第36話 学生部会
早いもので博士課程2年の一年間が終わろうとしている。
アダマース研究室は無事に全員が卒論・修論を提出し、発表会も終了した。
大学に積もった雪も解け、陽光の力強さを感じられるようになってくると、年度最後のイベント、魔材学会研究発表会の季節である。
今回の魔材学会研究発表会は古都キョーミャーコにあるキョーミャーコ大学を会場にして開催された。
ここは以前王都でもあったため、旧王都大学と呼ぶ人もいる。しかし、ここの人は『王都は一時的にトオヴェルロにあるだけで、そのうち戻ってくるから、旧王都と呼ぶのは変だ』とのことで、地元では使われない呼び方のようだ。
なお、キョーミャーコ大学はトオヴェルロ大学に次ぐ大学と目されている、宮廷大学の一角を占める大学。こと研究に関してはキョー大が勝っており、『トオ大なんて所詮は文官養成学校だ』と言う人もいるほどだ。
大学の校舎も歴史を感じるものが多くあるのだが、何より手書きの立看板が林立し、独特の雰囲気を醸し出している。
立看板は学費の高さを糾弾したり、学生寄宿舎の保存を求めたりするものから、学生組織のイベント紹介や勧誘をするものまで、個性豊かなものであふれている。
その中でも特に気になったのが『元老院は鉱山工房との癒着の責任を取り腹を切って死ぬべきである』『元老院粉砕!』などといった過激な立看板である。
……こ、これってもしかして、あのガレンコア工房のことか?
私は気になり、隣にいたケレエタさんに聞いてみた。
ちなみにケレエタさんは来年度から博士課程に進学する予定となっており、既に研究室のサブリーダー的な役割を担ってくれている。
「この元老院と鉱山工房の癒着って何か知ってる?」
するとケレエタさんはびっくりした声を出した。
「え、カイさん知らないんですか? ラオ・タント工房が元老院に巨額の賄賂を渡したと言ってニュースで騒がれていますよ。新聞読んでないのですか?」
……そ、そうなんだ。知らなった。確かに最近は新聞をほとんど読んでいない。研究が忙しいから、政治とかに関心を払う余裕はない。
ラオ・タント工房といえば世界有数の鉱山工房だ。でも賄賂を渡しているのはガレンコア工房じゃないのか?
「いや、ぜんぜん知らなかった。いつごろから騒がれてるの?」
「先月ぐらいからですよ。鉱山権益を優先的に得るために賄賂を渡したらしいですよ。元老院の支持率が大変なことになっているようですね」
「そうなんだ。ありがとう――」
どうやら賄賂は鉱山権益のためだったようだ。
いや、もしかしたら本当に魔物が鉱山から逃げ出していて、それを隠蔽するための賄賂でもあるのかもしれない。このあたりはよくわからないが、自分がどうこうできるレベルの話ではないように思える。私はとくにかく研究に専念しよう。
ラオ・タント工房かガレンコア工房かはさており、いずれにせよ、悪い行為はそのうちばれるということだ。
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学会自体はいつも通り充実したものだった。自らの発表、他の発表への質問、後輩たちの発表サポート。そしてこれまで知り合った他大学の学生や若手の先生方との意見交換。
まるで同窓会のような雰囲気で、非常に心地が良い。
新しい研究のアイデアも次々とわいてくる。
応用魔材国際会議のこともあり、ジャスくんと顔を合わせるのはちょっとためらった。しかし、彼も博士課程に進学するとのことで、
「これからもよろしくお願いします」
と挨拶にきてくれた。内心はどうかわからないが、これまでと変わらず普通に接してくれるなら、それに甘えてこれまで通りとしよう。
「それはおめでとう! こちらこそ、これからもよろしく!」
と応えた。
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今回の魔材学会では第1回学生部会特別セッションを開催した。
すべての通常セッションが終了した夕方に開催したところ、五十人前後の学生が集まった。
自己紹介をしたり、若手の大学研究者・工房研究者のお話を聞いたりした。
そして、近くの居酒屋に移動し、懇親会。
慌ただしいが、充実した時間。
学生だけだから、初対面同士でもお酒を飲むと自然と会話が自由になる。
「うち、先生が6時には帰るから夜はみんな帰っていないよ」
「え、それホワイトすぎる研究室!」
とか、
「この前、実験用拭取紙で鼻かんでるところ先生に見つかって、むっちゃ怒られた!」
「そりゃそうやわ、アレなんぼするか知っとるん?」
「鼻の下すぐ赤くなるよな!」
などと、研究室ネタで盛り上がる。
ただ、ケレエタさんがみんなから離れたところでちょっと浮かない顔をしている。
「どうしたの? 何かあったの?」
心配になったので聞いてみる。
彼女はグラスに入った麦酒を眺めながらつぶやいた。
「いえ、何もないです。楽しいですよ」
しかし、決して楽しそうには見えない。
どうしたものかと思案していると、彼女の方から口を開いた。
「楽しいんですけどね……急に悲しくなってしまって。私もカイさんのように研究者を目指そうと思って博士課程に進学したんです。でもここにいるジャスとかが同学年で、これから同じ研究職を狙って競うことになるんですよね」
!!!
そうだ、ここには同じ研究分野で同じ道を目指す仲間がたくさんいる。
そう、仲間。
しかし、研究職を得るときにはライバルになるのだ。
研究職公募における募集人数は常に一人。
その一つの椅子に対して同じ分野の同じ世代の研究者が応募し、競うことになる。
その中で一番の人だけが職を得て、他の人は涙をのむことになる。
そのような“戦い”が、助教、准教授、教授とそれぞれのステップアップの際に何度も繰り返されるのだ。
そして、研究職を得た後は研究費で争う。
魔研費であれば、採択率は3割弱。
誰かが採択され、誰かが不採択になる。
友人であり仲間であるが、これから常に彼・彼女らと戦い、そして勝たないといけない――。
将来、もし自分が研究職を得たとき、魔研費を得たとき、喜んでいいのだろうか?
『研究者は常に競争』とは聞くが、それを具体的に考えると確かに複雑な気持ちになる。
このような学生時代の一瞬がより貴重なもののように思えてきた。
「その通りだね――。みんなわかってるんだよ。本当は争いたくない。戦いたくないって。でもそういう仕組みだからしょうがないんだ」
「――しょうがない……のですかね」
「わからない。本当にわからない……でも、将来どんな立場になっても、仲間であり続けたいよね」
「そうですね――でも、そんなことできるんでしょうか?」
「……できるさ、きっと――」
《現在の業績》
査読付き論文(国際誌):1件(+投稿中1件)
査読付き論文(国内誌):1件
国際会議発表:2件(うち、筆頭1件)
国内学会発表:14件(うち、筆頭5件)
受賞:1件




