第43話 博士研究員(ポスドク)
乗合魔動車を乗り継ぎ、シズルノギに引っ越しをした。
家賃は3万リブラ/月。
学生時代よりも部屋のグレードを上げたのでかなり快適だ。
ただどうやら周囲の部屋は学生ばかりが入居しており、社会人はさらに良いグレードの部屋を借りているようで、不動産を紹介してくれる方も『本当にここでいいのですか?』と何度も確認していた。
いやいや、私にとってはかなりの生活改善だ。これで十分。
シズルノギ大学はキャンパスが魔工学と呪文学だけ別の場所にある。ちょっと男女比がアンバランスであるが、個人的にはその方が気楽で良い。
シズ大のプロケラ研に入り、衝撃を受けたのは何より研究室の大きさだ。
まずは研究室のボスであるプロケラ教授がいる。
そして、テネブラエ准教授がいる。細身の40前後の女性だ。
さらに、アートルム助教。30歳前後で私より数歳年上の男性。
事務作業をサポートする秘書の方も1名。
学生の数も多い。
修士課程の学生が15人、学部4年が9人。
私を入れて合計29人の研究室だ。
どうやらこれは小講座制の研究室というらしく、教授・准教授・助教というフルセットを揃えている。
教員の名前をすべて入れ、『プロケラ・テネブラエ・アートルム研究室』と称することもある。
一方、センカディン大学のように、研究室に教員が一人しかいないのは大講座制というらしい。
小講座制では先生がチームを作って研究・教育活動をすることになる。例えばここプロケラ研では役割分担があり、プロケラ先生は大方針の決定と外部資金の獲得。テネブラエ先生は学生指導、そしてアートルム先生は実験といった具合だ。
学生としては複数の指導者がいるので、必要に応じて違う先生に相談できるのはいいことだ。先生にだって得意不得意はある。
ただ、セン大では助教でも自分の研究を自由にしていたが、シズ大では准教授になってもまるでプロケラ先生の部下のように言われたことに従わないといけない。准教授のテネブラエ先生は中間管理職のようで気苦労が多そうだ。
どちらも一長一短ある研究室の体制である。
『若手にもっと自由な研究環境を与えよう』という方針のもと、大講座制のような体制に移行する大学が多いようだ。
といっても、既に大講座制・小講座制という明確な区分は消滅しており、各大学その名残があるだけなのが実態である。今は各大学に体制を決める裁量があるようだ。
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さて、肝心の研究はと言うと、とにかく時間が無い。
アダマース先生からは『魔材の魔法鍛錬はまだまだ改善の余地があります。新しい環境で大変でしょうが、ぜひ研究を続けてください』と言われたし、自分自身も続けたいのはやまやまである。
しかし、『夏までに成果を出す』といったプロケラ先生との約束を守らないと来年の仕事がない。まずは目の前のことに全力を挙げる。
開発中の魔石銃には大きく分けて2つの研究開発要素がある。
一つは魔石から強力な魔力を一瞬で発生させるための魔法陣作り。これはアートルム先生が担当する。
そしてもう一つはその強力な魔力に耐える頑丈な銃身づくり。これが私の担当である。
アートルム先生は魔法陣の小型化を図るのだが、それはそれで大変なようだ。
まず強力な魔力を超短時間で集中して発動させるための魔法陣を開発しないといけない。しかも、それは可能な限り単純な魔法陣でなければならない。複雑なものだと小型化できないからだ。複雑な魔法陣を無理に小型化すると線と線が重なってしまい、魔力の暴走が発生する。
とても危険だ。
といっても、そう簡単に単純な魔法陣を作れるものではない。やはり複雑だ。
そのため魔法陣を立体的に組み合わせる三次元化や微細化技術も並行して研究している。
ただ、現時点ではこぶし大の魔法陣までしか小型化する目途が立っていない。
これが“魔石銃”の口径になるものだから、はっきり言ってまだまだ大きすぎる。
試しに“魔石銃”を設計してみたが、とても人間が一人で持てる重さにはならなかった。
本当に一人で持てる程度の“魔石銃”なんて作れるのだろうか?
先が見通せないので、プロケラ先生に相談することにした。
「先生、現在作成の目途が立っている魔法陣の大きさに合わせて設計しましたが、この大きさだととても一人では持てる重さになりません」
私は紙に転写した設計図を先生に渡した。
プロケラ先生は泰然とした様子でその設計図を凝視した。
「確かに銃身が短い割にデカイな。これでもこんなに重いのか……この銃身の魔材は何を想定しているんだ?」
「フェルミナイト金属です。魔石砲はそれで作られていますし、加工性も優れていますし」
それに、何より安い。
「そうか、それならもっと強くて軽いのにしてくれ。確かカイちゃんはモグナイト金属に詳しいよな? 試しにそれでやってみてよ。あれって比強度が良いだろ?」
「えっ? モグナイト金属ですか? 確かに比強度は良いですが、それだと材料費だけでもこの大きさだと数十万リブラするでしょうし、加工も大学の設備でできるかどうか……」
今回は金属を溶かして型に流し込む加工方法、鋳造を想定している。モグナイト金属の融点は高いので、大学の設備で可能かわからない。
「どうせかかっても200万ぐらいだろ? それぐらいなら加工も外注したらいい。自分たちでやったら時間がかかるだろうからな」
に、にひゃくまん“ぐらい”!?
「い……いいんですか? モグナイト金属が最適かどうかも検討していないですし、もしかしたら失敗するかもしれませんが」
「いいよいいよ、失敗しても。それにモグナイトは融点も高いし、前から気になっていたんだ。夏までに1000万ぐらい使っていいから。カイちゃんの好きなようにどんどんやってくれ」
い、いっせんまんも使って良い!?
「わ、わかりました。では急いでモグナイト金属を想定して図面を引き直します」
「ああ、そうしてくれ。あ、それと安全係数はいくつで計算してるの?」
「10で計算しています」
武器が戦場で壊れたら大変だ。余裕を持った強度設計をしている。
「ああ、道理で。じゃあ次はもっと攻めてくれ。1回撃てればそれでいいから」
「1回ですか?」
「そう、今回は第5級の魔物にも効果があることを証明すればいいんだ。耐久性は考えなくていいから、とにかく一人で持てる重さに仕上げてくれ」
「わ、わかりました」
実用には程遠いものになりそうだが、これで設計がだいぶ楽になったのは確かだ。
薄肉化してかなり軽量になるだろう。
その分、銃身を長くすることができる。
長い銃身ほど威力が強くなるのだ。
私はモグナイト金属を想定して再度強度計算をし、図面を引き直した。
そして、それを近くの鋳造工房に外注した。
費用は127万リブラ。
プロケラ先生は『なんだ、安いじゃないか。それより納期だな。特急料金を払えば早くならないか?』と言い、納期をできるだけ早めさせた。
この研究予算は“本格研究”になると年間1億リブラが5年続くが、“探索研究”の段階でも年間2千万リブラも予算がある。
どうやら初年度は秋から研究が開始されたので、多くの予算を今年度に繰り越したようだ。つまり、3千万以上が今年度予算としてあるようだ。
そして、夏までにとにかく成果を出そうとしている。
数百万なんてお金をポンポン支出する背景がわかってきた。
研究予算はあるところにはふんだんにあるんだな……これを他の用途にゆっくりと使えたらいいんだけど。
それができないのが残念だ。
私は鋳造工房に発注した後にも、次回を見越して他の魔材を利用する可能性など、さらなる改善方法を検討して過ごした。
試作品が研究室に納品されたら、これにアートルム先生の魔法陣を組み込み、その性能を確かめる試射である。




