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第35話 大発見特化型研究室


 再び大学が雪化粧する季節になった。

 あと1年で博士論文の本審査である。


 大学や専攻によってスケジュールや手続きは異なるが、我が専攻では博士課程3年(D3)の4月に中間審査と呼ばれる手続きがある。文字通り、このまま博士論文の本審査に進めて問題ないのかを審査する関門(かんもん)である。


 中間審査における最大の関門は実は指導教員である。指導教員が『キミはまだ中間審査を受けるには早いね』と言えば、延期となる。つまり、博士号の修了が延期となる。


 幸いにも私は中間審査を受けられそうだ。アダマース先生は『既に査読付き論文も2本あり、また主要論文も投稿済みですから、きちんと準備すれば問題ないでしょう』と仰ってくれた。



 しかし、同期のリンクは違った。


 リンクは数少ない博士課程まで残っている同期で、学部時代、修士時代と合わせれば8年目となる仲だ。


 学食で偶然顔を合わせた時にリンク自らが教えてくれた。


「俺、中間審査ダメそうだ。先生が『もう少し成果を出してから次へ進もう』って言ってさ。まあ筆頭著者(ファースト)の論文が一本もないからな。しょうがない。オーバードクター確定だよ」


 リンクは明るく話をしているが、長い付き合いだからわかる。つらそうだ。

 ちなみにオーバードクターとは博士課程の最低修業年限である3年を越えて在籍している者のこと。中間審査が延期されるということは、この時点で3年間での修了は不可能となる。


「そうか……かなり挑戦的な研究テーマにしているんだっけ?」

 リンクの研究内容はあまり知らないが、確か魔力を蓄える装置、魔畜器(まちくき)に関する研究だったような。


「ああ、質量当たりの魔力を蓄える量を飛躍的に向上させたいんだが、それがなかなかできなくてな――」


 同じ魔材学を専攻しているとは言え、博士課程の研究テーマとなると簡単に助言できるものではない。


「もう少し手ごろなテーマに変えて、それで論文を出してまずは博士号を取得するというのはどうなんだ?」

 できるのは、このような一般的なアドバイスぐらいだ。

 

「いや、成果が無いわけではないんだぜ。実はそれなりに成果は出ていて、ある魔材に少しだけ別のある魔材を混ぜると、かなり性能が向上するところまではわかったんだ。自分で言うのも何だか、かなり画期的なアイデアなんだぜ」

 リンクがニヤッと笑った。


 リンクの指導教員は研究に厳しいことで知られているが、魔材学会から功績賞を受賞するなど様々な賞を受賞している著名な先生だ。


「すごいじゃないか。じゃあまずはそれで論文を書いたらどうなんだ?」


「いや、今それを公表してしまったら、確実に競争になる。一応、特許化へ向けた準備はしているが、その手法はできる限り秘密にしておいて、もう少しウチらだけで研究したいんだ。で、断トツの性能が出てから発表するつもりだ。先生はガーベル賞を狙ってるからな」


 ガーベル賞! それは国際的に特に優れた研究成果を上げた研究者へ贈られる賞だ。

 我が国からも数年に一人であるが受賞している。


「じゃあ、リンクもガーベル賞狙ってるのか?」


「もちろん。研究者たるもの、夢を追わないとな」


 リンクは何か誇らしそうだ。


 リンクの研究室は研究費も潤沢で、博士研究員(ポスドク)や博士課程の学生も多く在籍している。しかし、博士課程の学生が実際に博士号を取得するのは(まれ)であることを最近知った。


 大当たりしそうな研究テーマに山を張り、それを博士研究員(ポスドク)や学生に割り振る。そして実際にそれが当たった者は日の目を見るが、そうでない多くの者は――学生であれば論文を出せずに4年、5年と在籍期間が延び、最後は『単位取得満期退学』となっていく。そして博士研究員(ポスドク)は研究成果が出てないため次の行き場(ポスト)が見つからず、ここで徐々に高齢化していく――。


 ちなみに『単位取得満期退学』とは、規定となる博士課程での単位は取得したものの、論文が認められずに退学することを意味している。


 一昔前は特に文系では単位取得満期退学は珍しくなく、長い研究活動を経てから最終的に博士論文が認められるケースも多々あった。


 大学によっては“単位取得満期退学後、1年以内に博士論文を提出できれば課程博士の学位を授与する”、といった内規・慣習のあるところもある。このあたりはあまり公表していない大学が多い。


 何れにせよ、査読付き論文がないとその“延長戦”での博士号取得も無理だ。


 リンクは無事に論文を提出できるのだろうか。私は老婆心ながらやはりリンクが心配になる。


「何度も言うようだけどさ、まずはその成果を論文にしておいて、博士号をとっておいた方が良いんじゃないのか? そこそこのIFがあったら学位は取れるだろ? もしそれ以上の成果が出なかったら、大変なことになるんじゃないか?」


「いや、俺は先生と約束したんだ。絶対にガーベル賞級の論文を書くとね。先生は中途半端な論文は出すべきでないっていうし、俺もそう思う。だから――これでいいんだ」


 リンクの意志は固いようだ。つらそうな顔をたまに見せるから“虚勢を張っている”と見えなくはないが、そのような表現はリンクに失礼だろう。ある意味、彼は学位のための論文なんて書かずに、純粋に大きな知的発見にすべてを賭けている。


 研究室としては何人かのうち一人でも大きな成果を出したら再び大きな研究予算を確保できる。それに、その成果を出した人は著名研究者となって大学教員や研究所の研究者として巣立っていく。


 リンクは私なんかよりも才能があるし、研究へも本気で向き合っているのは知っている。あと足りないのは運だろう。私はリンクがその“当たり”を引けるよう祈るしかなかった。


いろんな特徴をもった研究室があります。研究室選びの際には、研究テーマの適合性や研究業績の多寡だけでなく、卒業生・修了生の進路、そして何より先生との相性も確認しましょう。


ちなみに今でも単位取得満期退学が最終学歴の人はそれなりにいます。『論文が認められなかった』というのには、本人の実力以外にも運や指導教員の方針など、いろいろな要因があります。3年間の研究活動や、研究室でリーダー的存在として後輩指導した経験は評価されるべきだと思っています。

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