魔力量にて得た魔力振動数を用いて魔法鍛錬を行うことで、魔力量、すなわち魔石消費量の大幅削減が可能である』
え、えええええ!!!?
今から報告しようとしたことが――もう報告されている!!
目の前が急に暗くなり、走馬灯のように実験した日々が思い起こされた。
腰の力が抜け、その場にへたり込む。
いや、待て、待て、待て、落ち着け。
データで報告していないとか、まだ不十分な内容かもしれない。
なんとか気を取り直し、論文全体を紙に転写した。
そして図や結果のあたりに急いで目を通す。
すると、フェルミナイト金属で実験もしっかりしており、データも私が取ったものとほぼ同じであることがわかった。
私はモグナイト金属、ルリミニウム金属でも同じ実験をしたので、これらデータはまだ私の独自性のある部分だ。
また、大きな魔力量ではさらに違った魔力振動数を示すことまでは報告されていない。
しかし、論文として最も価値のある部分が既に報告されてしまった――
論文投稿日は今年の春、そしてつい先月に受理されたとなっている。
……あああああああ、こんなことならアダマース研究室にいるときに早く実験しておけばよかった――
著者はカライセン連邦共和国ゼンブルグ大学の研究グループで構成されていた。
知らない名前が並んでいるが、責任著者はサテラ・リンドロフとなっている。
ん?
どこかで見たことがあるような名前だ。
そ、そうだ!
この研究者、応用魔材国際会議で質問をしてくれた人だ!
やさしい笑顔をした、白髪の女性研究者を思い出した。
リンドロフ教授は魔法鍛錬にすごく関心を持っていた。
……や、やられた。
魔法鍛錬は自分のものだと思っていたが、公表した時点でそれはもう公知のもの。自分が他のことをしている間、他の人は研究できる。誰でも思い付けるようなことは、当然ながら誰かが実験する。
当たり前のことだ……。
再び私は床に力なく座り込んでしまった。
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しばらく図書館で呆然とした後、研究室までなんとか帰り着いた。
すると、研究室には笑顔を隠せずにいるアートルム先生がいた。
「おお、カイくん、探していたんだ。プロケラ先生が呼んでいるぞ。すげぇ良い話だ。なんか暗い顔してるけど、そんな悩み事なんてすぐ吹っ飛ぶぞ。急いで行ってきな!」
何かいいことがあったんだろうか?
今の私を救うような良い話があるんだろうか?
私は半信半疑でプロケラ先生の居室へ向かった。
《現在の業績》
査読付き論文(国際誌):4件(うち、筆頭3件)
査読付き論文(国内誌):筆頭1件
国際会議発表:2件(うち、筆頭1件)
国内学会発表:19件(うち、筆頭7件)
受賞:1件




