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第46話 選択と集中

 2月。

 センカディンであれば一面雪景色の季節だが、ここシズルノギではまだ雪が降っていない。

 どうやら一年を通して雪が降らない年もあるようだ。

 しかし、寒くないかと言われると、そうでもない。びっくりするほど風が強いからだ。

 その強風と戦いながら大学へ向かうのが日課。


 既に博士研究員(ポスドク)として最初の1年が終わろうとしている。


 今までと違い、学生指導はほとんどしていない。

 プロケラ先生が『とにかく研究に専念してくれ。学生指導は教員がするから気にせんでいい。学生にもそう言ってあるからな』と言い、研究に専念する状況を作ってくれた。


 それだけこの研究プロジェクトに賭けているのだろう。


 ただ、今までと違い学生との交流が無くちょっとさみしい。

 学生からは『ずっと実験室に籠って何かしている人』という認識のようで、あまり学生から質問をされたりすることもない。


 確かに、私はこのプロジェクトのために雇われた博士研究員(ポスドク)で、教育は仕事に含まれていない。勤務時間中は100%このプロジェクトのために働かないといけない。もしプロケラ先生が私に学生指導をさせたりすると、それはそれで問題になるようだ。


 私が余暇の時間を使って勝手に学生指導する分には問題ないようだが。


 ちなみに博士研究員(ポスドク)と言っても、私のように特定のプロジェクト限定で雇用されているものばかりではない。


 国は魔術振興会というもの通じて特別研究員制度というものを運営している。

 博士課程の学生や、博士号取得5年以内の若手(アーリーキャリア)が自らの研究計画を提出し、それが特に優れていると認められると、研究奨励金と称した給与がもらえるのだ。


 学生だと月額20万リブラ、博士号取得者であれば月額36万。


 しかも、研究費として年額150万リブラもついてくる。


 もしこれに採用されると、ほぼ独立した研究者のように自由に研究することができる。

 しかも期間は3年間。


 私のようなプロジェクト雇用の博士研究員(ポスドク)が通常1年契約なのに対し、圧倒的に雇用条件が良い。


 同じ博士研究員(ポスドク)と言ってもぜんぜん違う。



 しかし、恥ずかしながら私は連敗中だ。

 博士課程在学時は行き当たりばったりな研究だったし、シズルノギに来てからは目先の研究で申請書の執筆に時間が取れなかった。

 採用率は20%弱で、狭き門だ。


 いや、それは言い訳だろう。


 単純に私の研究計画書に魅力がなかったのだ。


 それに対し、プロケラ先生は申請書の執筆が上手い。

 プロケラ先生の申請書を読むだけで勉強になる。


 今日もプロケラ先生は『何か必要な物品とかない? まだ予算があるんだけど。さすがに年度末に買うと怪しまれるのは買えないけど、言い訳できるものなら今のうち買っておこうよ。どうせ予算残しても繰り越しできないんだし。もし“本格研究”落ちたら来年度は何もお金ないよ』といって、年度内に執行しないといけない予算の使い道を探していた。


 お金はあるところにはある。

 でも使い勝手が悪い。


 そして、私の運命はこのプロジェクトが無事にステージゲートを通過し、“本格研究”に移れるかにかかっている。


 もしここで落選したら、来年の仕事のアテはない。

 この余った予算を来年度の私の人件費に残しておいて、それで自由に研究できれば理想だ。


 でもそんなことはできない。

“探索研究”は今年度で終わり。研究費の年度繰り越しは認められるが、研究期間を延長してまでは繰り越しができないのだ。



 ---



 そして、ついにステージゲートの審査結果が届いた。


 プロケラ先生が大声で『ウォーーー!!!』と雄叫(おたけ)びを上げながら研究室に入ってきたものだから、結果はすぐにわかった。


 通過だ!!!


 これで5年間の研究継続が決定した。

 厳密には3年目に再度ステージゲートがあり、そこで成果が出てなければ研究費の減額や中止もあるらしい。しかし、問題がなければ全件通過するようだ。

 

 プロケラ先生は、

「よし、今日は飲むぞ!」

 と言って、研究室の棚から蒸留酒やら何やら出してきた。

 プロケラ研究室ではいつでも飲み会が開始できるよう、棚の一角は酒蔵(さかぐら)のようになっている。


 そして、学生の居室である大部屋で酒盛りが始まった。


 最近は学内飲酒を禁止する大学が増えつつあるが、ここでは『教員立ち合いであれば可』とのこと。


 これで私の身分も当面は大丈夫だろう。安堵のため息をした。


 もちろん、形式上は1年契約が続く。先生との関係が壊れたらすぐにでも無職になるだろう。


 ただ、今のところプロケラ先生との関係はうまくいっている。

 大丈夫だろう。


 すると、上機嫌なプロケラ先生がお酒を片手にこちらに来た。

「やったな! これからはさらに大きなプロジェクトになるぞ!」

 といって計画を語り始めた。


 どうやらプロジェクトチームのメンバーを大幅に増やすらしい。

 ・銃弾の開発をする流体力学が専門の先生

 ・銃弾装填を円滑にするための機構学が専門の先生

 ・魔石の魔力密度を向上させるための魔石学が専門の先生

 といった具合だ。


「で、カイちゃんには銃身の強化と設計を引き続きして欲しいんだが、いくらぐらい欲しい?」


 ……え、そんな急にいくらぐらいと言われても――


「す、すみません、すぐにはわからないです」

 どの程度必要か、ぜんぜん見当がつかない


「なにか欲しいものない? 年間1億あるんだ。1000万ぐらい自由に使って良いよ」


 え、ええっ?

 い、いっせんまん?


 そ、そうだ!


 アダマース研究室で作ったような魔法鍛錬をする実験装置が欲しい。ちょっとブランクが空いてしまったが、魔法鍛錬の研究は続けたい。


「もし予算に余裕があれば、魔法鍛錬の実験装置が欲しいです。それと魔力深度とかの測定装置も――あ、もちろん銃身の魔法鍛錬を研究するためです」

 あくまで銃身の研究という形にしないといけない。


 プロケラ先生は私の本心を見透かしたように豪快に笑った。

「いいぞいいぞ。じゃあ実験装置と消耗品に1000万、銃身の試作に2000万ぐらいでいいかな?」


 い、いっせんまんに追加してさらににせんまん?

 私が驚いて何も言葉を発せないものだから、先生は続けた。

「銃身の試作に1回で600万かかっただろ。来年度それを3回やったらもう1800万だ。2000万なんてすぐだぞ?」


 た、確かにそうだ。

 でも、こんな金額を使わせてもらっていいのだろうか?


「5年間使うんだ、最高の実験装置を作っておいてくれ。これからガンガン成果を出すぞ!」


 そう言って先生は学生たちの輪に入っていった。



 このところ国の研究予算は『選択と集中』が進んでいる。


 これが『集中された側』の景色か。


 1年での試作回数を2回に減らしても、おそらく研究進捗にそう大きな変化はないだろう。より慎重に試作依頼をするようになるだけだ。


 その節約で浮いた600万を魔研費に落ちた研究室に渡したら――それだけで1つの研究室の研究活動が一気に活性化するだろう。


 いや、300万にしたら2つの研究室を救える。


 試薬や試料(サンプル)が買えなくて実験できない。

 高価な専門書が買えず、研究手法を学べない。

 学会参加費が工面できず、研究発表できない。


 どれもちょっとした研究費があれば十分に解決する問題だ。


 確かに私は研究費の心配がなくなり、研究活動は自由にできるようになった。

 しかし、10万20万といった単位の研究費に苦しんだ過去を思い出すと複雑な気持ちになる。


 これでいいんだろうか?

 釈然としない気持ちを抱きつつ、魔法鍛錬の実験装置の設計を始めた。


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