第41話 面接
「はじめまして、カイ・ウェントスです。ケレエタさんの論文執筆では大変お世話になりました」
ケレエタさんの論文投稿を通じて間接的に手紙のやりとりはしていたが、きちんとプロケラ先生に挨拶するのは初めてである。
先生は恰幅の良い体をゆらし、満面の笑みで私を見た。
年齢はたぶんアダマース先生と同じぐらいだろうか。
「おお! カイくん! アダマっちゃんからは優秀な学生って聞いとるよ! 学会でも活躍してるね」
ア、アダマっちゃん? アダマース先生のこと?
「で、仕事がなくて右往左往してるって?」
張りのある大きな声が教室に響く。
み、身も蓋もないな……まあ事実だけども。
「は、はい」
私が当惑した返事をすると、先生は早速研究プロジェクトの説明をはじめた。
「この研究プロジェクトはな、魔石砲のさらなる小型化を図るんだ。魔石砲は遠距離攻撃ができる強力な武器だが、数人がかりでないと運べない。なにせ重いからな。そこでだ、一人でも持ち運び可能な魔石砲――俺は魔石銃と名付けたが――を開発するんだ」
……えっ、何それ? 無茶苦茶興味がある!
「今、“探索研究”の2年目で、成果が出たらさらに5年間の“本格研究”に入ることになる。もし“本格研究”になったら、予算は年間1億リブラが5年間も継続するというデカイ研究プロジェクトになるんだ。だから何としてでも“探索研究”で成果を出して、“本格研究”につなげたい。で、そのための成果を出す博士研究員を公募しようと考えていたところなんだ」
「ほ、ほんとですか!?」
「ああ、ただし、もし“探索研究”のあと、“本格研究”にいかなかったら雇用継続の保証はない。だからまずは1年限定だが、それでもいいかな?」
……1年限定か。確かに継続雇用されないリスクはあるけど、それはどこも同じだろう。それに何よりこの研究テーマは天祐だ。今までやりたかったことに取り組める!
「はい! 私は小さい時から強力な武器を作り、魔物を撃退するのが夢でした。このような研究プロジェクトに関わることができたら本望です」
両手を握る拳に力を入れ、そしてまっすぐにプロケラ先生をみつめ、素直な想いをぶつけた。
「ところで、カイくんは魔材を用いた設計はできるかな?」
プロケラ先生は私の想いをはぐらかすように質問を変えた。
私は今まで魔材強度を中心に研究をしてきた。設計はしたことがない。
ただ、学部、修士と一般的な設計の授業は受講してきたし、演習の授業では設計もしてきた。そういえば、実験装置の改良をするときに設計も少々だがやったことがある。これは強気に回答すべきだろう。
「は、はい! もちろん設計はできます。一般的な強度計算に加え、私が博士論文で報告した魔材の魔法鍛錬については特に研究してきましたので、それに配慮した設計もできると思います」
……あ、すこし盛りすぎたか? 詳しく聞かれたらどうしよう?
「おお! そうだな、魔法鍛錬はキミがやっていたな――それはいいな、うんうん」
プロケラ先生はニコニコして顎髭を撫でている。
……言い過ぎたかと思ったけど、でもなんか反応は良さそう。
「もし博士研究員としてキミに来てもらうことになった場合、次の夏までには魔石銃の銃身の設計と試作までをして欲しい。そしてその成果をインパクトファクターの高い国際誌に論文を書いて欲しいのだけども、それはできるかな?」
えっ!? それは急な話だ。夏となると、半年もない。
「何か予定があるんですか?」
「“本格研究”へ移行するための審査が2月にあって、そのための資料提出が1月にある。だからそれまでには論文が受理されてないといけない。査読期間を考えると夏には投稿を終えていたいところだな」
「実質半年弱で高い成果ですか…」
……私はあまりに高い成果を要求されていることに気づき、気圧された。しかし、ここで引き下がってはだめだ。根性を見せなければ。
「正直なところどこまで成果が出せるか自信はありません。しかし、死ぬ気で考えて、実験して、魔石銃を作ってみたいです。ぜひ私に挑戦させてください。どうか宜しくお願い致します」
自然と声が大きくなってしまった。とにかく熱意を見せた。
先生は一瞬考えた後、
「わかった、ぜひカイくんに博士研究員をお願いしよう。できるだけ早くシズルノグに引っ越してきて、研究を開始してくれ」
……えっ? 雇用するのに教授会の審査とかないの?
いきなり採用内定? 『結果は後日郵送で』とかでないの?
でもまあ、内定を出してくれるならいいか!
なんとか4月からの仕事が見つかって良かった。
それに魔石銃の開発とはおもしろそうだ!!
プロケラ先生は『ウチの大学の書式で業績一覧をまとめ、至急提出するように』といった具合に手続きの話をしてくれた。普通は業績一覧を提出してから面接なのだろうが、信頼してくれているようだ。
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それからは慌ただしい日々が続いた。
まずは研究室運営の引継ぎ冊子を作成し、ケレエタさんに渡した。かなりの部分がマリさんから引き継いだ内容なので、『昔、とんでもなくできる博士研究員の人が残してくれたノウハウだよ』といった伝説を研究室に残しておく。
そして、少しでも引っ越し費用を節約するために9年分の貯まった荷物を整理した。売れるものは売り、譲渡できるものは譲渡し、できるだけ荷物を捨てた。
これから転居が多くなるであろう博士研究員は身軽でないといけない。
あと、アダマース先生をはじめ挨拶をすべき人に挨拶をする。
ただ、そのような日々を送っていると、急に不安になってきた。
……あれ? 内定って本当にもらったんだっけ?
あの学会一日目の夕方、教室での面接では確かにプロケラ先生が内定をくれた――はずだ。
でもよく考えると何も証拠がない。
私は業績など書類一式を提出したが、何も連絡を頂いていない。
あのときの会話が夢だったような気がしてきた。
既に学内で進めていた来年度の博士研究員雇用の手続きは中止してもらった。そして、下宿先の契約も終了させ、持ち物も大胆に処分した。
もしこれで、プロケラ先生が『あの話は無かったことで』なんて言ってきたらどうなるんだろうか?
『内定通知書』のようなものはないのだろうか?
そういえば、給与などの待遇については一切確認していない。
聞かなかった私が悪いと言えばそうなのだが、最初の面接でいきなり待遇を聞くのはちょっと憚られた。
こんなとき、だれに相談したらいいのだろうか?
旧友であるランスやタイティに相談しても、民間とは常識が違うからあてにならないだろう。
相談するなら……大先輩でもあるアダマース先生かな。
というわけで、アダマース先生に早速事情を話すと、
「よくあることです。そうですね……もう3月の中旬ですから、『着任にあたり、賃貸物件を契約するため、雇用条件を示す書類が要求されています。給与等の雇用条件を示す労働条件通知書等の書類を送って頂けないでしょうか』といった手紙を事務に送るといいですよ。事務の方も忙しいでしょうから、単に雇用条件を聞くだけだと面倒な博士研究員が着任しそうだと思われるかもしれませんが、妥当な理由があればちゃんと対応してくれます。それに、もし内定に問題があれば判明しますし」
といった具体的なアドバイスを頂けた。
さすが……いろんな大人の事情を知っている。
私は素直にアドバイスに従い、シズルノグ大学の事務宛に手紙を送った。
大学の人事って証拠を残さないやりとりが多いです。
電話だけで内々定を出し、理事会などの学内手続きに時間がかかることを言い訳にして法に触れない範囲で内定の証拠をギリギリまで出さない大学があったり。『4月1日の辞令を受け取るまで気を抜くな』と言われてきました。
ただ私は内定手続きに不安を覚えたことはなく、幸いにも問題のある大学とのご縁は今のところありません。
あえて言えば、面接の連絡も電話のみで、その後の面接の結果も連絡頂けない『サイレントお祈り』をしてくださった関東の〇〇〇〇大学といったところがありました。いやまあ今となっては何も恨みつらみはありませんが。サイレントお祈りぐらいは他大学に何度もされましたし。でも面接通知も電話だけというのは貴学だけでしたね……




