第33話 国際会議での質疑応答
どれぐらい時間が経ったのだろうか。
きっと、まだ発表は続いているのだろう。聴講したい発表がたくさんある。会場に戻らなければならない――そう頭ではわかっている。
しかし、戻りたくない。心が思い通りにならない。
あんな情けない発表をしてしまったのだ。あまりにも無様すぎる。
これまで築き上げてきた自分のイメージが完全に壊れただろう。
再びジャスくんやケレエタさんと顔を合わせたくない。
きっとアダマース先生も落胆したことだろう。それに、共同発表者でもあり指導者でもある先生の顔に泥を塗ったようなものだ。
……やっぱり博士なんて俺には背伸びしすぎだったのかな。
高校生までは成績優秀者と言われてきたけど、大学に来て自分は平均程度の能力だと思い知らされた。いや、それは既に高校時代でわかっていた。人より倍の時間をかけて勉強することで成績を維持させてきただけなのだ。
……研究者になれるかもしれない、という甘い夢を見過ぎたかな。自らの能力に釣り合いがとれてないのは薄々感じていた。
改めて景色を見ると、空には初夏の晴天が広がっている。
遠くには大きな湖が陽光を反射し、青々とした山脈が続いているのが見える。
……博士課程を止めて、就職活動をするなら早い方がいいかな。それとも今年度ぐらいは続けて、研究室の運営ぐらいはしっかりしようかな。アダマース先生に迷惑はかけたくないし。それにしても修士の2年遅れでも新卒扱いで就活できるのかな?
そんなことを考えているのだが、やはり今頃されているであろう研究発表の内容が頭から離れない。とても興味深い要旨だった。発表内容が気になる。
……もうこの世界から去るなら恥ずかしくてもいいじゃないか。周りの目なんて気にするな。普通に就職したら、こんな国際会議に参加する機会なんてもう二度とないぞ。
そうだ、会場に戻ろう!
そう決心し、私は会場のある建物に戻った。
すると、建物の入り口にアダマース先生がいらした。
あれ? 休憩時間になったのかな?
「お疲れ様でした」
アダマース先生が声をかけてくる。
『せっかくご指導してくださったのに、恥ずかしい発表で申し訳ありませんでした』
そう返答しようとしたが、声を出せない。何か言えば泣いてしまいそうだ。
「よくがんばりました。まあ最初はあんなものでいいですよ。この反省を活かして次回はもっとできるようにしましょうね。それから、カイさんの研究内容について質問が多くて困っています。実験の詳細は私もわからないので、来てもらってもいいですか?」
…‥えっ?
「ど、どういうことですか?」
「魔材の魔法鍛錬とは一体何か、という質問です。そもそも魔力深度や魔力強度をコントロールする魔法陣の論文も投稿中の段階ですから、なぜこんなことができるのか特に海外の聴講者にとっては初耳でしょうしね。私が細かいことに答えられないので、海外の友人から『彼と話をしたいから通訳をしてくれ』と頼まれてるんですよ。私を何だと思ってるんでしょうね」
といって先生は苦笑した。
先生が私の通訳?
何がどうなってるんだ?
促されるまま先生についていくと、さきほど質問をしてくれた白髪の女性がいた。50代後半ぐらいだろうか。
アダマース先生が
「彼女はカライセン連邦共和国のゼンブルグ大学のサテラ・リンドロフ教授です。専門は私たちと同じ魔材学です」
と紹介してくれた。
リンドロフ教授は大げさなほどの笑顔を私に見せ、私の研究がいかにすばらしいかを熱く語りだした。アダマース先生が通訳するまでもない、簡単な表現で。
……研究のことになると我を忘れるアダマース先生に似ているな――
そして、魔法陣の形状や、最適な魔力深度を発見するための手順、必要な時間など、いろいろな質問をしてきた。
それにたどたどしい中学生レベルの国際語でなんとか答える。
アダマース先生は通訳と言うよりも、ときどき『それはまだ秘密です』などと私の答えを遮るのが仕事であった。
私が必死になって数少ない語彙で説明していると、休憩時間の終了を報せるアナウンスがなされた。
アダマース先生が
「ではそろそろ戻りましょう」
と言うと、リンドロフ先生は
「ぜひまた話をしましょう。これからも研究成果を楽しみにしています」
と言い、二人は歩き始めた。
リンドロフ先生がアダマース先生にウインクし、アダマース先生が破顔するのが見えた。
……あの二人、仲が良いな。
それはともかく、私はやっと解放されたという安心感と、しかし自分の研究に関心を持ってくれる研究者がいることを実感し、大きな充実感に満たされていた。
……博士課程を止めるのは……いったん保留かな。
それに、まずは今から始まる研究発表だ。
この発表にはとても興味がある。
私は発表内容をしっかり聞き取れるよう会場の最前列に移動し、かぶりつきで発表を聴講した。
博士課程の終盤、かなり情緒不安定になったような記憶があります。まず心が変になり、気づいたときにはそれで体も変になってました。投稿論文の査読状況に一喜一憂したり、公募結果を待ちわびたりと、心にダメージを負う機会がいろいろありますので、生き延びるにはある種の鈍感力が必要なんだと最近分かりました。




