第34話 論文投稿先の検討
応用魔材国際会議が終わった。
初の国際会議での発表はほろ苦、いやいや、とてつもなく苦いデビューだった。
あれからはいつもの研究室の運営・研究活動に加え、一日の予定に国際語の勉強時間を加えることにした。読み・書きはこれまでもしてきたが、やはり会話と聞き取りが致命的にダメだ。
会話は独り言のようにブツブツとしゃべればある程度は練習できる。しかし、聞き取りはなんともならない。
そこで、恥を忍んでケレエタさんにお願いし、国際語の練習につきあってもらうことにした。
幸いにも彼女は
「使わないと忘れるのでいいですよ」
といって快諾してくれた。
眼鏡女子と二人きりでディスカッションルームにいるのはまだ慣れないが、そんなことを考える余裕はない。純粋に国際語の練習をするので精一杯だ。
そうこうしているうちに、“国際魔法陣誌《International Journal of Magic Circle》”に投稿していた論文の査読結果が返ってきた。
なんと
『軽微な修正で掲載可』
と、我々にとってほぼ理想的な査読結果だった。
修正内容は緒言《Introduction》へのいくつかの先行研究の追加や魔法陣の作動条件の明確化など、問題なく対応できる範囲だ。なにより、それへの対応で論文がより良くなるので、査読者に感謝である。
私はすぐに改定稿を作成し、アダマース先生に提出した。
『軽微な修正で掲載可』の判定の後、『不採択』の判定になることは稀である。
――実際、2週間後には無事に採択の連絡がきた。
これでこの専攻で博士号を取得するための条件、筆頭著者での査読付き論文2本が確保できた。
ただ、先生は『論文2本というのは必要条件であって、十分条件ではないのですよ。それに、魔法陣の研究は補足的なものです。やはり博士論文の主となる部分は魔材の魔法鍛錬にしたいですね。早く論文化しましょう』と、これだけでは納得してくれていない。
魔法鍛錬の実験そのものは順調に進み、最初のフェルミナイト金属に加え、ルリミニウム金属とモグナイト金属の試料でも魔材を強化するための条件を明らかにすることができた。
また、条件を調整することで強化する割合も当初の2割から3割程度まで増やすことに成功した。
途中、『試しにミニチュア版の楯を魔法鍛錬してみよう』としたところ、これまでの試料の実験条件では魔材が強化されない問題に直面したこともあった。これは魔材そのものの特性に加え、その形状によって最適な魔力深度などの条件が違うことが原因だとわかり、問題は解決された。
具体的には、魔材と同系統の魔法を付与した際に発生する、微小な魔力振動を測定することで最適条件が計算できることがわかったのだ。
魔力振動数は同じ魔材でも形状によって異なる。
ラルクさんが『共鳴』と呼んでいた理由がここになってやっとわかった。
これにより、魔力振動数を説明変数とし、最適な魔力深度と魔力強度が算定できる計算式が作れた。計算式の係数は魔材の種類によって異なるが、同じ式で表現できたのだ。
つまり、最初に魔法を付与し、魔力振動数を測定する。そしてその魔力振動数から最適な魔力深度、魔力強度を計算し、それを発生させることのできる魔法陣を組む。最後にその魔力を付与することで魔材を強化する――そういった手順が確立できた。
それにしても、もし試料の実験結果だけで論文投稿したら、『フェルミナイト金属の最適な魔力深度は――』と数値まで断定した表記になっていただろう。そして、それが受理されていたら――
私たちの実験室では魔材強化が再現できるのに、それを読んだ他の研究者には再現できないという事態になっただろう。
『実験データは捏造に違いない』『魔法鍛錬なんて存在しない!』といった批判で炎上し、私は『魔材の魔法鍛錬はあります!』『100回以上作製に成功しています!』と主張する事態になっただろう。
そして、私の下手な字で書かれた実験ノートが世に晒されることになったかもしれない。
……想像するだけでぞっとする。慎重に実験しておいて本当に良かった。
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紅葉が美しくなるころ、やっと魔法鍛錬の研究を論文にする目途がたった。
論文の投稿先はというと――先生は『この研究成果はすばらしいものです。厳しいかもしれませんが、“魔法材料”に挑戦してみましょう』とのことで、そこに投稿することになった。
“魔法材料”はインパクトファクターが40程度ある、この業界では化け物的な学術誌である。IFが50程度ある“魔法”の姉妹誌とも呼ばれている。
しかし、投稿して一週間で早々に『不採択』の通知がきた。査読者まで論文が回されず、編集委員による判断だった。いわゆる門前払いである。
『本論文は魔材の魔法鍛錬という新たな現象について報告しており、学術的新規性がある。しかしながら、魔法鍛錬の条件は経験則によって検討されたのみで、その理論的背景の考察が不十分である。魔法鍛錬の原理を理論的に明らかにしたうえでの再投稿を推奨する。なお、この原稿のまま再投稿する場合は“魔術報告集”への投稿を推奨する』
アダマース先生は
「……残念でしたね。やはり原理を理論的に明確にしないといけませんか……」
と、珍しくとても悔しがっていた。
そして、
「“魔法材料”への掲載に拘って、原理の解明までをカイさんの博士論文に要求するつもりはありません。それだと博士号取得が遅れてしまう可能性がありますからね。この現象を発見し、再現させる経験則を明らかにしたので合格ラインは超えています。理論的な検討は今後の課題にするとして、他の学術誌に挑戦する方針にしましょう」
とおっしゃった。
……えっ! いま合格ラインを超えていると言った? 博士号が取れるという明確なフラグ? いや、いずれにせよこの論文が採択されないと駄目か……。
「では、“魔術報告集”へ投稿するのでしょうか?」
「いえ、“魔術報告集”は悪くない学術誌ですが、門戸が広いので少し玉石混交の感があります。それに、魔材学が専門でない査読者にあたり、見当違いな指摘をされる可能性もあります。カイさんの博士論文の中核となる論文ですから、私は“国際魔材 学会誌”が良いと思いますが、どうでしょうか。魔材学の権威ある学術誌ですし」
“国際魔材 学会誌”といえば、以前マリさんが投稿していた学術誌だ。それに、論文を読んでいてもよく引用されている。
もちろん賛成だ。
先生は
「“魔法材料”はショポリンガー商会が発行する学術誌ですから、ガルゼビア商会が発行する“国際魔材 学会誌”への投稿を推奨してくれることは基本的にありません。やはりショポリンガー商会が発行する中で別の学術誌を推奨してきます。今回は『魔術報告集』でしたね。ですが、必ずしもそれがいいとも限りませんから、それに従う必要はないんですよ」
と教えてくれた。
……なるほど。投稿先の検討というのは冷静に考える必要があるんだな。
こうして、私たちの論文の再投稿先が決まった。
《現在の業績》
査読付き論文(国際誌):1件(+投稿中1件)
査読付き論文(国内誌):1件
国際会議発表:2件(うち、筆頭1件)
国内学会発表:9件(うち、筆頭4件)
受賞:1件




