第37話 省庁系研究予算
春。
いつもの通学路が色とりどりの花で覆われる。
そういえば、学部、修士、そして博士課程と数えると9年目。
うまくいけば、ここセンカディンでの生活も今年で最後。博士課程修了だ。
私にとってこの4月の最大のイベントは中間審査。
しかし、意外なことに中間審査はすんなりと終わった。
これまでの成果と残りの博士課程の期間で研究する内容について発表したのだが、自然と議論は魔法鍛錬の原理の話題になった。
「魔材の組織構造が同系統の魔法によって均一化されたのではないか?」
「いや、もっと魔素レベルで共鳴反応のようなものが起こっているのではないか?」
「いやいや、魔素レベルの結合力はそこまで強くないはずだ」
などと、先生同士で意見を言い始めたので、私はどうしたものかと困惑した。
まあ、それはそれで私は助かるのだが。
やはり先生方も未知の現象となると心奪われるようで、学生の審査をしているのを忘れてしまって延々と議論をしていた。
30分発表、30分質疑の時間は無事に過ぎてくれた。
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中間審査から数日後、アダマース先生から『国防省の文官の方が見えています。カイさんの研究に関わることなので、至急来てください』と呼び出しがあった。
国防省? 何があったんだ?
急いで先生の居室に入ると、そこには先生に加えてフォーマルな服装をした女性がいた。
あまり事態が飲み込めないが、とにかく挨拶だ。
「失礼します。博士課程3年生のカイ・ウェントスです」
するとその女性が口を開いた。
「はじめまして、国防省魔術開発本部第一課のエスター・ハルバーグです。お待ちしていました」
と言い、これまで先生に話した内容の要約をしてくれた。
どうやら来年度から新たな防具の開発検討事業を開始するため、それへ応募して欲しい、という話らしい。私の魔法による魔材強化の発表を聞いてくださったようだ。
「今年度ではなく、来年度でしょうか?」
まだ4月だ。来年度の話とはだいぶ気が早いように思えるのだが。
「そうです。新しい事業を始めるには今から事業案作りをしないといけないのです。これから夏にかけて国防省内部で事業予算を調整し、概算要求をまとめます。そして秋には大蔵省と予算折衝し、冬に元老院で承認という流れになるのです。ですので、この開発検討事業の公募は来年の3月ごろになる予定です」
「……そ、そんな先になるんですね」
「国の予算というのはそういうものです。今のところ4年で1申請あたり総額8千万リブラ、合計5件の採択ができるよう予算を組む予定でいます」
い、今、4年で8千万リブラって言った!? 単純計算すると1年あたり2千万リブラ!?
「す、すごい予算額ですね……」
「防衛装備品の開発検討予算としては多くありませんよ。むしろ少ないぐらいです。今回の予算は『検討』という位置づけなので、もし本格的に成果が見込めそうなら更なる増額も可能です。つまらないなものにしたくないですからね。装備品の開発は我々の一番大事なものですから」
「そ、そうですか……」
あまりに普段接するものと金額の単位が違うので戸惑ってしまう。
「そこでです。既にこの5項目については想定される受託者から申請の内諾を頂いています」
そういうと、ハルバーグさんは私に一枚の計画書を見せてくれた。
左上には『先駆的防具強化手法検討事業(仮称)』との名称があり、その下にそれらしい事業の目的や概要などが記述されている。そして、検討対象として『防具魔法強化時間延長化手法』など、5項目が列記されている。
ハルバーグさんは続けた。
「もしアダマース先生が申請してくださるのなら、この計画書の『本事業の検討対象』の欄に『魔法鍛錬による防具強化手法』というキーワードを入れておこうと思います。もちろん、予算も6件の採択を想定して申請します」
……えっ? それって事実上の内定ということ?
私はよくわからなくて、質問する。
「これは公募ですよね?」
「そうです、公募です。『魔法鍛錬した魔材による強化防具の検討』といったようなテーマで応募して頂ければと」
しかし、現時点で『魔法鍛錬』なんてやっている研究室は他に存在しないはずだ。学会で発表したとはいえ、実験環境の整備など他の研究室で簡単にできるものではない。
「ですが、他に応募できる人がいるのでしょうか?」
「それはわかりません。ただ、我々としてもせっかく予算を確保し、事業を立ち上げたのに誰も応募してくれない、となっては沽券にかかわるのです。それに変なところに予算をとられて、成果が出ないと意味がありません。しっかりと実力のある方々に予算を使って頂きたいと考えているのです。既に文部魔学省との住み分けも問題ないと確認してきています」
つまりは、公募の段階で採択される案件も確定しておくための準備ということか――
そして、アダマース先生が口を開いた。
「カイさん、もしこの事業に関心があるなら私は応募しようと思います。この予算があれば来年度カイさんを博士研究員として雇用できますし、実験費用も確保できます」
!!
やっと私にも意味がわかってきた。
私は最強の武器を作って我が家の農地を荒らす魔物を退治するのが夢だ。
今回の話は防具だが、戦闘において防具は重要な要素だ。
決して悪い話ではない。
答えは決まっている。
「先生、私でよければぜひ挑戦させてください。一生懸命がんばりたいです!」
私は先生の目を見て訴えた。
「そう言うと思っていました。わかりました。ではハルバーグさん、公募が出た際には応募しますので、予算確保、よろしくお願いします」
「わかりました。必ず予算を確保します。申請書はできるだけ簡単なもので済むよう配慮したいと思います。今日はお時間、ありがとうございました」
そう言うと、ハルバーグさんは部屋を出て行った。
「先生、突然のことでまだよくわかっていませんが、このようなお話、ありがとうございます」
とにかく先生にお礼を言う。
「いえいえ、これは国防省からきた話ですからね。省庁系の予算と言うのは純粋な研究というよりも具体的な成果が求められることが多いのですが、今回は『検討』というものですから、比較的自由にさせてもらえそうです。カイさんが良ければそれでいいでしょう。来年度以降もがんばりましょうね」
「はい、もちろんです!」
先生の中では私が無事に博士課程を終えるのが既定路線のようだ。それが知れて安心した。そして、何より来年度以降も研究が続けらる環境が確保できそうだ。しかも、防具の研究!
あまりにもトントン拍子に物事が進むのに怖いものを感じるが、きっと運命の巡り会わせなのだろう。
素直に喜ぼう。




