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第42話 博士学位記授与式

 数日後、シズルノギ大学(シズ大)から雇用条件を示した正式な書類が届いた。

 

 ……ふうっ、なんとか来月からの仕事(ポスト)を確保できた。どうやら内定は本当だったようだ。


 無事に手続きが進んでいることがわかり、やっと胸をなでおろすことができた。

 アダマース先生の助言に感謝である。


 ちなみに雇用条件は月給35万リブラ。賞与(ボーナス)はないが、各種保険には入れてくれるようだ。


 額面年収はこれを単純に12倍したらいいのだから、えっと、420万リブラか。


 さすがにアダマース先生が最初提示してくださった待遇よりは良いが、博士だからって給料が良い訳ではないことを改めて知らされた。


 そして勤務時間は『専門業務型裁量労働制を適用』『1日に7時間45分労働したものとみなす』との記述がある。しかし、働きたい放題なのが実態だろう。一日20時間働いても『7時間45分労働したものとみなす』という風に解釈するのが普通だろう。


 私はできるだけ安い賃貸物件を探すことを決意した。どうせ研究室に引き籠るんだし。




 ---


 博士学位授与式の日となった。


 3月下旬とは言え、センカディンはまだ寒さが残る。

 しかし、ちらほらと気の早い花が咲き始め、新緑が目に付くようになってきた。

 この景色ももう見納めだ。


 春休みの閑散とした大学とは違い、この日ばかりは笑顔の学生で校内が賑やかになる。

 アカデミックガウンを着た学部卒の学生たちがはしゃいでいるが、さすがにそのノリにはついていけない。

 それに私の友人たちは多くが既に卒業したので、若干孤独感すらある。


 しかし、5人だけであるが、無事に博士課程を3年で修了できた同期がいる。まるで戦友のような関係だ。 


 博士号取得者だけが着用を許されているアカデミックガウンは装飾が多く、一目で博士課程修了者とわかる。


 お互い多くの言葉を交わさなくても、これまでの苦しみを分かち合える。

 『やっとだな』『ああ、これからだ』

 短い言葉でこれからの健闘と活躍を約束しあう。


 ここにはいないが、引き続き博士号取得を目指すリンクのような同期もいる。本当は私なんかよりも能力も意欲もあるのに、まだ博士論文を出せずにいる。本人の努力や能力だけでなく、研究テーマの設定という運も非常に重要であることを実感する。



 博士の学位記だけは学長より一人一人に手渡される。

 「カイ・ウェントス!」

 名前が呼ばれ、大勢の学生たちの前で学位記を受け取る。


 おそらく一番喜びを感じる瞬間なんだろう。

 しかし、意外にも自分の心は平静のままであった。


 これまで何度も何度も……苦しい時ほど何度でも夢見てきた場面であったため、もう感動を前借りしすぎたような感じだ。


 ……やっと……終わった。


 学位記を受け取った感想は、感涙してむせび泣くようなものではなく、ただただ安堵であった。

 いや、放心していた、と言うべきかもしれない。


 ……意外とあっけないものだな。


 式典は淡々と進み、そして終了した。

 明日にはセンカディンを発つ。

 アダマース先生、そして研究室にいる後輩たちに挨拶をしておこう。


 まずアダマース先生の居室にお伺いしたのだが、先生は不在。

 しょうがないので研究室に向かうと――そこにはアダマース先生と後輩たちが集まっていた。

 

 そして、

『博士課程、修了おめでとう!!!!』

 とみんなが一斉に祝ってくれた。


 えっ!

 ええええっ!


 なんだこれは?



 ケレエタさんが花束を渡してくれる。

 彼女も修士課程修了なので、アカデミックガウンを着用している。


「カイ先輩は……ちょっと心配な先輩、というのが第一印象でした」


 あ、ああ……


「でも先輩のおかげで研究室に溶け込むことができ、研究に専念することができました。本当にありがとうございました。もし先輩がいなければ博士課程に進学しようとは考えもしなかったです」


 ……そ、そうか、それは良かった。

 『いやいや、お陰様で眼鏡女子耐性ができました』

 なんて返答をしようとしたが、踏みとどまった。


「こ、こちらこそ、ありがとう。じゃ、じゃあ、研究者目指して一緒にがんばろうね」

 彼女もこれから博士課程へと進み、茨の道を進むのだ。


 しかし、彼女はそれを笑い飛ばした。

「ふふふ、実は私、普通の研究者を目指してないんです」


「ええ?」


「実家が魔材工房を経営しているので、博士課程を修了したらその工房に入る予定なんです。もちろんその工房でも魔材のことを研究するつもりですが、他のみんなのように大学や研究所を目指してないんです」


「と、ということは将来は安泰?」


「そういうことです」

 彼女は勝ち誇ったような笑顔を浮かべた。


 ……そ、そうか、そんな人生もありだな。う、うらやましい。


 そして、アダマース先生が口を開いた。

「カイさん、改めて、おめでとうございます。これであなたは一人前の研究者になりました。ただ、だからこそ、わからないことに対してはわからないと言い、できないことはできないという勇気を持つようにしてください。人に頼って、そして頼られる人間になってください。あ、あとカイさんの純粋な初心も忘れないように――――」


 先生の挨拶は今までにないぐらい長く続いた。

 本当に学生想いの良い先生だったと改めて思う。


 答えをすぐに教えないことで考える力を養わせ、そして研究成果をしっかり出させる。


 自分自身もこのような師になることを目指そう。


 気が付いたら私は泣いていた。


 あれだけ冷静に学位記を手にしたのだが、こんなサプライズは完全に想像していなかった。


 本当にこの研究室で過ごせて良かった。

 この仲間と出会えて良かった。


 一生の仲間をたくさん作ることができた。


 ひらすら感謝の言葉を繰り返し、アダマース研究室を後にした。



 さあ、ここからが本番だ。


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